第6話「七番目の剣」
練太は自室で坐禅を組み、眼をつむっていた。その姿はさながら禅の修行僧のようである。
イメージトレーニングを行っているのだ。
と言っても、想像力に頼ったものではない。
その脳裏に竜王剣が記録映像、或いはそのデータを分析して作った仮想の映像を映した、極めて現実的なものだ。
映像は、もちろん敵である。
K・志狼、そして黒雷。
練太自身が戦っているのではない。
セブンソードを纏っているのだ。
そして、それら仮想の敵との戦い、練太は勝機を見た。
――いける。可能性はある。
生身同士なら勝ち目はあるまい。
だが。
――セブンソードの力を使いこなせれば……!
練太は拳を握り締めた。
ただ、気にかかることがあった。
それは四天である。
いや、正確には四方天音。
竜王剣は四方山天音と四天は別人と断言した。
しかしながら、四方山天音は四天を撃退して以来ずっと休んでいる。
果たして関連がないのか。
――そんなわきゃねぇ。大体名前に四天って入ってる時点で怪しすぎるだろ。
だとするならば、竜王剣が別人と断定したのはなぜか。
練太にはわからなかった。
――しゃあねぇ。直接確かめるしかねぇか。
もはや恒例となった校庭での決闘。
今日は雨が降りしきっていた。
雨に打たれる人影が二つ。
練太と志狼。
練太は正眼に構えているが、志狼は構えを取っていない。
「前回はお前が出てくるかと思ったんだがな」
「四天でも十分勝てると思ったのだがな。存外やる」
「四甲剣ではお前が一番強いってことか」
「そうだ。これは他を侮って言うのではない。事実だ」
志狼はさらりと答えた。
「そうか」
「ならばどうする? おとなしく七星剣を渡すか。それとも――」
「もちろん戦うさ」
「……美しくないな。お前では勝てないのは証明したはずだ」
「ああ。勝てねえだろうな」
「……ふん。いよいよもって美しくない。無駄に散ることに美などない」
「散る気なんてないぜ」
「……何を言っている?」
練太の真意を計りかね、訝しげに志狼が言った。
「ごたくはいいんだよ。行くぜ!」
練太は手を天高くに掲げ、セブンソードを召喚した。
空から六つの星が降り、輝きとともにセブンソードが顕現する。
「……いいだろう。セブンソードの力を見るのも悪くない」
志狼の周りの雨が全て止まった。
その雨粒は志狼を中心に回転し、大渦となった。
大渦は弾け、中から水の剣王機ザンバオリが出現した。
ザンバオリは腰にさげた刀を抜き、セブンソードの眼前に突きつける。
「爆龍のオーヴァセルシスは防御を焼き尽くす無防剣。幻山のザインガッシャーは無尽蔵に剣を生み出す無尽剣。四天のサン・シオンは剣を溶かす無効剣。黒雷の剣鬼は一振りで無限の斬撃を放つ無限剣。それぞれ様々な能力をもっている」
志狼は滔々と語り出した。
幻山はソードファクトリアと言っていたし、四天は風溶剣と言っていた。
ということは志狼の語ったものは必ずしも技の名前ではなく、むしろ技の説明と言えるだろう。
黒雷の剣鬼というのは練太には初耳だったが、片手片足のあの機体のことであろうとは推察できた。
しかし、志狼が喋り出した意図はわからない。
「だから何だ」
「このザンバオリにはそれらのような力はない」
「何?」
――どういうことだ? それを言って何か得でもあるってのか?
