「第七話 七星剣セブンソード」
遥か星霜の彼方、星雲の向こう。
争う二つの星があった。
しかし、どちらの星も、あらゆる武器を通さない防護膜を開発。
それを破らないことには、攻め入ることは出来ない。
そこで、双方は防護膜を切り裂く剣の開発を行った。
そうして片方の星で造られたのが、七星六剣。
心というファクターをプラスすることで、形なきものを断つ剣。
もう一方の星で造られたのが、ファシバ。
剣を集め、吸収することで、究極の剣となるための存在。
ファシバは剣を集めるため宇宙に放たれた。
だが、戻ってくることはなかった。
一方、七星六剣は軍の命令に背いた開発者によって、宇宙に放たれた。
どちらの星も決め手を失い、争いは終わったという。
「しかし……参った」
昼休み、練太は教室で呟いた。
それというのも、四天を倒してからこちら、天音がべったりとくっついていることだった。
どうも、刷り込みというやつだろうか、練太から離れようとしないのだ。
四天が滅び、四天が捏造した戸籍などは残ったが、あらゆる関係性を失ってしまっていた。
自分を四天の呪縛から解き放ってくれた練太に頼るのは仕方がないことかもしれない。
全ての関係性を失い、しかし同時に生まれたたった一つの繋がりを、手放せというほうが酷だろう。
いや、そんな理屈など関係ないのかもしれない。
彼女は心の命ずるまま行動している。
何にせよ、天音は四六時中練太について回っていた。
おかげでクラスメートからは、
「おいおい、いおんから乗り換えたのかよ」
とか、
「妬けるねぇ~」
或いは、
「練太許すまじ」
などと囃したてられ、呪われていた。
――だいたい何だよ。いおんから乗り換えたって。あいつとはただの腐れ縁だぜ。
練太がどう思おうと、周りはそう思っていない。
クラスメートだけでなく、小さな学校であるから、他の学年の生徒にまで好奇の視線を向けられていた。
――どうしろってんだよ……
「な、なぁ、四方山?」
「天音」
そう呼んでほしいということだろうか、天音は小さく言った。
「あ……天音?」
練太がそう呼ぶと、こくんと頷いた。
「あー、その、なんつうかな、そのあんまりべたべたしたらな……」
「嫌?」
「嫌っつうかなんつうか……」
――くっそぉ、別に嫌じゃねぇけどよ……俺のタイプは、もっと明るくてだな……ってそりゃどうでもいい。
「嫌なの?」
天音は涙ぐむ。
「え、あ、い、いや。嫌じゃない。嫌じゃないから泣くな」
練太が言うと、またもはしっ、と抱きついてくる。
「お前……そんな奴だったっけ?」
四天の言葉によれば、肉体と四天の精神が馴染むまでは、精神が不安定となるらしいが……それにしても違いすぎる。
真逆もいいところである。
「……これが本当の私……嫌?」
「いや、だから……嫌とかじゃ……」
――初めて会った時の、田んぼに突き落とすくらいの奴のほうがまだ楽だったかもしれねぇな……。もうどうにでもなれ……。
さて、放課後、人目につかない校舎裏に練太と天音はいた。
決して逢引きしているわけではない。
「統剣軍のアジトの場所はわかるか?」
「言えない……」
「何でだ?」
「行けば……死んじゃう」
天音は俯いた。
「ファシバは……強すぎる」
「そうだ。ファシバってのは、一体何なんだ?」
「よくわからない。でも……爆龍の無防剣、幻山の無尽剣、四天の無効剣、志狼の無選剣、黒雷の無限剣……」
それらは練太も知っていた。
「そして、無敵剣ファシバ」
「無敵剣?」
「この世に生を受けて数千年、今までただの一度の敗北もなく、あまりに強いためにそう呼ばれるとか……」
宇宙は広い。あの白騎士や、暗黒皇帝のような存在にも逢ったに違いない。
それでも不敗というならば、まさに無敵と言えるだろう。
「無敵剣……ファシバ……」
「だから……行かないで……」
天音はすがりつくようにして、言った。
まるで子どもが父の出勤時にぐずって抱きつくように、錬太の胸顔をうずめて離さない。
だが、それでも錬太は頷かなかった。
