63 一番地へ
翌日、会社館で起きた事件は新聞に載ったらしい。
商業街という人々の活気が集う場所に、活気とは別の喧騒が突如として現れ、身なりの良い貴人たちがうろたえる姿とともに、さっそうと会社館を取り囲む憲兵の挿絵まで載っているのだとか。
新しい公共事業を謳っていた張本人である、地縁貴族の下院議員、政治家シリル・マルシャンは最後まで館内に残り、来賓客を各部屋に留まらせていたおかげで、不用意な混乱を招かずに済んだそうだ。その後、原因の調査にも快く協力すると明言し、追って詳しい捜査が入るという締めくくり。
当然といえば当然だが、表面的な出来事だけしか書かれていない。
そのうえ、セドリックに言わせると、昨日の今日で色々と早すぎるらしい。
新聞紙は、公文書館の永久公僕の手書きで発行されている。活字だけならまだ分かるが、挿絵まで用意されているのは、明らかに事前の仕込みがあった証拠だそうだ。
そういった旨を、クローディアは朝食の席で聞かされた。
新聞を見せてもらうため、セドリックの隣りの席に座ったが、彼は特によそよそしい態度もなくて安心する。昨夜のこともあったから、少し心配していた。
昨日、会社館から馬車で移動する途中、ローレンスに約束した通り、セドリックは屋敷私僕たちが不在の間に起きた顛末を説明し、帰宅したあとは、怪我の有無を確かめるためにもお風呂に入り、食事を摂った。
嬉しかったのは、寝るにはまだ早い時間をどうするかとなったとき、セドリックから二階西棟の客室に――つまり、キャビネットに誘われたことだった。
二人とも無言のまま扉を開けるが、後から入ったクローディアは、つい勢い良く体を寄せてしまい、閉め損ねたキャビネットの扉が半開きになってしまったので、見かねたローレンスがそっと閉めてくれた。
体もだが、何より心が疲れていたので、彼の体温に触れられるだけでも心地よかったのに、これまでの遠慮がちな手つきがなくて、クローディアの腕にも思わず力が入る。
いつもよりも近い距離が、あまりに気持ちよくて夢心地になるが、いつの間にかそれはうとうとに変わっていて、ついには本当に眠ってしまい、気づいた時には寝室のベッドで一人、朝を迎えていた。
とても独り善がりなことをしてしまったと、ローナに朝の支度を手伝ってもらいながら昨夜のセドリックの様子を聞きかねている内に、朝食の席へと着いていたのである。
クローディアは、まだ新聞に目を落として難しそうな顔をしているセドリックの横顔を眺めてから、隣で新聞の内容を補足しているローレンスに目をやる。
視線に気づいたローレンスに何でもないと軽く首を振り、そのままローナにも目を向けて、どうされたのかと小首をかしげる彼女にも、やはり首を振る。
アリッサとローズが今朝の給仕をしてくれていて、テーブルには、香ばしい焼き立てのパンとジャム、ハムやチーズ、焼きトマト、葉菜、ナッツ、果物などが用意され、レースのカーテンが揺れる窓辺の花瓶には、朝摘まれたばかりの瑞々しい花が飾られている。
昨日の窮地が、嘘みたいに穏やかな光景だった。
みんな無事で良かったと思いながら、不意に、ほんの数日だけだったが、確かにいた針子女中や六十三体の屋敷私僕たちのことが頭をよぎる。
連鎖的に、会社館で出会ってしまった彼らの姿も。
少しだけ気持ちが落ち込んでいると、オーウェンが足早に部屋へと入ってきた。
男主人へと手紙を運んできたらしく、受け取ったセドリックは差出人を確認すなり早々に封を切った。
一読して、表情を硬くする。
「……老君がお呼びだ。明日、一番地に集うようにと」
その場にいた全員の視線が、クローディアに集中した。
一番地ルイナは、まるで霧がかっているようだった。
人がいた痕跡だけを残す半壊した街には、いたるところで舐めるような煙がくゆり、乳白色の濃淡と陰影で距離感があいまいになるほど、まんべんなく街を包み込んでいる。
ローナが言うには、『燻浄』というものらしい。
「所定の木炭から作られる木酢液を木精や木タールなどに精製し、さらに、草薬、石薬、乳香、没薬をそれぞれ配合した香を焚き上げることで、虫やカビの防蝕、移り病の防疫、禍事の防厄をするためものですが、今回の燻浄は防厄ですから、大丈夫、人体に害はありません」
