第五話「倒れたなら立て」
練太はとぼとぼと歩いていた。
その心を映すかのごとく空はどんよりと曇っている。
いつ雨が降り出すともわからない。
だが、練太はあてもなく歩き続ける。
本人もどこに向かっているのかわかっていない。
町中にある、「剣の巨人」グッズやポスターから逃れるように、ふらふら歩いているだけだ。
気がつけば電車に乗っていた。
しばらく電車に揺られながら、窓の外の景色を焦点の合わない瞳で見つめていた。
そして、ある駅で降り、また歩き始める。
「ここは……」
練太は辺りを見渡し、呟く。
――ここは知ってる……。
「目的地なんかなかったはずなのに……」
――違う……ここに来たってことはきっと……。
練太の目の前にそびえ立つ一見するとゴシック様式の教会と見まがうばかりの建築物。
それは「私立超乙女学園」。
その入り口付近は階段になっており、校舎は周囲よりやや高い位置にある。
練太はその階段にぺたんと座り込んだ。
「……全く……女々しいったら、ありゃしねぇ……」
――よりによって……ここに来ちまうなんてな……。
そのままうつむく。瞳は虚ろなまま。
どれくらい時間が経っただろうか、そのうちに日が傾いてきた。
いつしか自嘲めいた笑いを漏らしていた。
「はは……勝てるわけ……なかったんだ。そうだよ……俺なんかたまたま逃げ遅れたから仕方なく選ばれただけ……あんな奴らに……勝てるわけがなかったんだよ……ははは……」
『気を落とされるな。敗北は誰しも経験するもの』
「俺なんか見捨てて他の奴をマスターにしろよ……」
『練太……』
練太は答えない。
そのまま俯くだけだ。
学校が終わったらしく、女生徒たちがその横を怪訝そうな顔で通過していく。
先生を呼ぶべきか相談している者たちもいた。
と、そこに……
「え……? もしかして……?」
練太を覗き込む、一人の女生徒。
「あ、やっぱりそうだ。あんたこんなとこで何してんの?」
「……お前は……」
練太が顔をわずかに上げてそちらを見ると、そこにいたのは幼馴染の神蔵いおんだった。
「何? お腹でも痛いの?」
「……」
「あー! もしかして……あたしに会いたくて来たとか?」
からから笑う。
いつもなら、ここで錬太が皮肉のひとつもいう所だが――
「……うるせぇ……」
「……何か……あったの?」
いおんが問うと、練太は少し躊躇して、
「……負けたんだ……」
と、ぽつりと言った。
「負けた? 剣道かなにか?」
「……」
練太は答えない。
「ふぅん……それで落ち込んでるわけ?」
身をかがめて練太を覗き込んでいたいおんは体を起こし、
「呆れた」
ためいきをついた。
「……なんだと」
練太はいおんに驚きの表情を向ける。
言葉には怒りの色が浮かんでいた。
「お前に何がわかるっていうんだよ」
「あんたねぇ……全く……」
いおんは呟き、拳を握り――
「てぇいっ!」
「うごっ!?」
思い切り練太をぶっとばした。
練太はそのままかなりの勢いで階段を落ちていく。
一番下まで落ち、ぴくりとも動かなくなった。
しばらくして、突然跳ね起き
「何すんだこの野郎!」
いおんを睨み、叫んだ。
「あんたあたしに勝ったことが一度でもあった?」
「なんだよ急に……そりゃ、お前に勝ったことはないけどよ……」
事実、練太といおんはケンカばかりだったのだが、練太が勝ったことは一度もなかった。
本当に、一度も。
それこそ、〇歳からの幼馴染であるにも関わらず、一度もないのだ。
「あたしにも勝てないくせに何で負けたぐらいで落ち込むのよ」
「あ……」
練太の頭の中で何かがほどけていく。
自分をがんじがらめにしていた何かが、頭にかかっていた黒い靄が、みるみる内に消えてゆく感覚だ。
「はは……そうだな……はははははっ! 全くその通りだぜ! はははははははっ!」
