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47 家内会議


 「では、はじめましょうか」


 作戦会議の指揮を執るローレンスは、この場に会する面々に告げた。


 図書室(ライブラリー)の書写机に集うのは、着席する男主人のセドリックと女主人のクローディア他、起立する家令(シュチュワード)のローレンス。侍女(レディースメイド)のローナ。従僕(フットマン)のオーウェン。家女中(ハウスメイド)のリリー、アリッサ、マーガレット、ダリア、ローズ。料理番(コック)のカーラ、モリー。御者(コーチマン)のハーマン、ノーマン。庭師(ガーデナー)のゴードンである。


 「ちょっと待て。なんだこの人数は」


 開始早々、めざとく我が家の男主人が指摘した。


 「――いつも通りの布陣ですが、差し障りございましたか」


 「見たままだ。狭いテーブルを十三体が囲んでいる絵面のまんまだ。作戦を立てるだけなら、こんなにいらないだろ」


 ローレンスは、いちおう弁解を述べておく。


 「ですが、こうした会議には、多角的な視点が必要なものですし……」


 「わかった。じゃあ聞こう。今から旧リッテンバーグ邸を手に入れるため、老君および正導学会と渡り合う計略を練っていくわけだが、対策案をきちんと立ててきた奴はここに残っていい。無い奴はただちに家内業務に戻れ」


 囲む私僕たちにどよめきが走る。


 互いに顔を見合わせ、眉を下げたり首を振ったりすると、ぽつぽつと順番に、料理番のカーラ、モリー。御者のハーマン、ノーマン。庭師のゴードンが姿を消していく。


 残る従僕と家女中五体に、セドリックは視線をやった。

 最初に目の合った家女中リリーに踏み込む。


 「……残ったってことは、ちゃんと案があるんだよな。言ってみろ」


 指名されたリリーは、助けを求めるように隣にいたアリッサを見た。すると、彼女はリリーに耳打ちし、リリーは驚いた顔をするが、アリッサに肩を押されて前に出た。


 「――えと、あの。……我が家の総員で乗り込みます」

 「賛成です。総力戦です」

 「よし、(かえ)れ。二体とも」


 容赦なく切り捨てられたリリーは、衝撃を受けた顔を貼り付けると、発言を唆したアリッサと共にひどく肩を落としながら消えていく。


 これで、屋敷私僕十三体中七体が消えた。残り六体である。


 突如として熾烈な選別会場と化した図書室に、それでも挑まんとする四体が男主人と正面から対峙していたが、緊迫したこの空気を見かねたのか、侍女ローナが先に苦言を呈した。


 「旦那様、あまりこの子たちをいじめないでやって下さいな。そんなに凄まれては、皆が委縮して柔軟な意見を交わせなくなってしまいます。……特に奥様が」


 言っている意味が分からなかったのだろう、不可解そうに隣を向く彼が見つけたのは、青い顔をして震えるクローディア。


 「――わ、わたし、ちゃんと考え」

 「いやいやいや。お前はいいだろ、ここにいて」


 やや食い気味に庇いたてるが、身を乗り出した拍子に、少し驚いた顔の彼女と彼の目が合った。 


 ただでさえ椅子と椅子の距離しかなった二人が、より接近した形で見つめ合う。


 近すぎる距離にセドリックが身を引いた直後、何かに気づいたらしい彼は、顔を赤らめながら自分たちを見ている私僕全員に非難めいた目を向けた。


 あたかも敵対勢力を睨みつけるような態度に、従僕と家女中三体は若干ひるんだが、ローレンスはローナに視線を送ると、彼女は黙って小さく頷く。


 やはり正直に言ってしまうのがいいだろう。


 「……セドリック様、一度よろしいでしょうか」


 こちらの嘘偽りのない真摯な思いを知ってもらうため、改まった口調で語りかける。


 「クローディア様が隣におられること、ご自身の心にも添われているようで、さぞかし余裕がないことと存じます。ぎゅうぎゅう詰めなのは分かります。私どもも同じ気持ちです」


