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08 記憶と夢(3)


 前途多難を覚悟していたが、少女は思いのほか健闘した。


 もの覚えは悪くない。記憶力だけなら、いたって普通の部類だろう。

 ただ、何かを考えて答を出すのがひたすら遅いようで、せっかく好奇心が刺激され、高い集中力を発揮しても、先がなかなか進まない。


 それでも、同じことを繰り返す単純作業なら得意のようで、物事を達成できるだけの頭があるのなら、正導学に限らず、普通に知識欲を求めていても良さそうだが、原因は探さずとも思い当たった。


 おそらく、いや確実に、今まで興味の対象とする範囲が狭すぎたせいだろう。


 だが、用語とその意味の丸暗記だけが続くとさすがに憔悴してきたので、頃合いを見て、少女と『彼』は家の人工精霊である従者(ヴァレット)を、外出着のフロックコートに着替えさせて買い物に出かけた。


 屋敷私僕を外に連れ出すには、中継ぎとなる装身具が必要で、『彼』は『旧ペンバートン邸』の建材から切り出された、木彫りの腕輪を身に着けて外出する。


 同様に、クライン家の『旧エヴェレスト邸』の人工精霊で外出着のヴィジットを着た子守(ナニー)として連れてきている少女も、いつも胸に木彫りのブローチを着けていた。


 御者(コーチマン)の一体と牽引馬(ハクニー)の一体も入れると、総勢四体となる人工精霊を連れて移動するが、馬車に揺られる頃になって、ようやくどこへ行くのかと少女が尋ねてきた。


