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11 記憶と夢(6)

※お子様ズが、いちゃつきます


 しかし、その五日後、事態は一変する。

 双方の家同士で、今回の騒動に決着が付けられた。


 結論から言えば、両家の不始末を不問に付し、一切の口外を不要とするものだった。

 要するに、全て無かったことにされたのである。


 これに困惑を隠せなかったのは、『彼』の家の方だろう。


 息子の衝動的な行動によってヘインズ家は圧倒的に不利な立場にあった。だが、どうやら、少女の実家クライン家では不測の事態が起きていたらしい。


 人工精霊たちの造反。


 『彼』はまだ知らなかったのだが、屋敷私僕の精霊たちには、家長に代わり家内秩序に強制介入する安全装置が備えられているという。


 特に家人の誰かが身体的な危機にあると判断すれば、いかなる命令をも覆すことができた。さらには、改善の余地が見られないと判明した場合、最終的に第三者へ密告する手段まで取るという。


 当然それは越権行為にあたるため、ケースによっては人工精霊たちの総入れ替えが行われる。つまり、反意を示した人工精霊を全て消去し、新しく設定し直すのである。


 ただし、歴史ある旧家の人工精霊を刷新するには、正導学会の正式な承認を必要とし、許可が下るまでには、徹底的な調査が行われる。


 その時、自意識の消滅という死のリスクを冒してまで反逆したからには、人工精霊たちの言葉は重要な判断材料になるらしい。


 そして今回、クライン家の馬鹿息子は、人工精霊たちの実体化を何の正当性もなく妨害した。


 自己回復にはそれなりの時間がかかり、その間、家内の安全性が著しく低下したうえ、馬鹿息子の目的は許し難い暴挙にあった。


 あの時、『彼』は見えない場所にいたが、あの男は、出会い頭に逃げ出した少女(いもうと)に対して足蹴を喰らわせたそうだ。そしてその後は、知っての通りの狼藉ぶり。


 しかし、たとえ実体化はできずとも、起こった全てのことは見られており、馬鹿息子の行いは彼らの許容範囲を完全に超えた。


 そうして、旧エヴェレスト邸の人工精霊たちは主人へと造反し、少女に対する待遇の改善を要求したらしい。聞き入れられない間は、家内業務を放棄するとも。


 さらには、我が家の大切なご息女を助け出したヘインズ家のご子息に、不当な損害が被られた場合、旧エヴェレスト邸の人工精霊たちは、公の場で見たままを証言すると脅したのだという。


 (しもべ)とすべき人工精霊たちに越権行為を許すことは、魔導士にとって何よりの恥となる。その上、身内の素行不良を暴露されては、クライン家も無傷では済まない。


 表沙汰にする不利益が、双方の都合により相殺された結果、全てを揉み消す方向に落ち着いたというわけである。






 以上の顛末を、少女に託されたアーヴィンからの私書によって『彼』は知った。


 「……よんだ?」

 「うん。つまり、駆け落ちしなくても、元通り結婚できるようになったって事だね」


 婚約だけでも破談にされるかと思いきや、それも王命による縁組みのため、取り消すにはそれなりの根拠を申し立てねばならず、下手に勘ぐられてはと忌避されたらしい。


 肩を並べ、同じように手紙を読んでいた少女が、どういう意図を持ってか『彼』と手紙を一度、二度と交互に見比べた。そして、


 「……したかった。カケオチ」

 「…………うん、本の読み過ぎ」


 大人の事情による見事な手のひら返しに、拍子抜けしていた『彼』は、なんとも呑気な少女の発言にますます脱力させられる。


 いったいどんな本を読んでいるのか、今度チェックしておこうと、彼女の顔を見ながら思案していたが、ふと、そうしてくだらないことを考えていられる現状に気付いて、今度は無性に人肌が恋しくなってくる。


