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20 暗闇の中の光明


 セドリックは人工精霊の制作を続けながら、老君との面談も重ねていた。


 老君ははじめ、セドリックが自主的に動き出したことに驚きを示し、どういった心境の変化か聞きたがった。


 いい加減、終わらせたくなっただけだと答えた彼に、老君はただ面白そうにすると、今までセドリックがろくに聞いてこなかった『仕事』という、どう聞いてもふざけた名前が付いた任務の進捗状況を話してくれた。


 聞けば、状況はかなり進行しており、セドリックの人工精霊を使って誘い出した貴族や商人たちは、思惑通りに出資者として立ち回り、関係各所を言い含めて建てさせた、彼ら『家』はどうやらすでに完成しているらしい。


 なら何故、次の段階に移行しないのかと問えば、外観のみで内装が整っていないことと、魔導士側のリストがまだ出来ていないことを教えられる。


 どのようにしてリストを作るのかもまだ検討に入ってないらしく、検討しようにも十人委員会すべての承認が必要であり、それぞれ別の職務を抱えている彼らの承諾を得るには、一人一人老君を介していかねばならなかった。


 皆が多忙にしているのなら、リスト作りを自分が引き受けてもいいとセドリックが提案すれば、老君はますます面白そうにして、ならば、他の十人へ取り次いでおくと返された。


 それすら一人一人聞いていくのかと、セドリックは不満を抱いたが、その場はひとまず退いて、いつも通り、制作する人工精霊の品書きと、ベースとなる古い物を受け取ってから旧リッテンバーグ邸へと帰宅した。


 いつもの家女中の出迎えを経て、自室で着替えを手伝われながら、家内で起こった諸々の報告を受ける。


 取り立てて変わったことは、家の中で起きてはいなかった。

 本当に驚くほど、何も起きていない。


 落雷があった日以来、屋敷私僕たちの不審な行動はぴたりと止んでいるのである。


 意味ありげな視線を送ってくることはないし、クローディアの話題を不自然に振ってくることもない。


 かえって不気味で、何のつもりかと聞き出したいところだったが、何もするなと言った手前、なぜ何もしないのかと間抜けな質問を自分からするのはためらわれた。


 やはり何の変哲もない夕食を終え、その後はいつも通り地下にある大書斎へ入る時間になる。


 さすがに、これから何かを仕掛けてくることはないだろうと、セドリックは気持ちを入れ替えて大書斎へと下りていった。


 大書斎の天井と壁に掛けられている燭台にはすでに明かりが灯っていたが、作業台にあるランプの明かり以外はすべて消すと、所定のルートを通して預かった古い物を台の上に並べていく。


 そのほとんどが、革製の箱に入った指輪や腕輪といった装身具だった。


 どれも大粒の貴石と精緻な装飾を施された、一目で分かるほどの逸品ばかり。金銭的価値だけでも相当だが、それが持つ歴史的価値も相応のものになるだろう。


 セドリックは、これまでに様々な人工精霊を作ってきたが、彼の本領が発揮されるのは、こうした装身具の類だった。


 質の良いアンティークとはいえ、これほど領域の小さい物に、人工精霊のような大掛かりな回路を組み込める人間はそうそう居ない。


 それこそ、糸のように細い導体を何重にも重ね込む必要があり、それには綿密な計算と根のいる作業を一息でやってしまえる技能が要求されるため、そうした強みを子供の頃から培ってきたセドリックは、必然的に人工精霊の制作を引き受けるはめになっていた。


 どうしても規模が大きくなる魔法装置を、わざわざ小さな品物に組み込む理由は、装身具という人の目を楽しませることを目的にした道具からは、必然と美貌の人工精霊が実体化されるからに尽きる。


 美術品などに見られる、視覚効果を刺激する内的快感もあるのだろう。ある種の魅了に近い魔法現象も確認されていた。


 そうした作用も手伝い、よこしまな人間の執着心を煽るのは容易かった。


 しかし、いくら装身具に高度な導体構成図を組み込んだところで、体内の魔力のみで人工精霊を維持できる人間は限られ、魔導士以外の人間が人工精霊を使役するには、設置型として外部に固定するしかない。


 地脈回路と直接繋がった魔力回路を邸宅に引けば、人工精霊を含めた魔法装置を動かすことはできるが、正導学会へと申請し許可を得なければならず、人工精霊の使用には、さらなる申請と許可が必要で、許可が下りるのは、原則的に人工精霊の介助が必要だと判断された場合に限られていた。