 男主人の口元がひきつった。


 「我々も、お二人が隣に並ばれるたび一喜一憂して、手元がおろそかになるのです。比喩や誇張ではなく、本当に支障が出ております。恥ずかしながら告白すれば、昨夜、お二人がクローゼットにこもられた七分と三十四秒、家内業務が完全に停止しておりました」


 「…………」


 「これは我々の本能、本性に根ざした反射です。これらを矯正するには、お二人の戯れが日常風景と化すか、精製素子に直接働きかける他ありません。越権行為だと重々承知で申し上げますが、我々から提示できる解決策はひとつです。慣れてください」


 適切かつ的確な進言だったが、彼の眉間には不服そうな皺が寄る。

 しかし、眉間の下にある目には意味のない敵愾心は消えていた。


 「とりわけ今は時間がありません。体調を崩したとして三日の休暇をいただいておりますが、最初の一日である本日は両主人の休息に使われましたので、残りは二日です。どうか、意義のある会議に集中してくださいますよう」


 とどめのような正論に、男主人からの反論はない。


 二、三度視線を泳がせるが、やがて意を固めたように小さく息を吐いた。

 従僕と家女中三体たちに顔を向けて静かに語りかける。


 「……悪かった。お前たちはここに居ていい。業務に戻った奴らも、何かしら案が浮かんだなら、いつでも参加しに来てくれていいから」


 諫言を聞き入れて発言を撤回した主人に、ローレンスは「ありがとうございます」と安堵と敬意を込めて感謝を述べた。







 「では改めまして、はじめましょうか」


 仕切り直したローレンスに、まず手を挙げたのはローナだった。


 「事を迅速に進めるためにも、最大の難題から踏み込みましょう。旦那様が、老君と誓紙を交わしている問題です」


 おおむね同意であるローレンスは、そのまま彼女にまかせる。


 「誓紙の内容は口外無用、故に旦那様は奥様に事実を告げられないし、禁を破れば、旦那様はヘインズの家名を失い、この家の家長ではいられなくなってしまいます」


 ローナの説明に、クローディアがセドリックを振り向いた。


 「…そうなの?」


 「あ、うん。やろうと思えば、家長権限でこの家を持ち逃げできるから、対策のために書かされたものだけど……」


 「名前、失くしたら?」


 「この国で家名を失えば、本人の証明や身分の保障を失うようなものだから……最悪、国のあらゆる保護から外された棄民になるかな」


 「旦那様ほどの才人を、そのような身分に捨て置くはずがありません。おそらく新しい家名を与えられますが、やはり、これまで築かれたキャリアの失脚は避けられないでしょう。今後、表舞台には立てなくなるほどの痛手です」


 「…………」


 クローディアはわずかに悲しそうな顔をすると、うつむいてしまう。


 何故そんな顔をするのか分からなかったが、ローレンスが気づくのと同時にセドリックも気づいたのだろう。


 「違う違う。これはこの家を報酬にした時のをそのまま流用したからで。だから……」


 彼女のせいではないと言葉を紡ぎたいのだろうが、上手く繋げられなかったようで、続きはローナが引き取った。


 「旦那様の言う通りです。奥様のせいにはなりません。交わした誓紙の二の文、つまりに報酬について書かれた項目を、これから旧リッテンバーグ邸に戻してもらうからです」


 断言するローナを、クローディアは見つめてから、自分を納得させるように頷いた。


 女主人へのフォローを入れつつ、やや脱線気味だった話を立て直したローナは引き続き場を仕切っていく。


 「もちろん最初に提案したからには、まず私の考えを述べようと思いますが、皆さまよろしいでしょうか?」


 一同を見渡して確認をとるローナに、誰も異議を唱えないでいると、セドリックが先を促すように口を開いた。


 「昨日も言ったが、誓紙の内容はすでに一度変えてしまっている。それを元に戻して欲しいなんて勝手が、あいつらに通じるか? 確実にごねられると思うが」


 「ええ、きっとつべこべと言われることでしょう。ですが、そうなった場合は、セドリック様の勝手ではなく、クローディア様の勝手にしてしまえばいいのです」


 ローナは言うが、セドリックに合点がいった様子はない。


 おそらく結論を先に述べたのだろうが、抽象的すぎて誰も反応しきれないでいると、微笑みを浮かべた彼女は、出し惜しみするでもなく語り出す。


 「言い方を変えましょう。セドリック様のお願いではなく、クローディア様のお願いにするのです。誓紙に書かれた報酬を、旧リッテンバーグ邸に戻してくださいと、クローディア様が直接交渉すればいいのです」


