7話 POEM
家に戻り、休んでいると通信施設の責任者の使いが来て、資料の紙の束を置いていった。
使いの人間は終始ビクビクし、おれを苛立たせた。
早速資料に目を通す。
今までの取引の内容。食料品、薬品、家財道具、建築資材、武器エトセトラ。
だが、妙な点は腐るほどある。
まず薬品だが、こちらに送られているモルヒネが異常に多い。
確実に医療用だけではないだろう。
更に人。都市での労働力として人が何人も取られているが、若い女ばかりだ。
何に使われるかはわかりきっている。
まあ、おれが今やることは不正を暴くことではない。
明後日の取引を乗りきることだ。
取引相手のプロフィール。
レストランの経営者。車のディーラー。クラブハウスのDJ。
どう考えてもマフィアの表向きの仕事だ。
今度来る予定の男は……。
ウェルズ・コールマン。39歳。
ボートハウスを経営している。ボートハウスはあまり繁盛していないようだが、
妙に羽振りがいい。
高級クラブで顔になっているようだ。
完全にクロ。マフィアとみて間違いない。
趣味、嗜好まで書かれている。FBIなみの調査結果だ(イメージだが)。
あの責任者がいかに身を守ろうと必死だったのかがわかる。
こいつの趣味は、若い男女。
…いや、若いどころの騒ぎじゃない。好みの年齢は、…9歳。
うっかり撃ち殺さないように気を付けよう。
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「邪魔するぜ」
「どうした。ヒロフミ坊や。こんな夜遅くに。
やっぱり物資受け渡しは勘弁してくれって話なら受けらんねえぜ。
何しろあちこちに触れ回っちまったからな」
「そんなみっともないことをするくらいなら死んだほうがましだ」
マルコムが首を掻いた。
「言うじゃねえか。世の中にはプライドより大事なものってのは
それこそ死ぬほどあんだぜ」
さっさと本題に入る。
「世間話をしに来たわけじゃねえ。おれが明後日扱う物品のリストをもらいに来た」
「あー、リストか。悪いが、俺は担当官じゃないんでね。
いままとめてるのは誰だったかな」
「とぼけるなよ。おれの前に担当官をやっていたやつなんていない。
通信施設の責任者に受け渡しの現場を任せていただけだ。
物品そのものの管理はあんたがやってるはずだ」
マルコムの目が据わった。
「大人はな、暗黙の了解をわざわざ口にしないものなんだ。
痛い目を見ないうちに帰んな」
「いいや。帰らないね。おれはこの仕事を必ず成功させる。
そのためにはあんたが協力しないと始まらない」
にらみ会う。よくにらみあいをする日だ。
マルコムが溜息をついた。
「ちくしょう。魔法が使えねえただのガキだと思ったら、妙に頭が回りやがる。
そういう魔法でも使ってんのか?」
「おれはただ、うまくやるために頭をひねってるだけだ」
「しょっちゅう人に噛みついといてよく言うぜ。ほらよ。こいつがリストだ。
精々頑張んな、ヒロフミ坊や」
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家に戻った。
「ぬほぉぶはあ!ちょーーーー緊張したあーーーー!」
なにしてんだ新山。
「こえーーー!こえーーーっすよあのスキンヘッド!
なんであんた平気なの!?」
「この世の誰より安全なところにいてなに言ってやがる」
「ヤクザは全人類が恐怖する対象なの!」
「こんな夜遅くまで部屋で仕事してる男だ。ヤツはヤツなりにこの町のために必死で動いてるのさ」
「達観しすぎてて気持ち悪い。キモいじゃなくて気持ち悪い」
そんなに言うなよ……。傷つく。
「情緒不安定で人に当り散らす時もあれば、妙に理性的……。
転生したときに別人の脳が混ざった可能性?
あり得ない。でも……。
精神の分裂?それとも単に子供なだけ?」
新山がぶつくさ物騒なことを言っている。
「おい、妙なことを考えるのはやめ……」
「ちょっと調べさせてね!」いやに明るい新山。
スマホから光。目が眩んだ。
意識が遠のいていく。
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白い空間にたゆたっている。
意識ははっきりしているが、感情がなにも沸き上がらない。
奥から新山が歩いてきた。
「よーす。気分はどう?」
「かなりいいよ」
「うんうん。今は肉体的、精神的なストレスから解放されているからね。
いまあたしが何を聞いてもペラペラ喋っちゃうと思うけど、いいよね?」
なにも考えられない。「ああ。構わない」
「おーし、それじゃあ行くね。
君の名前は?」
「霧島、博史、だ……」
「おっけー。それじゃあ……。
君は1人?それとも何人か居る?」
おれ?おれが何人かって?