 『彼』はやや場を焦らしてから、実際に魔力回路の導体を引いて、魔法道具を作るのだと説明した。しかし、少女の無感動な瞳には、これといった動きは見られない。


 少し憮然としながら、魔法道具を作るのに必要な古い物を買いに行くのだと付け加え、それから少女に、何故『古い物』が必要になるのかを質問した。


 「えっと……作るられてばかりは、地面のほーりとなまじない。なじまない。時間がたつと、まりょくの…魔力の導体がたくさんひけ、る?」


 最後の疑問形が気になったが、まあ及第点だった。


 魔力回路の容量は、ベースとなる物の大きさと、経年度合いに比例する。


 何十年も経った骨董家具の集められた古物商店もあるが、そこで購入するには許可証が必要になるので、いきつけの公益質屋へと馬車で乗り付ける。


 小さな門構えのその店では、流質期間を過ぎた質流れ品が並べられ、値札には制作年数と、来歴の稀薄性も表記されている。


 ガラスケースや陳列棚に並べられるのは、どれも使用履歴が五年未満の小物ばかりだから、何となく注意が散漫そうな少女が一緒でも気安く見て回れた。


 陶器やガラスの置物、錬鉄製の鳥籠、装飾用の書套(しょとう)や燭台、額縁、香水瓶、小箱、手鏡。


 「どれでも、魔具?」


 「魔具じゃなくて魔法道具。そういうアホっぽい略称って嫌い。っていうか、そんな言葉どこで覚えてきたのさ」


 「……精霊さん。シエナがかわいいって。魔具」


 余計なことを。と『彼』は心の内で舌打ちをする。


 けれど、『彼』の後ろを付いてくる少女が「魔具。魔具。魔具」とぽつぽつ言い続けるので、店の人に笑われた。


 「あーもう、うるさいな。好きにすればいいだろ」

 「うん、魔具。魔具でする」


 「いいから、手頃な鏡を探しなよ。記録媒体(レコード)には鏡が必要だって言ったろ」

 「わかった」


 少女は足取り軽く店内を回り始めた。


 しばらくして見付けてきたのは、小さな小箱だった。

 側面に葉と蔓の細かな彫刻が入り、蓋の裏に鏡が着いている。


 制作年数も含め、悪くない品物だったため、『彼』は似たデザインの小箱を三つほど購入し、これで用件は済んだからと、さっさと店を出ようとした。


 だが、ある妨害が発生する。

 もう帰ると、『彼』が何度も言っているのに、少女がなかなか従わないのである。


 何がそんなに気に入ったのか、まだここに居たいと、店内に居座ろうとしたので、『彼』は少女を引きずって馬車に放り込んだ。


 屋敷へと真っ直ぐ帰り、『彼』はさっそく魔力回路の模式(テンプレート)を描いた。

 それは、今日までに学習したことを忘れないようにする、レコードの導体構成図である。


 かなり簡単なテンプレートを選んだが、ひとまず少女にはそれを丸写しにさせ、構成図を決まった手順で畳ませる。ここからは、ちょっとしたコツが必要だった。


 ベースになる古い物に魔力回路を入れるわけだが、導体は魔力で出来ている。

 そのため一定の魔力を通しながら嵌め込まなければならない。このとき強弱の加減を間違えると、導体のところどころに傷が付き、ダウンし易くなったり、ベースと癒着して二度と取り出せなくなったりする。


 まず、手本として『彼』がやって見せたが、驚いたことに少女は難なく一発で成功してみせた。念のため買っておいた予備は、どうやら不要になったらしい。


 教え子の飲み込みが早くて、ちょっと得意な気持ちになった『彼』は、出来たてのレコードを、さっそく試してみるよう促した。


 魔力回路に接続しながら、記録したいことを思い出すだけでいい。面白いのは、脳内で再生されるより、その内容と光景が鮮明になることだった。


 人間の脳は、本来なら驚くほど微細な情報を記憶しているという。どうして自力では思い通りにならないのかは諸説あるらしいが、その辺は『彼』の分野外だった。


 ともかく、ああして記憶を鮮明にすることで、自然と頭の中も整理できるので、理解を深めるにはとてもいいアイテムである。


 しかし、鏡面にありありと映し出されたのは、これまでの学習内容ではなく、今日『彼』と出かけて買い物をした場面だった。


 少女は、「やりなおしっ」と、頭に手刀を振り下ろされていた。







 少女の学習内容は、再び用語と意味の丸暗記に戻った。


 先日、はじめてレコードを作った時はよく分からなかったが、少女もそれなりに楽しんでいたようで、憔悴していた暗記作業に心なしかやる気が戻っていた。


 これから魔力回路を使いこなしていくなら、どうやったってすでにある模式(テンプレート)を軒並み覚えていく必要がある。


 しかし、そのテンプレートを覚えるためには、こうして基本の基本、様々な箇所で使われる用語とその意味を知っていなければ始まらなかった。


 このやり方が正しい自信など、もちろんない。

 だが、他に方法がないのだから、『彼』は『彼』なりのやり方で、アメとムチの使いどころを見極めながら、彼女の学力をどうにか上げていった。


 そんなある日のことだった。少女がいつものように『彼』の家を訪ねてきたが、少女は何故か、息せき込んで『彼』の部屋へと乗り込んできた。


 「セドリック。お家に来るください」

 「……なに? いきなり」


 彼女の言葉づかいが変なのは相変わらずだが、その日はやけにテンションが高かった。


 少女を落ち着かせてから、改めて聞くと、どうやら彼女の家に『彼』を招いて、クライン家の所蔵本を見せてくれるようだった。


 どういう事かと、さらに経緯の説明を求めれば、なんでも、娘と仲良くしてもらっているお礼がしたいからと、父親が内緒で許可を出してくれたらしい。


 ちなみに、彼女は普段、人工精霊を介して父親とコミュニケーションを取っているそうで、仲良く(・・・)に色々と語弊というか行き違いがある気がするが、この際どうでも良かった。


 思いがけない吉報に、『彼』はつい舞い上がってしまう。


 他家の蔵書という、まだ見ぬ知識の本棚に浮かれるあまり、勢い余って少女を抱き上げていた。くるりと、一回転のおまけまで付けて。


 すぐに我に返って降ろしたが、しかし、時すでに遅く、少女はそのまま『彼』の身体にがっちりとしがみ付いてきた。


 やたら生気のこもった目をして「もう一回」と言うので「やだ」と即答するが、少女はホールドしたまま放そうとせず、一進一退の押し問答を続けていれば、開いたままになっている部屋のドアがノックされた。


