8話 CLAWLING IN THE DARK
橘には頼れない。
つまり、他の方法を探す必要があると言うことだ。
新山。
「なんかさあ。よく考えたらさー」
相手はマフィアだ。通常の交渉では暴力でやり込められて終わりだ。
「物資の取引じゃん?これとこれを交換するって決まってんだし、
なんでそんなに気を揉まなきゃいけないのかがさあ」
暴力で対抗する?その方法は下の下だ。
規模のわからない組織を敵に回すことになる。
右も左もわからないこの世界でそれは死を意味する。
「こおおおおらあああああ!無視するなあああ!
泣くぞ!終いには泣くぞこの野郎!」
「なんだよ。っせーな」
「反抗期の子供みたいな返事するなー!あ、子供だった!」
「ガキ扱いするな。スマホに手え突っ込んで奥歯ガタガタいわすぞ」
「なに上手いこといってんだ!あたしの質問に答えなさーい!」
「お前は交渉を甘く見すぎだ。事前の取り決め通りにやるだけなら
コワモテのおっさんを派遣するわけねーだろ。十中八九吹っ掛けられるに決まってる」
「んー。そうかも。
でもさー。あんた成功させる成功させるって言ってるけど。何が成功なわけ?」
「決まってるだろ。こちらが吐き出す物資を最小限にして、相手から最大限貰うことだ」
「なんであんたがそこまでしなきゃなんないわけ?」
「物資受け渡し担当官だからだ。
こいつに失敗した、とマルコムに烙印を捺されてみろ。
今後おれはマルコムの言いなりだ」
「考えすぎの可能性は?」
「おれは物事に対し、常に最悪の想定をして行動する」
「かもしれない運転かー。胃が擦りきれちゃうよ?」
「ところで思ったんだが」
「なーに?」
「今、おれたちがしている会話。
誰かに聞かれるとどうなると思う?」
「あたしの声の送話レベルは低めにしてるからね。
あんたが1人でブツブツ言ってるように聞こえるんじゃない?」
今後、こいつに応答するのは最小限にしよう。
※※※※※※※※※※※※※※
その夜、おれは酒場の前に立っていた。
「飲んだくれめ。あたしはそんな子に育てた覚えはないよ!」
黙れ。
おれは酒場のドアを押し開いた。
中は夜だと言うのにまたガラガラだった。
物資を搾取されている影響かも知れない。
「よう。この間は済まなかったな。詫びを入れようと思ってよ」
「いらん」店主はにべもない。
「そうかい。だが、備品の修理費は受け取って貰おう」
カウンターに紙幣を並べた。
店主が目を丸くしている。
「いま、ここで金を稼ぐ手段などないはずだ。
小僧、こいつをどこでかっぱらった?」
「人聞き悪いな。ここで給料なんて概念がないのは知ってるよ。
金がなきゃ、あるやつにタカる。それしかないだろ?」
「マルコムか。どうやってあの守銭奴に金を出させた?」
「ちょっとね。新任の担当官には色々と準備がある。
文無しで送り出そうなんて、取引相手にケンカを売るようなもんだ。
そういってやった」
店主の凍りついた表情が少し柔らかくなった気がした。
「座れ。酒を出してやる。昨日のでいいか?」
「悪いが、今日は頭をはっきりさせときてえんだ。水でいいぜ」