「あと一人……」
「え?」
頭上からぽつりと呟いた声に、天音が顔を上げる。
練太はその頭に手をぽんと乗せ、
「……あと一人、どうしても解放しなきゃならねぇ奴がいるんだ。だから、教えてくれ」
「あと……一人?」
「黒雷とか言ってるアホだよ。幼馴染なんでな」
「でも……」
「頼む。どうしても……助けてぇんだ」
天音の眼をしっかりと見据えて、言った。
そこは、星色町付近の山中。
何かに切り裂かれたかのように、アーモンド型に暗黒の空間が開いていた。
それは、統剣軍アジトだった。
練太、いやセブンソードは、その中に飛び込んでいく。
中は、がらんとしていた。
全体のトーンが薄暗く、壁や柱がわずかに蒼い光を放っている。
剣王機が通れるようにか、非常に広かった。外から見た裂け目より中は遙かに広い。
「どこだぁあっ! らぁあああああああああああああいっ!!」
練太は叫びながら中を進む。
道は一直線だった。
しばらく進むと、開けた場所に出た。
そこには、壁に巨大なステンドグラスが掲げられていた。
その光に照らされて、巨大な魔神の姿が顕わになっている。
その魔神こそ、剣王・黒雷の愛機――剣鬼。
「そこにいたか。雷。帰るぞ」
「雷じゃないと、何度言えばわかる。俺は黒雷だ! 雷じゃない! 雷なんかじゃなぁぁいっ!」
痛々しいまでの、絶叫。
「もういい。殺す。殺して終わりにする!」
剣鬼はその背に負った巨大な剣を引き抜いた。
そして、肩に乗せるように構える。
「この……バカ野郎が」
セブンソードもクリスタルカリバーを構える。
そして、視線がぶつかり合い、今まさに斬りかからんとしたその瞬間――
『このような狭いところでやらずともいいだろう』
声が、「上から」降ってきた。
「……ファ、ファシバ様!」
「ファシバだと!? どこだっ!? どこにいる!?」
声のした方向には煌々と輝くステンドグラスしかない。
『お前の目の前だ』
「何っ!?」
ごごご、と轟音が響いた。
暗黒の空間に次々と微細なひびが入っていく。
そこから外界の光が入り込んできているのだろう、木漏れ日のように光が差し込んでくる。
だんだんと光が強くなり、やがて辺りを覆い、暗黒は消し飛び世界は山中に戻った。
外は日が落ちようとしていた。
その夕日を受け茜色に染まる、剣鬼とセブンソード、そして――
それらの二倍はゆうにある巨大な人影。
その人影には、煌びやかな装飾――いや、ステンドグラスが埋め込まれていた。
漆黒の鎧騎士に、ステンドグラスが埋め込まれているように見える。
アジトの壁のステンドグラスは、その体だったのだ。
「こいつが――ファシバ……!?」
『そうだ。我が千本刀――ファシバ』
五〇メートルはあろうかという巨大な鎧騎士――ファシバは深く響く声で言った。
「ファシバ様! こいつは俺に倒させてください」
『好きにするが良い』
「はははは! これでもうあんたも終わりだ。もう手加減はしない。バラバラにしてやる!」
黒雷の駆る剣鬼のその隻眼から、常人ならすくんで動けなくなるであろう程の威圧感が放たれる。必殺の気合を込めた殺気。
それはセブンソード――練太にも浴びせられた。
が、練太は動じない。
柳に雪折れなしというやつだろう、その殺気を受け流していた。
――雷……やるしかないか……
剣鬼は巨大な剣に手をかける。
そこから放たれるは――必殺の無限剣。
いかに練太が落ち着いていようと、視界全てを斬撃で埋め尽くすこの技に対して、果たして有効な対応策はあるか。
黒雷はあるなどと考えていない。
絶対の自信をもって、
「喰らえ! 無限剣――インフィニティアスザッパー!!」
最強奥義を放った。
剣鬼、それは、この奥義のための機能以外は一切ない存在。
相手を捉える、一つの目。踏み込む一歩だけのための、一本の足。斬撃を放つためだけの、隻腕。
余分な機能、感覚の一切を省き、ただこの技に集中する故、必殺。
練太の視界、その全てを凄まじい数の刃の煌きが埋め尽くした。
そのおびただしい刃は振り下ろされ、もうもうと土煙が上がった。
