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30 議論と結論


 「一体どうしたというのか。最近のお前は、本当に不可解ばかりを言うな」


 声は、依然と四方から聞こえてくる。

 だが、誰もいぶかしがることなく、円堂の最奥にある壁龕の木へと視線を注いでいる。


 「今回はどういう風の吹き回しだ。どうして彼女のためにそこまでしようとするのか。お前が婚姻を結んだのは、その経歴がただ欲しかっただけだと思っていたが」 


 「…………」


 「無理やり子供を作るのが気に入らないのか。そういうことをお前が嫌っているのは知っているが……ならば、他の男に相手をさせればいいだけだろう。そんな事ぐらいで、今まで頑張りを水の泡にしてしまうのは、いささか割に合わぬのではないか」


 「それは……」


 相対する者のいない彼方へと、セドリックは何か言おうとして口ごもる。


 「まさか、その女に惚れたのか?」


 直接的な言葉に主人の肩が揺れた。おそらく顔に出たとローレンスは思った。


 「……では、彼女と(つが)うのは、むしろ本意なのではないか?」

 「…………」


 「――いや。だからこそ、こんな形で寄り添うのは不本意というわけか」


 セドリックは何も答えなかったが、老君は合点がいったように先を続けた。


 「では聞くが、お前は彼女を、具体的にどうして欲しいのだ?」


 問われた本人は、しばらく押し黙っていたが、


 「…………自由に、してください」


 そう、同じ言葉(こと)を繰り返した。


 「彼女を、この国の――この国の人柱にしないでください。家系だとか、体制だとか、くだらないしがらみに巻き込まないでください。そんなものとは一切関わらない、遠く離れたところで彼女が望むままに生きられる場所をください」


 ぽつりぽつりと、けれどはっきりした声で彼は述べてゆく。


 「そのためなら、俺は何も要りません。…………いいえ、そうしてくれるなら、俺は何でも言うことを聞きます。これからも、ずっと」


 「――そこまでか」


 どこか感嘆したような声を老君は漏らした。


 彼だけではない、アビゲイル・モアやマキオン老師までもが、もの珍しい物を見る目つきでセドリックを見ている。


 言い様のない静けさに辺りは包まれ、ただ判決を待つ主人を、ローレンスも同じ心境で待っていれば、老君から返ってきたのは曖昧な答えだった。


 「……しかし、だとするとそれは難題だな。あの魔法装置は相続人を一度選んでしまうと、いかなる手段を用いても、その者の手元へと必ず戻るようになっているのだ。それは家系図に次の名が記されるまで、つまり、実子が誕生するまで続く」


 「実子……」


 聞き捨てならない言葉だったのだろう、セドリックが呟いた。


 「そう。だが、たとえ子を産み落としたとしても、それだけでは不充分だ。その子供が成長し、生殖能力の発芽が確認されて、ようやく有蓋の記憶(アーバー・レコード)は次の選定周期に入る。それには少なくとも十年はかかるだろう。その間、彼女はやはり、この国の危険因子として監視下に置かれるはずだ」


 「――そんな」


 「ただ、子を成さずとも、手放す方法はいくつかある。そうだな、アビゲイル」

 「はい。ですが、そうするとまた周期にズレが……」


 「まあなに、この子の意見を基準にして検討だけでもしてみよう」


 アビゲイル・モアは納得のいかない顔をしていたが、老君の言には逆らわなかった。


 「まず、最も簡易な方法は、体内の導体を失わせることだ。導体がなければ、いかなる魔法装置も起動不可能となるため、必然的に彼女に内在される脅威が取り除ける。ただし、当然デメリットがある。導体がない者は、この国の人間とは認められなくなるうえ、導体を持つこの国の人間との間に、子供を望むことはできなくなる」


 「そ、それは駄目です」


 すぐさまセドリックが意見した。


 「彼女自身は子供を望んでいるんです。でもそれは、この国のためだとかじゃなくて」


 「分かっている。民草が言うところの家族にして欲しいのだろう。では、外の国へと出すか。今のところ国交の良好な国を選び、賓客級の扱いを確約させてから居を移せば、導体を失っても、その国で普通と呼べる家庭をきずくことも可能だろう」


