57 女主人のおもてなし
クローディアは、会社館に併設される倉庫に停められた馬車の中にいた。
旧リッテンバーグ邸が所有する馬車はいくつかあるが、待機のために用意された馬車は儀礼用の馬車であり、かさばる盛装姿でもくつろげるよう充分な広さをもっている。
クローディアの向かいには、侍女のローナが人の姿のままで座っている。
彼女は、ローレンスを介して館内での状況をクローディアに逐一伝えてくれていた。
開催の時刻が迫り、大広間には大勢の人が集まっているが、家外業務は取り立てて言うことは何も起こらず遂行されているそうだ。
手持無沙汰のクローディアは、なんとはなしに窓の外をながめていれば、倉庫の出入口に屋敷私僕が一体で待機していた。独りで何をしているのか見ていると、人除けのためにあらかじめ置かれているのだとローナから補足が入る。
彼の方も馬車の中にいる女主人の視線に気づいたらしく、姿勢を正してうやうやしく礼を取ってくれた。はじめて見る顔をした、名前も知らない私僕だった。
ローナに聞けば教えてくれるだろうが、おそらく彼とは今日一日限りしか顔を合わせない、だから聞かないでおくことにした。
定刻の午前十時をローナが告げる。
会社館の大広間では、予定通り、開催の挨拶が始まったそうだ。
古物貿易合資会社設立の呼びかけ人である、地縁貴族下院議員、政治家シリル・マルシャンが先陣を切って、会社館建設の総指揮と設計を手がけた建築家カミル・モアを紹介し、それから、今日の式典の主催者である十人委員会の魔導士セドリック・ヘインズを紹介していく。
挨拶というよりも、立候補演説のような独演がつらつらと続けられているらしいが、ローナに言わせれば、場の盛り上げ方を知っている人の弁らしい。
充分に彼のペースに乗せたあと、会社館お披露目会の最初のもてなしは披露された。
館内のいたるところで、家外業務にいそしむ屋敷私僕たちがセドリックの合図によって、旧家のお仕着せから従業員の制服に着替え、館私僕の従業員として紹介されたのだ。
一斉の衣装替えに、会場ではお上品な感嘆と拍手が起きていると、ローナがどこか冷ややかに付け加える。
これによって、今日の式典で、旧リッテンバーグ邸のお仕着せ姿のまま行動する屋敷私僕は、侍女のローナだけになった。
主催者側と来賓客側、それぞれの挨拶回りがある程度すませられたあと、ローナがクローディアに目配せし、クローディアは頷いた。
声をかけるまでもなく馬車も動き出し、会社館の正門へ向けて走り出す。
お辞儀姿で女主人を見送る館私僕の横を抜けて、隣接する建物をわざと迂回してから正門をくぐれば、人払いのされた玄関アプローチが窓の外に見えた。
見慣れない制服姿の館私僕が出迎える正面玄関に横付けされ、馬車からローナが先に降りると、盛装姿の女主人に手を添えて丁重に降ろし、衣服や髪型の乱れをチェックしながら、外出用のコートであるビロードの外套をクローディアに着せた。
ローナ自身もお仕着せの上に質素な外套をまとい訪問着を装うと、支度が整ったタイミングを見計らって、館私僕が玄関の両扉を手動で開き、館内へと招き入れた。
きらびやかな光景だった。玄関ホールなら、すでに一度クローディも目にしているはずだが、まったく別の空間であるかのように着飾った男女が、ホールで、壁際で、階段で、それぞれが持ち寄った品格を華やかに咲き誇らせている。
来賓客たちは、だいぶ遅れてやってきたクローディアに知り合いか否かの一瞥をくれるだけだったが、傍らに従えた侍女を認めると、すぐさまもう一度クローディアに目をやり直す。
なるべく気に留めず、背後から耳打ちしてくるローナにうなずいて、クローディアは観衆の中をゆっくりと歩き出した。
銀髪に黒い目という明らかに旧リッテンバーグ邸の特徴を持った侍女を従えている女に、疑惑と戸惑いの目が向けられるのは、ローナが銀細工の髪飾りといういつもの姿ではなく、人の形をしているせいだろう。
