6話 SPEAK
「昨日は大暴れだったらしいな。ヒロフミ坊や」
マルコムは昨日と同じようにふんぞり返って葉巻を吹かしている。
「魔法が使えなくても少しはお役にたてたかな?」
マルコムが苦い顔をした。
「くそっ。口の減らないガキだ。……魔法を使わねえでどうやってタランテラを殺った?」
あの蜘蛛はタランテラと言うらしい。
「武器庫の銃だ。偶然ユーザー登録されちまったから使った」
マルコムが椅子から落ちかけた。
「まさか、甲種次元干渉兵器に手を出したのか?」
「来い」銃を出現させた。
マルコムは今度こそ椅子から落ちた。
「なんでてめえが上位アクセス権限を持って……。
いや、それより管理者がここを制圧に来るぞ……」
虚ろな目をして何やらぶつくさ言っているマルコム。
カズキ。「どうした、マルコム。この銃は禁制品なのか」
カルヴィン。「だが、あれは正当防衛だ。緊急避難てやつだな。
それに、都市の法機関にバレるとまずいものなんて腐るほどあるだろ?今さらじゃねえか。ボス」
マルコムは首を振った。
「ヒロフミ。てめえを都市との物資受け渡し担当官に任命する」
カズキが大声を上げた。
「どういうことだ!?なぜヒロフミを!?」
マルコムが落ち着きを取り戻し始めた。
「何かあってもその銃があればなんとかなるだろう。
それに、その大物の坊やにこの集落の警備なんてチンケな仕事は似合わねえしな」
裏がある。だが。
「了解したよ、マルコム。謹んで拝命するぜ」
「おい、ヒロフミ!」カルヴィンが喚いた。
この空気。どう考えてもヤバい仕事だ。
しかし、ここでビビってたらマルコムになめられる。
そいつは良くねえ。
これからマルコムと交渉をするときの戦略的にも。
気分的にもだ。
「そいつは何よりだ。喜んで貰えて嬉しいよ」
くそったれ野郎。
「よし。じゃあ、甲種次元干渉兵器とやらについて教えて貰えるかな?」
マルコムが真面目な顔をした。嘘をつく気だ。
「そいつは、俺の母国で造られたハイテク兵器だ。
亜空間にアクセスし、そこから銃弾を取り出す。その際に発生した推進力で弾丸を射出する。
動力は電気だが、そいつも亜空間にあるサーバーから供給される。
無限に撃てる上に、火薬で撃ち出す鉛玉とはひと味違う威力を持っている。
バッテリーがちいせえからあまり連発は効かねえが。
正直、ガキんちょには過ぎたオモチャだ」
兵器の説明にはなっている。だが、根本的になにかを隠している。
「なるほどな。弾倉が無いわけがわかった。
敵を追尾するのはなぜだ? 」
「使用者が敵と認識している対象の座標を登録し、そこに弾丸を射出する。
射出された弾丸にも座標を認識する機能がある。
リアルタイムで更新される座標に向かって飛んでいくわけだ」
強すぎるぞ、この銃。
「そうか。あんたが慌てる訳もわかったよ。強力すぎる兵器だ」
納得した振りをする。根掘り葉掘り聞くのはまた今度だ。
「次の都市との物資受け渡しの日時は明後日だ。家を用意させてやる。
ミリシャに案内させるからしばらく体を休めてくれや。担当官殿」
「ああ。ありがとう」
いつかてめえの隠していることを暴いてやる。
部屋を出る。カズキが慌ててついてきた。
「ヒロフミ。物資受け渡しはヤバい。マフィアの連中とやりあうことになるし、
汚れ仕事だ。今からでもマルコムに頭を下げて撤回してもらうべきだ」
「問題ねえ。心配するなよ、カズキ。うまくやるさ」
「くそっ。どうしてお前は俺の言うことを聞き入れないんだ。
そんなに俺が嫌いか?」
好きか嫌いかでいうとかなり嫌いだがな。
「カズキ。お前はおれの命の恩人だ。感謝してる。
でも、ナメられるのだけは我慢ならない。
マルコムにも。お前にもだ」
「俺にはお前を誘った責任がある。お前が危険な目に遭うのを見過ごすわけにはいかん」
そうかい。好きにすればいいさ。
「ヒロくーん!」ミリシャが声をかけてきた。
「えへへ。すごいね!昨日来たばっかりで物資受け渡し担当官になるなんて!
担当官はケンゲンがあるから?家を貰えるんだって!