銀細工の髪飾りに化けたローナが耳元で言う。
一番地ルイナで燻浄が行われることは、前日届いた手紙にあらかじめ書かれてあった。
どういう意味かと首をかしげるクローディアに、答えたのはローナだった。
どうやら、よくあることらしい。燻浄本来の目的以外に、廃墟の中に聞き手を潜ませる時によく用いられるのだとか。
クローディアのことは、すでに主要な組織の上層部、一族の長には知れ渡っているはずで、だとしたら、今日の接見に無関心でいられるはずがない。
少なくとも、十人委員会のメンバーと、正導学会のお歴々、そして、王家は確実に使者を送るだろうが、所属や顔を明かすリスクを避けつつ、かつ、聞き手がいるという圧をかけるために、わざと煙霧を焚くのだとか。
セドリックとローナはさらに話し合い、考えられる他の目的や、視界不良によって被る不利益などを議論していたが、クローディアにしてみれば、偉い人たちの方から隠れていてくれるのはありがたかった。
沢山の視線に囲まれながら話すなど、考えるだけで体がすくんでしまう。
以前とは違う入り口から一番地へと入ったが、一歩踏み入れた時から視界はけぶっていて、ローレンスとローナの案内のまま廃墟を歩いて行くが、屋内に誰かがいてもローナたちならある程度なら把握できるらしく、白煙も、いざとなれば動作ひとつでどうとでもできるらしいので、ローナたちはさほど警戒していないようだった。
クローディアは何とはなしに空を見上げてみる。
空にはガラスと錬鉄の円蓋天窓があったが、そこは不思議と晴れていた。
煙は上に昇っていくものだと思っていたが、白煙は廃屋の屋根より下を這っている。
それからも、薄らぼんやりとした街並みにきょろきょろと目をやりながら、泳ぐように進み続ければ、あの円堂へたどり着くのは思いのほか早かった。
天井が半壊する、古の円堂。
堂内にも煙霧は満ちていた。壁面にぐるりと並んでいた、からっぽの十の壁龕はほとんど見えず、床にひしめいていた木片はうっすらとした飴色を足元にのぞかせている。
中央奥にそびえる壁龕の木は、天井から降りる採光のカーテンと、床から昇る白煙のカーテンが、見るたびに違う重ねを作って、存在をいっそう遠くにしていた。
「――右手前方に、アビゲイル・モアがおります」
ローナがそっと警告を口にする。
見れば、どこからか流れ込んできた空気がちょうど煙を揺らして、一瞬だけアビゲイル・モアの顔を垣間見せた。
クローディアは、誰に言われるでもなくセドリックに身を寄せる。
カミル・モアが言っていた、自分には手が出せないという立ち位置がここでも通用するのか分からなかったが、念のためだった。
「――よく来た」
堂内に声が響く。
発声源が捉えきれないあの声は、老君のものだった。
白くけぶる木に集まる視線を見越したように、円堂に反響する声が煙を揺らす。
「契約は果たされた。二人ともよく仕事をこなし、見事、誓紙を履行した。時を移さず、望みの報酬は支払われ、そなたたちは、晴れて旧リッテンバーグ邸の主人となる」
まず、そう公言されたことにクローディアはほっとする。
それから奇妙な間が空いた。次に老君の声が聞こえたとき、まるで呟くように言う。
「……そうか。あの手引きは使えないか」
気のせいか、少し残念そうにも聞こえた。
老君が言ったとおり、こんなに香を焚いていては、以前の方法は使えないため、今回は、ローナの補助だけで乗り切ることになるが、もちろん事前の打合せはある程度してあった。
「ならば、常のとおりに。件の落成式だが、同日、もうひとつの“仕事”が進められていたはずだが、クローディア・ヘインズ、そなたに物申したいことはあるか」
早くも名指しされ、少し戸惑ってしまうが、耳元のローナは何も言わない。
クローディア自身の言葉で答えていいという合図だったが、物申したいとあやふやな質問をされても、すぐには切り出し方が見つからない。
「……では、会社館で起きたこと、正しく理解しているか確認しよう。…そこのアビゲイルは、そなたたちとは別の目的があって落成式に参加した。何をしたか」