だから、じろじろ見られてもいいのだと、何もおかしなところはないと、クローディアは自分に言い聞かせながら足を進めていく。
向かう先は、セドリックが待つ大広間である。
視界の端で制服姿の館私僕たちが何体か見えた。館私僕の従業員として、彼らは、お仕着せのテールコートからテールを外したような姿をしている。ラウンジスーツというものらしいが、男性だけではなく女性もまたスカートの上に同型の上着を着用し、男性はネクタイを、女性はリボンを締めていた。
目的地はすぐだった。いつの間にか人垣のようなものが出来ていて、まだ距離があるというのに、セドリックの後ろ姿を視界に捉える。
じっと見つめながら歩いていくと、彼は傍らに控える制服姿のローレンス、のふりをしたオーウェンから耳打ちされ、背後を振り返った。
目が合うとほんのわすかに視線をそらしたが、すぐに持ち直して見つめ返してくる。
適度な間隔を空けて立ち止まる頃になると、あたりは静まり返っていた。
不仲だとされている夫妻の対峙に、突然出くわしてしまった観衆は、緊迫した面持ちで様子をうかがっている。
しかも、クローディアとローナは外套も脱がずに登場しており、取りようによってはかなり無礼な態度になった。
「今日は、お祝いを述べに」
最初に語りかけたのはクローディア。だが、セドリックはすぐには返事を返さない。
外套を脱がなかったのは、彼の返事次第では立ち去るという意思表示でもあるのだが、ローナによればどちらに取られてもいいらしい。
周囲は少なくとも一触即発の雰囲気ではないと察したようで、妻から用件を告げられた夫の出方を興味深そうに見守っている。
「…好きにしろ」
実に簡素な一言は、あたかも自分は関知しないと言いたげだった。
「…では、そのように」
クローディアもまた簡素な一言で返す。
会話の終了を気取ったローナがすかさず耳打ちしてみせて、彼女の助言で次の行き先が決まったかのように頷くと、あっさりとこの場をあとにする。
何事もなく終わったことで肩透かしのような空気が漂う中、それでも来賓客たちの方から道を開けてくれたのは、女の正体が疑惑から確信に変わったからだろう。
女主人と侍女。
目には見えない最後の盛装を身に着けて、クローディアは最初の関門を抜けた。
まずは、もてなす側ではなく、もてなされる側として落成式に入り込んだクローディアは、予定通り会社館二階東棟へと足を進めていく。
着ていた外套は、ローナともども廊下で脱いで、他の制服姿をした館私僕に預けた。
この会社館でただ一体、旧リッテンバーグ邸のお仕着せを着た侍女はとても目立つ存在で、おのずと彼女が仕える女主人も目立った。
向かう道中でも、それはそれは目を引いて、中には付いてくる人もいる。
女主人と縁故を築きたい人が話しかけてくるかもしれないと、ローナから聞かされていたから若干どきどきしていたが、歩みを邪魔されることなく二階東棟の廊下を前にした。
低い天井と長い壁。
会社館二階の東棟、南棟、西棟は催事室になっており、異国から持ち込まれた古道具が飾られた廊下は、額縁がびっしりとはめ込まれた画廊の壁を思わせる。
かといって絵画のたぐいはほとんどなく、誰かの肖像が刻まれた古銭コレクションや、変わったデザインの曲がりナイフと鞘、使い込まれた羽ペンやインク壷などが額に入れられ、大きな立体額縁に入れられた額縁そのものもあった。
それらを興味深そうに、もしくは退屈そうに観賞している貴婦人が廊下にはまばらにいて、勝手気ままに見て回っている。
珍しい蒐集品を自身の屋敷で展示しお披露目することは、貴族の邸宅ではすでによくある催しで、貴婦人たちからはどこか手慣れた様子がうかがえた。
クローディアが相手にするのは彼女たちになる。
今日の落成式に招かれた会社館建設にたずさわった関係者ではなく、その同伴者たちであり、多くは女性の姿だったが若い男性もいて、ある意味では彼女たちが本当の来賓客でもあった。
何も知らない彼女たちを少しでも多くの部屋に誘導し、分散させるのが女主人に課せられた役目である。
