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59 暗闇の中の二人


 突然と部屋中の照明が消え、小さな悲鳴があがった。


 真っ暗闇の中、服飾と宝飾の部屋で接客していたクローディアも、予定にない事態の発生にうろたえる。


 しかし、照明は数秒もしないうちに光を灯した。

 灯りはしたが、ちかちかと不安定に明滅しており、暗闇と薄闇を交互に繰り返していく。


 どういうことか、隣にいたはずのローナに視線を向ければ、彼女の姿は消え去っていた。


 「ローナ」


 すぐさま女主人の指輪に呼びかけるが、反応はない。


 慌てて他の私僕――部屋にいるはずの従業員(エンプロイ)家女中(アリッサ)を探すが、彼女たちの姿も見当たらず、一瞬にして頭が真っ白になってしまったクローディアは、その場に立ち尽くすしかなくなった。


 時間が経つつれに、ここまで率いてきた客人たちの動揺は大きくなっていくようで、せっかく順路どおりの部屋を歩いて、ローレンスの負担を抑えてきたのに、このままではいずれ、ばらばらに動き出していってしまうだろう。


 どうしたらいいのか考えて、まず最初に浮かんだ考えが、『部屋にとどめておく』ことだった。


 「――う、動かないで」


 口から出た声は、けっして大きなものではなかった。


 近くの人の顔が見えたり消えたりする状況で、不安にかられる彼女たちが、クローディアの声をかろうじて拾ってくれたのは、クローディアの言葉が旧リッテンバーグ邸の女主人の言葉だからだろう。


 それを自覚しながら、クローディアは続ける。


 「…部屋から、出てはだめ」


 今にもぼろが出そうになりながらも、せいいっぱい女主人らしく振舞う。


 「……わたしが、聞きます」


 聞いてきますと言うべきところだったが、とりあえず、事態の収拾に動く人が現れたことで、周囲はひとまず落ち着きを取り戻してくれたようだった。


 クローディアは彼女たちへひとつ頷くと、ドレスの裾をさばいて、見え隠れする扉までゆっくりと歩いていき、部屋を出ていく。


 廊下はいくぶんかましだった。明滅する照明が多い分だけ明るかったが、会社館の館内には窓がない分、やはり室内独特の暗さがあり、しかも、あちこちから戸惑う人や騒ぐ人の声が聞こえていた。


 左右に視線を向けて、人の気配がないのを確かめてから慎重に足を進めた。

 行先は応接間(パーラー)だった。そこには、セドリックがいるはずである。


 きっと何かしらの手違いや事故が起きたのだろう。だとしたら、自分では判断しきれないため、どうするべきか聞くためにも一度合流すべきだと考えた。


 館内は、旧リッテンバーグ邸とほぼ同じ作りをしているため、間取りが頭に入っているクローディアなら、時間はかかるだろうが目的地まで必ずたどり着けるはずなのだ。


 心持ち足取りを速めながら、服飾と宝飾の部屋を出て、ようやくひとつめの角に差し掛かった時だった。


 「――クローディアさん」


 完全に不意を突かれて大きくびくついてしまうが、声のした方を見向けば、暗がりの中に人影があった。


 女性に見える人影は、館私僕たちが着ているはずの制服を身に着けていた。


 「わたしです。ジルベルタ・モアです」


 言われても顔がよく見えないが、声は確かに彼女のものだった。

 ほっとしつつも何が起きたのか聞こうとしたが、いち早く遮られる。


 「セドリックさんのもとへ、行かれるのですね?」

 「…えと、はい」


 冷静な物言いに、クローディアは何かが引っかかりながらも頷いた。


 「分かりました。では、残された来賓たちは、私どもが応対しますので安心してください。ただ、急がれるなら、お召し物は変えた方がいいと思います。出来ましたよね、例の懐中時計で」


