9話 IGNITION
おれは、街の近くの谷の入り口で待機していた。
「それで、なぜお前がここにいるんだ?」
おれの顔を睨み付けている女。
この間酒場でおれとやり合った痛い女だ。
「あんたが裏でなにかこそこそやってるっていうから、
監視よ。監視」
「カズキか。お節介な野郎だ」
「ち―――!違うし!あたしの意思でここに!」
カズキは、おれに嫌われていると思っている(間違ってないが)。
だが、おれの事が心配だったのだろう。
自分が動けないから、この女を寄越したのだ。
くそっ。どいつもこいつも。
……必ず取引は成功させてやる。それでチャラだ。
「わかったわかった。じゃあ折角だから、
谷間まで護衛してもらってもいいか?」
「ふん!最初から素直にそう言えばいいのよ」
「うわあ。典型的なツンデレ……。初めてリアルで見た……。」
口を出すなって言ってるだろ新山!
「お前、名前は?」
「なんであんたに言わなくちゃなんないの」
「おれの名前を一方的に知られてるなんてフェアじゃない」
「だから何よ」
「良いから教えろ。仕事がやりにくいだろうが」
一拍置いて、女が口を開いた。
「……つかさ。」
「おれに下の名前で呼べってのか?名字を教えろ」
「いいでしょ別に!つかさはつかさよ!
そう呼びなさい!」
けっ。めんどくさい女だ。
そうこうしてるうちに、もうすぐ0時になる。
行くとしよう。
※※※※※※※※※
谷間に、コールマンはすでに来ていた。
ティンダロスのメンバーだろうか、護衛が二人いる。
コールマンが口を開いた。「遅えぞ。てめえらみたいな
チンピラが遅れて来ようなんて、ナメてんじゃねえのか?」
「すまねえ。ちょっとした手違いがあったんだ」
「あ?なんだその口の聞き方は。殺されてえのか?」
恫喝して主導権を握ろうとしている。使い古された手だ。
横を見る。つかさが震えている。
へっ。いきがってついてくるからだ。
「悪いな。口が悪いのは生まれつきだ。
ところで、遅れた理由だが。
……悪い知らせだ」
「勿体ぶってねえでとっとと話せ!」
「実は、今日あんたらに引き渡す予定の物資だが。
……一部だが、盗まれた」
コールマンは一瞬何を言われたのか。と目を丸くし、
それから低い声でこういった。
「そうか。わかった。てめえらはこう言いたいわけだ。
俺達に渡す物資なんてねえ。大人しく帰んな。と」
「待ってくれ。今探しているところだ。
2~3日中には」
「探している?探しているだと?
俺達は4日かけてこのクソ辺鄙な場所まで来てやったんだ!
それをもう2日待てだと?
よくもまあデタラメを並べたもんだ!
俺達ティンダロスをナメるとどうなるか、
わかってねえようだな!」
横目でつかさを見た。顔が蒼白になっている。
「そうか。4日も。そいつはご苦労さん。
茶を持ってこさせるからちょっと待ってくれ」
コールマンの顔が、赤から白。そして青く変わった。
「そんなに死にてえんなら、俺が手伝ってやろう」
もうコールマンを引き留めるのは限界だ。
まあ、そんなに引き留める気もなかったが。
コールマンが銃を取り出した。
「言い残すことはあるか?」
「撃つのは後10分待ってくれないか?」
「てめえ。自分だけは死なねえ、と勘違いしてるんじゃねえか?
人は誰でも死ぬ。鉛玉一発でな。
今、そいつを教えてやるよ」
「生憎、死んだことならあるさ。
……兵器の使用を申請する!」
銃が手に出現した。
女の声。「承認を受理しました。
兵器の限定的使用許可を発行します」
「つかさ!コールマンを拘束しろ!」
「うえ!?あ、わ、わ、わかった!」
つかさが手を前につき出した。
「遅えんだよ!」コールマンが引き金を引いた。
おれも発砲した。あらぬ方向に撃ったはずの弾丸が軌道を曲げ、
コールマンの撃った弾丸を弾き飛ばす。
「何!?」
つかさが詠唱を始めた。
「祖は氷原の女王!その冷気をもって世界を停止させよ!
ニブルヘイム!」
コールマンが動きを止めた。
体が凍りついたように感じているのだろう。
「くっそがぁ!おい、お前ら!何見てんだ奴等を殺せ!」
護衛が動き出した。
無手に見えるが何か獲物を持っているに決まってる。
おれは銃を構え―――。
「おい、ヒロフミ!有ったぞ!」
胴間声が響く。酒場の店主だ。
ふう。ひやひやしたぜ。
「どうやら一時休戦だな。物資が見つかったそうだ」
コールマンが喚く。
「ふざけてんじゃねえぞ!」
「まあ待てって。なあ、ジョン。どこにあった?」
店主は言いにくそうにしている。
「どうしたんだ?話してくれないのか?」
「物資は、そこのコールマンさん達が乗ってきた車に……」
コールマン。「ふざけるな!そんなわけねえだろ!」
「どうしてわかったんだ?ジョン」
「ウィルハイトだ。物資に発信器を取り付け、
奪われた物資を追跡した」
「ざけんじゃねえ。てめえら、グルになって俺をはめる気か?」
おれは言った。
「こいつはデリケートな問題だ。慎重に扱う必要がある。
一時休戦だ!いいな!」
護衛どもは沈黙している。親にいたずらがバレたような顔だ。
※※※※※※※※※
車を改める。おれたちの物資だ。
「さあ。コールマンさんよ。こいつがなぜここにあるのか?
