1話 MASTER OF PUPPETS
おれは闇の中で目を凝らしていた。
親父に物置の中に閉じ込められて恐らく3日が経とうとしている。
もう空腹が限界だった。水分を摂取していない喉はカラカラに干上がり、声を出すこともままならない。
親父への恐怖を、死の恐怖が上回った。
中に横倒しになっている竹箒を手に取り、ガタが来ている戸の隙間に柄を差し込む。ゆっくり、音を立てないように柄を動かし、鍵の掛かった戸をこじっていく。
少しずつ隙間が広がっていき、戸がたわんできた。
このまま壊れてくれるかもしれない。期待を抱いて力を更に込めた。
だが、箒の柄は無常にも折れ、おれの体が勢いで戸にぶち当たった。
でかい音。恐怖で心臓が締め付けられる。
……10秒。20秒。何の物音もしない。
親父は出かけているらしい。ほっとして戸を開ける作業に戻った。
短くなった箒を手に取り、再び戸の隙間に挿しいれる。短くなった分、さっきより力が必要だった。
ぎりぎりと音をたて、隙間が開いてきた。戸が歪み、スライドレールから外れだした。
もたもたしていると親父が帰ってきてしまう。
おれは両手を隙間に突っ込み、全力で戸を押し開いた。すると、破裂したかのような音を立て、戸が外れた。
外にまろび出た。鋭い痛みを感じて手のひらを見ると、戸の縁で切ったらしい傷があった。中の肉が見えるほどの深い傷。だが、それどころではない。
駆け出した。この家から逃げなくては。
物置から出ると、目の前に塀がある。せまい一戸建ての敷地だ。5秒で外に出ることができる。
玄関を尻目に、敷地から飛び出した。
だが敷地から出た瞬間、塀の陰から手が伸び、おれの襟首を掴んだ。そのまま塀に顔面を叩きつけられる。
「どちらまで?」
酒臭い息とともに声が吐きつけられる。
親父の声だ。背骨が恐怖で凍りついた。
「物置をぶっ壊してくれちまってよう。どうしてくれんだ、ああ?」
もう遅い。どんな言い訳をしようとも、おれは許されないだろう。
親父。お袋が死んでから、おれを殴るようになった親父。
学校にも行かせてもらえず、おれを家の中に閉じ込めるようになった親父。
恐怖が怒りで塗りつぶされる。
おれは体を捻り、親父の手から逃れた。
「てめえ、逃げんじゃねえ!」
親父が激昂する。
親父を無力化する。そのために――――。
おれは右手の人差し指と中指を親父の眼球目掛けて突き出した。爪が柔らかいものを切り裂く感触。
親父の脇を抜け、再び駆け出そうとした―――。
が、首が両手で掴まれ、締め上げられる。
「そうか。死にたいんだな?お前」
親父の顔をみる。目蓋の縁が切り裂かれ、血が流れている。眼球を潰すことに失敗したようだ。
「死にたいんなら、俺が手伝ってやるぅおおおおおああああああ!」
怒号。メリメリ音を立てる首。明滅する視界。頭の中で色が爆発する。
もがいた。足で親父を蹴った。親父の手に爪を立て、皮膚をこそぎ取った。
だが、手は緩まない。意識が遠のいていく。
薄れ行く意識の中、おれは力を振り絞って親父に毒づいた。
「死ね、くそ野郎」
それが、おれの遺言となった。
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金属製の何かがぶつかり合う激しい音。
じゃらじゃらじゃらじゃら。ちーん。じゃらじゃら。ちーん。じゃらじゃら。
おれは目を開けた。
けばけばしいネオンの看板が目に入る。
―――パチンコ店?
