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42 開錠


 ローナとの小競り合いのあと、セドリックは中庭で大立ち回りを繰り広げたオーウェンと合流するため、いったん前邸二階東棟へと移動していた。


 マスターキーを持って移動するため、オーウェンは徒歩だった、道中何事もなく、彼から二本目のマスターキーを受け取った。


 鍵を二本とも持っている理由をオーウェンに尋ねられたセドリックは、使用人部屋の廊下であったことを簡潔に説明した。


 「クローディア様が? ……どういうことなのでしょう」

 「……ひとまず、礼拝室に行くぞ」


 二本の鍵がどういう意味を持つのか、答えはオーウェンを待っている間に出ていたが、それを確かめるためにも、セドリックは歩き出した。

 東棟の廊下を曲がってすぐの前邸二階北棟にある礼拝室を目指す。


 ほどなくして長い鏡板の廊下に入り、重厚な木造の両扉を前にした。


 鍵穴にマスターキーを差し込み、やたら軽い鍵の頭部を回すが、木工の取っ手を押して引いても扉は固く閉ざされたまま動かない。


 「…開きませんね。しかし、これは」

 「もう一つ確かめたいことがある。正面玄関に行く」


 言いかけたオーウェンを遮って、セドリックは正面玄関に急いだ。


 前邸一階の玄関ホールへと降り、礼拝室の扉と酷似した木造の両扉にマスターキーを差し込めば、今度は重い感触とともに鍵は回り、がちゃりと確かな開錠音まで耳に届く。


 セドリックが無言のまま扉を押せば、押されるまま扉は開いた。


 温度の低い空気が肌を撫で、夜の匂いが鼻先をかすめる、木造扉の額縁を超えたその先は、どこまでも広がる宵闇の世界だった。


 「…えっと……開きましたね…………」

 「…………」


 驚きの声をもらしたオーウェンをよそに、セドリックはさらに足を繰り出した。


 二歩、三歩と、妨害者に邪魔されることもなく表に出て、脱出できた実感を確かめるように立ち止まる。


 片付けられたのか、アプローチに放置されていたはずの馬車はいなくなっていた。


 「……これも、策略の一環でしょうか」

 「いいや。単純に俺たちは出ていけないんだよ。ローレンスがいないからな」


 背後からの問いかけに、セドリックはうめくように答えたが、オーウェンが返事をよこさないので、さらに続ける。


 「俺が――旧リッテンバーグ邸の家長が、家令のいない状態で出歩いてみろ。家で何かありましたと宣伝して回っているようなものだろ。それで、家を調べられたりしたら、クローディアのしたことが明るみに出る」


 「…ああ」


 「そうなると、どうあっても礼拝室の扉を開ける必要に迫られるわけだが……オーウェン、お前は、礼拝室にマスターキーを使ったときどう思った?」


 「違和感がありました。本当に施錠されていたのか」


 「そうだな。俺もあの扉は開いていたと思う。おそらく最初から。もともとマスターキーは捨て駒にする気だったんだろ」


 「では、どうやって礼拝室を施錠しているのでしょう?」


 「考えられるのは、何らかの道具で扉の開閉を内側から妨害、だろうけど……オーウェン、確か礼拝室には家令しか入れないんだったな」


 「はい。もしくは、男主人と女主人のみです」


 「なら、魔法道具だな。普通の錠前を使って、内側から施錠するなんてまず不可能だ」

 「それでは……」


 「それなら、扉は開けられる。魔法道具を壊せばいい。少々手荒な方法にはなるが」


 「いえいえ。さすがにそれは。前言にした通り、下手に攻撃を加えれば、邸内の防衛網に抵触して、防止措置の目安をさらに引き上げるだけですよ」


 そう指摘されて、セドリックはしばらく思考する。


 「……仮に、お前の言う防衛機能が動いたとして、具体的にどんな措置が起こりえる? この家の男主人に危害を加える可能性はどれくらいだ?」


 「――――……ありません。あり得ません」

 「そうか」


 以前、研修でおとずれた際は、ささいな物音や接触、間隔の分からない時間制限で、屋敷を守る家犬(いえいぬ)が出現し、警備犬やら猟犬やらに追いかけ回され、何度となく家内から排除されることもあったが、この家の主人となったからには、むしろ脅威から守られる側の存在である。