店主が出してくれた水を啜りながら世間話をする。
「景気はどうだ?」
「いいと思うのか?」
「いいや」
こんな調子だ。まるで話が弾まない。
「なあ。もうちょっと面白え話をしようぜ」
「したきゃお前が話を振れ。俺は話が巧くねえ」
来た来た。
「うーん、そうか……。面白い話ね。
ウェルズ・コールマンの話とかどうだ?」
店主が顔を強ばらせた。
「遥か彼方の都市からはるばるやってくるんだ。
酒の一杯も飲みてえと思っても不思議じゃねえ。
コールマンがこの店に来たこと、あるだろ?」
「知らん」
「いや。知ってると思うな。その顔は」
店主が睨み付けてくる。笑みを返した。
店主が溜め息をついた。
「コールマンは、この集落に取引にくるたびウチに顔を出す。この答えで満足か?」
「そう。もっと言えば、若い、とてつもなく若い恋人を連れて。
だろ?」
店主がカウンターを握り締めた。
「おれはゲス野郎が勘弁ならない。コールマンに一泡吹かせてやりてえ。
頼む。協力してくれ 」
店主が声を潜めた。
「コールマンのバックには、ティンダロスの連中がいる。手を出せば、八つ裂きにされる。
小僧。お前だけじゃなく、集落全体がだ」
「ティンダロス?」
「声がでけえ!」
周りを見渡す。眠そうな顔の酔っぱらいしかいない。
「悪かった。そのティンダロスが何だって?」
「都市をねぐらにしている、非合法集団だ。脅迫、強盗、暗殺。なんでもやる。
奴等と敵対して生き延びられるものはいない」
おれは内心でガッツポーズした。
マフィア連中の名前がわかった。
かなりの収穫だ。
「そうか。だが、おれが締め上げてえのは、コールマンだ。
その、ティンダロスとか言うやつらには手を出さない」
「コールマンに手を出すってこたあ同じ事だ」
「コールマンがティンダロスの連中にチクらなければいい」
「どうやって?」
「チクりたくないような目に会わせてやればいいのさ。やつも組織の一員なら、
潰されたくない面子があるはずだ」
店主が激昂した。
「だから、どうやるってんだ!」
「落ち着けよ。それを相談しに来たんだ。
おいおい。睨むなって。草案はある。だが、一手足りないんだ。
そこで、あんたの手を借りたい」
「……。くそが。
貴様に巻き込まれて集落が襲われるようなことがあったら、
一生をかけて貴様を追いかけて殺すぞ」
よし。「そいつは、承諾してくれるって意味だな?ありがてえ。感謝するぜ 」
夜が更けていく。だが、話すことはまだまだ腐るほどある。
そして、一夜明けた。
※※※※※※※※※※※※※
「それじゃ、ヒロフミ坊や。
取引開始は今夜0時。場所は集落の外れに谷がある。
その谷間でこっそりとやる。
気張ってくれよ。この取引の成功如何はお前にかかってる」
どの口で言いやがる。
「ああ。任せてくれ。あんたにおれのことを認めさせてやるさ」
「頼もしいぜ。イェスパーやカルヴィンが肩を持つのも道理だ。
宜しく頼むよ。坊や」
マルコムの鼻っ柱をへし折ったら、まずその坊や呼びをやめさせてやる。
部屋を出ると、ちょうどミリシャが出勤してきた。
「ヒロくんおはよー。ありー?何か疲れてる?