開いたままになっている扉を抜けて最初の催事室へと入れば、部屋に並んでいるのは数々の楽器だった。
まず目が行くのは木目や曲線が美しい弦楽器で、それから皮の張られた少し粗野な見た目の打楽器。ボタンがたくさん付いた金属の筒にしか見えない管楽器などもあり、ひととおり説明されていたが、各々の名称はとてもではないが覚えきれるものではない。
変わりだねとしては、空っぽの鳥籠や虫籠、金属のディスクが収められた小箱など、珍しい外国の品々を見聞する人々と、展示品の解説をする館私僕のあいだを抜けて、クローディアは最も大きな楽器の前に来た。
高さはクローディアの腰ほど。奇妙な形をしているが、木彫りの装飾が随所に施されたテーブルのようなものだった。
「…これは?」
「フォルテピアノにございます」
かたわらにいた制服姿の私僕が答えてくれる。クローディアはあえて彼に目をやらない。
「仕組みとしてはパイプオルガンや水オルガンが近いでしょう。しかし、手鍵盤と呼ばれる音階別に並んだ鍵によって、はるかに広い音域を鳴らしだし、多様な旋律を操ることで典雅なる調べを奏でます」
「…そう、聞かせて」
「申し訳ありません。旦那様より許可なくお品に触れさせぬよう、細心の注意を払うよう仰せつかっております」
クローディアはようやく視線を上げた。館私僕の顔をじっと見つめてから、抑揚のない声で口にする。
「かまいません。好きにしろと言われました」
彼は、言葉に詰まったように押し黙った。
周囲の関心はまたクローディアに集まっている。
いくら男主人の言い付けとはいえ、やれと言っているのは自分たちの女主人である。無下にはできないのは明白で、はたして館私僕はどう出るのかと、先刻と同じような緊張感が辺りには漂っていた。
充分に注目を集めたと判断した館私僕は、軽く頭を下げる。
「――許可をいただきました」
わっ、と嬉しそうにあげた声を、慌てて引っ込めるさざめきが聞こえてきた。
実際には、はじめから決まっていたことだが、こうした建前は重要らしい。
館私僕がフォルテピアノの鍵盤蓋を開けると、異国のドレスを着た人工精霊が現れる。
見たことのない、しかし豪奢な衣装と装飾品を身にまとった美しい女性に、来賓客たちの期待は否応なく高まっていくが、クローディアは彼女の顔を知っていた。
家女中のリリーである。リリーはなるべく素知らぬ顔をして聴衆に一礼すると、フォルテピアノに向かって腰かけて、両手をそっと鍵盤の上に添えてみせた。
ひと呼吸ほどの間をおいて、フォルテピアノは大音響をあげた。
大きな音が出ると知っていたのにクローディアは思わずびくついてしまうが、フォルテピアノの空気を振るわせる音の連続に気を取られ、周囲の人たちが気づいた様子はない。
目にもとまらぬ指さばきと、鳴り響くピアノの弾奏は圧倒をつづけ、演奏者と楽器が一体化したような短い一曲が終わると、周囲からは感嘆のため息が漏れていた。
「…もうひとつ聞かせて」
この場の誰もが思ったことを代弁する女主人に、館私僕はうなずきながらリリーに目をやり、彼女は両手を持ち上げた。
今度は一転して、とてもゆっくりとした、あたかも演奏者の心象を語り聞かせるような曲調を奏で出す。
変幻自在な典雅なる箱に、来賓客たちはすっかり聞きほれているようだった。
それからもリクエストに応えて短い曲を何曲か弾かせていくのだが、それは弾き手がリリーだから可能した演出でもある。
本来のフォルテピアノに魔力回路を通して実体化させた人工精霊では、多様なリクエストに応えることができないため、代理として家女中のリリーが抜擢されたのである。
彼女は、この日のために仕入れた楽譜をすべて覚えることになっていたのだが、手本となる人間がいなかったため、かなり手こずっていたらしい。
なんとか形にはしてきたものの、腕前を言うなら数曲しか弾けない人工精霊の方がリリーよりはるかに上らしく、けれど、ここに居る人たちはピアノの音域をはじめて聞く人ばかりなので、よほどの聞き手でない限り聞き分けられる人はおそらくいないとのことだ。