 つまり、今セドリックによって制作されている美貌の人工精霊たちは、彼の手を離れた時点で非認可の違法品と化すのである。


 間違いなく職制に反する行為を、セドリックはそれでも淡々とこなしていった。


 まず、作業台の上でベースとする装飾品――今回はカメオの首飾りが、どういう形状をしているのか、吟味しながら品書きにある注文通りの導体構成図を紙の上で起こし、それから成形作業に入るが、人工精霊の構成図ともなると、作業台の上だけで収まる分量ではないため、作業部屋全体を使うことになる。


 魔力回路の燐光が見やすいよう、明かりはすでに絞ってある。

 仄暗い室内のおよそ中央に立ち、意図を込めて指先を滑らせれば、魔力を帯びた導体が指頭の跡を追うように宙へ流線を描いていく。


 接線部位に気を付けながら、部屋全体に長短を付けた導体を広げ、タイミングを見計らって収束させる。そして、また同じように導体を広げては収束させ、回路に何重もの層を作っては、全体の成形も同時進行で作業していった。


 とうに慣れた作業だが、収束を失敗する時もあるし、形が気に入らなくてやり直すこともある。


 時間はかかるが、均整の取れた見た目にも優れた形状は、自然と性能も向上することをこれまでの経験則で知っていた。


 やがて、手のひらに浮かぶ、小さく纏められた魔力回路は仕上がり、台座となる革製の箱にもまた魔力回路を通せば、品書き通りの人工精霊は完成となる。


 カメオの首飾りを革製の箱に収め、今まさに出来上がった魔法装置を、セドリックは何をするでもなく見下ろした。


 世間的には、疑似人格を持った人工精霊の再現、『精製素子』という失われた技術を老君の依頼によって再現しているはずの彼が、このような違法品の制作にどうして携わっているのかといえば、これが老君より依頼された本来の内容だからである。


 この国において、特出した技術の結晶である人工精霊は、しかし、大きな危険を伴うため、魔導士の特権という形によって大きな制約をかけられていた。


 にも関わらず、人間という生き物には、手に入らないモノほど欲しくなるという、どうしようもない性質がある。


 ことに、富と権力を生半可に用いただけでは、まず手に入らない人工精霊は、そうした層の衒示的欲求を満たすのに格好の的となってきた。


 公にはならない不正行為は、今までにも何度となく繰り返されてきたのだろう。


 繰り返されるたび、セドリックと同じようにして『仕事』を片付けてきた者がいて、様々な方法と、様々な手段で処理されてきたそれが、今度はセドリックの手に引き継がれてきたに過ぎないのだ。


 そうして達観することで、もう慣れてしまった作業に戻る。


 作業台の上へ、次に置かれたのは、片翼をモチーフにしたラぺルピンだった。


 可動式の細工が施されたピンクゴールドの片翼に、紫水晶が品良くあしらわれている。


 ラぺルピンの形状を確かめながら、二枚目の品書きに目を通していくが、ある項目を一読した瞬間、セドリックの手は止まった。







 大書斎の光景に、ローレンスが気付いたのは、深夜をかなり回った頃だった。

 自作したと思われる人工精霊を前に、セドリックが立ち尽くしていた。


 人の形が持てうるかぎりの美を、惜しげもなく注がれた名も無き人工精霊は、自らを実体化させた主人へ、何も知らない無垢な媚笑を浮かべている。


 ピンクゴールドの髪に紫水晶の瞳。滑らかな肌は白磁のように作り物めいていて、紅のように色づいた唇を、ことさら蠱惑的に魅せていた。


 造形美が結実された、美事な傑作と言って良い個体だが、ひとつ奇異な点があるとするなら、それが十歳前後の少女の形をしていることだった。


 またか。と、ほとんど確信した予感にかられ、ローレンスは仄暗い地下室へと姿を現した。


 「――…旦那様」


 声をかけはしたが、どう続けるべきか迷った。


 セドリックは、おもむろに顔を上げる。ローレンスを見返すその目は、暗闇に浮かびあがった青い光のようだった。


 「何やってるんだろうな、俺」


 声からは、感情がひどく欠落していた。


 「どう言い訳したって、人工精霊(おまえたち)を利用しているのはまぎれもなく利己でエゴで我欲の塊なのに、自分はさも被害者面で振る舞って……そのくせ、別の利益があると知ったとたん、今度はすすんで人工精霊(おまえたち)を差し出そうとしてる」