「ただ、敢えて言うのならば、ザンバオリには癖がない。流れる水の如く決まった型を持たず、操縦者に一〇〇パーセント順応する」
それはつまり操縦者は自分の体であるように操れる、いや、自分の体と同等であるならば操るという感覚すらないだろう。
「剣を選ばず、剣に合わせる。いわば無選剣」
「それを言ってどうする」
「わからんか」
「悪いが俺はバカでね」
「なに、死ぬゆく者へのせめてものたむけだ。自分を倒した相手のことくらい知っておいてもよかろうと思ってな」
「経験上言っとくが、慢心は敗北を招くぜ」
練太は微かに自嘲を込め言った。
「……行くぞ」
ザンバオリが一歩踏み込んだ。
それだけで、空気ががらりと変わる。
セブンソードも一歩踏み込む。
まるで西部劇の決闘を逆回しにしているかのように、双方がゆっくりと、一歩ずつ距離を詰めていく。
一歩ごとに縮まる間合い。それは死の接近。
練太の背筋に冷たいものが走った。
いくらシミュレーションしたとはいえ、また、それで勝機を見たとはいえ、実践はやはり違う。
――あと一歩で、こちらの間合いだ。
透明な刀身とはいえ、今のこの雨では表面で水が弾け、また伝い、剣の形は丸見えだ。
即ち、奇策は通じない。
それでもザンバオリの刀よりクリスタルカリバーの方が長い。
先に斬りかかることが出来る。
――だが、簡単に斬らせてくれる相手じゃねぇだろ。
練太には余裕があった。
相手を甘く見ているのではなく、落ち着いていられたのだ。
一方、攻撃できる間合いまであと一歩と迫ったセブンソードが動きを止めたことに、志狼はやや驚きを覚えていた。
以前手ひどく敗れた者であるから、その屈辱を晴らそうと血気に逸って襲ってくるかと思っていた。
一気に斬りかかってくるのならば、カウンターはた易い。
ところが、セブンソードは動かない。
それはとりもなおさず練太が冷静である証である。
「……この間の貴様とは違うということか。……ならばこちらから行かせてもらう」
ザンバオリが動いた。
無造作にブンソードの間合いに入ったのだ。
同時に練太は剣を一閃させた。
それをザンバオリはするりとかわした。
そう、するりとしか言えない、無駄がなく、それでいて鋭角でない動きだった。
水の剣王機とはよく言ったものだ。
まさに流水の如き動きである。
「奥義の一、飛燕蠢捉」
ザンバオリの刀が地に触れるすれすれから弧を描き跳ね上がる。
回避と同時に己の刀が届く間合いに移動していたのだ。
セブンソードは真横に飛び、斬撃をかわす。
しかし、その斬撃はセブンソードを追いかけるように軌道を変えた。
縦に弧を描いていた剣筋が真横に変わる、並の剣士には到底真似出来ない魔技である。
回避は不可能――練太はそう悟り、クリスタルカリバーでその斬撃を受けた。
そしてその衝撃を利用し、後ろへ飛び、間合いを開く。
と同時に
「三番剣発動!」
『応! 三番剣、爆撃剣バーニングカリバー発動!』
セブンソードの両肩が真っ赤に輝き、その輝きがクリスタルカリバーに伝導、クリスタルカリバーは赤く透き通る刀身を成した。
「行くぜ! 飛ぶ斬爆撃! 七星爆鷲斬!」
セブンソードが剣を振るう。
するとその軌道、すなわち斬撃から幾条もの真っ赤な閃光が空を走った。
「むっ!」
ザンバオリは体を捻り、それをかわし……
「爆ぜろ!」
と、練太の一声で閃光が弾けた。
そう、ザンバオリの真横で大爆発を起こしたのだ。
「ぐおぉっ!?」
横殴りの爆風に、さしものザンバオリも体勢を崩す。
「二番剣発動!」
『音速剣ソニックカリバー発動!』
セブンソードの背中の、翼の如き二つの刀身が震動、その体を超加速させた。
一気にザンバオリの懐に入る。
そして爆風に耐えている軸足、即ち爆風を受けなかった側から斬りかかった。
「ちいっ!」
ザンバオリはそちらに重心がかかっているために回避運動が取れない。
「奥義の二、旋舞!」
ザンバオリは上半身を思い切り捻り、野球のフルスイングのような一撃を放った。
体勢の立て直しは間に合わないと踏み、迎撃にしたのだ。重心の移動なしにそれを行った志狼の技量は凄まじいものがある。