 忘れていた。

 ローナも、もしもの時は着替えるようにと言っていた。


 胸元の懐中時計を取り出して、二十三歳から十八歳へと戻れば、かさばったドレスからいつものブラウスとコルセットスカート姿へと衣装も戻る。


 基本的な型は変わらないが、今回はデザインよりも機能性を重視して、より動きやすいように改良されているが、もちろん追加されたいくつかの装備品が野暮ったくならないように、きちんとコーディネイトもされていた。


 自分の姿を見下ろして、『もしもの時』『着替える』という言葉が、ふと気になった。


 何がどうしてなのかクローディア自身にも上手く説明できなかったが、言い知れぬ違和感を覚えてジルベルタ・モアの姿を見返す。


 彼女は、不測の事態が起きていると把握しながら、驚くほど落ち着きを払った様子で廊下に佇んでいる――館私僕の制服を着て。


 それが、ひどく恐ろしい事のように思えた。

 どうして、あからじめ、用意してあったのか。


 クローディアは、知らず知らずに一歩後ろに退いてしまっていた。

 すると、ジルベルタ・モアの方も、道を譲るようにして一歩後ろに下がってみせる。


 「貴女には、誰も手出しはしません。ただ、何も知らない来賓客にはご注意を。たいていは取り乱しているので、下手に近づかれると危険ですから、お気を付けて」


 どういう意味なのか、問うのが怖かった。

 余計に怯んでしまった心情を察してか、ジルベルタ・モアは焚きつけるように言った。


 「行ってあげてください。セドリックさんのもとへ。老君が望まれていることです」







 不可解な破裂音と同時に、部屋中の照明が消えた。

 一つか二つの照明はすぐに再点灯したが、ほとんどは戻らず、力なく瞬いている。


 手元すら危ういような薄闇に、応接間(パーラー)に集った何人かが事態の説明を求めたが、ほとんどの者は、むやみに動かない方がいいと判断したらしく、その場にとどまっているようだった。


 せわしない衣擦れと、興奮めいたささめき。

 奇妙な静けさが保たれた室内で、セドリックは一人、切迫した状況に追い込まれていた。


 オーウェンたちが消えた。男主人の指輪からも応答がない。


 指輪から旧リッテンバーグ邸に直接介入し、魔力回路の状態をざっと見てみたが数十か所に及ぶ断裂が見て取れた。


 おそらく、強い負荷がかかる形で相当の無理をしたのだろう。それだけの無茶をしたからには、よほどの理由があったはずだが、理由など主人の命を守ること以外考えられなかった。


 ならば、あの破裂音はセドリックへの襲撃だったと考えるのが無難だろう。


 しかし、最初の破裂音からすでに三分以上が経っているのに、次に何かが起こる気配はなく、セドリックは一人、暗闇の中に取り残されている。


 照明が消える前に、不可解な発言をしていたアビゲイル・モアの姿は、見える範囲からとうに外れていた。すでに部屋を出ているのかもしれないが、それすら目視では確認できない。


 手燭ていどの光りなら準備はあったが、明かりをつけた時点で標的になる懸念がある。せめて、応接間の来賓客たちが、もっと取り乱してくれていたなら、騒ぎにまぎれて逃げ出せもしただろうが、うろたえていると思われたくないからか、彼らは、一様の落ち着きを払って見せていた。


 いつ襲われてもおかしくない状況でありながら、下手に動くこともできない状態だった。


 旧リッテンバーグ邸と会社館の回路は直接はつながっていない。だから、会社館は司令塔を失っただけで機能自体は残っているが、肝心の旧リッテンバーグ邸は、魔力回路の断裂具合からして自己回復には、長くとも二十分はかかるだろう。