相手の力量を察してか、老君が問いかけ方を変えてきた。
もしかしたら、はじめてのことなのかもしれない。どこか興味深げだった。
はっきりとした質問に、クローディアはアビゲイル・モアの輪郭を見る。
「…………あの人は、セドリックを殺そうとした人です」
「では、何のためか」
答えやすいように、せっかく言い換えてくれているのに、それは答えにくかった。
大切な人が殺されかけたうえ、犯人がすぐそばにいるのだから、ただでさえ感情は波立っている。少しだって彼女に利することは言いたくない気持ちが、客観的に考えることをどうしても邪魔してくるのだ。
だから、クローディアは、本人に聞くことにした。
「…何故ですか?」
煙にまぎれてた先で、アビゲイル・モアがわずかに振り向く。
見えたのは仕草のみだったが、おかげて彼女の射貫くような眼光も見えない。
無作法ともとれるクローディアの行動に、老君からの制止はなく、だからだろう、彼女は答えざるを得ないようだった。
「――不穏分子を始末するため、それだけだ。最善は相打ち、次善でも一方は死んでもらいたかったが、二人ともおめおめと生き残った。この三年の間、入念に積み上げてきた私の仕事は、たった一人のイレギュラーによって、ことごとく瓦解した」
最初から最後まで淡々として言い切った。
「アビゲイル、それでは不足だ。不穏分子とは、何ゆえか」
すぐさま老君から指摘され、彼女は余儀なく言い足す。
「……私の役目は、この国を守ることだ。セドリック・ヘインズのような考え――人間よりも人工精霊に肩入れする者は、いずれ危険な考えに至る。それゆえに」
「守るとは、何か」
「――老君、このような調子では話が進まない。私がしたことの責任を取れというなら、私の命を差し出せばよいでしょう。この身ひとつで済むなら、よほど話は早い」
アビゲイル・モアから飛び出した物騒な提案に沈黙が落ちるが、落ちた沈黙を早々に破ってクローディアは言っていた。
「…できるんですか?」
口走ってしまってから、発言の意味に気づいて、慌てて訂正を入れる。
「――あの、聞いて。できないって、ローナに聞いて」
「できないが正しい。彼女が企てた謀略は、正導学会が審議し正式に承認したこと。懲罰なり贖いなりを求めるなら、学会を擁する官庁府、ひいては国であり、彼女個人に罪は問えない。せいぜい失態を問われての退任か、降格程度か」
投獄すらされないだろうと言っていた、ローナの見解どおりだった。
「だが、そなた次第で話は変わる。騙し討ちされたこと、どうあっても許せぬなら、次はアビゲイル自身が不穏分子となるゆえに、彼らは彼女を処分するしかなくなる」
クローディアの胸の内に押し寄せるものを、感じ取ったように老君は続ける。
「だからこそ、アビゲイルの弁を最後まで聞いてやってはどうか。アビゲイルも言いたいことは言っておけ」
仕向けられた彼女は、ひと拍の間を置き、それから、ゆっくりと吐き出すように語った。
「謝罪が必要ならば、今この場で謝ろう」
クローディアは答えない。
「だが、私は、私のしたことを悔い改めるつもりはない」
クローディアは答えない。
「君は、この国のごく一部しか知らないのだ。それは、君の経歴以前の話でもある」
一言も答えずに、クローディアはただ聞いていた。
「これまで、この国を守るために、どれだけの人間が身命を賭してきたことか。命だけではない。人類に及ぶ知識と知恵をひと箇所に集め、研鑽し、あるいは広めて、よりよき国へと、わずか一歩を進ませるために一生を捧げた学徒や哲人も数限りない。当たり前だ。この世に、これ以上のことなどないからだ」
クローディアのすぐ隣で、セドリックが何か言いたそうに唸った。
彼なりの反論があるらしいが、求められてない横やりだと知ってか黙っていた。
「すべては、人間が生き残るための術であり、いかような国とてこれは同じだろう。それを、たった一人の思いつきで覆されることの恐ろしさが分かるか。それとも君には、それ以上の国策があるのか。それ以上の治国ができるのか」