「おれは、おれしか……、い ない……」
「ちょっと辛そうだね。無理せず、思ったことを言っていいんだよ」
おれ。おれ。おれ。おれ。おれってなんだ?
「時々……。自分でも思ってない行動をとることがあるように思う……。
でも……。おれはおれだ……」
「わかった。ありがとうね。
……。君は、精神が分裂しているわけではない。
ただ、極端な二面性を持ってる。
それは、お父さんに殺されたトラウマかもしれないし、もっと前から兆候はあったのかもしれない。
それは、わからない。
いずれ落ち着くのかも。ずっとそのままかも。
これから君は、人とぶつかることもあるだろう。でも挫けないで。
人とすれ違うこともあるだろう。その時に悲しいと思う気持ちも忘れないで。
君は君だ。キリシマ・ヒロフミだ!
胸を張って生きていきなさい。私は、ずっとヒロフミの事を応援しているよ!」
再び意識が遠のいていく。
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女の声。「おう、なにボーッとしてんだ兄ちゃん。いてこますど」
「う、あ?」
「ちょっと。大丈夫、ヒロフミ?ツッコミが出来なくなったら、
あんたのアイデンティティが無くなっちゃうじゃん」
意識がボヤけている。
「にい、や、ま、か?」
「どしたん?ぽやっとしちゃって」
「う……。何かに、頭を、弄くられたような……」
「おおー。改造人間ですね!仮面をかぶったライダーみたいだね!」
「な、んだそりゃあ…」
やっと、意識がはっきりしてきた。
新山が声のトーンを落とした。
「え?仮面のライダーを知らないの?
じゃあ、じゃあ!頭がアンパンのヒーローは!?」
「アンパンに頭をやられたヒーロー?テレビで放送できないだろ…」
新山が痛々しそうな顔をする。
うぜー。どうせおれはテレビとかゲームとかに無縁だったよ。
「ところで、なんかひどく嫌な夢を見た気がする。
新山。お前、おれに何か…」
「ねー!ゆかりちゃんに仕事手伝ってもらうのはどう!?
洗脳能力だよ!?交渉において最強のカード!
よっしゃあああああ!すでに勝ちは見えたあああああ!」
「聞けよ…」
なんだか妙に体がだるい。いい加減に今日は寝よう。
「寝るの?…ねえ、もうちょっと話をしようよ」
くそっ。美人にこんなことを言われるシチュエーション。憧れていたのに。
相手は新山。おまけに会話はスマホ越し。
「ちくしょう、ろくでもねえ世界だ…」
「え!?なんで!?なんでそんな死ぬ前見たいなセリフを吐き捨てて寝室に行くの!?
あっ!通信装置を置いていくなー!朝起こしてあげないぞー!」
これから目覚まし女と呼んでやる。
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―――――遠くで、猫のような、頭のイカれた女のような声が聞こえる。
「にゃー!にゃー!にゃーーーーーーーああああああああああああ!」
怖い。もう少しベッドに居よう。
「おおーーーーーーーーきいいいいいいいろおおおおおーーーーーー!」
さみしー!さみしくて死ぬーーーー!
早くあたしと会話をしろおおおおおーーーー!」
ベッドから飛び出し、ドアを蹴り開けた。
「うっ、せえええええええーーーーーーー!
何だ朝から!てめえマジざけんなよ!
次元に干渉してスマホぶっ壊すぞ!」
新山が叫ぶのをやめた。
「あ、おはよう。ヒロフミ。ご飯用意してあるよ。
画面の中だけど。食べる?」
「何だこのテンションの落差!高低差で耳キーンなるわ!」
「あや?テレビ見れないんじゃなかったの?」
「学校の友達が言ってるギャグくらい覚えとるわ!
それより何のつもりだ!引っ越して二日目にして
ご近所様に顔向けできなくなるだろうが!」
「え!?情緒不安定にして、人の揚げ足をとる天才。
言葉の暴力を自在に操る男、ヒロフミに友達が!?
なにそれ怪奇現象だよ!」
「勝手に通り名をつけんな!なんだその不名誉な呼び名は!
…うっぷ。低血圧なのに無理しすぎた。
おれはベッドに戻るぞ」
「やー!お願いあたしも連れてってー!
嫌だー!捨てないでー!あたしに飽きないでー!」
「うおおおおおおい!やめろ!