 そうなると道具集めだが、ここまで見てきた中で使えそうな道具を見繕っていると、


 「旦那様」


 オーウェンの呼びかけに振り返る。

 彼は視線で正面玄関に注意を向けさせると、声をひそめた。


 「ローナと…奥様がホールに降りていらっしゃいました」


 開いた扉からは、二人の姿はまだ見えなかった。


 つくづくこちらの不意を突いてこようとするローナに、セドリックはげんなりする。

 直情的に反応してしまった先刻の醜態を省みながら、主人の判断を待っていたオーウェンに目配せして、来た道を舞い戻った。


 クローディアとその脇に控えたローナを視界にとらえば、クローディアは、エプロンドレスを着た八歳の少女からコルセットスカートを着た十八歳の姿に戻っており、少なからず気の持ちようは軽くなる。


 家の中に入る一歩手前だった。不意に気づいてしまった。


 一度外に出ておきながら、自らの意思で家の中に戻るという自身の行動に。

 しかも、それをするのはクローディアが見ている目の前である。


 セドリックは止まりそうになった足をどうにか動かして玄関ホールに入り、二人から適度な距離を保って立ち止まるが、止まるなり、クローディアを無視してローナに話しかけた。


 「芸がないな。半時もしない内に同じ手を使い回すなよ」


 ローナは一瞬、女主人に視線を流したが、セドリックはわざとクローディアには目もくれず、ローナだけを見ながら言った。


 「どうせ、これも目論見の内だろ。じゃなきゃ、狙いすましたように玄関ホールに現れるなんてできないしな」


 話しかけられるローナは、わずかに笑んで見せたが、口はつぐんでいた。


 どう考えても先刻の仕切り直しに来ただろうクローディアは、会話に割って入ることもせず、所在なさげにスカートの前で手を組んでいる。


 「一応言っておく。俺は、これから礼拝室の扉をこじ開けることにした。このまま事態を収めることもせず、外に逃げ出しただなんて体面が悪いうえ、こっちまで責任を問われかねない」


 今さら体面も何もないが、突発的な言い訳なのだから多少の無理はある。

 不自然な言い分が、彼女に気づかれる前に先を続けた。


 「オーウェンが言うには、強引に事を運べば防衛機能が働く可能性が高いそうだ。余計な世話だろうが、無暗に騒ぎ立てる必要はないと忠告しておく」


 こちらの要件はそれだけだと、セドリックはその場を離れるが、驚くべきことに、それで事を逃れた。

 呼び止められもせず、玄関ホールから西棟へ続く廊下へと立ち去る。


 白い化粧板と額縁の廊下を歩きながら、セドリックは違和感を拭えなかった。


 西棟には、立ち入り制限がかけらているため、ローナたちは単独で入ってこれないだろうが、女主人はその限りではない。それなのに追っても来ない。


 どうにも、ローナの言動と、クローディアの行動に違いがありすぎる気がしてならなかった。


 何故そんなことになっているのか、セドリックがなかなか掴めなかった疑念を、オーウェンが先に口にした。


 「あの、私見をよろしいでしょうか」

 「…なんだ」


 「はい。クローディア様の様子なのですが、少々違和感がありませんか? いえ、どちらかといえば普段通りなのですが、しかし、どうにもお怒りの様子には見えません」


 「…………」


 オーウェンには、使用人部屋の前で起こった顛末を詳しくは伝えていない。

 だが、彼の普段通り(・・・・)という言葉に、頭の中で何かが合致した。


 「――そうか。そもそも話なんて成立するはずがなかった」


 なぜ気づかなかったのか。はじめから分かり切ったことだった。


 「お前も知っている通り、クローディアはまっとうに喋れない。それじゃ、どうやったって彼女は不利になる。だから、その欠点をごまかす必要があった。おそらく、今回の騒動はそこから端を発している」