それだけに練太もこの体勢からの反撃は予想外だった。
しかしもう剣は振ってしまっている。
直後、猛烈な金属音が響き渡った。
双方の斬撃が見事に命中、両者弾き飛ばされたのだ。
再び開く距離。
「ふふ……ふはははははははは!」
不意に志狼が笑いだした。
「まさか、この数日でこうも変わるとは……男子三日会わざれば刮目して見よとはまさにこのこと」
ザンバオリの左腕の袖口に似たふくらみから刀が飛び出した。
右手に持つものと合わせ二刀。
「本気で相手をせねば美しくないな。見せよう。我が秘技を――かぁあああああっ!」
裂帛の気合いを込めた叫び。
同時にザンバオリから放たれる異様な威圧感。
「研ぎ澄まされた水流は、あらゆるものを斬り裂く。最終奥義――流水集清」
言って、ザンバオリは片方の刀を前に、もう一方の刀を後ろにする形で半身に構えた。
そう、構えたのだ。
ザンバオリが明確に構えるのはこれが初めてだった。
「我が剣は無形。清水に定まった形などない。しかし、この流水集清は違う」
まるで違う――そういう印象は練太も受けた。
構えを取る取らないではない。
纏った空気、いや、場の空気全てが変わったのだ。
「俺が真に認めた相手にしか見せぬ技だ。我が誇りにかけて貴様を討つ」
志狼から、一切の慢心や侮りが消えた。
これで精神面では、練太と志狼、どちらにも優劣はなくなった。
セブンソードも剣を構える。
そして、どちらともなく走り出した。
双方、構えは一切解くことなく、摺り足のように地を駆ける。
「かあああああああああああああああああああっ!」
ザンバオリは前に構えた刀で突きを放った。
それと全く同時に後ろに構えた刀でも突きを放つ。
本来、二つの刺突のはずだ。
しかし、全く時間軸を同じにする、一つの突きと化していた。
それも、ただの突きではない。
飛燕蠢捉も旋舞も、いわば卓越した技術と言えるだろう。
だが、この流水集清は技術を超越している。
もはや、圧倒的暴力、いや災害だ。
僅か刀一本分の厚みしかない突き、しかしながら放たれる威圧感は大河に等しい。
その大河に等しい突きがセブンソードの胸に狙いを定め、猛烈な速度で迫る。
防御は不可能。
それは大河を素手で押し止めようとするようなものだ。
ならば、選択肢は二つ。
かわすか、相打ちか。
練太はその選択を一瞬で行う必要があった。
――相打ちなんてゴメンだぜ!
いや、選択肢などはじめからなきに等しかった。
――かわす!
しかし、志狼もそれは折り込み済みだ。
セブンソードが動きを見せた瞬間――
「流水集清――飛燕蠢捉!」
突きの軌道が変わった。完全にセブンソードを追尾している。
「なっ!?」
「大河はその流れを自在に変える!」
必殺の突きが正面から真横に、いや、自由自在に飛びまわる。もはや突きなのか斬撃なのかもわからぬほど、高速で剣風を撒き散らし、機体そのものも超高速で迫る。
未だ命中していないのは、高速剣の力でセブンソードが真後ろに疾走しているからだ。
だが、それも長くない。
校庭は決して広くないし、何よりザンバオリの方が速い。
徐々に距離はつまり、流水集清がセブンソードに直撃する、
その刹那――
志狼の視界から突然セブンソードが消えた。
「上かっ!」
下がれぬ、振り切れぬ、ならば飛び越すしかない。
「流水集清――奥義の三、虎牙落墜!」
志狼は流水集清を真上に放った。
流れるような動きであったのに、それは斬撃ではなく突きであった。
そして全く一撃だったはずの突きは、二方向より放たれた。
それは右手の刀から右、左手の刀から左の突きが放たれたわけではなかった。
いや、どちらかなど問題ではない。
例えるならば大河の流れが分岐した、それほど自然で、且つ防ぐことの出来ない必殺の突きだった。
だが、
「待ってたぜぇっ!」
そう、待っていた。
セブンソードは空中で静止、いや空中で逆さに、剣を構えて。
「何だとっ!?」
防ぐことのできない必殺の突き――それは、もはや志狼すらその突きを止めることが出来ないということでもあった。