目の前の自動ドアが開き、長い髪を振り乱して女が出てくる。
「ああああ! くっそ、客を勝たせる気はあんのかこの店は!」
澄んだ声。それに似合わない汚い罵声。
女が顔を上げた。おれと目が合う。
濃い紫色の長髪。整った顔。
女が口を開いた。
「…あ、死んだ人?」
反射的にうなずいてしまった。
女が手を振り回して慌てた。
「ごっめーーーん! まさか店の前に転送されるなんて…。死者送還係の貧乳女に文句言っとくから! あは、あははは!」
「死者送還係?」
「うん!死んだ人間を地獄に送る係りの人よ! もー、あたしのオフィスに送ってくれればいいのに! よりによってパチ屋の前に送るなんて―――。」
女がはっとした顔をし、んっ! と咳払いした。
「あ、ごめん。申し遅れました。死後転生環境調整官の、新山です。
―――ここじゃなんだから、事務所にいこっか」
歩く。ビルや家が立ち並ぶ町並み。
―――何かおかしい。
建造物自体は普通だが、妙に雑多な印象を受ける。
6階建てのビルの隣にパチンコ店。銭湯があると思えば次のブロックには大型デパート。何だか、素人が適当に施設を配置したような妙な町だ。
「着いたよー。ここがあたしのオフィス。まあ入って入って」
……なんだこの建物は。
外壁は緑と白の縞が入ってスイカのようだ。
増築をしているのか、1階部分より2階部分のほうが横幅があるように見える。全体的には、スイカ模様の長方形のキューブを適当にくっつけたような外見。
「なにー、見入っちゃって。この前衛的なデザインにやられちゃったかな?」
きゃらきゃらと笑う新山。
「あー、うん。きもいっす」
ショックを受け、口をパクパクさせる新山を置いて中に入る。
中は割と普通だった。
雑然と書類が積みあがった机。派手な音を立てながら紙を吐き出すプリンター。端っこの小さな机にはノートPC。
「失敬な子だなー。飲み物出してあげるからてきとーに座って」
脇を通り抜け、新山が奥の冷蔵庫を開ける。
おれは書類が積みあがった机の近くの椅子に腰を下ろした。何気なく親父に締められた首をさする。
「う!?」
首に指の後がくっきり残っている。おれは恐怖を覚え、鏡を探した。
「あー、気付いちゃった?死んだ人がこっち来るとき、肉体が修復されるワケじゃないんだよねー。きみ、いますごい顔だよ?」
ほれ、と新山が差し出すコンパクトを受け取り覗き込んだ。
おれの顔はどす黒い紫色に変色し、目玉は血走っている。すごい形相だ。
吐き気を覚え、コンパクトを突っ返した。
「ひひー。このセンスあふれる事務所をバカにしたお返しー。あたしは慣れてるから別になんとも思わないよ」
新山がおれにグラスを手渡す。中には黒い液体が満たされていた。
「これ、なんだ?」
「コーラ知らないの?江戸時代の人なの?」
「普通お茶とかコーヒーじゃないか?」
コーラに口をつける。
口の中に炭酸の刺激と甘みが広がり、気分が落ち着いた。
「さて、それじゃ始めようか」
新山は穏やかに微笑み、机に着いて書類をめくりだした。
「んー、霧島博史。ヒロフミって呼ぶね。16歳。16!? もっといってるかと思った! ……あ、ごめん睨まないで。続けます。
えー、母親は2年前に死亡。父親に虐待され、学校に登校しておらず、死因は父親により首を……」
新山は言葉をきった。目頭を揉んでいる。
「なにこの経歴。ウルトラスーパーヘビーなんですけど。ほんとに現代日本から来てる?」
「うっせえよ。とっととあんたの仕事を進めろ」
「ごめんヒロフミー。怒んないでよー」
何だこのなれなれしい女は。顔がいいから勘弁してやってるが、ブサイクだったら殴ってるぞ。
「えー。それでは。あなたは死にました。ゲェェェーーイム、ゥオーーーォオウブアアア。って感じ?」
ぶち、と頭の中で音がした。視界が暗く、狭くなった。おれは立ちあがり、新山に詰め寄り―――。
「ちょーーーーーー!? 待って待って! つい! ついなの! つい茶化しちゃうの! やめて!グラスを割って凶器にしようとしないで!」
「早くしろ、おれがキレないうちに」
「もうキレてんじゃん……。あ、やるやる。―――えー、とぉー。あんた死んだからー。これからどーするか決めてって話」
どうするもなにも。
「どうするって……。何があんだよ。生き返らせてくれんのか?」
「それは無理。あんたのその顔で分かると思うけど、壊れた肉体の修復はできないから。あんたが今動いてるのは、無理やり神経に電気信号を流して筋肉を動かしてるの。ぶっちゃけいつ壊れてもおかしくないの」
「おい」
「だからー。あんたが選べるのは3つ。このまま消滅するか、新しい肉体に移るか、そもそもやり直すか」
「新しい肉体に移る?」
「ん。あんたの体の複製を作るの。で、あんたの人格をそこに転写します。それで無事にあんたは復活ってわけ」
「生きかえんのと変わんないじゃん」
新山が首を傾げた。
「あんたと同じ人格はそのコピーにあるけど、あんたの今の意識が連続するわけじゃないよ?」
ちょっと考えてみた。おれの意思を持ち、おれの記憶を持って行動するおれの肉体。
だが、今のおれの意思は無い。んー、つまり……?