 さも当然のように要求される高度な話術に、クローディアはびくりと肩を震わせた。


 「クローディア様が相手なら、彼らは、いかなる交渉でも耳を傾けざるを得ないではありませんか。有蓋の記憶(アーバー・レコード)があるのだから」


 有蓋の記憶(アーバー・レコード)

 昨日の談話室(サルーン)でも、ローナが口にしていた。


 「……そのやり方が有効なのは認めるが、下手をすれば脅迫に取られるとも思うが?」


 昨日の今日で、ある程度の予想はついていたのか、ローナの案の弱点をセドリックはそつなく突いてくる。


 「もちろん、いきなり大上段から振りかざしては交渉になりませんから、使い方を吟味せねばなりませんが……クローディア様のお言葉を無視できないのは変わりないかと」


 「……だから、クローディアに直接交渉させると?」


 セドリックの言葉には、隠しきれない不安な響きがあった。

 おそらく、この場にいるほどんどの者が抱いている憂慮でもある。


 「できますとも」


 一同の気がかりをかき消すかのように、ローナは言い切った。


 「必ずや全うされます。クローディア様には、このローナが付いておりますから」


 彼女の一言に、間違いなく一番不安にかられていただろうクローディアが振り仰ぐ。


 「…ローナが、付いてきてくれるの?」

 「はい。ローナは貴女様の侍女(レディースメイド)です。どこへなりともお供します」


 侍女の助けがあると知ったクローディアの目に、小さな希望が宿ったように見えた。

 見つめあう一人と一体の間に、セドリックが遠慮がちに口をはさむ。


 「…できそうか?」

 「うん。ローナがいるなら大丈夫」


 こくりと頷きながら彼女は言い、女主人から全幅の信頼を寄せられたローナは、さぞかし心を動かされているだろうが、今はわきまえて話を続けた。


 「次なる問題は、クローディア様をどう老君の元へ連れて行くかです」

 「どう? 謁見を申し入れれば会えるだろ」


 「はい。会うこと自体は紹介があれば容易いですが、申請の一報を入れてしまうと、十人委員会や正導学会の皆様にも周知されてしまいます。とりわけ、例のレコードを携えたクローディア様が会いたいとなれば、あちらとしては完全な布陣で望みたいはず」


 「準備万端の多人数でこられたら、さすがに分が悪いか……」


 女主人との二人三脚となれば、なおのことだろう。


 「最善の策を取るなら、事前の約束がいらない正規のルートでお会いしに行くべきかと」

 「…正規って?」


 「正規は正規です。紹介のない方でもお話をしに行ける、昔日より在りし尋ね人の道」

 「――百聞回廊か」


 驚きの声をあげるセドリックに、ローナはにっこりと笑みで応えた。


 「それこそ無茶だろ。あれを突破するには――」


 「直答にたる人の能力が問われます。ただし、老君との直答に訪れた者が夫婦だった場合は、伴侶の内どちらが答えても、同じ合否が二人に適用されます」


 言いかけた言葉を遮られ、予期された反論を上回る反論で返されたセドリックは、二の句が継げなかったのだろう、ゆっくりと口を閉じていき、ゆっくりと口を開いた。


 「――つまり、俺か。…………俺が、代わりに百聞回廊を突破しろと」


 ローナは、またもやにっこりと笑みで応えるが、今度はきちんと言葉にした。


 「お願いできますか?」


 セドリックは、ローナを見つめ返したまま黙り込む。


 頭の中で、百聞回廊を突破する目途がどれだけ立つか考えているようで、ある程度算段がついたのか、ローナの投げかけに挑むように答えた。


 「分かった。俺がクローディアを老君の元まで連れていく」






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