ローナは何も言わない。たとえ言われていても、クローディアには何も言えない。
「私たちはそれをやっている。ようやく進めた一歩が、過ちだったことも時にはある。ならば、一歩退いて不具合を正せばいいだけのこと。幸い、この国ではそれが容易い。必要とあれば、永久公僕はいずれ万僕へと至るだろう。逆もしかり。この先の世で、必要としなくなるのなら捨てていく。時代がどう転ぼうと、私たちは必ずそれをする」
粛々と確固たる決意を、アビゲイル・モアは述べ立てた。
永久公僕には言及しても、屋敷私僕には触れないあたりに、きっと彼女の考えが表れているのだろう。
「――それで終いか、アビゲイル」
「はい」
最後までクローディアは応えなかった独白が終り、静まり返った円堂で、風もないのに白煙が逆巻いた。
おかしな胸騒ぎをクローディアが覚えた時だった。
「――節目である」
老君の一声が、堂内に響く。
反響が肌が届くなり、ブラウスの中で下げてあった懐中時計が反応した。
有蓋の記憶が勝手に動き出し、あまつさえ内に秘めた家系図が、外に向かって流れ出したのだ。
文字の――名前の奔流が起きて、大きさも筆跡もばらばらな文字が網目状に広がり、クローディアが今まで見てきた回路のような系図を外に吐き出していく。
とっさに胸元の懐中時計を握りしめ、流出を押さえ込もうとしたが、止まらない。
「クローディア!」
すぐそばでセドリックの声がして、クローディアはますます焦った。
ローナの声も耳元で聞こえていたが、それよりも、暴かれていく数々の名前を追って顔を上げれば、視界に映ったのは白煙だった。
空を舞う名前のほとんどは、焚かれた煙に飲み込まれて隠されていた。
そうかと、知らず知らず胸をなでおろす。
この燻浄は、本当はこのために用意されていたものだとクローディアは知った。
「クローディア・ヘインズ」
白煙の合間合間に描かれる、まだらな模様を見ながら、名前を呼ばれた。
「古き血の末裔、純血と家名の相続人よ。これは、当代を生きる者へ託された節目である。汝は、息災であらねばならぬ、汝は、高雅であらねばならぬ。行く末の災禍、困難を打ち払い、憂いなきよう選ばれよ。世を重ね、代を重ね、脈々と継がれた譜を絶つか、のちの世系に新たなる名を刻むのか」
まるで誰かからの言づてのような言葉を聞きながら、クローディアは記憶の中の家系図を見ていた。
連なりあった膨大な人名が、ただの文字として見れなくなったのは、いつの頃だったか。
折れ曲がった節目の先で、どんな想いがあったのかと、考えるようになったのは――きっと、知っている人たちの名前を見つけてからだ。
「…説明が、必要か」
「…………いいえ。セドリックから……純血とか、家名とか。私のこと…老君のこと、とか……でも、血が絶えたら、屋敷私僕と永久公僕はいなくなります」
「そう。そして、すべての民草を、この地に敷かれた法理と、法理が定める頸木より解き放つことができる」
まるで、喜ばしい事のように老君は言う。
あるいは、実際に喜ばしい事なのかもしれない。けれど、アビゲイル・モアが指摘したとおり、クローディアが知っている世界は狭くて、正否など簡単には決められるものではない。
確かに分かっていると言えるのは、自分が生まれたあの場所と、育った旧家。あとは、五年間通い続けた孤児院くらいだろうか。
自分でも呆れるほど小さな範囲だが、それでもいま、永久公僕がいなくなったら、孤児院の子供たちがどうなるかは分かっているつもりだった。
クローディアは、もう一度、懐中時計を握りしめる。
すると、今度は持ち主の意思に従って、引きずりだされていた家系図がひとりでに畳まれ出した。消えゆくように、胸元へと戻っていく。
「――それが、そなたの答えか」
図らずも態度で示してしまったクローディアは、頷く代わりに口にしていた。
「……私は…この場で言いたいことは、以前と変わりありません」
ここに来れば、あれこれと問いただされて、決断を迫られるだろうことは、あらかじめ聞かされていたけれど、もし自分の気持ちに変わりが無いのなら、そのまま言っていいと言われていた。
気持ちに変わりはなかった。
