5話 PINBALL MAP
カルヴィン。カルヴィンを助けなくては。
繭に包まれたカルヴィンに歩み寄った。
背後でがさっという音―――振り向く。
蜘蛛だ。まだ2匹居るのを忘れていた。
飛び掛ってきた―――咄嗟に手を突き出す。
右手に金属の感触―――いつの間にか銃を手にしている。
狙いも定めず撃った。
衝撃―――床に転がる。もう何度目だ?吹き飛ばされるのは。
ぐらぐらする頭を抑え、立ち上がった。
蜘蛛は弾け飛んで残骸をさらしている。
蜘蛛。もう一匹いるはずだ。
「電力残量が低下しました。待機電力確保のため、スタンバイモードに移行します」
―――くそっ!
ラックの間に身を隠した。
銃さえ。銃さえ使えるようになれば姿が見えなくても撃ち殺せるかもしれない。
そっと身を乗り出し、辺りを伺う。
蜘蛛は…いない。
体を更に奥へと滑り込ませた。
―――ちくしょう。早く撃たせろ。
恐怖で呼吸が早くなる―――胃が縮こまる。
ふと、頭上で吐息のような音が聞こえた。
震えながら上を見上げる。
スチールラックの5段目―――そこに複数の光点。蜘蛛の目だ。
喚き、駆け出した。
だが、足が蜘蛛の糸に絡みつかれ、転倒した。
蜘蛛がすばやく近寄ってくる。
おれにのしかかり、牙を剥き出す蜘蛛。
右手の銃を突き出す―――銃身が蜘蛛の目玉に突き刺さった/蜘蛛が頭を動かす=右手に牙が食い込む。
おれは絶叫した。鋭い痛みよりも、腕を駆け上がってくる何か。
――毒液だろう――が恐ろしい。
ジン、という痺れが全身を支配した。
体が動かなくなる。叫ぶことすらできない。
蜘蛛はおれの腕から牙を抜き取り、首を傾げこちらを観察する。
―――ちくしょう。ちくしょう。
こいつはもう無害だ、と判断したらしい。
蜘蛛が再び牙をこちらに近づけ…。
光が蜘蛛を貫通した。2本。3本。
蜘蛛が燃え上がった。
おれの体から飛び退き、走って逃げようとするが、更に2本の光に穿たれ動きを止めた。
首をねじ曲げ、光が飛んできた方を見ようとする。
「無理に動くな。今、血清を打ってやる」
カズキ。安心感と悔しさで頭のなかがぐるぐるまわる。
そのまま、意識が暗闇の渦のなかに消えていった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
―――親父がおれを罵っている。声は聞こえない。
ただ、おれを詰っていることはわかる。
……!…………!!
くそっ、なんだよ。おれを殺しといて、まだおれの事が憎いのか。
……!……………………!
消えちまえ。どいつもこいつも。
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「消えちまえ」
「うっおっ!?起きていきなりひどい!さすがヒロフミさんはドSやで!」
目を開けた。天井の蛍光灯が目に入る。
「新山か?」
「おっすー。いやあ、異世界来て早々バトル続きで大変っすねー。体大丈夫?」
「嬉しそうだな、おい」
「そりゃあね。こんなにいきなり修羅場になる転生人は珍しいよ。楽しませて貰ってまーす」
部屋の外から声。
「起きたようだな。入っていいか?」
「ああ。いいぜカズキ」
ドアが開き、カズキが入ってきた。
顔には疲労の色が濃い。蜘蛛の駆除で消耗しているのだろう。
「ヒロフミ。すまなかった」
カズキが頭を下げる。
だからこいつは嫌いなんだ。自分が悪くもないことで謝り、こっちが気を遣うことになる。
「どうして謝る?」
「蜘蛛が発生したとき、まずお前たちをさがし、保護すべきだった。それを怠ったのは俺の怠慢だ」
保護と来たもんだ。
「なあ。カズキ。こっちに来てくれないか」
カズキが頭をあげ、ゆっくりとこっちに歩み寄る。
体を起こす。
「おい、ヒロフミ。まだ無理せんほうが……」
カズキの胸ぐらを掴み、引き寄せた。
「ふざけるなよ。カズキ。あんまりおれやカルヴィンたちをガキ扱いするな」
たじろぐカズキ。
「俺はただ、お前たちを守らなくてはと……」
「それがガキ扱いしてるっていうんだ。おれたちはおれたちで戦った。
そいつまで馬鹿にされちゃたまらねえ」
カズキが息をついた。
「すまん。お前たちをなめていた」
手を離した。
「助けてくれたことには感謝する。お前はおれの命を救ってくれた。恩人だ」
カズキが襟元を直した。
「カルヴィンとイェスパーは?」
「二人とも生きている。ただ、イェスパーは蜘蛛の消化液を少し流されていてな。
歩けるようになるにはもう少しかかる。
お前とカルヴィンは幸運だった。麻痺毒だけで済んでいた」
なるほど。もう少しでおれも消化液を流されるところだったわけだ。
「イェスパーに会いに行く」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
おれが居るのは集落の療養施設だった。
部屋を出て、カズキに聞いたイェスパーの病室までリノリウムの廊下を歩いた。
廊下の突き当たりにドアがあった。
入室者名には、「イェスパー・シップスタッド」と記されている。
ドアをノックした。
「イェスパー。いるか?」
カルヴィンの声。「入ってこいよ。ヒロフミ」
ドアを開けた。中は消毒液臭い。
ベッドに包帯を巻いたイェスパーと、ベッドサイドにカルヴィンがいる。
イェスパーが口を開いた。
「助かったぜ、ヒロフミ。お前が蜘蛛野郎をぶっ殺してくれたんだってな」
喉をやられたのか、ガラガラ声だ。
「ひどい声だぜ。イェスパー」
カルヴィン。「誰も起動できなかった銃を使いこなし、迫る来る驚異から集落を守った。
もしや、そなたは伝説の勇者ではあるまいか?」
大声をあげて笑った。ガラガラ声のイェスパーもだ。
ひとしきり笑って、聞いてみた。
「そうだよ。この銃。なんだこいつは?