 「…………」


 「ホント、どれだけ浅ましいんだよ。アイツらと俺にどれほどの違いがある」


 ローレンスは、答えられなかった。

 また、この堂々巡りに嵌り込むのかと、苦い思いがわき上がる。


 何度となく交わされた押し問答のような会話は、未だ結着の糸口をみない。


 どころか、さらにややこしい状況を引き起こしてしまったらしく、ローレンスはこれまで以上の苦心を強いられるプレッシャーを感じた。


 ――私たち人工精霊にとって、人間に『使用』されることは、これ以上ないくらいの本望であり、本懐である。


 ――人工精霊の存在意義を曲解せず、どうか正しい認識を持って欲しい。


 ――そもそも、疑似人格を持たない人工精霊には、何かを感じる感情はない。


 かつて、必死に重ねた言葉の数々は、全く聞く耳をもたれなかった。むしろ、余計に塞ぎ込ませる結果を生んだものもある。


 どう言い含めても結着の出されない問答は、そのままセドリックの中に溜め込まれていくのだろう。


 そうして吐き出さなかったものが後からどうなるか、これまでの経験で嫌と言うほど知っている。一定の停滞期間を置いたあと、反動が一気に表面化するのだ。


 その瞬間が、ローレンスは何よりも恐ろしい。


 「…………」


 言い聞かせる事が出来ないなら、せめて軽い症状で済むようにローレンスは言葉を選ぶが、慎重に選り分けるあまり、何の言葉も選べなかった。


 セドリックは、何も答えない己の人工精霊から目を離し、名も無き人工精霊へと再び視線を落とす。


 それを見取った少女の形をしたモノは、主人のご機嫌をうががうように歌を歌い出した。

 子供特有の高い声で、意味のない一音をあどけなく口ずさんでいる。


 そうやって何も知らず何も分かっていない顔で、ローレンスの主人に重荷を背負わせるソレが、いっそ不愉快だった。


 セドリックとて、本当なら頭で分かっているはずなのだ。ただ、気持ちの方が追いつかず、割り切ることが出来ていない。


 そうなってしまった原因に、心当たりはあった。


 老君からの命を受け、人工精霊を作りはじめた頃は、まだ普通にしていた。それが可笑しくなってしまったのは、ある一件からである。


 それは、若くして亡くなった娘の形見から、娘に似せた人工精霊を作って欲しいという内容の品書きだった。


 内容自体は、それほど難しくはなかった。形見の持ち主であるなら、共有した経年時間が容姿の再現を可能にしている。


 たが後日、娘本人は今も生きていることが判明した。


 何故、娘の形見だとわざわざ偽ったのか。娘に似た人工精霊が必要なら、必要な理由をそのまま書けばいいのではないか。やましい理由があるから偽ろうとしたのではないのか。


 どう考えても好ましい動機が浮かぶはずはなく、何より、依頼主に渡った人工精霊が、どのような使われ方をするかなど、セドリックには知りようがなかった。


 本物の娘はその後、何事もなく他家へ嫁いでいったようだが、当時十四歳だった実娘(むすめ)を模した人工精霊は、まだあの実父(おとこ)の手元にある。


 あの時以来、彼は、品書きの内容を内容通りに受け取れなくなったのだと思う。


 もともと、何か鬱屈したモノを抱え込んでいる嫌いがあったが、あの出来事から、その何かが拍車をかけていったのだと、ローレンスは思っていた。


 不意に、名も無き人工精霊が、自分の主人に触れようと手を伸ばす。


 セドリックがとっさに避けたため、小さな手は何も掴めないままだったが、人工精霊は何事もなかったように、もう一度歌い出した。


 一方で、避けたはずの本人は、恐怖すら抱いた顔をしている。


 そうやって、人工精霊に対して必要以上に心を傾け、感情移入を起こす人間が常に存在することはローレンスも知っていた。


 だが、人間の道具から作られる人工精霊たちが、人間から道具扱いを受けることの何がいけないのか。


 「――――ソレは、人間ではありません」


 思わず口を衝いて出ていた。


 セドリックの視線がローレンスを捉える。そこには皺の寄せられた眉間があった。


 言葉を間違えてしまったことは分かっていたが、今さら撤回したところで無駄だということも分かっていた。


 「……ソレは、魔法装置によって人の形を取っているにすぎない現象です。あくまでも貴方の手の中にあるソレが本体であって、生物ですらないのですよ」