そいつを突き止める必要がある」
「突き止めるも糞もねえ。
お前らが勝手に俺たちの車に積み込んだんだ」
「そいつはおかしいぜ。あんたたちはさっきまで車に乗っていた。
勝手に乗せられて気づかなかったとでも言うのか?」
「俺達がこのくそったれな谷に下りてきてから積んだんだろうよ!」
「この5分かそこらで?」
「準備してあったんだろう」
「じゃあ、あんたたちは車に施錠もせず、
ノコノコここまで来たわけだ」
護衛の一人が前に出て、口を開いた。
渋味のある、いい声だ。
「諦めろよ、コールマン。余計な欲をかくからこうなるんだ」
「なんだと?」
「正直、俺はやってねえって言い張るのはガキみてえだ。
見ちゃいらんねえよ」
どうやら、護衛の方が話が通じそうだ。
ここが落とし所だろう。
「おれたちは、物資を盗ったことを咎める気はない。
正直、管理が杜撰なところは否めないからな。
が、自分で盗んでその責任をおれたちになすりつけ、
濡れ衣を着せようとしたことは勘弁ならん。
今回は、おれたちのレートで取引してもらうぜ」
コールマンが膝をついた。
全く。長い三日間だった。
※※※※※※※※※
「それじゃ、今回はこちらの物品1に対し、そっちは2.5。
これでいいな?」
コールマンは俯いて答えない。
拗ねんなよ。ガキか。
護衛が口を出した。「ああ。それでいい。
済まなかったな。今回の担当官は新入りで、
おまけに街のやつらとうまくいってないと聞いたもんでな。
ちょっとびびらせてやれば今度からよりやり易くなる。
そんな風に考えたんだ。申し訳ない。
……こんなに根性入ったヤツだと知ってたらな。
ちょっかいかけなかったよ」
「あんたのように、素直に謝れる大人は尊敬するよ。
面子に縛られないってのはすごいことだ」
護衛が笑った。
ジョン(勿論偽名だ)がこっちにやって来た。
「ヒロフミ。物資交換は終了だ。
これだけ物資がありゃあ、漸く人間の暮らしができる。
感謝するぞ。糞度胸の小僧」
「感謝より、特上の酒を奢ってくれ。ああ、イェスパーや
カルヴィン。カズキにもな」
「お前はカズキと仲が悪いんじゃなかったのか?」
「まあな。だからこそ、借りを返さなくちゃならないんだ」
よくわからん、と店主が薄い髪を掻いた。
と、コールマンの護衛が再びやってきた。
「ちょっといいか」
おれは手招きされるままに護衛に付いていった。
護衛が顔を近づけてきた。「ここだけの話だが、
コールマンの趣味を知ってるか? 」
「知ってるよ。ロリコンなんだろ」
「なら話が早い。ぶっちゃけ俺はやつのその趣味に虫酸が
走っててね。やつがガキを調達してたのは、この集落だ。
だが、この一件でヤツも懲りたろう。
……見て見ぬふりしてた俺が言うことじゃないのはわかっている。
俺もコールマンと同じクズだ。でも……。
ガキどもを救ってくれて、ありがとう」
おれは護衛を殴り飛ばした。
「この一発でチャラだなんて期待するなよ。
お前は一生後悔しながら生き続けろ」
護衛が口を拭いながら言った。
「そうするよ。お前は嫌がるかもしれんが、俺もお前に救われたんだ。
感謝するぜ。英雄のガキ」
くそが。
「ああ。そうだもうひとつ。
3、4日前に、この集落にランドルフって男が来なかったか?」
おれは頭にきていた。ろくに考えず返答を返す。
「ああ。来た。蜘蛛男だろ。おれがぶっ殺した」
「…殺した?お前がランドルフを…?そうか、通りで連絡が着かなく…。
だが、この小僧がどうやって?
