No.4 星の龍
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もしかしたら僕はとんでもないことに巻き込まれたのではないか?アイテムのフレーバーテキストを見て拓人はそう思った。他のアイテムと違って、何故か名前が無い。この時点でおかしいのだ。フレーバーテキストの内容はこうだ。
「星の地にて、この首飾りはやがて真価を見せるだろう。」
だそうだ。意味わかんねえ...と呟きながら、取り敢えずクエストを再開しようとした時、彼女の声が聞こえてきた。
「...何か...あった...?」
相変わらずたった今起きたかのようなのようだ声だ。
「ああ、それがレベリング手伝ってあげた奴にいきなりPKされそうだったんだよね。それで、黒いコートのプレイヤーに助けてもらったついでに、変なアイテム貰ったんだよ。」
「...アイテム?」
「そう。アイテム」
アイテムをスクリーンショットし、Miyoに見せる。と言ってもMiyoもこれが何なのかはわからないということは、わかっていた。
「そう...」
「そう...っておい...」
適当というか、無関心な口調でMiyoは言った。
「取り敢えずクエストやりながら、このアイテムについて色々調べていこうかなあと思ってるんだけど、Miyoはもうすぐプレイ出来そう?」
Miyoのパソコンの性能は聞いたところ、僕のパソコンよりも良い。ゲーマーとして何か悔しい。色々あったもので、もうプレイしてから1時間は経過してるだろう。彼女もインストールは終わってるはずだ。
だが、
「...ん...寝る...」
「は?」
時計の針はちょうど今9の字を指している。ゲームをプレイし始めてから結構な時間が経っていることはわかっていたが、"まだ"9時である。Miyoが9時に寝るとは珍しいことである。まあリアルで色々あるんだろうから追求はしない。
「そっか。んじゃまた明日ね。」
彼女は何も答えなかった。やはり無口である。
まだ9時なのでもう少しクエストを進めようと思い、帰還スキル「リターン」を発動した。
スキル「リターン」は誰でも使用できるスキルで、発動後10分間は発動が不可能になる。発動すると、最後に立ち寄った村や街の広場に一瞬で戻れる。と、チュートリアルで教わった。先程、霧の村に逃げようとしてたら完全に帰れなかっただろう。
目の前の殺風景極まりない紫の霧がかかった景色から一転、Ta910の視界を再び白い世界が包み込んだ。やはり白い。
今思うとやっぱり知らないプレイヤーにはホイホイ付いて行かない方が良さそうだ。良い子の皆と僕も気をつけよう。これ以上初心者狩りに出くわさない為にも、1つ"やらければいけないこと"があった。
そう、「クラン」に加入することだ。クランとは、クランマスター(CM)を中心とした固定メンバーの集いみたいなものだ。別のゲームなら「ギルド」とも言うだろう。
クランではクラン専用チャットや、メンバーのログイン状況、クラン専用掲示板など使用できる。クラン毎に目標を決めてそのメンバーと一緒に成し遂げたり、ワイワイやるとこもあれば殺伐としたところもある。
2週間前に辞めたTryShotにもクランがあって僕自身も所属していた。その時は、ゲーム内の大会で優勝することしか目標に無かった。が、特に殺伐もしてないし居心地が良い、そして全員が一つの目標の為に全力で活動していた。どこでもあると言われれば、まああるだろう。
取り敢えず、クエストでもしてたら道中で声かけてみることにして、雑貨屋で先程買おうと思っていたポーションを買う。
現在のレベルは7。どうやら先程の狩りが結構美味かったらしく少し得をした感じがする。次のクエストは、空の村より南に位置する「雲の村」で届け物をして欲しいとのことだ。クエストというより、単なるパシリだ。やれやれと思いつつ、雲の村へダッシュする。
雲の村は空の村と違って建物、景色が灰色がかっていて落ち着いた雰囲気の村だ。NPCに届ける物を渡す。こういう届け物のクエストは対象者にちゃんと物を届けないとクエストはクリアにならない。まあ当然だろう。
そして、レベルが8に上がった。プレイ初日でここまで上がるとは正直思ってもいなかった。今日中にはレベル10に上げたい。残念ながら明日は1限からの授業そしてバイトだ。それでもゲームはするが。冗談でも単位は落としたくはないので11時ぐらいで切り上げようと思っている。
中学の頃からネットにドハマリしてたせいか、朝起きるのがキツい。だが勉強自体はちゃんとやっていたし、大して嬉しくないが周りからは優等生扱いされてた。その為、高校受験は苦労しなかったし、当然大学受験も失敗しなかった。僕は平均よりちょっと上の学力は持っている。と勝手に自分で思っている。
人間は何に対しても上がり過ぎず、下がり過ぎずが一番良いのかもしれない。人によるが。
大して変わらなかった日々、嬉しさも意味も無かった周りからの言葉。はっきり言って中学と高校の学校生活なんぞ無かった事になっても問題は無いと思う。友達とかいうのも形すら無かったし、どこか退屈な日々だった。
だが、ネットだけは違った。ネットの世界は僕の世界を大きく広げた。ネットにハマったと同時にプレイしてきたTryShotもその1つだ。ボイスチャットを繋いでワイワイやってた日々は今でも鮮明に記憶の中に残っている。結果的には辞めてしまったが。いつか加入するクランは出来れば常時ボイスチャットを使用しているクランに入りたいところだ。
1つため息を吐きながら近くのNPC「ニーヤ」からのクエストを受託する。どうやら次は雲の村の西、骨の墓場にてボーンゾンビを倒せとのことだ。
(ソンビ...うっ頭が...)