 もしくは、そこから目をそらさせようとしたか。


 「逆を言えば、そこが急所でもある。焦ったり、緊張すれば、それだけ言葉は出なくなる。要するに、これまでどおり、何を言い出しても、はねつけて乗り切れば」


 「つまり、言葉が不得手なクローディア様の弱味に付け込むと」


 どこか非難めいた言い方だった。


 押し黙ったセドリックに、オーウェンは主人の言葉を遮ったばかりか、自分から言い出しておいて、考えを否定する発言をしたことに遅れて気づく。


 「…いえ、すみません。僭越でした」

 「――いいや、何も間違っていない。その通りだろ」


 言いながらセドリックは、止まっていた足を再び動かした。


 「だから、お前は、クローディアの動きをできるだけ捉えてろ。ローナが次の手段を考えていないとは思えない」


 「…はい」


 会話はそこで途絶えて、礼拝室へ続く廊下を淡々と進んでいく。







 途中、展示室(ギャラリー)に入り、再びあの糸車の(はり)――レイピア剣を手にするが、オーウェンは何も言わず、セドリックも何も説明せずに部屋を出た。


 もうひとつ、礼拝室へとおもむく道すがら、前邸一階西棟から二階北棟の廊下に飾られている空っぽの額縁から、ちょうどよいサイズのものをいくつか見繕った。


 少し道草を食いはしたが、礼拝室には、思った以上に早く到着していた。


 今日だけで、三度もまみえた重厚な木造の両扉。


 セドリックは、道中で集めた道具、糸車の剣と空っぽの額縁を見下ろした。

 これらで礼拝室の両扉を突破する。


 ただし、礼拝室の扉を開けるには、まず、扉が本質としている“仕切り”という魔法現象を突破しなければらなかった


 そのために、空っぽの額縁を用いるのである。


 この額縁は、旧リッテンバーグ邸の解体材から作られている。つまり礼拝室の扉と同じ木材から作られており、当然、親和性が高い。


 もともと旧家を改修する際、内部の回路を安定させるために発明された道具だが、使い方を誤れば、かえって反発をまねく要因ともなった。


 その反発を故意に発現させ、魔法現象を打ち消す――とまではいかずとも扉の回路を混乱させ、魔法現象を局地的に麻痺(ダウン)させるつもりだった。


 セドリックは、額縁を扉の開口部にあてがい、レイピアの先端を額に縁どられた狭間に狙いすます。


 通常の使い方では額縁に回路は通さないが、今は効果を高める回路を通してあり、同じように能力を向上させてあるレイピアを二つ同時に使用する。


 目論見通り、額縁は両扉の現象を阻害し、レイピアの切っ先は狭間に差し込まれた。

 直後、扉全体に放射状の魔力を叩きこむ。


 落雷時に広範囲の被害が出たのと同様、無差別にバーストを引き起こさせるが、わずか数秒でレイピアが弾かれた。


 「お怪我は?」

 「ない」


 セドリックは、扉の開口部に押し付けていた額縁を手元に戻し、中を確認する。

 無差別に放たれた魔力に耐えられず、額縁の回路の方が先に壊れていた。


 だが、この可能性はもう考慮してあり、額縁は複数用意してある。

 オーウェンに預けてあった、予備の額縁を受け取ろうとしたとき、彼が「あ」とつぶやいた。


 「どうやら…というより、予告通り、邸内の防衛網にいちじるしい変調が感知されたため、防止措置は第二級へ移行し、警告部隊が動き出しました」


 「……何が起こる?」


 分かっていた成り行きのため、驚きはしないが、邪魔をされてはかなわない。


 「ひとまず、家犬による偵察が始まります。邸内および敷地すべての探索ですね」

 「あいつらか……」


 嫌な記憶が思い出されながらも、手元は新しい回路を引き直す作業をしていた。


 「前から思っていたが、お前たちがいるのに必要なのか?」


 「はい。“家”として、もともと備わっている機能ですから。家の改築や改良を重ねる内、効率化や機能面から使用されなくなった家畜――家馬以外の、家犬、家猫、家禽などの役畜たる屋敷私僕は、緊急事態のみにおいて、家令の承認を待たずに斥候として放つようになったのです」


