4話 SCREAM AIM FIRE
跳ね起き、喚きながらドアを閉める。
どす、と蜘蛛がドアに衝突する衝撃。
カルヴィン。「くっそ。こんな集落のど真ん中まで侵入されちまってるとはな。
仕方ねえ。幸い武器はたっぷりある。蜂の巣にしてやろうぜ」
「どうするんだよ?」
カルヴィンが近くの小銃を手にした。
「ドアを開けろ。俺が撃つ」
おれは膝が震えるのを感じながらドアに近づいた。
「いいか、ヒロフミ。合図したらドアを開けて横に飛びのけ」
うなずいた。
「カウントするぞ、3!」
ノブに手をかけた。汗で手が滑る。
「2!」
心臓が跳ね回っている。視野が狭くなってきた。
「1!」
手に力を込めた。
「開けろ!」
ノブを下ろし、ドアを開け放って横に飛んだ。
カルヴィンが銃をフルオートでぶっぱなす。
銃声/弾丸が金属に当たる音―――硝煙の匂い。
―――音が止んだ。
「カルヴィン、殺ったのか?」
「いや、いねえ。…蜘蛛はどこだ?」
ドアに目をやる。蜘蛛の姿はない。
と、カルヴィンがうめき声をあげた。
「どうした、カルヴィン?」
振り向くと、カルヴィンの体に太く、白い糸が巻き付いている。
カルヴィンから伸びる糸を目で追う―――入口のドアの上方/蜘蛛の尻。
カルヴィンが喚いた。「助けてくれ!」
ドアの上方からゆっくりと蜘蛛が入ってくる。
恐怖/足が竦む=動けない。
蜘蛛がカルヴィンを見つめ、息が漏れるような声を発した。
―――カルヴィンが襲われる。そして、次はおれだ。
気付くと、手で床をまさぐっていた。
「銃。銃はどこだ…」
女の声が響いた。「兵器の使用許可を申請しますか?」
目を見開き、周りを見渡す。
カルヴィン/蜘蛛/おれ。他には誰も居ない。
「申請を取り消されますか?」
事務的な声にキレた。
「銃だ!銃を寄越せ!」
「申請が受理されました。兵器の限定的使用許可を発行します」
右手に違和感/目をやる―――銃のグリップ/緑色に発光するパネル。
銃が音を立てる―――ガチン。背面のパネルが緑から赤へと色を変化させた。
蜘蛛がカルヴィンに突進した。
咆哮をあげ、銃口を蜘蛛に向けて引き金を引いた。
衝撃=爆音。体が吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
痛みに呻き、咳き込む―――顔を上げた。
蜘蛛の腹が消滅している―――ひと声鳴いて、蜘蛛は沈黙した。
まだ耳に銃声が鳴り響いている。
「カルヴィン…。大丈夫か?」
震え声。「ああ。こんなにビビったのはミリシャがキレたとき以来だ」
粘性の高い繭のような糸を毟り取り、カルヴィンを自由にする。
「出よう。みんなと合流するんだ」
倉庫を抜け、役所に向かう。
道端に燃えている蜘蛛の死骸が4〜5体転がっている。
「殺ったのはカズキか」
ふと、さっきの女の声が気になった。
「そういや、この銃を撃つとき申請がどうとか言う女の声が聞こえたよな?」
カルヴィンが首を傾げる。「そうか?何も聞こえなかったぜ」
カルヴィンには聞こえなかったのか。
気になるのはそれだけじゃない。
ユーザー登録した、という表示。おれが武器を欲しいと思ったとき、
右手にいつの間にかこの銃が握られていたこと。
―――ユーザー登録。
妙にその単語が気になった。
カルヴィン。「着いた。マルコムに報告しよう」
中に入ると、ミリシャが駆け寄ってきた。
「カルぴん!ヒロ君!」
「よう、ミリシャ。無事だな。マルコムはいるか?」
「ボスはゆかちゃんと避難したよ。ズッキーは迎撃?するって出てった」
口を挟んだ。「イェスパーはどうした?」
「え?一緒に居ないの?」
背筋が凍った。
「おい、カルヴィン!」
カルヴィンが踵を返し、駆け出した。おれも後を追う。
カルヴィンが走りながら毒づいた。
「くそっ!あのバカ、まだガレージにいるのか!そこらに蜘蛛がうようよしてるってのに!」
数ブロック駆けたところで、新山が声をかけて来た。
「ねえ、別にあんたが行かなくてもいいじゃん?なんでそんな焦ってんの?」
「ざけんな。イェスパーを見捨てられるかよ」
初めて酒を飲んだ相手。カルヴィンとイェスパーはおれの友達だ。
恥ずかしくて新山には言わないが。
「着いたぞ!…やべえ。死ぬほどいやがる」
カルヴィンの声が震えているわけがわかった。
蜘蛛がイェスパーのガレージにたかっている。
それも、1匹や2匹じゃない。10数匹はいる。
だが―――。
銃をベルトから引き抜き、ガレージに向けた。
「ぶっ殺してやる」
しかし、引金は動かない。
再び女の声が響いた。「兵器の使用許可は期限が切れています。再申請しますか?」
「ふざけんな!とっととやれ!」
「再申請いたします。…却下されました。
現在、ユーザー様に危険が及んでいると認められていないようです」
なんだと?