 ただ、それをそのまま行動に移してしまうのは、やはり決まりが悪かったので、少女の頬を撫でるようにみせかけて、つまんでおくことにした。ぷにぷにだった。







 いつも通りの日常が戻り、子供部屋(ナーサリー)での日常――正導学の勉強もまた元に戻った。


 他にすることが無かったこともあるが、先日の件によって、絶望的だった少女の王立学院への進学について、何らかの譲歩がされる可能性も出てきたためである。


 それには『彼』の方が俄然やる気になった。二人の仲が深まったとはいえ、学習指導に手が抜かれることはなく、不注意によるミスなどには容赦のない叱責が飛んだ。


 ただ、少しだけ変わったこともある。


 今はまだ詰め込み学習がほとんどのため、定期的に休息が入る。

 特に、午後のいつも決まった時間には、家女中(ハウスメイド)のメアリーが持ってきた紅茶とお菓子でひと息入れるが、休憩時間中の二人の距離が以前より近かった。


 それまでも少女から近づいてくることは何度もあったが、その度に『彼』が嫌がっていただけで、それが無くなった今、肩と肩が触れあう距離がすっかり定着していた。


 そして、今日のお菓子は苺の乗ったショートケーキ。


 ちらりと横を見れば、少女がさっそく苺を皿の上に寄せている。それが彼女の食べ方だと知っていた『彼』は、距離が近いこともあって悪戯ごころがわいてしまった。


 少女のスキを見計らい、皿の苺をフォークで奪ってすぐさまひと口にする。


 彼女は声を上げるでも、怒るでもなく、ただ、ぽかんとした顔で『彼』を見返してくるものだから、不覚にも可愛いと思ってしまった。


 お詫びに、まだ手を付けていない自分のケーキを丸ごとあげてみれば、今度はいの一番に苺を食べたので、もう笑うしかなかった。


 二人分のケーキを食べられるのか、クリームを頬張る少女を眺めながら、『彼』はまったりと紅茶をすすっていたが、ふと、あることを思い立った。


 「そういえば、前から聞こうと思ってたんだけど、どうしてそんなに赤ちゃんが欲しいの?」


 食べている最中に聞いてしまったから、少女はすぐに答えられない。


 人工精霊たちの躾けがきちんと行き届いているのだろう、彼女は口の中のものをよく噛んで、こくりと飲み込んでから答えを返した。


 「……かわいい。すごく」

 「……………………――え、それだけ?」


 「うん」

 「…………」


 実に淡々とした即答に、『彼』はもう少し待ってみたが、いくら待っても彼女がそれ以上の回答を返す様子はみられない。


 『彼』はどうしようかと思ったが、いちおう苦言を呈しておくことにする。


 「あー。まあ、何て言うかさ……子供の俺が言うのも変だろうけど、可愛いからだけで子供がほしいっていうのは、問題あると思うよ? 犬猫の子供じゃあるまいし。人間の赤ちゃんは人間で、人間を育てることになるんだよ?」


 「…うん?」


 彼女は小首を傾げて、曖昧に頷いた。


 とはいえ、十にも満たない少女に、きちんとした子育ての概念を持てというのは、やはり無理があるらしい。


 質問の仕方が悪かったのだろうと、とっつき方を変えてみた。


 「そうだな……赤ちゃん赤ちゃん言うからには、見たことあるの? 本物」


 思いつきでされた質問は、少女に劇的な変化をもたらした。


 笑ったのだ。

 笑ったよう見えるとかではなく、ちゃんと目と口が笑みの形にほころんでいた。


 「うん。ある。見たことある。おせわしてた」


 それまで一度も見せたことがない顔に面食らっていた『彼』は、反応を返すのが遅れた。


 「え、お世話?」

 「うん」


 聞けば、生まれ育った娼館で、乳児の面倒を見たことがあるらしい。

 脱脂綿での授乳やおしめの取り替え、さらには夜泣きの世話までしていたと口にした時は驚いた。


 しかし、乳離れが来ると、その赤ちゃんは孤児院に引き取られてしまったそうだ。


 「やわらかくて、あったかい子。いちばんにスキきだったの。いなくなって、会いたかったから、“みどりのその”行ってっいて。ちいさい子はたくさんいた。でも、アリアの赤ちゃんは、あたらしいお母さんのとこだった。ちいさい子は他もいるから、またおいでって言ったけど、お父さんの家に行くになって、ずっと家にいたから、行ってない」