 小さなラぺルピンを握る彼の手に、わずかに力が入った気がした。


 「……ソレがあるおかげで、本物の子供たちが犠牲にならずに済んでいるとは思わないのですか?」


 「思わない」


 即答だった。ローレンスは思わず怯む。

 もっと何か、強い説得力を持ったものがないかを探した。


 どうにかして人間と人工精霊を同等に扱うことを止めさせられる、劇的な何かを。


 「ソレを……ソレを欲しがる人間のほとんどは、単に子供の姿をしていればいいのだと思います。考えてもみてください、ソレと人間の違いを」


 言いながら、前にも似たような言葉を並べたことを思い出した。

 その時は、全く効果がなかった。


 「体温も呼吸もなく、生命活動などいっさい認められないのでは人形と同じです。作られた用途どおりに動く陶器(ビスク)の人形です。本物の子供とは全く違います。だから―――」


 効果がないと分かっている説得は、それ以上続けようがなかった。


 「…本物?」

 「――え」


 思いがけない返事あった。

 見れば、先を促すようなセドリックの視線がローレンスを見返している。


 どういうことなのか戸惑った。

 前にも同じような事を言ったはずだが、返ってきた反応が以前と明らかに違う。


 「……ええ、本物です。本物の子供……」


 どうして反応が違うのか、以前とどこが違ったのか、それが分からずローレンスは同じ言葉を繰り返すが、次の瞬間、ある閃きが天から降ってきた。


 「――――そう、いえば……子供の頃に奥様とお会いしていたのなら、奥様も九歳か八歳くらいのはずですよね。その頃の奥様はどのような感じでしたか?」


 「どうって―――」


 彼は、おもむろに自分の両手を持ち上げる。そして、そこに何かがあるように、両腕と身体の前面に何もない空間を作った。


 どう見ても、何かを抱える仕草だった。


 「――――抱きしめられたことが?」


 問われたセドリックは、一度大きく瞬きをした。

 それからすぐに問いの意味を理解したのだろう、瞬く間に赤面していく。


 「――――」


 何か言おうと口を大きく開いたが、何の音も出てこない。

 代わりに、何かを抱えていた手が動き出すが、やはり何が言いたいのか分からない。


 ふと見れば、歌を歌っていた人工精霊が消えていた。


 実体化できないほど動揺しているのは明らかで、セドリックもそれに気付いたのだろう、誤魔化すようにラぺルピンを作業台の上へと手放す。


 そのままローレンスの目から逃れるように部屋をうろつき出すと、見えない何かと格闘しはじめた。


 頭の中で、子供の頃の記憶が駆け巡っているのかもしれない。本物の子供の記憶が。


 しばらくパントマイムのようなことをやっていたが、やがて、観念したように両手を自らの顔へ押し付ける。


 その光景に、ローレンスは一筋の光明を見いだしていた。


 ややこしい状況を引き起こすどころか、もうずっと、どうにもならなかった問題の糸口を、ようやく見付けたのかもしれない。


 そんな、願望のような期待を抱かずにはいられなかった。


 セドリックが両手から顔を上げるなり、愕然と零す。


 「――俺、こんなに単純な人間だったのか」


 ぜひとも単純な人間になってもらいたい。


 セドリックは、自分でも知らなかった一面に驚きを禁じ得ないようだが、ローレンスは心の底からそれを願う。


 「……いや、待て。違う。きっとあれだ。九年ブランクが……あんな記憶を、いきなり叩き込まれたから……それで、頭の中で変な作用が起きていて……じゃなかったら、いくら何でもお手軽すぎるだろ……」


 手のひらを見つめながら、セドリックはぶつぶつと独り言を呟きだした。


 往生際が悪いと口にしかけたローレンスの声は、途中で呑み込まれる。

 それより早く、心をよぎったものがあった。


 そうなのかもしれないという、一抹の不安。


 今はまだ、鮮烈な記憶があるから強い効果が発揮されているだけで、時間が経ち、悪い意味で記憶に慣れてしまったら―――


 だとしたら、ローレンスの主人が、いぜん不安定であることに変わりはなかった。






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