「どけっ!ヒロフミ!」
カルヴィンが小銃を構え、発砲した。
1匹に弾丸が命中―――致命傷は与えていない。
数体がこっちを見た。目玉が黒から赤へと色を変える。
―――怒っている。
7匹ほどがこちらに向かい始めた。
「おい、どこの誰だか知らねえが、聞いてるか!
おれに危険を及ぼすくそったれが向かってきてるぞ!」
「再申請いたします。少々お待ちください」
「早くしやがれ―――――――――っ!」
八つの足を忙しなく動かし、高速でこちらに向かう蜘蛛。恐怖で吐き気がする。
「カルヴィン、頼む!足止めしてくれ!」
「了解だ!」カルヴィンが銃を乱射する。
左右に飛び跳ね、銃撃を回避する蜘蛛。
だが、おかげで時間が稼げた。
「申請が受理されました。兵器の限定的使用許可を発行します」
銃の背面パネルが赤へ―――引金が動く。
今度は吹っ飛ばされないよう、両手で銃杷を握り締める。
撃った―――反動が腕にかかる衝撃。
蜘蛛が横に飛んで回避する―――おれの腕の動きを読んでやがる。
しかし次の瞬間、蜘蛛が弾け飛んだ。
―――明後日の方角に撃ったはずだ。…弾丸が対象を追尾している?
ろくに狙いもつけず、引金を立て続けに絞った。
引金を引く―――衝撃/蜘蛛が吹き飛ぶ。それを繰り返す。
「すげえ。楽勝だぜ」カルヴィンが目を輝かせている。
13匹ほど殺ったところで、また声がした。
「電力残量が低下しています。一時的に使用中止することをおすすめ致します」
うっせえ。
引金を引き続け、蜘蛛を殲滅した。
「電力が低下しました。待機電力確保のため、スタンバイモードに移行します」
「行くぞ!」
蜘蛛の死骸の間を駆け抜け、ガレージに到達した。
ドアを蹴破る―――中に踏み込む。
中を見渡した。
サンドバックは切り裂かれ、中の砂があふれ出している。
テレビやラジオはひっくり返り、ガーガー音を立てている。
カルヴィンが叫んだ。「イェスパー!どこだ!」
周りを見回す。―――奇妙なものがあった。
奥の壁に巨大な蜘蛛の巣―――中心に人間大の白い繭/繭の周辺に蜘蛛が2匹。
いや、もう一匹居る。
天井にへばりついているそいつは、長い白髪を床に向けて垂らし、
デニムジャケットを羽織っている男だ。
よく見ると、両腕のほかにも脇や腹から長く黒い毛むくじゃらの腕―――足?が生え、
そいつで天井に張り付いている。
ゆっくりと、男がこちらを向いた。
男の顔には目が八つあった。更に、口が大きく裂け不気味な牙が口の端から飛び出している。
カルヴィンが怖気をふるった。「なんだ…。あいつは」
おれは銃を向け、引金を引こうとした。
だが、引金はまるで動かない。
さっきの女の声が頭に蘇った。
―――スタンバイモードに移行します。
カルヴィンが蜘蛛男に向かって発砲した。
蜘蛛男は天井を這い回って銃撃を回避する。
一瞬、動きを止めた。その隙をついてカルヴィンが撃とうとし――――。
蜘蛛男が白い液体を吐き掛けてきた。
―――あれに触れたら、ヤバい。
横に飛び、寸前でかわした。
振り向いて液体の掛かったところを注視する。
床に付着した液体は見る間に粘性を増し、白い繭の様に変化した。
ふと、右手が何かに引っ張られる感覚。
右手を見た。
手の甲に液体が付着している。そこから糸が伸び、床の繭に続いている。
手を強く引くが、逆に反発力で糸に引っ張られて転倒した。
「う、お…」情けない声が漏れる。
チャンスと見たのか、蜘蛛が一匹飛び掛ってきた。
八つの目/毛むくじゃらの足/迫る牙。
叫んだ―――立ち上がろうとする/再び糸に手を引かれる=転倒。
カルヴィンの怒号と衝撃音が聞こえた。
倒れるラックに弾き飛ばされる蜘蛛。
カルヴィン―――。助けてくれたのか。
振り向くと、カルヴィンの足に白い糸が巻き付いている。
その糸に引っ張られるように飛んでくるデニムジャケット=蜘蛛男。
蜘蛛男がカルヴィンに組み付いた。
おれは、目を見開いた。
カルヴィン/首に牙が食い込む―――
弛緩するカルヴィン/液体を吐きかける蜘蛛男=人型の繭の完成。
さっき蜘蛛の巣の中央に見た繭―――イェスパー。
おれは、カルヴィンが取り落とした小銃に左手を伸ばした。
引き寄せ、蜘蛛男に向けて引金を引く―――カチッ。弾倉は空だ。
蜘蛛男が手を伸ばし、おれの胸倉を掴んだ。
「マルコムはどこ?」
甲高く、不快になる声だ。おれは首を振った。
蜘蛛男がキレた。
「知らない?あんたも?何で?どうして?あたしには何も教えたくないってワケ!?