 どうしてもつぎはぎだらけになる話を、『彼』はどうにかつなぎ合わせていくが、それでも最後は、やけに展開が急だと感じた。


 ただの推測になるが、もしかしたら少女が孤児院を訪れた際、娼館で赤子の世話を幼児がしていた事が知られ、そのとき少女の出自が明らかにされたのではないか。


 この国の孤児院なら、まず間違えなく人工精霊の管轄だ。彼らが不遇の幼子を放っておくはずがない。そうして、今の父親に行き着いた。


 『彼』は、話す内に笑顔が消えてしまった、少女の顔を見つめる。


 彼女の子供好きが、どこから来たのか『彼』にも何となく飲み込めた。

 笑うことをしなくなった今の彼女が、どのようにして形成されたのかも。


 手のかかる乳児の世話を押しつけられたのに、彼女はまるで、それが一番良い思い出のように語った。


 事実、彼女にとって、それが一番大切な思い出なのだろう。


 そんなものを思い出にするくらいだ。彼女の生まれ育った場所がどんな環境だったのか、わざわざ聞き出さずともうかがい知れた。


 とはいえ、いくら子供が好きでも、やはり認識は改めておく必要はあると思った。


 「うーん。可愛いって思うのはいいと思うけどさ、でも、子供はどうしたって成長するんだよね。大きくなって、たとえば俺みたいに捻くれた性格に育ったり……それこそ馬鹿息子、じゃなかった。君のお兄さんみたいなヤツになったらどうするの?」


