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51 費やされた三年


 老君の居を辞して、二人は百聞回廊の廊下に出た。


 とたんに浴びせられたのは永久公僕たちの視線で、百聞回廊を突破したことはすでに知れ渡っているのだろう。彼らから好奇に満ちた目を向けられ、手を振られたりもした。


 公僕たちの様子に、学生科の寮生や、泊まり込みの学者たちの奇異な目まで集めてしまったが、公僕たちは百聞回廊の名は一切出さずに無言で喝采を送るので、なおさら奇妙な光景に見えただろう。


 セドリックとクローディアは、人目を避けるようにして、学林館の車寄せまで急いだ。

 馬車に乗り込み、車が走り出すと、二人は同時に息をつく。


 「……まずは、乗り切った」


 こくりと頷くクローディア。


 「…えと。……ご苦労様」

 「わたしも。ご苦労様」


 「……あと、百聞回廊の時も…助かった」

 「…わたしも。ありがとう。順番、直してくれて」


 セドリックは少しだけ目を丸くして、ああ、と少しだけ目を細める。


 クローディアは迷った。

 帰りの馬車も思わず離れてしまったが、今からでも隣に座ってもいいかと聞こうとしたとき、セドリックが先に口を開く。


 「……いざ言うとなると、どこから話していいか悩むな」

 「…話す?」


 「…だから、俺が老君に頼まれてたこと。もう、話せるようになったから」

 「あ、うん。はい」


 とても真面目なお話に、クローディアは自分の浅はかさを恥じた。

 つい頭をもたげてしまった感情を振り切って、今回もきちんと心を入れ替える。


 セドリックが話の切り出し方を迷っていると、彼のフードからフェレットのローレンスが顔を出した。


 「魔導士が、権力や金力…貴族や商人と必要以上の親交を持ってはいけないところからはじめては?」


 「ああ、いいな。……それは知ってるよな」


 クローディアはうなずいた。

 親交を持ってはいけないのに、セドリックは禁を破っていたから問題になっていた。


 「なら、なぜ駄目なのかは、どこまで知ってる?」


 今度は首を横に振る。

 なぜかと聞かれても、漠然とそういうものだとしか知らない。


 「実際にあったからだよ。貴族や商人そして魔導士が、結託や仲違いをして起きたろくでもない事件が、何度となく。けど、まったく知らないわけじゃないはずだ。そのたびに、家名の廃絶や私僕の入れ替えが繰り返されてきてるから」


 少し考えれば分かりそうなことなのに、クローディアは虚を突かれた思いがした。家名の廃絶や私僕の入れ替えが結果としてあるのなら、確かに原因がなくてはならない。

 結果と原因がきちんと結びついていなかった自分に驚く。


 「中でも、公には隠蔽された事件がある。大きな事件として史実には残っているし、魔導士には戒めとして幾度も語られる反面、事の真相が教えられる機会は少ない。どれもこれも悪辣な貴族と商人に、未熟な魔導士がかどわかされた。そういう話で終わっている」


 「……どんな?」


 セドリックは、クローディアをじっと見つめる。

 説明が難しいのかもしれない。次に話し出した言葉は、質問の答えとは違っていた。


 「これまで、旧家にはたくさんの手が入れられきた。鏡板の継木(つぎき)工法からはじまって、鏡板・化粧板構法に額縁の部材法。古くなり解体された旧家の建材に、特殊な加工を入れることで、部屋の移動や拡張を可能にさせてきた」


 それなら自分も知っていると知らせるように、こくりと頷く。


 「もともとは、魔力回路の書き換えを最小限に抑え、臨界現象を起こさせないために編み出された技術だったが、これが裏目に出た。まったく別の不具合を生んだんだ……解体材の再生技術が確立された時から、誰しもが必ずと言っていいほど、ある考えに囚われる。各要所、各施設の精霊建築に使用された建材の一部を使い、それぞれを組み合わせたら、いったいどうなるのか。……要するに家の寄せ集め(モザイク)だ」


 モザイク。寄せ集めた家と言われても、クローディアにはいまいちピンとこなかった。


 「この考えは、長らく机上の空論でしかなかった。根本的に材料が足らなかったからだ。本体の修繕と拡張に精一杯で、家のモザイクを建てるために貴重な建材を捻出するなんて到底無理な話だった。でも、それも時代が下るとともに余裕が生まれて、やがて、モザイク――寄木理論の検証と実験に入る者が現れはじめた」


 「…成功したの?」


 クローディアは問うが、成功したのか、失敗したのか、セドリックは答えてくれない。


 「……今から四十年ほど前、とある地縁貴族と古物商人と不良魔導士が手を組んだ。地縁貴族は所領と人材を提供し、古物商人は資金と古物を提供し、不良魔導士は正導学と旧家を提供した。旧家の鏡板と化粧板を使用した寄木理論の応用と開発はひとまず功を奏して、地縁貴族の所領には、屋敷私僕を労働源とした資源産業と加工産業が乱立し、一時期は王都の市場に食い込むほどの隆盛を見せた」


 市場価格の均衡を完全に無視して、やりたい放題だったらしいと、付け加えるセドリックにクローディアはただ頷く。


 「所領内に限った話だと、明らかな違法行為が常態化し、未認可の古物や魔法道具の売買、もちろん人工精霊の裏取引も含まれていたが、様々な職位の人間の買収や脅迫といった犯罪も横行していたらしいが……確かなことは分かっていない。ただ、当局による散々の勧告や警告にも応じず、あまつさえ、自分たちを“社縁貴族”だと名乗り出した」