「この先、もう二度と、旧リッテンバーグ邸とその家の人たちに手を出さないでください。不干渉を約束してください。私が、何もしない条件はそれだけです」
用意していた言葉を、一息に言い切った。
これは、どちらかといえば、アビゲイル・モアと、白煙の中に姿を隠している人たちへの言葉だった。
彼女たちの所業をけっして許したわけではない。けれど、許す許さないを語れるほど、自分たちが潔癖ではないことも知っている。
彼女も老君も、すぐには反応を返してはくれず、クローディアは自分の言葉を反芻して、間違えていないことを確認しながら待った。
「――それは、どの程度の不干渉なのか。旧家の維持に伴う人材の恩恵は受けるのか」
「…え」
老君から予想外の問いを返され、クローディアは固まった。
すかさずローナが耳元でささやく。
「――あ。そうです。……旧家の維持費…人材と資材の提供、のみならず…公共施設の利用…出入り業者との取り引き…セドリック様の職位も、変わらず保証を。この度の迷惑料として…気兼ねなく享受させていたたきます」
いつも以上に棒読みのうえ、少し間違えた気もするが、おおむね復唱できた。
老君は、やはり興味深げに小さく笑うと、彼女へと告げた。
「アビゲイル、提示された条件に異論ないか」
「ありません」
「では、このまま話を詰めよう」
詰める? と、クローディアが頭に疑問符を浮かべている間にも、話は続いた。
「まず、条件に職位の保証がある。だが、意図的に貶められたセドリック・ヘインズの評判が、これをいちじるしく妨げるだろう。当初の誓紙によれば、本人に名誉を回復する意思はなかったが、これを保証の範囲に含めるか」
尋ねられたセドリックは、少しだけ首を傾けていた。
肩に乗ったフェレットのローレンスに、何やら耳打ちされているようだった。
ローナによれば、含めるようにとローレンスが説得をしているらしい。このままでは、伴侶たるクローディアの世間体にも関わると、説き付けているようだった。
ちらりと、視線を向けてくる彼と目が合う。
本当にちらりと見ただけで、すぐに前を向いた。
「……含めます」
「ならば、会社館にたずさわる一切を、すり合わせる必要がある。この度の長年に渡る涜職は、シリル・マルシャンのみならず、セドリック・ヘインズの働きあってこそ暴かれた難事業だったと喧伝せねばならない」
話を詰めるとは、そういう意味かとクローディアは納得していたが、老君は「だが」と続けた。
「このまま続けるのは、いささか支障があるか。街を満たしている煙を抜くには半日ほどかかる。後日、もう一度、席を設けよう」
クローディアにしてみれば、周りの風景や人の表情が見えない方がいろいろと話しやすかったが、いつまでも煙の中というわけには、やはりいかないだろう。
退出を促されるままセドリックの方を向くが、彼はまだ老君を見ていた。
「……あの、もうひとつだけ。彼女――会社館で俺を襲ってきた、あの男は…?」
襲撃の実行犯のことだろう。
あの後どうなったのか、そういえば聞いていなかった。
老君は思案しているのか、それとも、アビゲイル・モアの様子をうかがっているのか。
「……その者は、変わらず注意対象とされるため、今後も自由にはされない。だが、処分は未定にされている。保留の理由は、セドリック・ヘインズ、そなたにある」
「……どういう?」
「あの男は、もともと旧家の生まれだ。親の不祥事により家名が廃絶され、幼いみぎりで旧家を出された。些細な差異はあれど、そなたと近い境遇ゆえか、屋敷私僕に対する考えも似通っていた。だが、そなたは、ここにきて考えを改めた」
「…………」
「彼とて貴重な人材だ。同じように改められるのなら改めたいのだろう。現在は、学会所有の収容施設にて拘留されている」
老君の言葉に、セドリックは何も言わず、ただ下を向いただけだった。
それで、今日の話は本当に終わった。
一番地から立ち去る際、クローディアはセドリックの手を握りたくなったので、手を伸ばしてみる。
彼は驚いて、少しぎくしゃくしていたが、白煙で周囲が見えないせいもあっただろう。そのまま手をつないでいてくれた。