この数の斬撃の前では、防御など出来ず、また逃げ場全てを斬り裂かれるため回避も不能――のはずだった。
だが――
「バカな……手ごたえが……無い!?」
黒雷の狼狽を裏付けるかのように、土煙が晴れると、そこには何もなかった。
「ここだ」
「……!?」
セブンソードは剣鬼の背後にいた。
「く、くそっ!」
回避が不能のはずの無限剣、外れたのならば放つ直前にかわされたとしか考えられない。
黒雷は再び無限剣を放った。
おびただしい斬撃が、再度セブンソードに襲い掛かる。
しかし、それが直撃する瞬間、セブンソードは七つの閃光――すなわちエネルギー――と化し、無限剣をすり抜けた。
そして、剣鬼の背後で七つの星は収束し、結合する。
剣鬼の背後に立ったセブンソードは、七番剣を発動した。
練太の内面世界を拡張し、世界と接続。
そこに映る黒雷の像は、いや、それは雷だった。
黒くどろどろとしたものに纏わりつかれている。
それは天音に取りついていた四天などより、遙かに禍々しくおぞましい、闇のヘドロだった。
――あれが、雷に取りついていやがるのか。なら、それを断つ!
ココロカリバーを振り上げ、一閃。
虹色の斬撃が雷と、それを取り巻くヘドロに似た暗黒を打ち抜いた。
「……!」
その刹那、雷の感情が、錬太の中を駆け巡った気がした。
『いおん、また百点か』
――僕は80点……これって悪いことなの?
『いおんは凄いなあ。まさか超乙女学園に受かるなんて』
――だから何?
『お前の姉さん美人だよな。しかも、ソフト部で全国制覇だろ? 半端ないって』
――じゃあ僕は? 帰宅部だよ?
『少しはお姉ちゃんを見習いなさい』
――何で? 何で見習わなきゃいけないの?
『あらあら、雷ったら、いおんはあなたくらいにはもうこのくらい出来てたわよ?』
――姉ちゃんは特別なんだよ!
『全く、雷ってば、私がいないと何にも出来ないんだから――』
――やめてくれ!
――やめろよっ! 僕は何でも出来る! 姉ちゃんなんかより! もっと凄い事が出来るはずなんだ! どいつもこいつも黙れ! 黙れ! 黙れーーーーっ!
「雷……」
いおんという、何でも出来る姉を持ってしまったがゆえに、比較され続ける弟としての、雷の気持ち――
「お前……」
確かに、いおんはよく出来た奴だと、錬太も思う。
だが、それだけじゃない。
――お人よしで文武両道な奴だが、それと同じくらいドジでおっちょこちょいで、ブラコンが過ぎるし、ガンコなくせにダイエットはすぐ諦めるし、小さな事で気に病むところもある。あいつはそんな奴だ。完璧なんかじゃ、ちっともねえ……。
「……それはお前が一番わかってるだろ……雷」
雷に果たしてそれが聞こえたかはわからない。
ただ、ヘドロめいた暗黒は消し飛んだ。
精神世界の雷は無論傷一つないが、力なくその場にくず折れた。
同時に、現実世界の剣鬼も動きを止め雲散霧消し、そこには雷が倒れているだけだった。
意識はないが、命に別状があるようにも見えない。
セブンソードは慎重に雷を戦いに巻き込まれないような位置に移す。
ファシバはそれも特に興味なさそうに睥睨していた。
セブンソードはファシバに向き直り、クリスタルカリバーを向ける。
「……よくも、雷を洗脳してくれたな……!」
練太は怒りを隠さずに言った。
それに対し、ファシバは意にも介さない。
『洗脳などしていない』
「何!?」
ファシバの一言は衝撃的だった。
練太は、あやうくその場に崩れそうになるほどだった。
『我はこの星の情報が欲しかっただけ。適当に選んだ現地人に過ぎぬ。情報の見返りに力をくれてやった。それからこちらにつくことを望んだので迎えた。それだけだ』
「う、嘘だ……」
『我は嘘など吐かぬ。それとも吐く必要でもあるというのか?』
ファシバの声には、法の番人の如き厳正な色、すなわち虚偽の混ざらぬ響きがあった。
――そんな……じゃあ、雷は……「自分の意思」で黒雷に……? なら……あの暗黒は、雷の心の闇そのもの……?
