No.1 始まりの時より
「そのアイテムこそが、Kronos・Eyesの未来だ」
黒いコートを着ていてるが顔はよく見えなかった。黒コートのプレイヤーは更にチャットを続けた。
「君が唯一持つことを許された、このKronos・Eyesの"未来"そのものだ。君に、このKronos・Eyesの世界を救ってもらいたい。」
僕は口を半分開けながら、チャット欄を見続けていた。
「また会える。君の活躍、期待している。」
「Xnos」という名のプレイヤーはそうチャットに書き残して去っていった。
どこか知らない場所へ。
僕がこれから旅するであろう、広い世界へ。
Xnosという名のプレイヤーは去っていった。
これが僕の始まりの"合図"だ。
■
いつものように、バイトを終え家に帰宅した拓人は、当然のようにPCを起動する。"いつもなら"、世界的に人気があるFPS(First Person shooterの略。一人称視点でプレイするシューティングゲームである。)ゲーム「TryShot」を立ち上げるのだが、あいにく、そのゲームは2週間前に個人的な事情で引退した。
そこで拓人は、最近、面白いMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Gameの略。大規模多人数同時参加型オンラインRPGとも言う。)が無いか?とネット中で探しまわってるのである。
しかし、面白そうなゲームは全くと言っていいほど見つからない。
いまいち、ピンッと来るゲームが無いのだ。そりゃ、探しまわってればいずれ見つかるだろうから粘ってはいる。
「...あいつに聞くか」
小さな声で僕は言った。
拓人は、数日ぶりに無料通話ソフト「O-Ship」を起動して"あいつ"に電話を掛ける。
「流石にこの時間ならまだ起きてるだろう...」
今はまだ19時だ。"普通"なら、お茶の間で飯でも食ってるという人が殆どだろう。がしかし、僕は一人暮らしで生活してるので特に関係がない。
僕は"あいつ"の連絡帳を見つけ出し、通話ボタンをクリックする。
「・ ・ ・ ・ ・ ・ん...何...?」
いつも通り、たった今起きたかのような声で"あいつ"は答えた。
「ああ、悪い悪い。なんとなく掛けてみた。」
"あいつ"とのやり取りは大体これで始まる。
...いつも通りだ。
「...見つかったの?面白そうなゲーム。」
一つあくびして"あいつ"はこう聞いた。
「いやあ、それが見つからないんだよね~Miyoも何か"良い感じ"のゲーム見つかった?」
恐る恐る僕は答える。その声は少し震えていたかもしれない。
「いや...見つかってない...」
Miyoはそう答える。
こいつ、いやこの子はMiyo。高校生3年生"らしい"。2、3回リアルで会ったことがある。リアルで会った時の彼女は長くて黒い髪。小柄ながら鋭い目つきをしていて愛想がまるで無かった。いつも落ち込んでるように見えて、会う度可哀想な気持ちになった。
初めて彼女と通話した時、今と比べると彼女はとてつもなく無口だった。勿論今も無口だが。
彼女とは、FPSゲーム「TryShot」で知り合い、2年だか3年だか一緒にプレイしてきた「戦友」、とも言えるだろう。しかし、僕がTryShotを引退すると同時に彼女も辞めてしまった。
理由を聞くと「タクと一緒じゃなきゃ、やる意味が...ない...」と答えた。
僕にはその答えの意味があまりわからなかった。他にプレイしていた"戦友"に聞くと、「ウッソだろお前!鈍感すぎるだろ!」と半分笑いながら言われた。
半笑いした戦友に僕は半ギレした。
というわけで、彼女と共にFPSゲームではなく、"良い感じ"のMMORPGを探してるのである。まあ、彼女も今答えたように、"良い感じ"のMMORPGは見つからなかったようだ。
「中々見つからないもんだよなあ...『MMORPG衰退期』と呼ばれてるのは本当だったか...」