例えセブンソードの一撃の方が先に命中するタイミングであっても。
「しまっ……!」
「七星剣奥義――七星七星撃!」
流水集清の支流をかき乱し、七つの剣撃がザンバオリを貫いた。
その体に七つの孔を穿って。
落ちる夕日がザンバオリを照らし、その孔を透かして校庭に北斗七星の輝きを映し出した。
「く……なんという、美しさか……」
その輝きを見て、志狼は自嘲めいた笑みを浮かべた。
それと同時に、セブンソードがやっと着地した。
セブンソードとて無傷ではない。
流水集清の残滓が、各部装甲板を目茶目茶に斬り裂いていた。
もし、僅かでも先に剣が当たっていなければ、ここで倒れ伏していたのはセブンソードだったであろう。
「あぶねぇ……紙一重だったぜ」
練太は、ふぅうと大きく息を吐き、それからザンバオリの方に目をやる。
「で、どうする? まだやるかい?」
「……俺の……負けだ」
その志狼の呟きにはさして感情がこもっているようではなかった。
「だが、一つ聞かせろ……なぜ、ここまで強くなった……?」
「お前のザンバオリは、お前自身だろ? でも俺と七星剣は違う。お前は一。俺らは二だ。そんだけじゃねぇか?」
「……そうか。なる程、勝てぬわけだ……」
ザンバオリはその場にゆっくりとくず折れた。
と、そこに
天からいくつもの閃光が降り注いだ。
ザンバオリも、セブンソードも巻き込んで。
閃光は物体に命中すると、暴風を撒き散らした。まるで地表近くに台風が落ちてきたような様子だった。
その風は刃の鋭さを持っており、あらゆるものをずたずたにした。
「志狼!」
その暴風の中、確かに志狼は笑った。
「フッ……勇者に……幸あらん事を」
目を閉じ、満足げに。
そして、風が止んだと同時に、ザンバオリは大爆発を起こした。
セブンソードとの戦いで、もはや機体は限界だったのだ。そこにあの烈風、耐えられるものではない。
どこかバラや菊の花弁を思わせる多層の爆発が、機体を鉄屑へと変えた。
では、セブンソードは?
セブンソードが居た位置には、真黒な小山があった。
その小山の表面を覆う黒が弾けて消え、中からセブンソードが現れた。
暗黒剣ダークネスカリバーのマスキングシャドウを己に使い、ガードしたのだ。
それでも、全ての攻撃を防げたわけではない。
もともとザンバオリの奥義で、セブンソードも激しく傷ついていた。
しかし、満身創痍ながら、セブンソードの瞳の輝きは全く損なわれていない。
その視線の先、天には妖精型の魔神サン・シオン。
「四天……!」
練太は、ザンバオリの残骸をちらりと見やり、
「志狼はお前の仲間だろう!」
赫怒を込め、叫んだ。
『関係ない。利用できればそれでいい。貴様を消耗させられただけで十分役割は果たした。用済みだ』
四天は冷徹に言い放った。
「お前……!」
『吠えても無駄だ。それでは戦わずとも結果は見えている。七星剣を渡せ。そうすれば見逃してやる』
「ふざけるな!」
『そうか。ならば死ね。この状態ならばコクピットを抉り出すこともたやすかろう』
サン・シオンは空中に浮かぶパーツのうち、二本の剣をセブンソードに向けた。
「……一つだけ答えろ」
『何だ?』
「四方山天音とお前は関係あるのか」
練太は、今にも飛びかかりそうになる怒りを必死で押し殺して訊いた。
『ははは。何かと思えばそんなことか。いいだろう。冥土の土産に教えてやる』
四天は笑っていたが、その声にさほど愉快な色はなかった。
『私は、元より肉体を持たぬ生命体。しかし、重力下ではまともに活動できない。そこで星に寄る度に器となる肉体を作り出し、それと融合することでその星に適応する。四方山天音は、その作成した肉体に過ぎん。スパイ行為はただのついでだ』
「……じゃあ四方山天音の意識はないのか」
『いいや。ある。肉体の組成は貴様らとほとんど変わらんからな。脳がある以上、当然意識も存在する。馴染ませるのに時間がかかり、初期段階では人格の不定さを招いたが、今や完全に支配した。意識が表層に上ることすらない』
「何だと……!?」
――それで、はじめと印象がまるで違ったわけか……いや、そんなことより!