練太――セブンソードはよろめいた。
――あいつに……そんな……闇だと?
否定したい気持ちが、錬太の頭を駆け巡る。
だが、彼自身わかっているのだ。
先ほど、何より生の雷の感情をその身に受けたのだがら――
それでも、錬太の心が軽くなるわけではない。
いや、むしろ……。
『どうした? その程度のことで戦意を喪失したのか?』
ファシバは背中に負った鞘から大剣を引き抜き、
『そちらに戦う理由は無くともこちらにはある』
肩に乗せるように構えた。
「……お前の目的は何だ……?」
『我の目的は、究極の剣となること。それが唯一にして絶対の目的』
一切の迷いなく、言い放った。
「究極の……剣?」
どうにも練太にはピンとこなかった。
まだ宇宙征服と言われた方が納得もできようというものだった。
「四甲剣の剣王機だって十分強力な剣だっただろ。なんで七星剣を狙う」
『我は宇宙を流離い千の剣を得、取りこんだ。だが、まだ足りぬ。まだ斬れぬものがある』
「斬れぬもの……?」
『心』
「心だと……? そんなの斬れるわけが……いや……」
練太には心当たりがあった。
なぜならそれは――
『そう、お前が先ほど見せた七星剣の真の力、あれさえあれば我は完全となる』
――そうか心に取りつくものが斬れるなら……斬ろうと思えば心も斬れるわけか……
練太の背中に冷たいものが走った。
図らずも、自分に与えられた力の、その大きさと責任を改めて知ったのだ。
「しかし、お前がなぜ究極の剣になんか……」
『理由などない。我にあるは目的のみ。我は空の剣王機。剣王機にして唯一意思を持つ。同時に剣でもある。この形骸は運用上の合理性による。いわば鞘』
「剣王機で、剣……それじゃまるで七星剣……」
『ある意味で我と七星六剣は対を成す存在。ゆえに七星六剣を取り込むことで、我は究極の剣となる』
そこまで言うと、ファシバは凄絶な殺気を放ちはじめた。
四甲剣など比ではない。
大気全体が鳴動し、地球全体が震動するのではないか、そう思えるほどの不可視の圧力だった。
一方、練太は――
再び落ちつきを取り戻していた。
――雷を取り戻して、俺に戦う理由がなくなったとも思った。でも、それは違った。
練太はファシバを見る。
それは、究極の剣を集めるための魔神の姿。
――こいつに七星剣は渡せねぇ……!
練太の双肩にかかるのは、人の心さえ斬り裂く豪剣の責任。
――ファシバには善悪はねぇ。だからっつって渡せる道理はねぇ。
「七星剣の最後の剣には、人の心が必要だった」
『何?』
「それはこれだけの力には、それだけの責任が伴うからだ」
――雷はそれに気づかなかった。
だから、最強なんて下らないもののために、人を傷つけた。
そして、何より自分を傷つけたんだ。
自分を傷つけて、人を傷つけて、何があいつに残った?
何か、手に入ったのか?
誰か幸せになったのか?
それで満足なのか!
――違う。違うはずだ!
あの雷の姿を見たからこそ。
――絶対に違う!