はっとした。
「おれのコピーが勝手に歩き回るだけじゃねえか! ホラーだぞ!」
悪びれた様子も無く、新山が手を振る。
「だからそういってんじゃん…。じゃあこれは却下でいい?」
「ああ。消滅も嫌だぞ」
「おおっ! じゃあやり直しですね!?」
目を輝かせて身を乗り出してくる新山。おれは体を引いた。
「なんかその話の持ってき方。詐欺っぽいな」
「やだなー。選択権は与えてるし、情報も開示してる。どこが詐欺なの?」
「お前のその態度がそう思わせるんだ。とりあえず、やり直しについて説明しろ」
にや、と笑う新山。
「まずね。あんたが居た世界での復活ではないの。あんたの意識自体の存在権が無くなってるから」
「存在権?」
「人は生まれるときに自分の意識がその世界で存在する権利を得るの。で、死ぬとそれがなくなる。
さっきのコピーの話はそれを逆手にとってるんだよ。ほら、自分のやり残したことをコピーにやってもらいたい人とか居るじゃん?」
「おれはない」
「だろーね。ろくでもない人生送ってたみたいだし。あ、殴んないで! フェミ団体にちくるぞ!」
「早く話せ」
「あんたが口を挟むから……。ちょっやめて! よーし頑張って説明するぞー!」
おれは溜息をついた。
「んんっ! それでは! ……あんたの意識の存在権は元の世界にはない。だから、別の世界で存在権を取り直すの」
「別の世界?」
「うん。異世界っていうとわかりやすい? いままでと全然違う宇宙で、人生をやり直すの」
「今度は宗教っぽくなってきたな」
「そして、その世界で体を作り直す際に強力な能力が与えられる! ……かも」
「かもって何だよ」
「物理法則とかが微妙に違うとこだから。地球の人間の体を元に新たな体を作ったときになんかバグ? みたいな感じで変な能力が手に入ることがあるの。やったね!」
――――おい、なんだそりゃ!
「やってねえ!不具合じゃねえか!」
「消滅したいのかなー?」
新山はしたり顔でにやついている。
――――くそっ。さっき脅したことを根にもってやがんなこの女。
「わーったよ。やり直しで。あと、その世界の情報をくれよ」
「んー、多分想像してるファンタジー世界じゃないよ」
「ファンタジー? って魔法とかばけもんとか出てくるやつ?」
「あんたゲームやったりアニメみたりしないの?」
「おれんちにそんなもんあると思うか? あったとして親父がおれにやらせると思うか?」
「ごめんて。…現実味のある考えの人間のがうまくやってけるかもね。じゃあそろそろ行こうか」
新山は外に出た。
「おい、置いてくなよ!」
おれは慌てて後を追った。外に出て周りを見回すと、ビルの入口に立つ新山を見つけた。
「ここ、ここ。ここが肉体変質兼異世界転送施設。さあお入り」
「変質って……。ばけものとかにされないだろうな」
「異世界は物理法則が違うって言ったでしょ? そのままの肉体で行くと空気とかに適応できなくてまた死ぬよ。あ、異世界で死んだらもうここにはこないから。異世界の地獄に行くから」
「そういやここって地獄なのか?」
「んー、厳密には違うけど。まあ死んだら来るとこだから地獄でいいじゃん」
天国でもいいだろ、と思ったがこの女の俗っぽさからして天国よか地獄のが合ってるように思えた。
「まあお入り。やれお入り」
「なんでそんなババアみたいな口調……。いって、わき腹をつつくな! 入るよ!」
おれは中に踏み込んだ。すると、目の前にでかい水槽があった。不気味な緑色の液体が水槽の中に満たされている。
新山が水槽をびし、と指差した。
「よし、ドボーン! はい、ドボーン!」
「ドボーン!じゃねえよ!説明しろ!」
「もー。これは、肉体を分解して再構成する装置。さらに、異世界に送る機能も兼ね備えてるの」
「え、この中でドロドロにされてる間に異世界に送られるって事?」
新山が両手の指を突き出した。
「ビンゴ!」
「表現が古りいな! じゃなくて、怖えよ! これに入れって!?」
「はーやーく。はーやーく」
「無表情で手拍子するな! ……これ痛くないの?」
訳知り顔で頷く新山。
「だいじょぶ。真っ先に神経がいかれるから」
「おい不安しかないぞ!」
新山が溜息をつく。
「ねー、ビビリなの? さっきまで威勢のよかったヒロフミさんは幻だったの? なんなの? 消滅はやだ、コピーもやだ。おまけに水槽にドボンすることもいやだ。……あーあ。なんかがっかりだなー」
――――うっぜええええええええ!
「入る! 入るよ! はいりゃいいんだろオラアアアアアア!」
おれは駆け出し、水槽に取り付けてあるはしごを上って一気に水槽に飛び込んだ。
緑色のしぶきがあたりに飛び散る。
「ぎゃー! はねた! 人体溶解液がこっちにはねたー! イヤー! はげるー!」
はっは。ざまあみろ。
と、いきなり視界が暗くなった。おまけに全身の感覚がない。
「そんじゃあ、次の人生を楽しんでね」
次の人生。今までのおれの人生。――――なんか、久々に人間と会話した気分だな。親父は人間じゃねえし。
感覚はないが、右手を振ってみようとした。うまくいったかは分からない。
だが、新山の笑い声が聞こえた気がした。
そして、意識が暗闇に閉ざされていく。
――――――――。――――――――――――――――――――――。
~完~
あっ、うそです!まだ続きます!よろしくお願いします!