ただでさえ今おれの評判はマルコムに最低にされてるってのに、
女を捨てる鬼畜の評価もプラスするな!」
なんだってんだよ…。目が覚めちまった。
「くそ。誰が情緒不安定だ。お前の6倍安定してるっつーんだ」
「へへー。今日のご予定は?」
そうだな。
「お前の発言も一考に価するかもしれない」
「あ、気に入ってくれた?言葉の暴力を自在に操る男。
何気にあたし、そういうセンスあるんだよねー」
「そっちじゃねえええ!橘だ!橘に手伝ってもらうって話だ!」
「ああ。そんなこと適当に言った記憶があったりなかったり」
「ねえのかよ!
…ただ、あいつの能力が人にどう干渉するのか分からん。
前に見たのはトカゲだったしな。
それを聞きに行こうと思う」
「ういー。じゃあお風呂に入ってー。顔洗ってー。
あ、本当に洗うだけじゃなくて歯も磨かないとダメだよ!」
「だからお袋かって」
「Oh!?何?!何が!?」
「どうしてお袋発言にそんな動揺すんだ…」
怖い。本当にお袋気取りなのかもしれない。
おれは首を回してボキボキ音を立てた。
さあて。行くか。
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役所に顔を出した。
「ミリー。居るか?」
受付はがらんとしている。
「居ないのか。まだ時間が早かったか?」
奥から物音と、押し殺したような声が聞こえる。
マルコムの部屋だ。そちらに近づいていく。
部屋の前まで来ると、声がはっきり聞こえるようになった。
マルコムの声。
「……。だから、あの坊主は頭が回りすぎる。
俺達の輪を乱し、いずれ取り返しのつかないことになる。
わかるな?ゆかり」
激しい運動をしているかのような乱れた声。
「はっ、はっ、はい……。わ、わかってます。
ヒロフミ君は、カズキさんにとっても危険です。
カズキさんが手をさしのべても、
それを振り払って飛び出していってしまう。
カズキさんはそれを放っておけません。
必ずヒロフミ君を……、んっ!
た、助けに行って……。カズキさんも危ない目に……」
「そうだ。わかってるじゃねえか。ゆかり。
今日は可愛がってやるぜ」
戸惑ったような声。
「あ、は、はい。ありがとうございます……」
「ふう。そんなにカズキが好きか?
そんなに露骨に嫌われると悲しいぜ。
それに、この関係はゆかりの方から言い出した事だったはずだな?」
怯えた声。
「あ、いや、違います!わたしは……。マルコム、さんが、
好き、です」
下卑た声。
「そうか。じゃあ今日は後ろも試してみていいか?」
「え?いえ、それは……。
いえ、あの……。はい。大丈夫です……」
「お前は本当に可愛い女だよ」
部屋を離れた。
部屋の中まで足音が聞こえない位置に来ると、
駆け出し、役所から離れた。
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どのくらい走っただろうか。
息が切れ、胃が締め付けられるような痛み。
道端にしゃがみこんで、嘔吐した。
胃液を吐き尽くしても、吐き気は消えない。
胃の痛みは更に激しくなった。
スマホから宥める様な声。
「女の武器を使って、カズキを助けようとしてるんだね。
おどおどしてカズキに頼りっきりの子だと思ってたけど……。
強い子だった。あの子に謝らないと」
「にい、やま」
「なに?」
「昨日の、言葉は……。撤回だ……」
「やつはヤツなりに、ってやつ?
若い女を抱きたいのはみんな同じじゃん?」
「ふ、ざ、けんな……。
マルコムは、橘の気持ちを知った上で弄んで楽しんでいる。
ゲス野郎は我慢ならねえ。ぶっ殺してやる!」
「冷めた態度ばっかとってるくせに。
……。まあ、惚れた女相手じゃしょうがないか」
どうしてわかった?
「何で?って顔しないでよ。
あんたの顔みてわからないやつが居ると思う?」
くそっ。何としてでも取引を成功させる。
その上でこの集落をおれが掌握し、マルコムを失墜させてやる。
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しかし、参った。
あの様子じゃ橘はマルコムの手駒だ。
協力を要請してもマルコムの横槍が入る可能性がある。
マルコムは、おれに仕事を失敗してもらいたがっている。
リストや情報を、おれが言うまで一切寄越さないのが証拠だ。
それは、マフィアと揉めた結果おれに死んでもらいたいのかもしれないし、
単におれの地位を貶めたいのかもしれない。
どちらにせよ、マルコムは都市と事を構えるリスクを負っている。
そこまでしておれに固執する理由はなんだ?
思い当たるのは、一つしかない。
……甲種次元干渉兵器。
マルコムはこの銃に異常に反応した。
つまり、この銃がマルコムの弱味だ。
だが、マルコム以外にこの銃の情報を持ってるものがいない。
……そこをつつくのは、いずれ。
今は、手持ちのカードで勝負するしかない。
目にもの見せてやるぜ、マルコム。
おれを敵に回したことを泣きながら後悔させてやる。