「四方山天音は取り憑かれているってことだな」
『そのために私が合成した紛いモノだ。どう使おうと私の勝手だろう』
「何ぃ……!」
『どうした? 紛いモノに感傷でも覚えたか。それで?』
四天は吐き捨てるように言った。
「……は?」
『天音を助けたいのか? どうやってだ? 私を殺せば死ぬぞ? いや、死ぬのは肉体だけ。私は無傷だ。ははははは!』
今度は心底楽しそうに笑った。
「くそっ……」
――どうすりゃいいんだよ! 四方山とはほとんど話してもねぇけどよ……ここで見捨てられるわけねぇぞ!
『はははははは! どちらにせよ貴様は死ぬんだ! 悩む必要などない!』
サン・シオンの周囲を二本の剣が回転を始めた。
更にその周りを風の刃――ウインドフェザーが舞い始めた。
『一撃でパイロットを仕留める! 受けろ必殺の――タイラントトルネード!』
サン・シオンの体も回転を始め、風の大渦となり一気にセブンソードへ突撃した。
「ちくしょう……! どうしたら……」
『練太! 汝なら出来るかも知れぬ』
突如竜王剣が叫んだ。
「何を……」
『我ら七星六剣、その七番剣はマスターなのだ』
「どういう意味だ?」
『考えている暇はなし。心を研ぎ澄ますべし。答えは既に汝の中にあり』
「だから、どういう……くそっ!」
竜王剣の言うとおり、考える暇はもはやなかった。
眼前には、竜巻と化したサン・シオン。
「くうっ!」
練太は咄嗟にクリスタルカリバーを盾の代わりにし、竜巻を真正面から受け止めた。
だが、竜巻のあまりの勢いにその体勢のまま、追突事故のように高速で押しやられる。
大地をがりがりと削りながら押されていくが、それだけでなく限界だった装甲板も次々と剥離していく。
装甲板だけではない。関節も悲鳴を上げ、全身くまなく軋んでいた。
あと十秒もこのままであるならば、セブンソードとてばらばらになってしまうかもしれない。
――落ち着け! ……まだ手はあるはずだ。竜王剣は心を研ぎ澄ませろと言った。とにかく落ち着くんだ。
焦りと怒り、練太の心を占めているそれらを頭から追放しなくてはならない。
――竜王剣は今まで嘘をついたことはない。七星六剣はその名の通り六本。でも星は七つなんだ。そして七番剣はマスター……。
守勢に回ることで生み出した十秒の猶予。それを練太は全て思考に費やそうとしていた。
『考えるな練太。心に雑念を持つでない』
――考えるな、っつたって……
『考えるな。心を見るのだ。己が心を広げ、相手を包みこめ』
――心を見る……。
練太は、外ではなく、自分の心に意識を向けた。
自分の心を客観視した。
すると、そこには様々なものが渦巻いていた。
焦り、怒り、それらを振り払おうとする心、七番剣を思考する心、死への恐怖、勇気、後悔……。
そして――
四天が居た。
自分の心の中に、四天が居たのだ。
人は一人だが、独りではない。
世界の中の一つ。
故に、己の外にも世界があり、内にも世界がある。
それに練太が気づいた時、客観視していた自己と、再び合一していた。
もはや無秩序な感情の渦はなく、それら全てが一つとなり剣を成し、練太の眼前に浮いていた。
剣は一定の色を持たず、虹のマーブルとなって輝きを放つ。
練太はそれを掴む。
その背には、セブンソードが全く同じ動きをしている姿があった。
その手にも、大きさこそ違えど輝く剣がある。
練太の瞳が四天を射抜く。
すると、その体の背後に、黒い霞のようなものが浮かび上がっているのが見えた。