 少女を引きはがすのに忙しい『彼』は、いつものように適当な返事をするが、扉の前にいたのは、見知った顔の家女中(ハウスメイド)と、見知らぬ顔の男だった。


 「……あ」


 と、男の存在に気付いた少女がこぼす。

 ようやく『彼』の身体を放すと、扉の前に立つ男――訪問客らしく脱いだフロックコートを腕にかけた、背の高い緑髪の男のそばへと駆け寄った。

 

 「精霊さんでアービンです。お家でカレーと…ヒツジです」


 「家令と執事ですよ、お嬢様。はじめまして、セドリック様。ただいまご紹介に与りました、旧エヴェレスト邸を本性(ほんせい)とする屋敷私僕のアーヴィンにございます。本日は、事前の約束もなく、突然訪問しましたことを深くお詫び申し上げます」


 「そうだね。いきなり部屋まで突撃してくるのは失礼かもね」

 「ええ、何の申し開きもできません。ですが、仲の良い二人のお姿は拝見できました」


 さも嬉しげに微笑まれ、『彼』は、うっと わずかに動揺した。

 どう反論したところで、しっかり抱き合った姿はばっちりと目撃されている。


 『彼』は隣の家女中を睨んだ。アーヴィンという屋敷私僕をここまで通したのは、どう考えても同じ屋敷私僕である彼女になる。しかし、少しも悪びれた様子のない家女中は、にこやかな笑みを返すばかりだった。


 腹立ちまぎれに追い返してやろうかとも思ったが、しかし、相手は旧エヴェレスト邸の家令(スチユワード)である。それがわざわざ突撃訪問をしてきたのだ。理由が気にならないと言えば嘘になった。


 ひとまず場を仕切り直すため、場所を応接間に移すことになった。


 『彼』と少女、そしてアーヴィンは向かい合うようにソファに座ると、家女中のメアリーがローテーブルを囲む人数分の紅茶を用意した。


 訪問客の一体は人工精霊だが、どうやらそれが彼女たちなりの礼儀らしい。


 「それで、屋敷私僕の筆頭が、わざわざ何のご用で?」


 「はい。クローディアお嬢様からすでにお聞きかと思いますが、セドリック様をクライン家へお招きしたいと考えております」


 「ふーん」


 「ですが、本邸へ招くにあたり、いくつかの前提条件を伝えさせて下さい」

 「……条件?」


 そんな話は聞いていないと、『彼』の片眉がつり上がる。


 「はい。セドリック様には大変失礼かと存じますが、手前どもにも都合がございまして。どうかご容赦ください」


 「…………」


 アーヴィンの語る条件とは、まず第一に『彼』を家に招くとは言っても、客人扱いはできないとのことだった。


 あくまでも内密に、書架室でのみ行動をしてもらうことになるが、書架室はやはり家のプライベートな部分であるため、他家の人工精霊の入室はなるべく遠慮ねがいたいそうだ。


 そして、蔵書を貸し出す事は許可するが、一度に一冊、必ず返却を先にすること。その三つを厳守して欲しいと提示されるが、全くもって何の問題もなかった。


 それどころか、本を外部に持ち出すことまで許してもらえるとは。むしろ、そのひとつさえあれば、多少引っかかることがあったとしても、充分許容範囲である。


 ではあるが、『彼』はその前提条件に対して「今は答えられない」と答えた。


 「では、日を改めて。お嬢様からセドリック様のお返事をいただけますか?」

 「……まあ、それなら」


 と、気のない素振りで頷いておく。


 「ありがとうございます。では、いささか性急ですが、貴家に長居できる身分ではありませんから、特にご質問がなければこれで下がらせてもらおうと思うのですが」


 「どうぞ。ご勝手に」


 そっけないセドリックの返答を受け、アーヴィンは立ち上がると恭しく一礼する。


 そのままふっと掻き消えることも出来るだろうに、彼は場を辞する挨拶を述べたあと、きちんと部屋の扉をとおって退室していった。


 「……行き…行かないの?」


 どことなく気落ちした声で言う少女に、『彼』はずいぶんと勿体つけてから答えた。


 「行く」






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