錬太の心は決まった。
意志の限りを込めて一歩を、踏み出す。
そして、言い放つ。
「だから――意思はあっても心のないお前には絶対に渡せない!」
彼がもし、四甲剣、そして黒雷より先にファシバと戦っていたなら、決して芽生えなかったであろう感情。
しかし故に、激突は必然であった。
『元より力づくでも奪う腹。行くぞ!』
ファシバは豪剣を振りかざし、迫ってくる。
セブンソードはクリスタルカリバーで、突きを放ち、迎撃した。
『遅い』
ファシバはそれをかわし、
『突きとはこう放つのだ』
神速の突きを放った。
それは音の壁をやすやすと斬り裂き、セブンソードの肩を穿つ。
あまりの速度ゆえ、装甲板に開いた穴の縁は溶解し、煙すら上げていた。
「くっ……」
追撃を避けるため、慌てて後ろへ飛びのく。
が、飛びのいた先、背後から斬撃が襲いかかった。
「うわっ!?」
ファシバは正面にいる。
斬れるはずがない。
しかし、剣は振るっていた。
『斬檻剣――それは空間を越え、お前の背後に斬り裂く檻を作った』
「なにっ……」
『我が千本の剣の一振りに過ぎぬ。それも遙かに弱きレベルのもの。次に行くは覇道剣……これは先ほどとは比べ物にならぬ……受けてみよ!』
その手に持つ剣の形状は変わらない。もとより形に意味はない。
ファシバこそが剣なのだから。
しかし、その手の剣から放たれる威圧感は倍化していた。
ファシバは疾走し、大上段から剣を放つ。
練太はクリスタルカリバーでそれを受け止めた。
そう、止まった。
ファシバの剣はぴたりと止まっている。
だが、全ての衝撃はセブンソードに伝達した。
凄まじい破壊力が、セブンソードの内側で暴れまわる。体内でダイナマイトを爆発させたかのような衝撃。
「ぐわああああああああああっ!?」
セブンソードは、その場で打ち上げられ、近くの山肌に叩きつけられた。
「ぐ……う……」
『練太。敵の力は遙かに上なり。セブンソードの全ての力を開放すべし』
長らく黙っていた竜王剣が言った。
「……全ての力を開放?」
『左様。全剣の能力を同時開放することにより、最大の力を得らるる』
「……今まで言わなかったんだ。もちろんリスクもあるんだろ?」
『……うむ。全ての力を開放する故、力を使い果たし、次回の起動がいつになるやもしれぬ』
「そうか。だが、残るはファシバだけ」
『後など考えずともよし』
その言葉に、錬太は口角を上げる。
「よし……行くぜ! 七星剣全能力解放!」
『承知!』
セブンソードの各部が輝きだす。
脚部、ダークネスカリバーは黒く輝き、両肩バーニングカリバーは真っ赤に輝き、腰部、並びに太腿部のサンシャインカリバーが太陽の如く黄色に輝く。背のソニックカリバーは瑞々しき翠の輝きを放ち、手に握られたクリスタルカリバーは透明ながら薄く淡い水色に輝く。
そして、竜王剣は銀色に輝き、練太は虹色の輝きを放った。
セブンソードの全身は多種多様な光を放ったのだ。
それだけでなくその気合は空気を震わせ、大地を揺るがし、同様に圧迫感を放っていたファシバと拮抗する。
『ほう……ならばこちらも必殺の奥義を出そう』
ファシバが、剣を眼の前で真横に構え、刃の部分を撫ぜた。
『因果断裂未来永劫両断剣!』
ファシバの剣が――いや、何も変わってはいないのだが――信じられないほどの威圧感を放つ。
殺気と言ってもよい。それも一回や二回殺した程度で収まるようなものではない。
百回殺しても飽き足りぬとでも言いそうな具合だった。
それは決してファシバからは放たれていない。
ファシバには殺意などない。殺意を持ったこともない。
これはファシバが持つ因果断裂未来永劫両断剣の妖気だ。
『行くぞ』
ファシバが、踏み込んだ。
練太は全能力解放したクリスタルカリバーで受けようとし、
――!?
背中を走る尋常ではない悪寒に、慌ててその場を飛びのいた。
直前までセブンソードの胴があった場所を斬撃が通り抜ける。
そして――
延長線上の山が横一文字に斬れた。
山は半分となり、上部は後ろに倒れ、崩壊する。
残された部分はまるで切株のようであった。
それだけなら、練太も驚かなかったかもしれない。
それくらいならば、このファシバならやりかねないだろう。予測の範囲内だ。
しかし、
――この山は「今」斬れた。それは俺も見た。でも……ここは「昔から」切株山と言われていたじゃねぇか……!