 「いえ、それは推奨しかねます」


 次は、アビゲイル・モアから物言いが入った。


 「国と国の付き合いが良好ならばそれも良いでしょう。ですが、昨今の情勢はご存じのとおり、近海の動向を鑑みれば、確実に人質として利用されます。そうでなくとも、我が国はその特殊性が広く知れ渡っており、他国へ移住を希望したものの、移り住んですぐ消息を断った者や不審な死に方を遂げた者が後を絶えません。彼女の安全を保障するなら、生存確認というこちら側からの干渉が継続的に必要となるでしょう」


 「……ならばやはり、生活の拠点はこの国に据えるべきか」


 「はい。それが一番現実的かと。ただ、導体を有したままにしたいなら、有蓋の記憶(アーバー・レコード)がいかに危険な魔法装置であるかを、クローディア・ヘインズ本人に伝えねばならないでしょう。アレは、彼女が子供を作るか死亡でもしない限り、その手元から離れない。だとしたら、自分がどういった立場になるのかを理解させなければ、自衛すらままならないのでは?」


 「自衛か。そうだな。彼女に脅威を残したまま市井に出すとなると、処遇の甘さを咎めてくる輩も出てくるか。下手をすると、別方面から災禍を引き寄せかねないだろうし……だとしたら、彼女を守るためにもやはり監視の目は必要か」


 「ええ。……まあ、外部への情報を制限して、紙の上でのみ導体喪失をでっちあげる方法もありますよ。その場合、彼女本人にも導体を失ったのだと思わせれば、なおのこと真実味が増すでしょう」


 「だが、それだと魔法道具や魔法装置に触れさせないよう、常に気を配らねばならないだろう。それらと縁のない生活となると、かなり限られてしまうのではないか?」


 「はい。ですが、それくらいの不自由は許容してもらわねば。彼女の望むまま、人並みの暮らしを与えるなど、どだい無理な話でしょう」


 「結論を急くな。ならば、今度は多少の不自由を踏まえた上で考えてみようか」


 アビゲイル・モアと、姿のない存在との奇妙な議論は続いていく。


 しかし、論を重ねれば重ねるほど、クローディアの置かれている立場の危うさが浮き彫りにされていくようだった。


 とりわけ、彼女の今後の生活には、何者かによる監視が必要不可欠のようにしか聞こえない。


 ローレンスは、セドリックへ再び視線をやる。


 彼は、先ほどからほとんど喋らないが、目の前で交わされる議論を一言一句聞き漏らさないように意識を集中させているように見えた。


 彼らの言動に、不備や含みがないか見極めながら、セドリック自身も考えを巡らせているのだろう。


 だが、老君がはじめに述べたとおり、かなりの難題だと思えた。


 クローディア一人を自由にするためには、多くの正攻法をねじ曲げなければならない。ひとつのことを押し通そうとすれば、何かしら支障が出てくるのが道理である。


 それでも彼女の自由を望むなら、妥協すべきことは妥協しなければならない。そうローレンスも思いはじめていた時だった。


 「――確か、彼女には、頻繁に出入りしていた孤児院があったのではなかったか?」


 老君が、ふと思いついたように口にした。


 「……ああ、“緑の園”ですね。ええ、かなり懇意にしていたはずですよ」


 「そうか。では、特例を設けて、彼女を孤児院預かりにしてはどうだ。そこならば、修道女(モナカ)による監視と保護を同時に実現できるのではないか?」


 すると、アビゲイル・モアは口元に手をやり考える仕草を見せた。


 「……そうですね。そういえば、クローディア・ヘインズ本人からも、孤児院で働くことは出来ないのかと、永久公僕へ要望と相談がされていたはずです」


 「ならば、渡りに船ではないか」


 「ええ。それならノエル・ハイマンとの繋がりも切れませんし、もしかしたら最善の策かもしれません」


 「ああ、そういう男もいたな」


 「はい。当初の予定とは違いますが、クローディア・ヘインズの婚姻相手としては申し分ありません。こちらとしても、なるべく彼女の反感は買いたくありませんし、自然な形で子供をもうけてくれるならそれに越したことはない」


 「――当初の?」


 ふとした案をきっかけに、すらすらと纏まりかけていた話にセドリックが口を挟んだ。


 この国の孤児院はすべて国の管理下にあり、そこでは人間の職員は雇われず、子供たちの世話は人工精霊に一任されている。


 クローディアの孤児院(みどりのその)への傾倒ぶりからして、一級資格を取る前にそこへの就業を希望していたとしても不思議ではないが、それらを論じ合う彼らの会話には、聞き捨てならない名前と事柄が出てきた。