目の下にクマできてるよ。次はイヌできちゃうかも」
くだらない。だが、寝不足と過労で煮たった頭には最高の冗談だ。
おれは馬鹿笑いした。
「えへへ。そんなに笑ってくれる人初めて。
次の新作ギャグをお楽しみに!」
満面の笑みを返した。
「ああ、心から待っているぜ。ありがとう。ミリー」
ミリシャが両頬に手を当て、赤い顔でにこにこしている。
馬鹿笑いしたことで気分がさっぱりした。
さあ。仕事を始めよう。
※※※※※※※※※※※※※※※
役所から戻る途中の道を歩いていると、声をかけられた。
「ヒロフミ!」
カルヴィンが走ってきた。息を切らしている。
「くそが。水臭えじゃねえか。俺らがどんなに心配したと思ってんだ。
この二日間、空き時間でいくらお前を探してもいやしねえ。いったいどこにいたんだ?」
ミリシャに続いてカルヴィン。心がほぐれていくのを感じる。
「悪かった。なんとかしようと思って、街中を駆けずり回ってた。
だが、お前やイェスパーに一言もなかったのはすまなかった。正直、ビビりまくって焦ってたな」
「そんなツラだ。言っちゃなんだが、ひでえぞ。
ミリシャとケンカしたあとのイェスパーよりひでえ」
二人で大笑いした。
「そうだ、言っておかなくちゃならんことがある。今夜、おれは谷で物資の取引をする。
その前に恐らくマフィアの連中がこっちに来る。
そのとき、キリシマ・ヒロフミは来たばかりの使いっぱしりだ、
集落の連中はロクに会話もしたこと無え。と言ってくれ」
カルヴィンが拳を固めた。
「お前を見捨てろ。そう言ってるのか?」
笑みを浮かべて首を振った。
「違う。こいつは都市から来たクズ野郎をはめるための布石だ。頼めるな?カルヴィン。
…マジな話、これをやるのとやらねえのとでは成功率がダンチだ。
おれを助けたいと思ってくれるのなら、頼む」
カルヴィンが下を向いた。
「俺は、お前をダチだと思ってる。そんなお前を知らねえって言い張る気分が分かるか?
最悪だ。クソの上にクソする気分だ」
カルヴィンの肩に手を置いた。
怒りに興奮し、上昇した体温が伝わってくる。
「すまねえ。この一件が終わったら、いい酒をおごるぜ。…ん?新山の声が聞こえたような…?
気のせいか。それじゃあ、頼んだぜ!カルヴィン!」
照れくさくなって走り去った。
しばらく行ったところで、腰からいつもの声。
「ゆ―――――、あ――――――。で――――――っ、どおおおおお!」
なんだこいついきなり。
新山が奇声をあげ続ける。
「い、いた、いたた、いたたたた」
「どうした。腹でも下したか」
「いた、いたた、頂きました死亡フラグ――――!おまあはんアッホちゃうの――――!?
…この一件が終わったら、キリッ。いい酒を、キリッ。
おごるぜドヤアアアアアアあああああ!
死――――ぬ――――――!死ぬしかない!」
「お前が死ね!なんだようるせえな!
人の余韻をぶっ壊すんじゃねえ!」
「知らない――――!?死亡フラグを知らない!?
ど―――――――りで!死にたいのか、小僧!」
「死ぬ死ぬうるせえって!やめろよ今そういうワードに敏感なんだから!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
そろそろ物資の確認をするか。
三たび、おれは通信施設に来た。
「おはよう!いい朝だな。ウィルハイト!」
通信施設の禿げた責任者―――
ウィルハイトはいつものようにおれの視線から逃げようとする。
「連れないな。そろそろおれがあんたをとって食うような趣味は
ないと理解してもらいたい」
ウィルハイトが汗をかきながら、抗議する。
「こうも連日で、か、顔、を出されちゃ、こ、こ、こ、困る!