あと、このシューラクのシセツは大体利用していーってさ!」
「そうか。悪いんだが、おれが貰えるっていう家まで案内してもらっていいか?」
「はーい!」
カルヴィン。「俺も遊びに行くぜ」
ミリシャが顔の前で両手を交差させ、大きく×印を作った。
「ぶぶー。カルぴんはズッキーと一緒に警備のお仕事がありまーす」
「頑張ってな。カルヴィン」
「頑張ってー!」
「そりゃないぜ!」
ミリシャと役所を出た。駐車場に向かい、ミリシャが赤い車の運転席に乗り込む。
「乗ってー!ミリー号だよ!」
この女はいちいちテンションが高くて疲れる。美人だが。
助手席に乗り込みながら聞いた。
「ミリーは年、いくつなんだ?」
「25!」
おれと9個も違うじゃねえか。もう少し落ち着け。
だらだら街中を走る。
三歳くらいのガキが鼻水を垂らしながら手を振ってきた。
手を振り返してやる。ガキが飛び跳ねて笑った。
「かわいーねー」
「おれが利用していいって施設はどんなのだ?」
「話題の切り替えが早すぎてついていけにゃいよー、ヒロくーん」
悪かったな。せっかちなのは性分だ。
「えーとねー。通信機の設置してある通信施設とー。
酒場とー。えーがかんとー。あとバイシュンヤド!」
鼻水吹いた。
「着いたー。つきもーしたー。お降り下さいませー」
2階建ての一軒家。なかなかいい家だ。
イェスパーのガレージとは訳が違う。
新山。「ふむ。悪くない」
何様だお前は。
「じゃーねー」おれを下ろし、ミリシャが排煙を振り撒いて去っていく。
中に入る。まず設置してあったタンスを開けた。
「おお。さすが伝説の勇者。まず小さなメダルとか力の種を探すよねー」
「伝説の勇者ってのは空き巣も兼業してんのか?おれが探してんのは着替えだ。
この真っ黒なスキンスーツをいい加減着替えてえ」
「えー。かっこいいじゃんそのスキンスーツ」
「だったらもう三着くらい支給しろ」
タンスにあった、白いシャツと黒いジャケット。更にジーンズを身につけた。
靴は……。まあこのままでもいいか。
「馬子にも衣装ってやつね」
「お袋か。お前は」
「え?あ、え?」新山が動揺している。
「どうした?」
「あ、あ、いや、だ、誰がお袋だー!まだ若いっちゅーねん!」
なんだこいつ。まさかおれの事を本当に息子のように思って……。
いや、おぞましい想像はよそう。鳥肌立ってきた。
「出かける」
「え、どこ?売春宿?」
「ちっげーよ!自分で言うのもなんだが、おれは硬派なんだ!」
「ホントに自分で言うなよ……。じゃあ、どこ?」
「通信施設だ」
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通信施設は、おれの貰ったばかりの家から徒歩20分程度のところにあった。
「おー。アンテナがいっぱい建ってる。なんかヒワイ?だね」
「マジでミリシャとキャラが被ってきたぞ」
ぎゃー!とかいやー!とか喚く新山を無視して、通信施設に踏みいった。
中の技術者たちが、一斉にこっちを向いた。
―――ひるむな。
「よう。物資受け渡し担当官のキリシマ・ヒロフミだ。
責任者はいるか?」
奥に、首をすくめておれの視線から逃れようとしているやつがいる。
そいつの近くに歩み寄る。
「そんなに怯えることはない。少しばかり話が聞きたいだけだ」
―――おれが聞くのは、物資の受け渡し相手についてだ。
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通信施設の責任者は、登頂部の禿げ上がった小男だった。
訥々とおれの質問に答え始める。
「……奴等は甘い汁を吸うためなら、どんなことでもやる。
人身売買、麻薬の取引などだ。
新任の担当官の身柄を交渉の材料として使うことなど、やつらには屁でもない」
「弱味があるはずだ。そういった連中には特に」
頭皮に汗をかきはじめる。
「いや、私はそう言ったことには疎く」
「いいや。ある。あんたがそんなに汗をかいているのも理由のひとつだが、
そもそもそれがないと交渉が成り立たないからだ。
略奪されるだけでなく、取引が出来ている時点であんたには切り札がある」
もはや汗は顎までしたたっている。
「勘弁してくれ!もし、―――なにかがあると仮定した時の話だ!―――もし、
私がなにか漏らしたと知れたら、私は終わりだ!」
あと一押し。
「なあ。おれはこの集落と、都市の連中との関係には詳しくない。
正直、受け渡しをする相手の恐ろしさもよくわかっていない。
だから。だからだ。あんたがそんなに神経を磨り減らすストレスを
おれが引き受けるって言っているんだ」
小男は突っ伏した。登頂部のハゲがこちらに向き、笑いそうになるのを舌を噛んでこらえた。
「あ、あ、あとであんたの家に資料を届けさせる……。
それで勘弁してくれ」
「ありがとう。助かるよ。それじゃあ、また明日な」
愕然とする小男を残し、おれは外に出た。
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新山が話しかけてくる。
「さあ。説明してもらおうか」
「なにをだ?」
「なにをじゃなーい!できる男みたいに全部わかった風に喋っちゃって!
