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01 彼が結婚した理由


 「あなたの、子供を下さい」


 ローレンスは目を見開いた。


 彼の主人、セドリック・ヘインズに向かって、その新妻が言い放った明け透けすぎる台詞に驚きを禁じ得なかった。


 どうしても話があるからと、彼女に頼まれて主人の小書斎へと通したが、それは間違いだったとローレンスは額を押さえたくなった。


 案の定、主人は黒い髪をゆらしながら、書斎机へ肘を突き、ただでさえ青い目をさらに冷たく細めていく。


 「悪いけど、俺は望んでいない」


 「……子供はわたしが育てます。あなたの手を借りたりしません」


 彼女はほとんど無表情にそれを言う。

 瞳もどこか無感動で、何を考えているのかが見えてこない。


亜麻色の髪やヘーゼル瞳も手伝って、どこかぼんやりとした印象ははじめからあったが、未だに彼女という個はうがかいしれない。


 嫁いできて日が浅いせいもあるが、まるで誰かに言わされているような台詞に聞こえてしまう。


 「……君の後ろに誰がいるのかは知らないけど、俺はこの結婚を長く続けるつもりはないんだよ。そもそもの話、俺たちの結婚は王命でしかない。国の決まりで勝手に結ばれた婚約を、受動的に履行しただけ。そして、その決まりでは、二人の間に子供が出来なければ三年で離婚できる―――要するに、そういうことだよ」


 「…………」


 彼女はやはり感情を表に出そうとしなかった。


 ローレンスは、己の主人が彼女に対してどう出るか不安を募らせる。


 彼が十八歳で十六歳の妻を娶ったのは前言の通りだが、彼には彼女のような人間を、どうにも疎んじる(たち)があった。


 「もしかして聞いていた話と違った? そうだね。家系の血を継承させることは国に対する義務、というか職務だしね。でもさ、俺はもう、そういう小さい事にかまけていい身分にはないんだよ」


「…………」


 「まあ、つまり。俺が君と結婚したのは、こうして見せかけでも義務を果たせば、これから先はそういうことを強いられにくくなる立場が手に入るからで、それ以上でもそれ以下でもないから」


 「…………」


 「そちらさんの家もさ、取り引きとか打算が無かったわけではないでしょ。おあいこ、とまでは言わないけどさ、そういうものだと思って諦めてくれないかな」


 「…………」


 何も言わず、何も言い返さない。

 どうしてそこまで沈黙を貫くのか。もしかしたら彼女なりの理由があるのかもしれない。


 だが、それではローレンスの主人には、“家にとって都合のいい人間”にしか見えなくなってしまうのだ。


 場合によっては主人を諫めなければと、ローレンスは主人の言動に注視していていたが、彼はどこか大仰な素振りでため息をつく。


 「その時になったら、できるだけ立場が悪くならないよう取り計らってあげるから、どうせなら綺麗な体のままで帰りなよ。その方が次の相手とも打ち解けやすいよ、きっと」


 そう言って、話はこれで終わりだと、態度で示すように手元の本を開いた。


 どうやらそれほど機嫌を損ねてはいなかったらしい。

 彼にしては幾分か口当たりの柔らかい言い方に、ローレンスは内心で息をついた。


 酷い時は、本当にとんでもない暴言を口走る人だから、ローレンスはこれ以上主人の機嫌が傾いていかない内に、女主人には退出を願おうと彼女に向かって足を進めた。


 「――――本当に、覚えていませんか? わたしのこと」


 抑揚のない、けれど、はっきりした声だった。


 問われた本人は顔を上げ、再び彼女の顔をその目に捉える。


 「……前にも言ってたっけ。そんなこと」


 訝しがる目が、自分の妻の顔を探るように見つめた。


 室内に重たい沈黙が訪れるが、それほど時間を要さず、彼の視線が手元の本に落される。


 「覚えていないよ。悪いけど」


 彼女が見ている前で、ページの一枚が捲られた。

 その様を彼女はじっと見続けていたが、彼女の夫から視線が戻される気配は無かった。


 いたたまれず、ローレンスは奥方にそっと声をかけ、礼を失しない程度に退出を促した。


 彼女はローレンスの進言に黙って従ってくれたが、その顔には依然として感情らしい感情は浮かんでおらず、だからこそ念ため、廊下で待機していたローナに奥方を任せるまでは彼女に付き添った。


 そして、この日以降、夫と妻の間にまともな会話が交わされることはなくなる。

 これといった進展も波風もないまま、二年の歳月が流れていった。






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