「何よ突然気持ち悪い……」
急に大声で笑い出した練太に、流石のいおんもたじろぐ。
それでも錬太は笑い続ける。
ひとしきり笑い、
「ありがとな」
笑い疲れたように言った。
だが、その表情には満面の笑みと言っていい、晴れ晴れとした色があった。
「はぁ? もう、一体なんなのよ」
「わかったんだ」
言うや否や、先ほどまでの落ち込みようが嘘であるかのように、練太は走り出した。
もう、振り向くことすらない。
「あ、ちょっと……」
練太はあっさり走り去ってしまい、いおんはその場に完全に置いてけぼりになっていた。
「……もう、最近連絡よこさない雷のこと聞こうかと思ってたのに」
と、そこに
「ねぇ、いおん、もしかして今のあんたの彼氏~?」
いおんの友人たちが現れ、彼女を取り囲んだ。
「はぁ、何言って……」
「答えなさいよ~」
「だから何を……」
その後、しばらくいおんが尋問されたというのは、また別の話。
練太は待っていた。
夕暮れに染まる、いつもの校庭で。
ここで待っていれば、志狼がやってくると思ったからだ。
しかし、やってきたのは四天だった。
四天は妖精の如き機神、風の剣王機サン・シオンに乗ったまま現れた。
『貴様が七星剣のパイロットだとばれていることはわかっているな?』
サン・シオンの外部スピーカーから校庭に立つ練太に声が降る。
「そうだな」
当然志狼が決闘を挑んできたことから、それはわかりきっていた。
『単刀直入に言おう。七星剣を渡せ』
「いやだ、と言ったら?」
『わかっているだろう』
嘲りを込めて四天が言う。
「じゃあ言うぜ。い・や・だ!」
『ならば死ぬがいい。さあセブンソードを呼べ!』
「いいぜ……来いっ! 七星剣!」
練太は叫び、手を天に突き出した。
茜空に六つの星が浮かび、それが錬太に向かって落ちて来る。
錬太を中心に六つの星――剣が大地に突き立ち、更に弧を描くように回転した。
そして光が全てを包み……
セブンソードが姿を現した。
「行くぞ」
セブンソードはクリスタルカリバーを構え、突進する。
そして、得意の面を放つ。
その刃はサン・シオンに命中……したはずだった。
しかし――
「!? ……手ごたえが……ない?」
練太の顔が驚愕に歪む。
クリスタルカリバーは透明ゆえ見えないが、練太の感覚では間違いなくサン・シオンの頭を捉えたはずだったのだ。
「竜王剣! クリスタルカリバーの刀身は縮んでるのか?」
『否。クリスタルカリバーは通常の長さのままなり。おそらくは、相手の能力で消されたものと思われるなり』
「何だと……?」
一旦、セブンソードはサン・シオンから離れ、間合いをとる。
『ふふふふふ……どうした? 怖気づいたか?』
「貴様……何をした」
『知りたいか? ならば教えてやろう。風の剣王機サン・シオンの特殊能力――風溶剣。あらゆる剣はこの風の結界に触れた瞬間、風に溶けて流され、消えるのだ』
「何っ!?」
サン・シオンを取り巻くように風が吹いていた。
これが四天の言う結界なのだろう。
『ふふ。つまりこちらは一方的に貴様を攻撃できるということだ。くらえ……風切りの刃――ウインドフェザー』
四天の声に合わせて風が集束し、あたかも羽根のような形をとった。
一つや二つではない。数百の羽根がサン・シオンの周りを舞う。
『踊れ』
その風の羽根が刃と化し一斉にセブンソードへ襲い掛かった。
「くっ」
セブンソードは飛びのき、また手で弾きながらかわす。
それでも風の羽根は追尾し、装甲を切り裂いていく。
そのダメージはフィードバックし、練太にも鋭い痛みが走る。
セブンソードの胸部装甲は練太の姿が見えるほどに切り裂かれる。
だが、練太は落ち着いていた。
――痛えのは痛え。だが、ここで焦ったら負けだ。考えろ。剣が封じられ、相手には遠距離技……どうする?