「まさか……」
『気づいたようだな』
ファシバが剣を構えなおし、言った。
『この因果断裂未来永劫両断剣で斬られたものは、あらゆる時間軸で斬られることになる。生まれたその時から、消えてなくなるその瞬間まで、斬り裂かれ続けるのだ。ゆえに必殺。これで斬られたものが元に戻ることは決してない』
「何だと……!?」
何という、冗談のような、反則的能力を持った剣なのだ。
練太は、恐怖がこみ上げてくるのがわかった。
『真っ二つ程度の損傷なら吸収には支障はない』
構えた剣に、全ての力を込めている。
つま先から頭の天辺まで、あらゆる力がファシバの剣に注がれる。
『今のはいわば肩慣らし。……今度は当てる』
ファシバの言葉に嘘はない。
ファシバが当てると言えば、当てるのだ。
まだファシバと会って、僅かしか経っていないのに、練太はそう確信していた。
次々湧き上がる恐怖が練太の心を占めていく。
――落ち着け……。あいつの剣を受ければ、確実に死ぬだろう。だが……落ち着け……。
『練太。今なら……今下りれば汝は助かるかもしれぬ』
「竜王剣! 急に何を言い出すんだよ!」
『汝は永き時を越え初めて七星剣の真の力を、七番剣を使いこなすことに成功した使い手。……ここで死なせたくない』
「竜王剣……」
もはや七番剣となった練太は、七星六剣と一心同体。
竜王剣の心が練太の心に伝わってくる。
竜王剣は、練太を死なせたくない、その一心なのだ。
――それでも……だめだ。ファシバには人の心を斬る剣は渡せねぇ。いや……。
「竜王剣は絶対に渡せねぇ!!」
『練太……しかし……』
「俺は七番剣。一蓮托生だ」
『練太……』
と、そこで
――俺は……七番剣……。そうだ……それにファシバは心は斬れない……俺とセブンソードは一心同体……。
練太の頭のなかを、一瞬にして様々な思考が駆け巡り、
――これなら……行ける!
同時にそれは竜王剣にも伝わる。
その、あまりにも奇抜で、とんでもない閃きが。
『練太、それは……』
「俺を信じろ」
その声に、一分の揺らぎはない。
『……承知!』
ならば今や一心同体たる竜王剣も同じのはずである。
「俺もお前を信じてる」
『是!』
いくつもの戦いを越え、築かれた信頼。
それが恐怖を打ち払う。
「来い! 無敵剣ファシバ!!」
『いいだろう! 行くぞ!』
ファシバの巨体が唸りを上げて疾走する。
一瞬にして必殺の間合いに入り、
そして、大上段から剣を振り下ろした。
稲妻の如き、神なる速度で。
刹那――
セブンソードは後ろに全力で飛ぶ。
だが、その場に練太は残っていた。
そう、空中に、練太だけが残っていた。
その練太に、因果断裂未来永劫両断剣が迫る。
――俺は七番剣。ココロカリバー。それは心。だから……!
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ファシバの、必殺の一撃を、練太はまともに――
「人間白刃取りゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!」
受け止めた!
素手で、剣を! 必殺の魔剣を!
凄まじい衝撃が練太を襲うが、耐える!
空中で宇宙最凶の魔剣を押し留めたのだ!
『何だと!?』
さしものファシバも驚愕の声を上げた。
『因果断裂未来永劫両断剣が止まるだと!?』
「お前に心は斬れない。だから止められる!」
そして――
「行けぇっ! 竜王剣!!」
『承知!!』
竜王剣が呼応し、セブンソードが吠えた!
練太は外に出ているが、今だセブンソードと一心同体。
竜王剣の動き、セブンソードの動きは手に取るようにわかった。
練太の思いを受け、セブンソードは、全力解放した音速剣の力により、猛烈な勢いで背後に疾走した。
『何だ? 逃がすつもりか?』
「違う! 勝つんだ!」
『何?』
瞬間、風が鳴った。
直後、ファシバが吹っ飛んだ。
真後ろからセブンソードの斬撃が襲いかかったのだ。
『なっ……バカな……なぜ背後から……』
セブンソードは後ろに進んだはずだ。
それが背後から現れる……?
斬檻剣でもないとすれば……
七星剣は地球を一周して来たのだ!