このゲームはどうやらゾンビ種が多いようである。
骨の墓場はそう遠くは無く、名前の通り、骨ばっか落ちている。墓場の奥のターゲットモンスター「ボーンゾンビ」はLv8でも難なく倒せた。ボーンゾンビは単なるスケルトンだった。脅かしてくれる。やはり、PvPに力を入れているせいかモンスターはそう大したギミックは施されてないのがさっきのモンスターとの戦いでわかる。
雲の村へ帰ろうとしたその時、画面の真ん中より少し上に唐突に何かのイベントのようなゲーム内アナウンスが表示された。
「ウラノス大陸の『星の戦場』にてクラン『クロスロード』VS クラン『N・Souls』の領土戦が開始されました!」
それに続いて
「ポセイドン大陸の『水の戦場』にてクラン『グランド・ソード』VS クラン『防御力が 上がった!』の領土戦が開始されました!」
さらに続いて
「テュポネ大陸の『暴風の戦場』にてクラン『愛・DON・脳』VS クラン『メシウマオンライン』の領土戦が開始されました!」
最後に
「ガイア大陸の『自然の戦場』にてクラン『冷血隊』VS クラン「敵絶対殺すマン』の領土戦が開始されました!」
クランとクランの領土の取り合い。恐らくサイトで見た月1度に開催される「CvC(クランVSクラン)」の開始のアナウンスだろう。
CvCとは制限時間60分でクランとクラン同士がそれぞれの戦場でぶつかり合うKronos・Eyesでは少し高めのコンテンツだ。人数は30人ずつでLv35から参加可能だ。60分以内に敵陣地のど真ん中に存在する「領土の光玉」を破壊すれば見事そのクランが勝利する。
見事勝利したクランにはその戦場の周りの領土を獲得し、多額の金貨を獲得できる。領土を獲得すると言っても、占領には2か月の期間があり期間が過ぎてもし領土戦に敗れてしまった場合、強制的に領土内の建物は撤去され、勝利側のクランに領土を占領されてしまう。要はずっと勝てばずっと占領出来るわけだ。
CvCで宣戦布告する条件、まずそのクランのメンバー数が最低35人存在すること。クランマスターによる金貨2000枚の納入。最後に、参加するメンバー全員に"戦う意思"があるということだ。
ここまでは問題無いのだが、このサーバーはつい2週間前にオープンしたばかりだ。ということは、このゼウスサーバーでは初の領土戦ということになるだろう。よく金貨2000枚も2週間で集めたものだとTa910は関心する。それほど活気の良いサーバーなのだろう。良い意味でも。悪い意味でも。
色々考えていると、またゲーム内アナウンスが流れる。その内容は拓人の手とTa910の動きを完全に止めた。
「クラン『クロス・ロード』が『領土の光玉』の破壊に成功しました。ウラノス大陸の『星の戦場』での領土戦が終了しました。」
(...は?)
おかしい。まだ領土戦が開始されてから10分すら経っていない。何があったのか。
すると、ウラノス大陸に存在するプレイヤーにしか表示されないチャットでクラン「クロス・ロード」のメンバーであろう者がこう言った。
「はっwwwww雑魚すぎwwwwもうちょい強くなってから来いやwwww」
「楽勝すぎクソワロタ」
「貧弱すぎィ!」
(これはひどい...)