クリスタルカリバーでは倒せない。
しかし、他の剣であっても同様だ。
――なら、剣以外を使えばいいだけじゃねぇか。
降り注ぐ風の刃をかわしながら、セブンソードは校庭を転げまわる。
『ハハハハハッ! どうした? 無様な姿だな。さっさと観念したらどうだ?』
「やなこっ……」
セブンソードは転げながらも、校庭にあった整地用のローラー(通称コンダラ)を掴んでいた。
「た!」
そしてそれを思い切り投擲。
『なっ……しまっ……!?』
コンクリ製のローラーは、唸りをあげてサン・シオンに向かう。
風溶剣の結界も、剣以外には無意味。
風の結界を吹き飛ばし、ローラーはサン・シオンの顔面に直撃した。
『ぐうっ……』
たじろぐサン・シオン。球体関節人形を思わせる優美な顔に、ヒビが入る。
「今だっ!」
その期を逃さず、セブンソードは走り出す。
「竜王剣!」
『応。二番剣音速剣ソニックカリバー発動!』
セブンソードの背中から突き出た二本の剣先が高速震動し、猛烈な気流を生み出した。
その気流に押され、一瞬にしてセブンソードが加速した。
『え?』
四天は何が起きたかわからなかった。
突如、視界が開け、コンソール越しにではなく直接外界が見えたのだ。
それは、胸部装甲が斬り裂かれたことを意味していた。
あまりの早業に、斬られたことに気づかなかったのだ。
しかも、正面にいるはずのセブンソードの姿がない。
その姿はサン・シオンの背後にあった。
『バ……バカな!? なぜこれほど短期間にこれほど強くなれたのだ!?』
「別に強くはなってない。ただ、俺一人で戦うんじゃないことに気づいただけだ。俺は自分の力のことばかり考えて、こいつの力を使いこなすことを忘れていた。俺は女子にも勝てないような凡人だ。でも――」
サン・シオンの振り向きざま、クリスタルカリバーの切っ先を突きつけ、
「こいつとならお前に勝てる」
力強く言った。
『く……おのれ! いい気になりおって!』
「いい気になって懲りたんだよ」
『くそっ! ウインドフェザー……』
サン・シオンが振り向くより早く
「遅い!」
再び加速したセブンソードは一瞬でその懐に飛び込み、その両腕を掴んだ。
サン・シオンの両手はめきめきと音を立ててひしゃげていく。
「剣じゃなけりゃ消せやしまい」
『油断めさるな。セブンソードは我ら六剣からなるものなり。効かぬとも限らぬ』
「そうか。なら結界を出す前に片づけて……え?」
竜王剣の忠告を聞き、練太が敵にとどめを刺そうとしたが、練太の顔色が変わった。
「あれは……」
サン・シオンの裂けた胸部装甲から除くパイロットの姿は……
「四方山……天音?」
練太のクラスメート、転校してきて間もない四方山天音に酷似していた。
「あいつは――四天だよな?」
『是。完全に一致しているなり。汝も以前の接触で見たであろう』
確かに、初めて四甲剣が現れた際――わざわざ名乗りを上げたあの時に――錬太は見ている。
「いや、確かにそうなんだが……あの時は遠かったしよく見えなかったし……いや、それよりもあいつが天音だとするなら、お前なんで気づかなかったんだよ! お前探査能力の優れた剣なんだろ!」
『四天と四方山天音は別人なり。姿こそ似通っていれど、それ以外のあらゆるデータに一致点なし』
――何だと……? じゃあ何か。双子か何かか。けど、何かおかしいぜ。四天だって前と何か様子が違うしな……。
「……くそっ! どっちにしろ、顔まで見ちまって殺せるわきゃねーぞ!」
練太は普通の高校生だ。
N・爆龍もB・幻山も、やらなけらばやられる、そのぎりぎりの中で止む無く倒した相手だ。
倒すというのは殺すということ。
人を殺す。
練太は意識的にそれを考えないようにしていた。
機械の衣が相手を隠し、そのおかげで考えずに済んだのだ。
だが、今、目の前にはクラスメートによく似た少女の姿がある。
「どうすりゃいいんだよ……!」
『敵の結界が戻り始めている。あと4秒63で完全回復するなり』
「くっそぉっ!」
――あと4秒そこらで決めろだと……!