先ほどの斬撃、それは、セブンソードそのもの。
そして、ファシバがそれに気づいた瞬間、
再び、ファシバは吹っ飛ばされた。
さらにその浮いたところに再びセブンソードそのものによる体当たりに似た斬撃。
ファシバが大地に落ちるよりも早く、次々とセブンソードの斬撃が衝突する!
連続する斬撃は、ファシバの体を打ち上げていく。
『ぐおおおおおおおおおおおおおおっ!?』
もし地球を宇宙から見ているものがいたとしたら、それは、まるで原子核の周囲を回るいくつもの電子のように、地球を縦横無尽に駆け回る七星剣の軌道を見ることが出来ただろう。
7、8、13、27、38、46、59、71……。
凄まじい勢いで、ファシバは何度も何度も吹っ飛ばされる。
101、129、246、352、399、502……。
もはや、それは斬撃を越えた、斬撃。
一撃一撃に、七つの剣の能力が込められている。
破壊を超えた、存在への抵抗力。
無尽の剣撃が無敵の剣をぶち抜いていく。
596、619、650、708……。
777!
『七星剣練太流究極最大奥義! 地球七百七十七周斬り!!!!!』
竜王剣の言葉が響き、ファシバは天高く吹っ飛ばされる。
そして、長い落下音の後、大地に叩きつけられた。
その音と、全く同時に、
「……俺たちの、勝ちだ!」
練太の勝利宣言が響き渡った。
セブンソードを送還した練太は、ぼろぼろのファシバの傍に立っていた。
『……見事だ』
ファシバが絞り出すように言った。
ファシバの目には、セブンソードと練太が重なり合っているように見えた。
『今、やっと……究極の剣に……本当に……必要なものがわかった……』
それは、練太にも、見当がついていた。
『……それは心……』
「ああ」
『それなくしては、剣はただの刃……包丁と変わらぬ……』
ファシバは天に手を伸ばす。
そこには、もう星空が出ていた。
『永き旅を続け、遙かな星の海を越え……今頃気づくとは……』
だが、その言葉に悔恨の色はない。
『我、今、究極の剣に至りたり……我が使命、これで果たせり!』
ファシバは伸ばした手で、天に輝く北斗七星を掴むように、掌を閉じ、
『……ふっ……』
笑って、掌を開いた。
その手が、落ちた。
ファシバの体は、何億という蛍の光のように輝いて、宙に散り、消えた。
「終わったな……」
『是』
練太の内で、竜王剣が答える。
「お前とも……別れなきゃならないのか?」
『否。汝と我ら、もはや一心同体。離れることはなし。だが……』
「そうか……」
一心同体、故に練太にもわかった。
竜王剣の声は、力は、小さくなり始めている。
『力を使い過ぎた。暫く眠らねばならぬ』
「そうか……」
『だが、汝が真に我らを必要とする時、再び目覚めるだろう』
「ああ」
『では……再び相見えんことを願い、我は眠ろう……』
これ以上ないほど穏やかに、竜王剣は言った。
『汝の……唯一無二のマスターの中で……』
合成音声のはずの竜王剣の声。それが、ひどく安らいで聞こえたのは、きっと錬太の幻聴ではあるまい。
だからこそ、錬太は、笑って頷いた。
「ありがとう竜王剣」
『有難う練太』
その言葉を最後に、練太の中で竜王剣の意識が消えた。
そして、セブンソードの感覚も。
悲しさはない。
けれど、半身を失ったような、欠落感だけがあった。
「さて、と……終わるにゃ終わったが、まだまだやることはありそうだな」
練太は、まだ気を失っているであろう雷のことを思い描いた。
彼の心に巣くっていた闇、それは内から湧きだしたもの故、斬ったくらいでは一時的には消えても、また湧きだすかもしれない。
それを、どう対処するか。
「……まったく、手のかかる奴だぜ」
練太は、笑って走り出す。
表情に、一厘の陰りもなく。
信じた未来を掴みとる意志の色だけを乗せて。
その背を、煌々と輝く北斗七星が、優しく照らしていた――
第二章 七星剣セブンソード 完
予告
罪の重さに自殺を考える雷。
それを救ったのは、遠くの星から来た、機械生命体。
それは、ヒーローになりたいと思いつつも、いつしか時は流れ、年をとってしまったオッサンルーキーだった……。