いつものヒロフミじゃなーい!」
「いつものおれはアホなイメージなの?」
「猪突猛進!豪放磊落!天地無用!って感じ」
「なにも考えず四字熟語を並べるな」
「ツッコミは今はいいよ!あたしの質問に答えろ!
10秒以内だ!」
「なんなんだよ……。だったらもっと具体的に質問しろ。
何が聞きたいのかわかんねえ」
「まず!何で通信施設に行ったの?」
「そっからかよ。
通信施設、とわざわざ名前にあるくらいなんだから、
通信インフラが基本的にそこにしかないってことだ。
つまり、都市と通信するためにはあの施設を使うしかない。
おれのやらされる仕事について下調べするには最適だろ?」
「あそこの責任者がそれに携わってるとは限らないじゃん?」
「今日、マルコムはおれに突然任命した。
つまり、今は正規の担当官がいない。いきなり自分の仕事をとられて、
困らないやつはいないからな。代わりに誰かがやらされていると思った。
通信施設の気の弱そうな技術者連中は押し付けるのにうってつけだ。
仕事のついでにこれも頼む。ってな具合だな。
更に、おれの利用できる施設の中に通信施設が含まれているってことは仕事に必須ってことだ。
他の施設は娯楽関係しかなかったしな」
「推測とはったりじゃん」
「それ以外になにか必要か?」
新山が額を揉んでいる。
「明日も行くって言ってたね。資料を貰ったらもういいんじゃないの?」
「改竄される恐れがある。幸い、あの責任者は嘘がつけなさそうなタイプだ。
違和感をつつけばボロを出す」
「ヒロフミ、恐ろしい子!
……下調べならイェスパーとかカズキにも聞けたんじゃない?」
「こんなヤバそうな仕事に巻き込めるかよ」
「自分は子供扱いするなって言っといて、イェスパーやカズキは蚊帳の外?」
「そろそろ口を閉じろ」
よし。次の仕事だ。
※※※※※※※※※※※※※※
「ちょっと酒場で休んでいくかな」
「休む休むーって言っても、まだ情報収集する気でしょ?
ワーカーホリックだね。変なとこ日本人ぽいよ」
「口を閉じてろと言ったはずだ」
道を歩いている兄ちゃんに話しかける。
「よっ。昨日来たキリシマだ。酒場に行ってみたいんだが、道を聞いてもいいかな?」
兄ちゃんがびっくりしたあと、満面の笑みを浮かべる。
「ああ!あんたが!蜘蛛をぶっ殺してくれたって聞いたぜ。
若そうなのにやるな!
いいぜ!一緒に飲もう!話を聞かしてくれ」
妙に好意的だ。誰だ?昨日の事を言い触らしてるのは。
※※※※※※※※※※※※※※※
酒場は空いていた。まだ時間が早いようだ。
店主がおれの顔をじっと見ている。
近づいて聞いてみる。
「どうかしたか?」
「……あんたには好きなだけ飲ませていい、とマルコムに言われてる」
「そりゃあ助かる。みんなが良く飲むやつをくれ。
ああ、この兄ちゃんにも頼むぜ。
あ、おい安心しろよ。その二杯だけだ。
この店の酒を飲みつくそうなんて思っちゃいない。それに、金はマルコム持ちなんだろ?」
「マルコムが金を払うとは思えん」
通りで警戒されているわけだ。ただ酒を飲みにきた野郎だと思われているらしい。
「そいつはひでえな。じゃあさっきのは取り消しだ。
悪いがおれは金がない。兄ちゃん、悪いが一杯奢ってくれねえか」
「ああ。元々そのつもりだったからな。
それにしてもマルコムの野郎、感じ悪いな」
感じ悪いどころではない。おれの印象を貶めようとしている。
この分じゃ、他の施設にも根回しをしているに違いない。
通信施設で責任者がおれにビビってたのもそれが原因だろう。
やれやれだ。
※※※※※※※※※※※※※
カルヴィンたちと飲んだ酒とは比べ物にならなかった。
アルコールが喉を焼くが、それだけ。
酔っぱらうためだけにあるような酒だ。
「それで、蜘蛛がのし掛かってきたときどう思った?」
「死ぬにしても、こいつに食われるのだけはごめんだと思ったね。
あの不気味な牙に噛まれるのだけはいやだ」
兄ちゃんが身震いする。
「うおお、鳥肌が。昨日襲われたばかりのヒーローの話は臨場感がすげえな」
背後から女の声。
「楽しそうね。たまたまタランテラを撃退しただけでそんなに自慢気になれるなんて羨ましいわ」
くそっ。酔っぱらいが絡んできやがったか?