竜王剣の言うとおり、周囲に再び風が集まり始めていた。
風溶剣が復活すれば、セブンソードとて溶かされるかもしれない。
練太は選ばなければならない。
何かを。
選ばなければ、死ぬのは練太だ。
――だからって……
『あと2秒』
――こいつを
目の前にいる少女を
――殺せってのか
『あと1秒』
「あーーーーーーーっ! もう、うるせぇっ! こうなったらこの装甲ひっぺがしてとっ捕まえる!」
練太は絶叫した。
セブンソードは全力でサン・シオンの腕を握りつぶす。
そしてサン・シオンの胸部装甲の裂け目に指を突っ込み、引き剥がしにかかった。
『や、やめろ……』
四天の虚勢になど、聞く耳持たない。
胸部装甲は完全に剥がされ、コクピットが露になった。
コクピットはまるで宇宙空間のように、闇の中にいくつもの光点が浮かび、四天もまた浮かんでいた。
その四天は、鬼のような形相で練太を睨んでいる。
「よし、じゃあ捕まえて……」
「それは困るなぁ。いや俺は困らないけどなぁ」
声が響いた。
練太はその声に聞き覚えがあった。
「……雷」
「違うね。剣王黒雷さ」
練太が声のした方を向くと、そこには巨大な影があった。
真っ赤に輝く隻眼、腕は一本で、足も一本の機械の巨人。
その背には巨大な、明らかに自身より大きな剣を負っていた。
「そいつは貴重な解析係だ。奪われちゃファシバ様が困るんでね。返してもらうよ」
「ふざけるな雷」
「ふざけちゃいない。それに何度いったら解る。俺は黒雷だ!」
その叫びが残っている内に――
信じられないようなスピードで、光の塊が降って来た。
それは、斬撃だった。
信じられないほどの密度をもって斬撃が、一度に放たれたのだ。
千や万では下るまい。
光の塊は、セブンソードを一撃――いや数えきれないほどの斬撃――で吹き飛ばした。
「ぐああああああああっ!」
セブンソードは鞠のように大地を転がり、倒れ伏す。
あまりの衝撃に装甲板が砕け、ダイヤモンドダストのように煌めきながらまき散らされる。
「無様だね」
ぼろぼろのセブンソードを見て、黒雷は機嫌を良くしたのか楽しそうに言った。
しばらくその姿を見た後、隻眼の巨人はサン・シオンを抱え上げる。
「今日はこのくらいにしとくよ。あんたを殺すことは命令に入ってない。よかったね。あははははははははははは!」
黒雷の哄笑が響く。
「ま、待て」
セブンソード――練太――は弱々しく手を伸ばした。
「やだよ。俺がやったら壊しちゃうもんソレ。そしたら元も子もないからね」
言葉の端々に自信を覗かせながら、言う。
「機会があればもっと遊んであげるよ。じゃーねー。あははははははははは……」
笑い声の木霊だけを残し、隻眼の巨人はサン・シオンごとかき消えた。
残されたのは、倒れたままのセブンソード。
「……くそっ」
練太は噛み締めるように呟いた。
『練太……』
「心配すんな。こないだまでの俺じゃない。このままじゃ……終わらせねぇさ」
――それに、気になるのは雷だけじゃねぇ……。
「四天、あいつは一体――」
練太は誰にともなく呟いた。