 「ああ、言っていなかったか。お前が知っているかは知らないが、クローディア・ヘインズには(くだん)の孤児院にて月に一度か二度は会っている男がいる。ノエル・ハイマンという外来の魔導士見習いだが……そもそもの話、彼女に資格取得の機会を与え、外に出すことに許可が出たのは、その男が側にいたからだ」


 アビゲイル・モアは、事も無げに切り出した。


 「確かに“家系の子”を外に出すことも稀にあるが、外からの血は血で貴重だからな。ぜひとも家系の子の血を混ぜておきたかったのだ。……まあ、こうなってはお前の要望通り、必要以上に二人へ干渉するつもりはないが」


 彼女の言い様には、皮肉や挑発などは含まれておらず、あくまでも事実だけを述べているようだった。


 だからこそ、それを聞かされたセドリックが呆然としているように、ローレンスには見えた。


 クローディアの一級資格、あれはセドリックの取り成しによって聞き入れられたのだと思っていたが、結局は、彼らの次なるお膳立てに使われていただけらしい。


 だがそれよりも、出てきた名前の方が問題だった。


 つい先日、『仮植の部屋』で目の当たりにした、あの魔導士見習い。

 ローレンスはまだ、彼の名前を己の主人に伝えていない。


 ローナが名前を教えてくれなかったため、あの魔導士見習いがノエル・ハイマンだとは確定していないが、ローレンスがそうだと推察したように、セドリックもすでに見当を付けている可能性が高い。


 そしてあの時、クローディアはノエル・ハイマンに連れて行かれることを進んで受け入れていた。


 少なくとも、彼女にとってそれだけ信用のおける人物であることは確実で、それは王立大学院へおもむくのにも、彼を頼りにしたことでも補足される。


 さらに言えば、クローディアの身上書にあったノエル・ハイマンの来歴が正しいのなら、彼女との交友は長期にわたり、相応に深いものになっているはずだった。


 ローレンスは、己の主人が何を考えるのかが分かった。

 ノエル・ハイマンに対するこれまでの情報を、彼がどう受け止めてしまうのか分かってしまった。


 「それで、どうするんだ。これが我々にできる最大の譲歩になると思うが。それとも、それにすら駄々をこねるつもりか?」


 「――――……いいえ。それで…いいです」


 セドリックの声が、ローレンスの想像したとおりの言葉をなぞった。


 「あくまでも彼女の意思を尊重してくれるなら……何の、不満もありません」

 「本当にいいのか?」


 老君だった。セドリックの本心が、本当はどこにあるのかを見抜いたように言う。


 「こんな回りくどいことをする必要が本当にあるのか? もし、クローディアの気持ちが、お前にあったらどうするのだ?」


 セドリックは、声のした方を見上げる。


 「俺は――…俺は、駄目です」


 彼が見上げる視線の先を、ローレンスは見付けることが出来なかった。

 それは、相手の姿が見えないからだけではきっとないだろう。


 「……アイツらが、どうしてもクローディアを見張らないといけないなら、俺がアイツらを見張らないといけない。……なら俺は、アイツらを見張れる立ち位置にいないといけない。だから―――」


それきり、その場は静まりかえる。

 いくら待っても、彼の言葉は途切れたまま、それ以上続くことはない。


 「…………そうか。ならば、お前と交わした誓紙も改めねばならんな」

 「お待ちくださいっ」


 ローレンスの一声が、堂内に響き渡った。


 獣の姿のままフードから飛び出して、老君の下知を遮るように吠えていた。

 このまま終わらせるわけにはいかなかった。


 「――不敬だぞ。しもべ」


 アビゲイル・モアからの叱責を招いたが、そんなものは聞くに値しない。


 「いましばらくお時間を。我が主人と話をさせてください。それが私の務めてあるはずです」


 ローレンスは姿のない相手へと、己が出来るせいいっぱいの意見を主張する。


 すぐ隣には、肩に乗った獣へ視線を向ける顔があったが、ローレンスは眼前を睨み付けたまま、老君の判断を待った。


 かなり長く感じる間隔を空けてから、彼はけしかけるように答えた。


 「かまわない。ぞんぶんに説き落としてくるがいい」






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