それでも素晴らしい楽器と演奏に心を奪われている人たちを前に、軽いテンポの楽しげな曲を弾き終わった瞬間を見計らって、クローディアは言い放つ。
「もっと面白いものはあって?」
聞こえよがしに言えば、心得たとばかりにローナがそっと耳打ちしてくる。
彼女の意見に賛同したようにうなずいて、クローディアはドレスの裾を優雅にさばいた。
次の部屋へと向かうため、開いたままになっている内扉を向けば、フォルテピアノの音色にひかれてか、内扉の前には人だかりができていたが、何を言わずともクローディア――というより侍女のローナを避けて道を開けてくれる。
進もうとした瞬間、ローナから本当に耳打ちが入った。
忘れている一言を指摘され、一瞬固まってしまうが、ローナから「思わせぶりな間に見せましょう」と助言され、言う通りにもったいぶった動きで背後を振り返る。
「…あとは、皆さんで楽しんでらして」
来賓客に向かって言葉を贈れば、意味に気づいた数人が笑みを含んだ。
ようするに、女主人の許可である。
フォルテピアノのほかにもヴァイオリンや竪琴などがあり、各々に回路はすでに通してある。それらを自由に使ってよいと女主人から許可が出された。
部屋にいる館私僕も止めず、むしろ彼らにとっての接客はこれからだが、とはいえ、フォルテピアノの人工精霊と同様、弾ける曲数には限りがあるため、リリー一体で引き留めおける時間はそう長くはないだろうと聞かされている。
接客と引き留めは、もともと館私僕の従業員たちの役目だったが、引率者のいない来賓客の行動をクローディアがある程度コントロールできれば、それだけローレンスの負担が軽くなるという算段である。
クローディアは、次の部屋に足を踏み入れた。
各部屋は内扉で一続きになっており、隣の部屋は文具の催事室になっている。
どこか小書斎に似た雰囲気の部屋には、飾り棚が多用されていた。
羽ペンの羽装飾や、ペン先の彫金細工、栞、封蝋の印璽、ペーパーナイフ、鋏、彫刻刀、オイルランプや燭台、小物入れ、鍵と錠などがガラス戸の奥に並ぶ。
意匠を凝らしたガラスのインク壷やガラスのホヤは、飾り棚のひとつを埋め尽くすほど集められているが、それらはこちらの物と大差ない。
一方で、ひと目で渡来品と分かる異国の文字がつづられた羊皮紙や、ページの開かれた彩色写本、銀筆と鉛筆、世界地図、羅針盤、暦表などが飾られた棚もあった。
クローディアは、制服姿の館私僕の前に行くと彼女の顔をじっと見る。
彼女は笑みを含み、女主人が言いたいことはすでに周知されているように言った。
「…何をお持ちいたしましょうか?」
「面白いもの」
「…では、これなどはいかがでしょう。鉛筆と呼ばれる、インクを必要とせずに書ける筆でございます」
私僕が飾り棚から取り出したのは、黒く細長い棒を木の板で挟んだ無骨な筆で、無地の冊子とともにクローディアへと差し出された。
クローディアは受け取った鉛筆を、適当に紙の上に走らせる。
すると、集まっていた別の来賓客たちが、つられるようにして覗き込んできた。
彼女たちへ視線をやれば、はしたない行動を恥じるように身を引くので、クローディアは彼女たちへ鉛筆と紙を差し出す。
もし誰も受け取ってくれなかったらローナが受け取る手はずだったが、一番近くにいた同年代の淑女が受け取って、インクを使わない筆で何かを書き出し、周りからも期待のこもった声がもれた。
「…他には?」
クローディアがさらに求めれば、私僕は準備が良すぎる速さで小物入れを差し出す。
子供の両手ほどの大きさで、素朴なデザインをした古びた箱。
「この小物入れの持ち主だった少女はたいへんな収集家で、毎日のように違う宝物が詰め込まれまた箱には、在りし日の幼心が収められているそうです」
受け取った小物入れの蓋を開けると、そこには花びらがぎっしりと詰まっていた。