振り向く。
茶色に近い髪、黒い目。はっきりした顔立ちだが、西洋人ではない。
「お前、日本人か?」
「見ればわかるでしょ。なんなの?あんた。
あたしたちが必死にこの町に溶けこもうと頑張ってるのに、
来たばっかのあんたが銃を振り回していきがっちゃってさ。
ちょっとはカズキやゆかりのことも考えなさいよ」
「いきがることも出来なかった女に言われてもな。
おれやカルヴィンはマジで死ぬところだったんだぜ」
女とにらみ会う。
兄ちゃんが手を上げた。「おいおい。勘弁してくれ。俺はお邪魔のようだから退散するよ」
兄ちゃんが去っていった。
ため息をつき、女が口を開いた。
「どんな能力を手に入れたの?」
「なぜお前に教えなきゃならない?」
「あんた、ムカつくわ」
「奇遇だな。おれもお前と話してると吐き気がするぜ」
「こっの……!」女が手をかざした。何かする気だ。
「来い!兵器の使用を申請する!」
銃が手に出現した。女に銃口を向ける。
「承認を受理しました。
……対象に殺意はありません。出力を通常の0.00001パーセントに制限します」
つまり、手加減しなくていいと言うことだ。
女が叫んだ。「祖は氷原の女王!冷気をもって世界を停止させよ!
ニブルヘイム!」
右手に針を突き刺されるような痛み。次いで感覚が無くなった。
右腕が凍っている。引き金が引けない。
「何!?」
「ふふん。銃に頼ってるからこうなるのよ。
……我の意思は神の意志!立ち塞がるものに裁きをくだせ!
ミョルニル!」
腹に衝撃。吹き飛ばされ、テーブルを3つほど薙ぎ倒した。
呻いた。だが、右手は動くようになった。効力時間があるらしい。
「どう?まいった?泣いて謝るなら許してあげるわよ」
「ああ、まいった。お前の痛々しい呪文で全身が痒くて堪らねえ」
女の顔が真っ赤になった。
「人が手加減してやれば……!全力で食らわしてやるわ!
天空に住まう大いなる龍よ!不遜なるものにいかずちを―――!」
女の足元に向けて銃を撃った。弾丸は上昇して女の腹に当たり、吹き飛ばした。
「きゃああああ!」
息をつき、立ち上がった。女はテーブルの破片にまみれてもがいている。
「おい」店主に声をかけられた。
「店を壊すんじゃねえ!物資受け渡し担当官だろうが、ぶち殺すぞ!」
女と二人で逃げるように店をあとにした。
「はあ、はあ……。ちょっと!何でついてくるのよ!」
「ぜっ、はっ、お、お前がおれんちの方に走ってったんだろ」
女と再びにらみあった。
「出来ればあんたとは二度と会いたくないわ」
「おれは出来れば一度も会いたくなかったぜ」
肩を怒らせて去っていく女。
新山。「いく先々で何かが起こるね。RPGの主人公になれるよ」
「アールピージー?証明終了って意味だっけか?」
「それはQEDでしょ…。いつも決めてるのにたまにずれた発言するとか
萌えキャラかお前は」
くっそ。家で少し休もう。資料も届く頃だ。
次回、第7話! ~恋する乙女は切なくて、ヒロフミを見ると詠唱しちゃうの~
もう、なんなのよ、アイツは!すごい腹立つ!
でもなんだかアイツに撃たれたお腹がジンジンして…。
これってもしかして、打ち身!?
次もまた見てくれよな!
※嘘です