…こいつがさっき使っていた銃。どこかで見たことがあると思ったら―――」
なにやらぶつぶつ言い始めた。
「おい、先に仕掛けてきたのはあの蜘蛛男だぜ。
正当防衛ってやつで――――」
護衛の男が声を張り上げた。
「サラ!来てくれ!」
もう一人いた(すっかり忘れてた)、護衛がこっちに歩いてくる。
「なによ?コールマンのバカがドジ踏んだ。それで話は終わりでしょ?」
「どうやら、このガキがランドルフを殺ったらしい」
「は?寝ぼけてんの?ステモンズ。そんなわけ―――」
サラ、と呼ばれた女がおれの持ってる銃に目を留める。
「それ…。次元干渉兵器?あんた、アクセス権限を持って…?」
男が右手を前に突き出し、叫んだ。
「細胞を換装しろ!」
宙に光るリングが出現した。
ステモンズ、とサラが呼んだ男の右腕に光るリングが巻きついていく。
リングに締め上げられた右腕は見る間に硬質化していき、太い金属の柱のようになった。
「悪いな…。英雄のガキ。お前を見逃すことは出来なくなった。
だが、さっきの言葉は本心だ。お前はガキどもを救った。
そいつを自慢話にあの世へ持っていけ」
「なんだよいきなり…!わけわかんねえぞ!」
「ランドルフはな。俺たちの家族だ。親が同じって意味じゃないが。
同じように人生を破壊され、同じように灰の中から立ち上がってきた、戦友でもある。
そいつを殺されちゃあ、俺の魂を救ってくれた英雄でも、殺すしかねえんだ!」
ちくしょう!一見まともそうなこいつが一番ヤバいやつだった!
サラ。「ふーん。そういうこと。正直あたしはあのカマ野郎は好きじゃなかったけど…。
家族って言葉を持ち出されちゃあね。悪いけど死んで?」
サラが腰のシースからナイフを取り出した。
ステモンズが駆け寄ってきた。
「づあああああああああああァァァ!」
「兵器の使用を申請する!」
「承認を受理しました。…現在、脅威ランクAトリプル。
出力を通常の130パーセントに上昇させます」
ステモンズが喚き、拳を繰り出してきた。
「おっ、せええええええええええええ――――――――――!」
―――銃を撃つのが間に合わない。避けるのも不可能だ。
…死ぬ。
「―――いかづちを権限させよ!オシリス!」
つかさの能力によってステモンズが身を震わせた。
恐らく、雷を落とされたような錯覚に陥っているのだろう。
パンチの軌道が逸れ、地面に突き刺さる。
閃光/爆音―――おれは腕で顔を覆った。
音が止んだ。飛んできて口に入った砂利を吐き出す。
前を見る――――地面が抉れ、クレーターが出来ている。
首を振りながら、ステモンズが顔を上げた。
「よう、英雄のガキ。電撃を喰らったが、
たいしたダメージはねえ。どうするつもりだ?」
決まってる。
おれは返事がわりに銃を向け、引き金を引いた。
轟音=腕がもぎとられたかのような衝撃。
弾丸がステモンズの硬質化した右腕にめり込み、
そのままステモンズを吹き飛ばす。
「おおおおおおおおおお!?」
喚き、きりもみしながらステモンズが背後の岩肌に叩きつけられた。
衝突音/土煙。ステモンズの姿が見えなくなる。
おれは更に二発撃った。
弾丸が着弾――――岩肌に亀裂が入り、岩が雪崩れる。
雪崩落ちた岩がステモンズの居ると思われる所に降り注いだ。
痺れた手を振り、つかさの方を見る。
ナイフを逆手に握り、構えているサラ。
震え、明らかに怯えているつかさ。
「お嬢ちゃん。あたしが殺さなきゃなんないのはあの男の子。
どいてくれない?」
「う、う、うるさい!あのムカつく奴なんてどうでもいいけど、
あたし達の集落の近くで暴れないで!帰りなさいよ!」
「はー。仕方ないかぁ。女の子は殺したくないんだけどなあ」
サラが一歩踏み出す。つかさが後ずさった。
「ねえ。怖いよね?逃げなさいよ。
あの子も女に庇われるなんて嫌よ。きっと」
「だったら、……なおさら逃げない!
太古より地の底に住まいし炎の化身!
灼熱を纏いて現れ出でよ!イフリート!」
つかさの詠唱が終わると、
呆れたように首を振ってサラが駆け出した。
―――速い。
一秒もかからず、つかさの背後に立った――――。
ナイフをつかさの首に――――。
「うっ、ああああ!」サラが地面に伏し、もがいて叫んだ。
つかさの能力で痛みを感じているのだろう。
―――ッ!何をボケッと観てるんだ、おれは!
おれはサラに向かって撃った。2発、3発。
だが、弾丸が着弾する前、サラが姿を消した。
文字通り、体ごと消えた。
弾丸はサラのいた場所を探るように幾何学的な軌道を描き、
彼方へ飛び去っていった。
「つかさ!こっちにこい!」
「え?馬鹿じゃないの!?あたしに命令しないで!」
「お前がバカだ!状況を考え――――」
でかい、でかい、でかい音――――振り向いた。
ステモンズがいた辺りの岩が吹き飛び、土砂がまき散る。
中心に右腕を突き上げたステモンズ――――
どうやら、元気いっぱいのようだ。
――――どうする?