 防具となりえる手持ちの装身具に意識を向けながら、周囲の異変にも気を張らねばならず、ぎりぎりと緊張の糸が引き絞られていけば、事態の変化はゆっくりとやってきた。


 部屋の前方、セドリックからは離れた場所にある扉が、静かに開かれていく。


 内側から開いたのか、外側から開いたのかは分からないが、扉の先はかすかに明るく、室内の誰もが吸い寄せられるかのように、わずかな光へと注目していった。


 ほぼ同時に、セドリックの近く、部屋後方の扉も開いていく。

 反射的に振り返れば、扉の奥に消えていくアビゲイル・モアの背中を見た。


 迷う時間はほとんどなかった。この場から抜け出すように追いかけていた。







 会社館一階東棟の廊下は、光源の機能を保ってている照明が多く、かえって心許なさを覚えるほど明るかった。


 セドリックは辺りを警戒しながら廊下を進むが、先に扉を抜けたアビゲイル・モアの姿はとうに見失っている。


 これからどうすべきか。旧リッテンバーグ邸が復旧するまでには長くとも二十分はかかるだろう。


 となると、男主人の指輪からの実体化を待って身を隠しておくか、この会社館から脱出するかの二択になるが、窓がないこの会社館では、知っている出入口には確実に待ち伏せが待機していることだろう。


 何より、気がかりなのはクローディアである。

 旧リッテンバーグ邸が完全に沈黙したのなら、侍女のローナも消えている。


 彼女には手を出していないと思いたかった。老君の不興を買ってまでするはずがないと、半ば自分に言い聞かせながら、セドリックは彼女がいるはずの二階西棟から離れた場所へと向かっていた。


 もし、狙いがセドリックだけならクローディアと下手に合流すれば、逆に危機にさらしてしまいかねない。それを考えず、彼女は自分を探しに来てしまう可能性があった。だから、なるべく離れた場所へとまず急ぐべきだった。


 だが、悪い想像とは次々と浮かぶもので、彼女がたとえ襲撃者に狙われていなくとも、気が動転した来賓客から危害を加えられかねないし、この不安定な照明の中では、ちょっとした拍子で怪我を負うことも充分考えられた。


 せめて、無事な姿を確認しておくべきなのではないかと迷ってしまう。


 ジルベルタ・モアから渡された『綾織の手帳』以外にも、クローディアと直接連絡できる手段を用意しておかなかった自分に腹を立てながら進むが、その合間にも、館内から時々、来賓客のものらしい痛みを訴える声や怒声が聞こえてくる。


 聞こえてはくるが、セドリックが進む廊下には不思議と人がおらず、それが不審に変わる頃、ある異変に気が付いた。誰かが後ろからつけて来ているのだ。


 襲撃者か、ただの来賓客か。

 仮に前者ならば、どうして襲ってこないのか。後者だとしても、一定の距離を保ちながら後を追ってくるのは明らかにおかしい。


 どちらにしろ、クローディアに見つかる前に、追跡者に気付けたのは幸いだった。


 後ろを振り返らず、気づいていないふりをしながら廊下を進む。二つ目の曲がり角を曲がれば、頭の中の見取り図どおり『空き部屋』のある廊下へと出た。


 照明の消えた廊下の一番奥、右に面した扉のノブに手をかければ、鍵は開いていた。

 ここにも作為の匂いを感じながら、部屋へと入る。


 控え室や緊急の招集部屋であるため、内装の装飾は控えめにしてあるが、屋敷私僕が主人たちのために最低限の家具はきちんと運び込んでいるようだった。


 セドリックは扉を閉め、そして、閉めた扉の少し手前で待った。

 数秒後、ドアノブが静かに回される。


 手の中のモノはすでに起動させ、ドアがじわじわと開かれていくのを注視していれば、ドアの奥からのそりと現れたのは、従業員の制服を着た銀髪の女だった。


 館私僕が着ているはずの制服に、セドリックは思わず言っていた。


 「――誰だ、お前」


 答えない。


 セドリックが己の失態に気づくのと、館私僕のふりをした女が人工精霊を放つのは同時だった。






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