――あれが、四方山の心に寄生する四天の本体か。
黒い霞は、一つだけ浮かぶ金色の瞳から悪意に満ちたオーラを放っていた。
練太はそれを真正面から受け――
剣を振りかぶり――
しゅかっ、鋭く乾いた音が響いた。
剣が真っすぐ振り下ろされたのだ。
それは決して速い斬撃ではない。
だが、あたかも「そういうもの」であるかのように、滑るように、雪のようにゆるりと、剣先は大地に触れた。
その延長線上で、黒い霞に虹色の真一文字が浮かんでいた。
同時に、練太の意識が、内面から外面へ戻った。
すると目の前には真っ二つになったサン・シオン、その半身が右と左に別れて通り過ぎていくのが見えた。
そして、背後で二つの爆発が起こる。
すれちがいざま、セブンソードの一刀が、サン・シオンを両断し、そのまま直進していた。
『見事だ練太。これが、七番剣練太の剣ココロカリバー』
「ココロ……カリバー……」
練太には実感はわかなかった。
むしろ、それより気になることがある。
――四方山はどこだ?
そう練太は思ったが、そこに不安の色はない。
確信していた。
「四天」のみを斬ったと。
その確信を証明するかのように、校庭にはぽつんと立つ一人の少女の姿があった。
彼女は丁度、両断されたサン・シオンの中央に居た。まるで、割った殻から卵が出てくるように。
姿はまごうことなき四天。
その口が動く。
『おのれ……』
怨嗟を込めた言葉。
それは四方山でなく、四天のもの。
それでも、練太に動揺はない。
『がはっ……!』
少女は吐血と見紛うような黒い煙を吐いた。
『ぐあああ……』
四天の声は、その煙から響いた。
内面世界の黒い霞、そしてこの黒い煙――それこそが四天だった。
その証拠に、霞にあった金色の瞳がこの煙にもあった。
『……バカな……私だけを斬るだと……そんな……ファシバ様とて、形なきものを斬れても……器たる肉体を傷つけずして……斬るなど出来ぬのに……』
「ファシバ……? 確か、最初に会った時もそんな名を言ってたな」
『はははは……そうか……これがファシバ様の、七星六剣を欲した理由か……はははは!』
何かに思い当たったのか、四天は狂ったように笑い出す。
「おい、ファシバとは何だ!」
『ファシバ様は我らが主……私が最後に収集せしデータ……これで七星六剣の……全ての剣が明らかとなった……ははははは……お前はファシバ様に勝てない……ははははは……』
錬太の言葉など既に耳に入っていないのだろう。四天は哄笑し、それに合わせ煙の体が拡散していく。
消えかける刹那、上空に光を放った。
それはおそらく最後の力で七星剣のデータを送ったのだ。
『……ははは……は……地獄で……貴様の末期を見てやる……はははは……』
四天はかき消えた。
残ったのは、天音の肉体。
四天が消え、支えを失ったのか天音はその場に倒れこんだ。
練太は、セブンソードを送還し、天音に走り寄った。
「おい、大丈夫か」
天音を助け起こす。
その体は予想外に軽かった。
「……う……うん……」
天音が意識を取り戻した。
その小さな口から洩れる声は、四天のそれとはまるで違った。
「……あなたは……」
「クラスメートの練太だ」
にこりと笑い、言った。
「……クラスメート……」
天音は噛み締めるように何度も「クラスメート」と呟いた。
そして――
はしっ、と練太に抱きついた。
「ええっ!?」
「……」
練太がいくら驚こうが、天音は離さなかった。
「え、ちょ……えええええっ!?」
校庭に練太の叫びが響き渡った。