52 甘言…そして窮地
「まず…改めて自己紹介するわね…。私の名前はニコラ・パルバリーナ…。ハルア教…五大教皇の一人…『欲望』とも呼ばれているわ…」
ハルア教…?聞いたこともないな…。たぶん…こんなことをするくらいだから反社会的な組織なんだろうが…。
それに…五大教皇…ってのもよくわかんねぇ…。いったいなにもんなんだよ…。
「…『欲望』…!まさか…そんなやつがなぜ…!」
クリスはクリスで驚いているようだ…。表情から…目の前のやつが悪い意味で有名だってこともわかってきた…。
いったいどんなことをしてきたのかは想像つく…。気を引き閉めねぇと…。
「あらあら…よくご存じだこと…。やっぱり『欲望』の名は広まってるようねぇ…」
「…貴様…なにをふざけて…!」
「ふふふ…まぁまぁそう怒らないで頂戴♪…私の悪行なんて今はどうでもいいでしょ?」
「…くっ!」
クリスとパルバリーナのやりとり…一歩間違えば大規模な戦闘になりそうだ…。大量のメコーンがある以上お互いに下手な動きはできないが…かなりヒヤヒヤする…。
パルバリーナは微笑みながらも話を続けていく…。
「一つ言うことは…私の目的はそこの人間にあるの…」
…ん?こいつ…今なんて…。
「…ユキに?お前達の目的はいったい…」
「ふふふ…残念だけど…それは言えないわね…。とりあえず…その人間…ユキ君を連れて帰ることができればそれでいいの…」
「そんなこと…許すわけないだろう!」
クリスは当然の如く怒りを露に…。胡散臭いやつらの要求を受け入れるわけにはいかない…という思いが伝わってくる。
俺としても…こんな意味わかんねぇやつらに連れていかれるくらいなら、逃げる方を選ぶね!
「クリスの言う通り…俺もお前らの目的に付き合う気はねぇ!そんな目に遭うくらいなら…死に物狂いで逃げてやる!」
「あらあらあらあら…意思は固いようねぇ…。まぁ仕方ないけど…」
パルバリーナはやれやれ…といったように首を降りながらも落ち着いている…。こうなることはわかっていたようだ…。…当たり前だけど…。
「このままだと話が進まないわね…。もう少し現実的なお話をしましょうか…」
「…私達がそんな話に付き合う訳が…」
「人間との共存計画…協力しましょうか?」
「「…!」」
瞬間…さっきまでのピリピリした雰囲気がさらに強まったのがわかる…。それもそのはず…。人間との共存はクリスにとっては無視できないものだ…。
これから長い期間が必要なことを考えると…こちらにとってはありがたい申し出…。だが…
「…悪いが…私の大切なやつを犠牲にしてまで協力してもらうつもりはない…!どこでその情報を知ったのかはわからんが…お前達の要求には応じん!」
クリスも毅然とした態度で断ることに…。そんなクリスの反応を見て…パルバリーナは俺の方を向くと…
「…さて…ユキ君はどう思っているのかしら?」
「なっ…なんで俺なんかに!」
「あなたも魔族と人間との共存を望んでいるのでしょう?あなた一人が私達に付いて来るだけで…クリスちゃんのためになるのよ?」
「…っ!」
くそっ…!こんなとこで甘いことを…!
確かに俺一人が動けば、クリスの悲願でもある野望が達成できるかもしんねぇ…。そこはマジで嬉しい…。
でもな…
「わりぃけど…俺がいなくなるわけにはいかねぇんだよ!クリスの野望を達成するときは…俺が隣にいなくちゃなんねぇしな!…あとお前ら胡散臭いから個人的に無理!」
「…!…というわけだ!お前達の甘言に惑わされるほど…私達の繋がりは甘くない!」
俺とクリスの言葉を聞いて…再度残念そうに微笑むパルバリーナ…。これ以上説得しても意味がないと思ったのだろう…。
それでも…俺は不安だった…。こいつには…なにかわかんねぇがなにか…嫌な予感がする…。
「…ここでメコーンを爆破されてもいいの?」
「…お前が妙な動きをしたら…腕を落とすなり、足を落とすなりしてやる…。魔王を嘗めるなよ…」
「あらあらあらあら…物騒ねぇ…やっぱり怖いわぁ…♪」
「ふざけたことを…!お前も何人か殺している身だろう!」
…こっ…殺している?どういう…。
「あら…わかったの?」
「とぼけるな!…お前の体から血の臭いが漂っていることに…私が気がつかないと思ったのか!」
「ふふふ…鼻も利くのねぇ…驚いちゃった♪」
そうか…だからクリスはクッキーを食べさせたくなかったのか…。人殺しの気配を察知したらそりゃそうなる…。俺…かなり間抜けなことを…。
「…でも…残念ね…。そこまでわかっていながら…なにもしないなんて…」
「なに?」
「腕を落とす気があるなら…今落とすべきだったのよ…。それがあなたの甘いところ…。命を狙われているなら、今すぐ私を殺すぐらいじゃないと…」
「…?貴様…訳のわからないことを…」
クリスがその先を口にしようとした瞬間…
ベチャッ…ボトボト…
「あぐぅっ!?…がっ…!?」
「クリスッ!」
突然…クリスの口元から血が溢れてきた…!ただ垂れるような…そんなものじゃない…!なんで…クリスはクッキーなんて一つも口にしてないのに…!
「クリス…!大丈夫か!?」
「うぅぐっ…!」
俺はすぐにクリスを介抱しようとするが…どうすればいいかわかんねぇ…!
「あらあらあらあら…ずいぶんと時間がかかっちゃったわねぇ…」
「お前…クリスに何しやがったんだ!」
「…ふふふ…やっぱり気になる?クッキーを口にしなかったクリスちゃんが…どうして血を吐いちゃうのか…」
あり得ねぇ…。こんなこと…なんか変な力でも持ってなきゃ…。手で触れることなく血を吹き出させるなんて…そこら辺の呪いよりもタチが悪い!
「…いいから答えろ!何をしやがったんだ!!」
俺のそんな焦りの混じった言葉に…パルバリーナは微笑みながら口を開く…。
「…『ラマ』…って知っているかしら?」
「…ラッ…ラマ?」
「あらゆる人間も魔族も持っている…生命力のようなもの…。生き物は『ラマ』を使うことによって日々生きているの…」
「さっきからなにを…」
「『狂愛』」
「…私の持つ特別な力『狂愛』は周りにいる者の『ラマ』を無尽蔵に吸い付くし…奪い尽くす…。すべてを抜き取られたものは、血を吹き出して死ぬの…お分かりかしら?」
…嘘…だろ…!そんなもん…チート能力のレベルじゃない…!下手したら…無差別殺人もできるじゃねぇか!
「…まぁ…色々と制約もあるのよねぇ…。誰でも彼でも殺せる訳じゃないの…。でもまぁ…どれほど恐ろしい能力か…見ればわかるわよね?」
「くっ…!」
ダメだ…こんなの…無茶苦茶すぎる…!どうすれば…どうすればいいってんだよ…!