あたしが嫌いなの!?どおおおおおおおぉぉぉぉしてよおおおおぉ!
何であたしを苛めるのおおおおぉぉおぉおオオオオオオオオォォォォラアアアア!
ふざけんじゃねえぞクソガキが!あたしをなめるとどうなるか教えてやらあぁアアアアア!」
こいつ、イカレてる。
蜘蛛男はおれを床にたたきつけた。
更に、熱く粘性のある液体をかけられた。
「フフヘヘッヘッヘ。言いたくなるようにしてやるぜ」
体が繭に拘束される。蜘蛛男の八つの目が喜びに歪んだ。
足をばたつかせると、ひっぱたかれた。
「もう。悪い子。じっとしてなきゃダメじゃない。めっ」
猫なで声を出す蜘蛛男。嫌悪感で鳥肌が立った。
「あたしの名前は、ランドルフ。ランディって呼んで良いからね。
…てめーのイチモツを切り取って、食わせてやる。ゾクゾクするだろ!?
ぎゃっははっはっはっはっは!」
喚いた。「ちくしょう、やめろ!この変態のくそったれ虫野郎!ぶっ殺すぞ!」
蜘蛛男―――ランドルフが下卑た笑いをうかべた。
「や・め・る?…やぁめないよオオォォオォ―――ッ!
やめるわけねえぇ――――――――えだろ――――――ぉがァァッ!
さーぁ。いいいいい――――い声で泣いてちょうだアアアアア―――いぃ」
ランドルフがおれのズボンに手をかけた。
くそっ。涙で視界がぼやけてきた。
「充電が完了しました。兵器のオペレーションシステムを起動します。
…現在、脅威ランクAマイナス。申請手順を省略して兵器の使用許可を発行しました」
ずっと右手に握り締めていた銃の引金を引いた。
衝撃=爆音。おれの体が弾き飛ばされ、背後の壁にぶちあたった。右手の繭の拘束が破れた。
顔を上げる。ランドルフも吹き飛び、ラックに叩きつけられている。
胸を押さえ、血を吐いているランドルフ。
「ごっぼ、ええぇ!がぼっ、て…め…え。なにしやが…」
体を覆う繭に銃口をあて、再び引金を引く。
体が引き裂かれるような衝撃―――また吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。
だが、拘束が完全に解けた。
「き、きさま、そいつは、次元干渉…」
立ち上がり、銃を構えた。
ランドルフは天井に糸を飛ばした。
銃を撃つ―――
反動で腕が跳ね上がる=ランドルフが飛んで回避する/弾丸がランドルフを追いかけ、
足を吹っ飛ばした。
「うっが、ああぁ!このガキ!やめ…」
立て続けに引金を引いた―――衝撃/爆音―――ランドルフが吹っ飛ぶ。
更に撃つ。―――衝撃/爆音。ランドルフが血を撒き散らす。
それを繰り返した。
もう何回撃ったのか記憶にない―――反動に耐えられなくなった右手がだらりと下がり、銃を取り落とした。
ランドルフを見る。
血まみれでズタズタのランドルフ―――ぴくりとも動かない。
「電力残量が低下しました。使用を停止することをおすすめ致します」
膝をついた。
―――ちっくしょう。ふざけてる。何もかも。
スマホから久々に声が響いた。
「ヒロフミ、大丈夫…?」
…こいつの心配する声って初めて聞いたな。