ユーザー登録は必要のようだし、使う度に許可をとるか聞いてくる。
挙げ句には外しても敵を追っかけて当たる。
この世界では普通か?」
イェスパー。「いや。そいつはクルスの連中と小競り合いをしたときの戦利品だ。
詳細はわからねえし、誰も起動できなかったから放置してあったんだ。
そんなに強力なら何としてでも使用法を探すべきだった。」
起動したときのことを思い返した。
たしか、傷ついた指でパネルに触れたら表示が出たんだった。
「DNA認証とか?最初に血を触れさせたやつが登録される。てのはどうだ」
カルヴィン。「わざわざ血でか?指紋やなんかでも良いだろ。
使用者の血液を登録するなんて随分オカルトチックな銃だな」
そりゃそうだ。だが、気になることはまだある。
「来い」
右手に銃が現れた。カルヴィンとイェスパーが目を剥く。
「この銃。おれが呼ぶと飛んでくるんだ」
銃をひっくり返して隅々まで見た。
「おまけに弾倉がない。どこからタマを入れるんだ?」
イェスパー。「おい、病室で物騒なもの振り回すなよ。
後でマルコムに聞いてやるって」
「大丈夫だって。ほら、パネルが緑色だろ?このときは撃てねえんだ。使いたいときは……」
ちょっと恥ずかしい。
「兵器の使用許可を申請する」
「申請します。……却下されました。
現在、ユーザー様に危険があると認められません」
「な?」
カルヴィン。「な?じゃねえ。一人でなにブツブツ言ってんだ」
イェスパー。「言ってやるなよカルヴィン。ヒロフミは疲れてるんだよ」
くそっ。哀れまれた。やはり登録者にしかこの女の声は聞こえないらしい。
銃をテーブルに置いた。
「まあそういうことだ。それより、集落を守ったおれに報酬とか出ねえのか?」
カルヴィン。「この集落はな、都市のお偉いさんが問題児を送り込んで盾にする前線の基地なんだ。
平たくいやあ刑務所みたいなもんだな。
パトロンが居ねえから金の出所が存在しねえんだよ」
「前線なんだろ?国が金をかけて守るべきじゃねえのかよ」
イェスパー。「前線というか、言い方が悪かった。国の国境付近だ。
だが、回りにあるのは荒れ地。モンスターの生息地。都市ははるか彼方。
まるで旨味がないから危険なだけで護る価値はあんまりないんだ」
ろくでもねえとこに来ちまった。
「そうかい。それにしても腹が減ったぜ」
こっちにきてから口にしたのはカラスの丸焼きだけ。原始人かおれは。
「もうすぐ飯の時間だ。くそ不味い病院食だがな」
カルヴィンが渋い顔をしている。
おれがこの世界に来たのは早朝だった。
その後カズキたちとカラスを食い、トラックで集落に来たのが昼過ぎ。
カルヴィンたちと酒を飲んで騒いだのが夕方。
武器庫やイェスパーの家で蜘蛛と戦ったのが夜。
「おれはどのくらい寝てたんだ?」
カルヴィン。「俺とたいして変わらん。6〜7時間てとこか。
酒も入ってたからぐっすり寝ちまったな」
じゃあまだ早朝か。なんか規則正しい生活をしている気がする。
カルヴィンたちと一緒に飯を食って―――マジでくそまずかった!
―――おれとカルヴィン、カズキは役所に向かった。
やったああああ!蜘蛛の話が終了おおおおおお!
これで鳥肌から開放される!
…スライム的な雑魚キャラとしてまた出そうなんて思ってないよ!ほんとだよ!