ひとつまみを見えやすい高さまで持ち上げると、花弁は指からこぼれてはらはらと散っていく。
蓋を閉じてもう一度開くと、今度は大きな魚のうろこが入っていた。
うろこは不意に細長い魚の姿になると箱から飛び出して、来賓客の頭上をすいすいと泳いでいたが、誰かが伸ばした指から逃がれるように消えていった。
小物入れもまた他の来賓客に渡せば、きらきら光る小石や貝殻、花の種、刺繍糸、小瓶など、子供が好んで集めそうな物が次々と現れるが、どれも箱から出されると儚く砕けて溶けいく。
続けて、羅針盤というものをクローディアは私僕から受け取った。必ず北を指し示すという代物なのだが、誰かの手にあるときは確かに一方向を示すのに、故障しているのか、テーブルなどの上に置くとくるくると回り出してしまう。
しかし、回路も通っていないのに勝手に動くことが不思議で来賓客に評判は良かった。
「もっと面白いものはないの?」
さらなるわがままを言い出す女主人に、私僕は少し困った様子を見せてから、
「では、こちらに」
言って、彼は飴色に磨きこまれたライティングビューローの前へと案内する。
閉じられている戸棚を開くと、一体の少女が椅子に腰かけていた。
家女中のマーガレットである。
書き物机に向かう少し野暮ったい格好をした少女は、中に用意されていた羽ペンをおもむろに手に取ると、インクを付けて紙に文字を走らせた。
「彼女がつづるのは異国の物語です。童話や戯曲、散文や詩にも精通し、一節の引き句などもいたします。流麗な書体などの数々もお楽しみください」
解説の合間にも、マーガレットは最初の一枚を書き上げた。
物語の序文だけだが、寓話の幕を開ける陽気な猫の独白をしたためもの。
クローディアは、文面を一読してから他の来賓客へと手渡した。
続きはすぐに書かれて、クローディアは簡単に斜め読みしてから他に回す。
マーガレットは、リリーと同じくこの日のために何百巻もの遠い国の物語を読み込んできており、初手に選んだ短い寓話は皮肉めいた結末ですぐに終わった。
クローディアは最後のページを渡しながら、もう気が済んだとばかりに言葉を添える。
「あとは、お好きに」
言って、次の部屋に移動した。
隣の部屋はテラリウムの部屋で、観賞用に持ち込まれた花々や、野菜、生薬がガラスのケースに入れられており、クローディアは部屋中央まで来るといったん立ち止まる。
すると、ローナが背後から耳打ちした。あらかじめ決めていた定時報告なのだが、どうやら見込み通り、来賓客の何人かがクローディアのあとを付いて来ているらしい。
このままルートの変更はなしで進むようにとローナから告げられ、頷きながら後ろを振り向けば、程よい距離を保ったままのご婦人たちが、少し遠慮がちだが期待のこもったまなざしでクローディアを見つめていた。
「…付いていらして」
その言葉を待っていたかのように、一同から笑みがこぼれる。
何かしらの免罪符を得たような、くすくす笑いも聞こえてきた。
これで、女主人が先導するきっかけは作られた。あとはどれだけ人数を増やせるかだが、そこは運も絡んでくるので確実には言えないらしい。
来賓客の誘導はそんなに重要な役目ではないとはいえ、それでも、おおむね順調に運んでいるようでクローディアは安心していた。
今回の接客で、声の抑揚や表情の機微などは、ほとんど素のままでいいと言われた時は不安だったけれど、ミステリアスでかえって良いと言っていたローナの言葉はおそらく正しかったのだろう。
ひとまず当初の予定通り、テラリウムの部屋は興味なさげに素通りして、さらに次の部屋へと移るために女主人は先頭を行かねばならない。
この先に用意されている部屋には、玩具と遊戯類の部屋、化粧と髪結いと香水の部屋、服飾と宝飾の部屋、昆虫標本や剥製の部屋などが待ち受けていた。
見知らぬ屋敷を探検するような、ちょっとした冒険心に浮きたった周囲に気を取られすぎないよう、背後のローナに意識を集中しながらクローディアは歩いた。