 「しゃえん貴族?」

 「要するに、第三勢力として名乗りを上げたってとこかな」


 セドリックは、どこか滑稽そうに言う。


 「だが、やっていることは、まぎれもなく社会秩序の破壊だ。近隣の血縁貴族が治める領主城の永久公僕か、国の軍警察が派遣されるのも時間の問題だったが、議会の採決を待たずに、社縁貴族たちの小さな王国は内部から崩壊した」


 「崩壊……」


 「詳細は省くけど、貴族、商人、魔導士の三者は、そろって仲違いしたんだ。権利関係とか利益の配分とかで揉めたとか。まあ、ここにも不確定要素は多いんだけど、ともかく、対立や和解、騙し討ちの末に旧家の両主人が殺されて、唯一の跡継ぎが失踪して……間もなくして屋敷私僕が暴走した」


 言葉を失ったクローディアに向かって、セドリックは首を横に振った。


 「いや、暴走って事にされてるけど、俺は違うと思う。分かってる奴は分かってるはずだ……あれは、屋敷私僕の根底にある本能が起こした造反だよ。知ってるだろ。俺たちも、子供の頃に守ってもらった」


 言われて思い起こされた記憶に、こくり、と重く頷く。


 「彼らは、主人の命を何よりも優先するから。それが極限に達した結果――彼らの本性を甘く見て、有効範囲を広げすぎた結果、私僕たちは極限を超えて、家の寄せ集めもろとも貴族の所領地を崩壊させた」


 想像を絶する結末に、クローディアは知らず知らず肩口のローレンスを見ていた。

 責めているわけではなかったのに、彼は視線を外して顔を伏せてしまう。


 「以降、旧家に使用される建材は厳重に管理され、解体材は本体以外の使用を全面的に禁止されるようになった。魔導士見習い含め、学生科たちの教育も徹底されていったが、手を変え品を変えて、鏡板と化粧板の流出は必ず起きた」


 「…どうして?」

 「いくら止めても、旧家の人間が共謀するから」

 「…………」


 「異国の貿易商人が仕入れてきた珍しい古道具を餌に、貴族が仲介をして魔導士を引き入れる案件なんて枚挙にいとまがない。だいたいは悪趣味な人工精霊を作らせるか、発禁物の蒐集という道楽で終わるんだが、時折、貴族、商人、魔導士のいずれかから不相応な大望を抱く奴が出て来て、判で押したように寄木理論に傾倒し、家のモザイクを作りたがる。だからこっちも折に触れて、対抗手段を講じなくてはいけなくなるわけだ」


 「……それが、お仕事? もう二度とモザイクの家が出来ないようにする」


 セドリックは、少し間をおいてから頷いた。


 「正導学会に手を貸して、未認可の人工精霊を見逃してもらう貴族もいるから、彼らの口利きで社交界に入り込み、内密に処理するのが今までの定石だったけど、今回はちょっと状況が変わって、内部に入り込むための口実として、老君の精製素子の依頼が使われた」


 「…うん」


 「疑似人格を持った人工精霊を作るため。という大義名分を使って色々やったあと、寄木理論を仄めかしたら、一枚かませろと近づいてくる奴はすぐに現れた。老君という後ろ盾があったから、その辺はかなり簡単だった。手がかかったのは、ため込んでいる鏡板と化粧板を吐き出させるため、実際に家のモザイクを作ってやったことだな」


 「……出来ちゃったの? モザイクの家」


 「張りぼてな。あと、モザイクの家じゃなくて家のモザイク――も、言わないほうがいいか。あいつら式の呼び名で呼んだほうがいい」


 「どんなの…?」


 「うん。時代を経るにつれて色々と変わってて。あ、でも、その原型はかなり古くからあるものなんだ。いわゆる“家”から派生した組織のひとつにすぎない。さっき言った家のモザイクも、営利行為に人的摩擦が絡まってああいう結末を迎えたが、けっして旧家と相容れないような組織ではなかったんだ」


 「…………」


 「そもそもの寄木理論の土台にあるのは、家から派生したすべての組織だ。代表される家産型から分岐した同職組合や荘園などに基づく内装(・・)の変遷と、バシリカやヴィッラなどから変遷した構築物の外装(・・)、これら二つの来歴と旧家の解体材を継木工法で接合させ、新たな法人格の発生を試みる、もしくは、構築限界の模索、つまり家として認識されない限界を――…いや、それはいい。話がずれた」


 途中で切り上げてくれたセドリックに、クローディアは心の中で感謝を送る。


 「そうだ、あいつら式の呼び名だった。時代によって様々な流れはあったけど……家のモザイクはいま“会社”って呼ばれている」


 「かいしゃ……」


 はじめて聞く言葉を、クローディアはただ繰り返す。


 「おそらく、この国における史上二番目の会社は、すでにこの地に完工している。張りぼてとしてだが、近々その落成式が開かれる予定だ。とどこおりなく式が遂行されれば、三年以上が費やされた俺の仕事もいよいよ終わる」


 「じゃあ、わたしはそこで…かいしゃの落成式で、どんなお手伝いをすればいいの?」

 「それは……」


 言いながら首をかしげると、セドリックは、またしても説明が難しそうな顔をした。


 言葉を選んでいるようにも、言い淀んでいるようにも見える眼差しで、クローディアの顔を見つめ、ひとしきり頭をひねっている。


 さんざんと悩み、言葉をかみ砕く作業を終えたあと、彼は自分でも正しいのか、いまいち自信がなさそうな表情で言葉を選んだ。


 「……おもてなし」






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