一昨日は資料を届けた、昨日は資料について話をし、更に物資の移動までさせられた、
それで今日だ。お願いだから私に通常業務をさせてくれ!」
ちょっと機嫌をとってやるか。
「なあ、こいつを見たことあるか?」
銃を取り出す。
ウィルハイトが目を見開いた。
「通信装置についての権威であるあんたなら、この銃の凄さがわかるはずだ。
こいつは甲種次元干渉兵器と呼ばれているものらしい。
亜空間にアクセスし、弾丸や電力を受けとることができる。
こいつを解析できれば、この街の通信技術に革命を起こせるんじゃないか?」
「ま、マルコムがそう言った品を所持しているという噂は聞いていた。
ちょっと手にとって見せてもらえないか?」
「ほらよ。心行くまで観てくれ」
ウィルハイトはオモチャを貰ったガキのようにはしゃいでいる。
「す、すごい。きっとこの小さなボディに、人類の科学の粋が詰まっているんだ。
ち、ち、ち、ちょっと、転移機能を見せてくれないか?」
「来い」おれの手に銃が戻った。
技術者たちは歓声を上げている。
「す、素晴らしい!この技術があれば、この世は大きく変わる!」
専ら蜘蛛退治にしか使ってないがな。
「気に入ってくれたようで何よりだ。これからも宜しく頼むぜ。ウィルハイト。
時々こいつを観察させてやるからさ」
ウィルハイトは落ち着いた。ちょろい野郎だ。
「……それで、首尾はどうだ?」
ウィルハイト。「きょ、きょ、きょ、今日。私のレーダーが、
街の周辺からこっちを窺っている生命反応を感知した。ま、間違いない」
「そうか」おおよそ予定通りに推移している。
「よし。見に行こう」
※※※※※※※※※※※※※
おれとウィルハイトは街の正面にある物資の一時置き場に来ていた。
「あるな……。まだ」
ウィルハイト。「だ、だ、大丈夫かな?持っていかれてそれでさよならってことは」
「そんなことしたら自分が犯人だと言いふらすようなものだ。心配するなよ。
うまくいくさ」
そう思わないと胃がねじ切れそうだ。
※※※※※※※※※※※※※
ぶらぶら道を歩いていると、カズキと出くわした。
「ヒロフミ……。集落のあちこちで動き回っていると聞いたぞ。何をする気だ?」
「心配するな、と言ったはずだ。おれにはおれの考えがある」
カズキは手で目を覆った。この大人ぶった態度が勘に障るんだ。
勘に障る、といえば。
「カズキ、この前酒場で日本人の女にあったぞ」
「ああ。つかさか」
「やつが痛々しい口上を並べ立てるとおれの体が凍ったり、吹き飛ばされたりした。
ありゃなんだ?」
「酒場で能力を使って戦闘したのか!?」
「ちょっとした揉め事だ。気にするな」
カズキは立ちくらみを起こしたかの様にしゃがみこんだ。
「やめてくれよ……。俺達はまだここで肩身が狭いんだ。仲良くやってくれ……」
「悪いと思ってるって。酒場に詫び入れて弁償もしてある。それより、
あいつの能力ってなどういうもんだ?」
「つ、つかさの能力か。あいつもゆかりと同じタイプだ。
生物の精神に影響を与える」
精神に影響?思いっきり肉体が吹き飛ばされたぞ。
「あいつの詠唱は、聞いた相手の脳に幻覚を見せる。それは視覚だけじゃない
他の五感にも作用する。触覚や聴覚にもだ。
凍らされた、と錯覚した脳は肉体の動きを止め、衝撃を与えられた、と感じれば
自ら後ろに飛ぶ」
「五メートルは吹っ飛んでテーブルを薙ぎ倒したぞ。
あれをおれが自分でやったって?」
「脳は自分でやっている、と思っていない。だからこそ、肉体のリミッターを
無視して全力を発揮する。そういう強力な錯覚だ」
そうか。凍った、と感じた腕がすぐに動くようになり、
凍傷やなんかも残っていなかったのは錯覚だったからか。
「あの痛い詠唱は……」
「あれは能力を使用するのに必須だ、とつかさがいっている。俺に疑う理由は特にない」
信じる理由も無いわけだ。
「なるほど。強力な能力だ」
「ああ。だが、実際にダメージを与えるわけではない。あくまで錯覚だ。
敵を撹乱するのに使うのが主だな」
こいつ、評論家みてえだな。
「あのムカつく女には内緒にしておくから安心しろ。
勝手におれに能力を教えたのはカズキだってことはな」
「な!?おい、ちょっと待て、ヒロフミ!」
カズキをからかったり、新山にツッコミを入れたりしながらおれは時間を潰した。
そして、夜がやって来た。
ヒロフミの根回し無双はいったいいつまで続くのか!
俺はもうこんなところに居られない、部屋に戻るぞ!
……もう少し、もう少しでバトルの予定ですので……!
何卒もう少々お待ちください……!