 さすがに衝撃を受けたようだった。


 少女が、ぴしりと固まってしまったので、手持ちぶさたになった『彼』は、フォークが止まっている食べかけのケーキを少しだけ貰うことにした。


 ややしてから、うつむき加減の彼女がぼそりと言った。


 「……お兄さん、こわい」

 「…………」


 まあ、そうだろうと、『彼』は頷きながらお茶のカップを手に取った。

 でも、と少女が続ける。一度『彼』の顔を見上げ、じっと見つめてから、


 「……セドリックは、いいよ。かわいい」


 思わず吹き出した。幸いお茶は少量だったので咳き込まずに済む。


 「何それ……可愛いって、何が?」


 「えっと、セドリック――セドは……あまのじゃく? だから。女の子にいじわるする子が、かわいいって。……ん? おませさん、だった?」


 「――――」


 全力で否定しようと口を開いたが、必死で拒めば、かえって肯定する気がして、『彼』は為すすべなく絶句した。


 「……顔、あかい?」

 「赤くないっ!」


 結局、全力で否定してしまい、少女を驚かせる。


 彼女のことだから、きっと聞きかじった言葉をそのまま使っただけで深くは考えていない。そう判断して、『彼』はもう、その話題に触れないことにした。


 「あー、と、だから、そう、赤ちゃんだよ。うん。赤ちゃんが好きなら、それじゃあ……そうだ。もっと他に好きなものはないの?」


 問われた少女は、さした迷いもなくそれを口にした。


 「……セドがすき」


 笑顔だった。本日二度目の笑顔を『彼』自身に向けられ、『彼』は自分ではどうしようもないくらい顔が熱くなるのが分かった。


 もうダメだ。もう、まともな会話を続けられる気がしない。


 「……ちょっと、頭冷やしてくる」


 『彼』は立ち上がって、部屋の隅に位置しているベッドへと寝転がる。シーツがひんやりと心地よい冷たさをしていた。


 しばらくそうしていたが、ベッドから『彼』とは別の振動が伝わってくる。


 誰なのかは分かっていたから、顔を伏せたままにしていれば、頭を撫でられる感触があった。


 さらに放っておけば、やけに体温が近くなって、手とは違う感触が頭に触れてきた。何かと思い、視線を上げてみると、乗りかかるように頬ずりされていた。


 「…………」


 『彼』は、複雑な気分にさせられる。

 自分に対する扱いが、赤ちゃんに対するそれのような気がしてならなかった。


 「……何?」


 少女の行為を止めるつもりで言えば、彼女は何か言いたげに見下ろしてくる。けれど、何かが声に出されることはなかった。


 もしかしたら、自分でもどう言ったらいいか分からない衝動だったのかもしれない。

 その衝動が何となく理解できてしまった『彼』は、諦めを含んだ声で言う。


 「……触りたいの?」


 ひと呼吸置いてから、こっくりと大きく縦に振られる頭を見た。


 「……――――じゃあ、おいで」


 言いいながら『彼』は起き上がり、少女をベッドの上に呼び寄せる。


 素直に従ってベッドをあがってきた彼女は、言われてもいないのに『彼』の膝の上にまで這ってくると、そのまま抱っこしようとするので、『彼』は一端その手を押し止めた。


 この間は抱っこされる側だった。だから今日は、『彼』の腕の中に少女を抱きすくめる。

 彼女から戸惑ったような反応が返ってくるが、すぐにその手は『彼』の背中に回された。


 これはこれで気に入ったらしく、首すじに顔を埋めるようにして擦り寄ってくる。


 「――っ」


 腕の中で好意を示してくる存在に、『彼』は胸の真ん中あたりが締め付けられて、駆り立てられるまま彼女の耳元にキスを落としていた。


 それに気付いたのか、少女が首筋から顔をあげる。そして、『彼』の真似をするように、彼女の方からも頬に唇を押し付けてきた。


 頭の中がぐるぐると、のぼせ上がった。


 何かをしたら、相手も返してくれるという状況に、もっと何かしたくなって、けれど、何をどうすればいいのか要領が掴めない。


 あれこれと、ぐるぐるぐるぐる迷ってみるが、最終的に、この際だからどこまでしたら嫌がるか試してみることにした。


 ただ、抱き合ったままでは出来ることは少ないから、『彼』はやや距離を取って少女の身体を見下ろしてみる。見事にぺったんこだった。


 はっ、とその時『彼』は、重大な事実を思い出す。あの懐中時計の存在である。

 あれを使って十歳ほど年齢を繰り上げれば、とんでもない状態になってくれる事を発見してしまった。


 すぐ間近で、何も分かっていないヘーゼルの瞳に見上げられ、一瞬気が咎めたが、良心は誘惑の前に屈して『彼』の手はワンピースの襟元にかけられた。


 その瞬間、家女中(メアリー)が勢いよく部屋に乗り込んできた。


 「さあ、坊ちゃま、お嬢さま、外は良いお天気ですよ。ここは健全、いえ健康的にお散歩でもされてみてはいかがでしょう?」


 メアリーは、ベッドの上にいる二人に向かって、不自然なくらいの笑顔だった。


 良すぎるタイミングと発言に、そういえば見られているんだっけと、『彼』は残念なような、安心したような、何とも言えない気持ちになる。


 その場は結局、何も見ていない、何も気付いていないふりをされ、見逃された。


 いや、見逃されたと言うのも少し違うかもしれない。人工精霊たちは『彼』と少女の触れ合いを、むしろ積極的に推奨している気がする。


 『彼』が何をせずとも、少女の方から進んでスキンシップを求めてくるのだから、それからも度々じゃれ合うが、度を超えない限り、彼らが口を出してくることはなかった。


 人工精霊たちが何を考えているのか、屋敷私僕の性質(・・)を知る『彼』にはだいたい想像できていた。


 だが、これといって不満があるわけではないので、『彼』も何も言わず、その日も少女と二人、肩を並べ合わせて昼寝することにした。






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