呆れたかのような口調で言ったが、当然の如く、彼女は何も言わなかった。無口である。
と、「人気MMORPGランキング!」のサイトを漁っていると、一つのゲームが目に付いた。
「Kronos・Eyes」 「あなたが、クロノス・アイズの未来」
「えぇ...ちょっと変わったフレーズだな。悪くないけど。」
独り言のように言ったが、当然の如く、彼女は何も言わなかった。やはり無口である。
気にしないで、マウスホイールを下に回していく。
「超大型アップデートで遂に完全無料化!レベルギャップ80→100へ開放!新規サーバー追加やサーバー移動が可能に!新規ユーザーも入りやすいMMORPG!」
「ほえ~Lv100まであるんだ。サーバー間の移動も出来るらしいし、意外と面白そう。」
「...!何か...見つけたの...?」
先程まで無言だったMiyoが食いついてきた。
「うん。どんな感じのコンテンツがあるかはまだ見てないけど、何だろう。こういうの物凄く惹かれる。」
「そう...」
「そう...っておい...」
適当というか、無関心な口調でMiyoは言った。
構わず、そのゲームをチェックしてみる。するとこう載っていた。
◆CvC(クランVSクラン)でトップを目指せ!
「このゲームでは最大200人まで参加できる"クラン"が存在します。仲間と共に、強大な敵に立ち向かい、栄光を手にせよ!1か月に1度行われる、クラン戦でトップを目指せ!」
◆圧倒的グラフィック!そして素晴らしい世界観!
「Game・Backが独自に開発したグラフィックエンジン『HyperDrive』が描き出す広大な世界をその目で体感せよ!」
ハイグラフィックなゲームは好きだ。まるで現実にあるかのような景色には心すらその世界に惹き込まれるのだ。それくらい今の技術はすごい。
だが、拓人の目を更に惹いたのは次の文だ。
◆MMORPGからかけ離れた斬新な仕様!
「このゲームはPvPをしながらレベル上げが出来るといういかにも斬新な仕様になっています。PvP以外でも、狩り、ダンジョン攻略、レイド、生産でKronos・Eyesを楽しめます。」
「...何ィ!?」
お隣さんから苦情が来るのでは無いかというレベルの声を上げてしまった。
一人暮らしとはいえ、流石に恥ずかしい。
「ミヨ、これを見よ!」
「...ふざけてるの...?」
一瞬頭に?が浮かんだような気がしたがそんなことは気にせずに話を続ける。
「PvPが盛んで、しかもPvPでレベル上げ出来るんだってよ!」
「PvP」というのはネットゲームの用語で「Player versus Player 」の略である。要は対人だ。コンピューターの前にいる人同士がキャラを操作して戦うのだ。FPSもその一つとも言えるだろう。
僕はPvPが大好きだ。他人と競い合える、負けるたびに「どうしたら勝てるのか?」と考え、次に活かす。こうする時間がたまらなかった。それが楽しくてFPSを始めたと言っても過言ではない。
「...面白そうだね...やるの...?」
Miyoは相変わらず小さい声で言った。
「うーん。取り敢えずインストールはしてみようかな。あと、この『Kronos・Eyes』だっけ。それについてもよく調べてみるよ。...Miyoはどうする?」
無口な彼女に問う。彼女にもリアルの事情があるだろう。何せ高校3年生だ。恐らく、大学受験を控えてる身だろうから、あまりプレイは強要したくはない。
すると彼女の答えは意外で、
「...うんわかった...インストールしてみる...」
「本当!?ありがとう!んじゃ、お互いインスト終わったら声掛けような!あっ公式サイトのURL、チャットに貼っとくね。」
すると彼女はまた小さい声で、
「...うんありがとう...」
そう言って彼女はマイクを切った。恐らく飯か風呂だろう。
「相変わらず...だな...」
僕も風呂に入るとしよう。
冒険はまだ始まっちゃいない。