クロス・ロードの煽り文を見る限り、N・Soulsは為す術もなかったのだろう。たった2週間でこんなにも差が出てしまうことに僕はゾッとした。僕だけではないウラノス大陸のプレイヤー、いやこのサーバーのプレイヤーが震撼に似た何かを感じただろう。
ふと思い出したかのように雲の村へ帰ると、その人は周りの雰囲気とは全然違う雰囲気を出して僕の目の前に立っていた。
その人はチャットで
「こんばんは。君は新規のプレイヤーさんかな?」
と、先程の初心者狩りと同じようなことを言っていた。
名前は「ハイデン」。よく見るとその人は黒い髪で身長が高く、青い目、背中には大剣、軽そうな革装備を纏っていて、レベルは何と85。職業はソルジャーとウォールだ。先程の初心者狩りの一人と同じ職業だが、そいつらとは全然違う雰囲気を感じる。
この人は悪い人じゃなさそうだ。拓人はそう思った。もちろん単なる勘だし、Lv85で初心者狩りをする奴なんて普通いないだろう。だが念の為、警戒はしておく。そしてTa910はチャットで
「はい、今日始めたばっかです。」
と言った。数秒間をおいて、
「なるほど。他鯖から移住してきたわけでもないのね。」
「移住...ですか?」
「そう!2週間前のアプデで鯖移動出来るようになったからね。俺とクランの奴らは全員クロノス鯖から移住したきたのさ。にしても、良いねこの鯖。君もそう思わん?」
(よく喋るなこの人...)
拓人は画面の前で少し呆れたような顔をしていた。
それにしても1つ謎が解けた。サーバー移動。先程の「クロス・ロード」は恐らくどこかのサーバーからクランごと移住してきたのだろう。それなら2週間で2000金を用意するのは簡単だろうし、何せレベルの差があるだろうから、速攻で領土戦を終わらせるのことが出来たのだろう。
「ほんで君さ。」
僕の答えを待たずハイデンさんはチャットで言った。
「クラン入らん?見たところ、まだソロっぽいし。」
「えぇ...」
あまりにも唐突すぎて困惑してしまった。この時、拓人には色々な考えが混じりあっていた。1つは不安だ。また、どこかへ飛ばされて初心者狩り、もしくはそれ以外の何かをされないかという不安。
2、3つ目は、希望だ。Xnosというプレイヤーの情報、そしてアイテムの謎。フレーバーテキストの意味。とにかく探したい物が多すぎる。
そして最後に、僕自身クランに加入したいという意思。
数秒考えた。その時、あのプレイヤーの言葉が蘇った。
「そのアイテムこそが、Kronos・Eyesの未来だ」
「君が唯一持つことを許された、このKronos・Eyesの"未来"そのものだ。君に、このKronos・Eyesの世界を救ってもらいたい。」
未来。世界を救ってもらいたい。あのアイテムを貰った時から、この言葉が頭から離れないのだ。「このアイテムの謎を探る為にも、まず仲間を見つけなければ。」その思いが今より一層強くなっている。
(またこういう風になるなんてなあ...)
昔のことをふと思いだし、やれやれと心の中で言う。
覚悟は決まった。
「クラン、加入させてください。」
迷いはもうなかった。
「おっ良いねえwあっそうだ君GC入れてる?」
軽く受け止め、ハイデンは唐突に聞いてきた。
GC(GlobalChatの略)とはオンラインゲーマーの間で使われる無料のボイスチャットアプリだ。特に連携が必要になるFPSなどではこのボイスチャットアプリが重宝されていた。勿論、僕も使っていた。どうやら、このクランもGCを使用しているようで安心した。
「使っていますよ。他に何か必要ですか?」
「特にないけど、PvPとかやってみたことある?」
LV10にすら到達してないのにプレイヤーなんて殺せるわけねえだろうと心の中でツッコミをした。
「このゲームではまだないですが、初心者狩りになら出くわしました。」
「あー多分東の奴らか...大丈夫だった??」
一応大丈夫でした。と答えたものの、どうやらガイア大陸は"そうゆう輩"が多いらしい。
「そうか。うし、あとこれであと一人だ。頑張って探すかな~」
「あと一人必要なんですか?」
「そうそう。あと一人でCvCが出来るメンバーが揃うんだよ。」
あと一人。彼女を誘えば丸く収まるのではないか?最も、彼女が大丈夫ならの話だが。
「もう一人なら、一緒にプレイする予定で誘った人がいるんですが、その人もクランに誘ってもいいですか?」
誘うと言っても、彼女はもう寝てしまった。寝るのが早すぎてお婆ちゃんみたいな生活でもしてるんじゃないかと思うが、流石に本人に言ったら少しの間、会話の1つも交わしてくれないだろう。怒った時の彼女は大体いつもそうだ。
「おお、ありがたい!!ほんじゃその人も頼むわ!じゃあ取り敢えず、Ta910君。よろしくね!うちんとこ、PvPがメインだから!」
ハイデンはそう言って、クランに招待してくれた。
迷わずYesを選択しこの日から、いやKronos・Eyesプレイ初日から僕はクランに所属することとなった。
だが、クラン名と紹介文は流石にふざけてるんじゃないかと思った。
紹介文にはこう載っていた。
「クラン『攻撃力が 上がった!』」
「生産、狩りに飽きたそこの君!PvPをしよう!アクティブメンバー多めで近いうちに領土戦をやろうと思っています。PvPに慣れたい方、上手くなりたい方、うちんとこ来いや!!!!※GC必須」
誰かが攻撃力を上げる呪文を唱えた時に表示されるメッセージといい、この丁寧なのか雑なのかよくわからないような紹介文といい、ここのクランマスターは一体どんなセンスをしているのか全く謎だ。
「じゃあ自己紹介。俺が、クラマスの『ハイデン』。ハイッ( `・∀・´)ノヨロシク」
(クラマスあんたかよ!?)