 オーウェンの説明を聞きながら、セドリックは調整し直した回路を額縁へ入れていた。


 すると、オーウェンが左手の角を見向いて、手振りで注意を促した。指示された廊下の先から、モロシア犬とビーグル犬の二体が姿を現す。


 「家犬のうち、警備と狩猟を務める使役犬です。名前はジェシカとペイジ」


 二体は男主人の姿を認めると、軽快な足取りでかけ寄ってくる。セドリックは思わず身構えた。とりわけモロシア犬である。理由は見たまま、いかにも厳めしい外見にあった。


 大きな体躯に太い四つ足、不心得者を威圧するのに充分な顔つきをした由緒正しい警備犬と、狩りに特化した小柄ですばしっこい狩猟犬は、主人の足元に鼻を寄せるなり、本物の犬のように見分しはじめた。


 すぐさま我が家の男主人だと認めたらしいジェシカとペイジは、その場にお座りをして、命令を待つ従順なしもべのようにして見せてくる。


 「安心されたところを申し訳ありませんが、もうひとつ事態が動いております。奥様が、こちら向かわれるようです。現在、正面玄関の正階段から二階へ上がられました」


 「……まだ、そこに…?」


 ローナならすぐにでも何か仕掛けてきそうだったが、ここに来るまで特に何もなかった。


 「いえ、それが……クローディア様はずっと考え事をされていまして……」

 「…………そうか」


 女主人が動かなければ、侍女も動けない。

 どこにも疑念を挟む余地がない、ありきたりな結論だった。


 おおかた防衛機能が動き出したことで、礼拝室の扉に手が加えられていると察し、ようやく動き出したのだろう。それでは、ローナもろくな策を立てられまい。


 セドリックは、もう一度扉の前に立った。

 一度目と同様に、額縁とレイピアを突き立てて、魔力を無軌道に注ぎ込む。


 背後で、ジェシカとペイジが男主人の蛮行を止めようと鼻を鳴らして懇願し始めるが、それをオーウェンがなだめて止めていた。


 心配せずとも、この程度の圧力では、両扉の回路はびくともしない。セドリックの狙いは扉ではなく、その先にある魔法道具である。


 今度の額縁は、荒ぶる魔力の放出を持ちこたえた。

 十秒を待たずして、ごとり、と何かが落ちる音が扉の向こうから聞こえてくる。


 セドリックは、いったん扉から離れてから、男主人の指輪をした方の手でドアノブを引くと、礼拝室の両扉はようやくその大口を開いて見せた。


 「お見事です」

 「…ああ」


 オーウェンからの賞賛に応えながら、セドリックは床に転がった魔法道具を拾う。


 「…………」


 空っぽの額縁だった。


 ローナに入れ知恵されたのか、自分で考えたのか。どちらにしろ、彼女が一度、自分をしのぐ魔法道具を作って見せた事実に変わりはない。


 思わず見入ってしまった。


 それに気づいていないオーウェンが、セドリックから額縁を受け取り、代わりに、現実へと引き戻す助言を授けてくる。


 「クローディア様がそこまでいらっしゃっています。ですがこの先、私はお供できません。私の執事(みぶん)では、室内の状況を見ることも聞くこともかないません。ですから、この場にて彼女の足止めをしようとは思いますが、あまり期待されませんよう」


 「…………わかった」


 そして、セドリックは礼拝室へと足を踏み入れた。






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