86 お前は絶対に死なせねぇ!
けっこう疲れた…。
かなり難しい…。
物語の執筆って大変だわ…。
「ユキ様…フィールの傷の処置は…私が行いましょう…」
「メーラ…」
「首の傷を塞ぐ知識や技術なら持ち合わせていますので…。医療器具は万が一に備え、体内に用意しております。常に洗浄した状態ですので問題ありません…。強いて言えばこの場の衛生面に不安がありますが、最小限に押さえてみせます…」
「…すまねぇ…頼む…」
俺はフィールの首から手を離し、メーラに託すことにした…。
アンドロイドのメーラは、身体中のあちこちから器材を取りだし手術に取りかかる…。
よほど慣れているのか…迷いがない…。
ビックリするほど正確だ…。
見たこともないようなものを使って処置する辺り、手術方法は現実世界とはまた異なっているのかもしれない…。
そんな様子を見て俺は少しばかり安堵しそうになるも…
ピュッ…タラタラ…
出血は止まらない…。
このままじゃ…フィールは…。
「クリス様、ユキ様。これから私の言うことをお聞きください」
突然…メーラの口から出た言葉に、俺は一瞬緊張しそうになった…。
クリスも険しい表情を崩さない…。
いったい何を…。
「おそらく…このままだとフィールは失血死するでしょう…。そのため…新しい血が必要です」
「新しい血が…でも…そんなもん…どこにもねぇんじゃ…」
「時間もないので結論から言います。」
俺の質問に答えることなく…話を進めるメーラ。
その結論は…予想もしなかったものだった。
「ユキ様の血液を…輸血します」
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「なっ…ちょっと待てよ!俺の血を輸血って…。問題ありまくりだろ!どうやってすんだよ!いや…それ以前に拒絶反応とか…血液型とか…」
いくらなんでも…異世界だって輸血のリスクは現実世界と同じはずじゃ…。
そう口にしそうになったが
「ユキッ!!」
「っ!」
クリスの鋭い声で我に返る…。
「まずはメーラの意見を聞こう…。それから考えればいい…」
…そう…だな…。
もう時間もないんだ…。
メーラの考えに賭けるしかない…。
「わりぃ…メーラ…」
俺の様子に驚くことなく、メーラは手を動かしながら喋りだす。
「…本来、吸血鬼は多くの種族の血液を吸い取ることで力を得るとされています。もちろん例外もいるようですが…。その影響なのか…あらゆる血液に対する順応性が優れているというデータがあります。言ってしまえば…どんな血液を体内に入れられても、拒絶反応を起こさない…ということです」
「…続けてくれ…」
「…今から1700年前の歴史には、人間…多くの魔物の血液を瀕死のヴァンパイアの体内に輸血したという記述があります。その結果…すべてのヴァンパイアは息を吹き返した…とされています」
「じっ…じゃあ…」
「もちろん…確実ではありません…。はっきりいって賭けです。ユキ様の血液を輸血して、拒絶反応によりフィールが死ぬ…その可能性も捨てきれません」
「…!…」
「最後にお聞きします…ここまで聞いて…それでもフィールを助けるために…自らの血を差し出しますか?命を懸ける覚悟がおありですか?」
…考えるまでもねぇ!
「当たり前だろ!助かる可能性があるなら…俺はそれに賭ける!」
「…その言葉…忘れないでください…」
メーラはそう言って、次にクリスに言葉をかける。
「…クリス様には…ユキ様の輸血の補助を行っていただきます」
「輸血の…補助を…」
「本来であればチューブ等が必要ですが…別の方法を使います」
「…その方法とは?」
「転移魔法です…」
メーラの表情は険しい…。
少し焦っているのか…。
「クリス様の魔法でユキ様の血液を転移させ、フィールの体内に少しずつ移すのです。もっとも、普通のやり方では難しいでしょう…。高難度な応用が必要です。ですが…クリス様なら…できると私は確信しています」
「わかった…私に任せろ!」
ギュッ…グッ…。
クリスは即答し、突然俺の手を握ってきた…。
暖かいクリスの手…。
その体温が俺を勇気づける。
「ユキ…お前も…フィールも死なせない!信じてくれ!」
「あぁ!」
俺たち二人はフィールのそばまで来ると座り込む…。
そして…
ギュッ…。
クリスは反対の手でフィールの手首を握り、目を閉じて集中しだす…。
おそらく転移魔法の準備に取りかかっているんだろうな…。
そんなことを思っていると…
「うっ…ぅぅ!?」
突然頭のなかが…心なしかフラフラしそうになった…。
これが…転移魔法…。
俺の血がフィールの体に移ってるわけか…。
フィール…お前は絶対に死なせねぇ!