道理で少し変わったような話し方をするのだった。だがそれが魅力的で付いて行ってる人もいるのだろう。
クラン「攻撃力が 上がった!」。メンバーは現在僕を含めて34人。今ログインしているのが半分近くの13人。職業は全員バラバラではあるが、セージが不足気味といったところか。
ここで驚いたのは、僕を除いたログインしている12人のレベルが60を超えていることだった。移住前のサーバーでは猛威を振るっていたに違いない。
「クランチャットでは静か気味だけどGC内じゃ今すんごい盛り上がってるから君もおいで!」
とハイデンは言って、GCのサーバーアドレスとパスワードを送ってきてくれた。
少しワクワクしながら拓人はGCを立ち上げた。GCを使うのは2週間ぶりだ。無論、TryShotでは日常の如く使用していたからだ。彼らは今何しているのだろう。そう思いながら、アドレスとパスワードを打ち込む。
打ち終って「OK」をクリックしてサーバーに入った瞬間、彼らは何かを相談でもしていたのだろう。男性っぽいが声は少し高めの人が黙ったと同時に女性らしき声が2人、あと低めの声の男性2人が黙った。
一瞬アドレスとパスワードを打ち間違えたのが、ハイデンのイタズラなのか、数秒置いた後に声が少し高めの男は言った。
「へい、いらっしゃい!何名様でしょうか!?」
「は?」
画面を見てもウェイトレスはいない。このふざけた口調、恐らく。
「あ、一人ですが、ハイデンさんですか?」
Miyo以外の人とGCでマイクを前にして会話するのも実に2週間ぶりだ。
「ぼっち入りまーす!!!!」
「は??」
一瞬カチンとしたと同時に、GC内から複数の笑い声が飛んできた。
「それは流石に酷えわハイデンさん!」
「鈴木に同意...」
「ハイデンあなたは良い奴でしたよ。」
次々と声が入ってく中で拓人は何も言えなかった。7割の困惑と残り3割の怒りが僕を支配しているのがわかる。やっと言えたのが、
「僕、サーバー間違えちゃいました?」
「いや、間違えてないよ。すまんね。俺がハイデンだ!」
やはり、この声が高い男がハイデンだった。彼は更に続けて言った。
「んじゃそれぞれ自己紹介してねー」
すると声が低めの男が最初に
「俺、クランの副リーダーの4ritoね。あっこれ、『アリト』って読むから覚えといてねーよろしくー!」
と言った。次に恐らく酔っ払っている様子がわかる、声が低めの男は
「んで俺、鈴木なー!MMO初めて何だって?色々教えたるからよろしくなー!」
と言った。次にMiyoとはまるで正反対で、元気な様子が伝わってくる女は
「舞う姫に『まいき』って読むの!覚えてね~これからよろしく!」
次の女の人は舞姫さんと似たような声で言った。
「きるしぇだよ~よろしく~舞姫とは姉妹でやってるからよろしくね~」
そして最後に彼は言った。
「久しぶり~お前がここ入るとか世間狭すぎない?改めてよろしくな。」
聞き覚えのある声だった。そして懐かしくも思う。
「え!もしかしてセフィラさん!?」
驚くのも当然だった。何せ、一年前にTryShotをやめた彼、「セフィラ」がこのKronos・Eyesをプレイしているのだから。そういえば彼はTryShotを引退した後に、MMORPGを始めるとか言っていたのを思い出した。だが、まさかKronos・Eyesをプレイしているとは、彼の言うとおり世間が狭い。ネットの中だが。
「そうそうよく覚えてたね~Kronos・EyesをやってるってことはTryShotは辞めたのかな。」
「うん。ちょっとね...」
「まあ、色々あったんだろうけど、これからまたよろしくな!」
「はい!よろしくお願いします!!」
正直、嬉しさで先程の困惑など消えていた。TryShotで共に戦っていた彼と再びゲーム内で戦うこどが出来ることはとてつもなく喜ばしいことだ。
「ん?Ta910ってまさか...あのTa910!?」
舞姫さんはお隣さんから苦情が来るのでは無いかというレベルの声を上げた。
彼女がその言葉を口にした瞬間、GC内が凍りついたように静かになった。
(これ僕の事知ってるやつだ...)
この時、刃物で刺されたような感覚が唐突に僕を襲った。
こんにちは。クロノス・アイズ一章の始まりです。
手短に一言。
「MMORPGは良いぞ」