第四話「四天の策と志狼の挑戦」
「なぁ……気になってたんだけどな、セブンソードってどこまで俺の思い通りに動いてるんだ?」
独り言を言っているようにしか見えぬ錬太だが、幸い、夕暮れの公園には誰もいない。
『汝の動きを寸分たがわず再現しているなり』
練太の頭に直接声が響く。竜王剣の声だ。
「じゃあこないだの必殺技は何なんだ? 固有技とか言ってなかったか? もちろん剣道にあんな技ないしよ。こないだのサンシャインカリバーの時もそうだ。俺の意思じゃねぇ。もしかして、お前が動かしてるんじゃねぇか?」
疑念を込めて言う。
『我には緊急回避権限があるのみ。サンシャインカリバー開放もそれに依るなり。加えて、固有技は汝がマスターとして選ばれし際、刷り込まれしものなり。今は無意識にしか放てずとも記憶と肉体、そして経験が合わされし時、汝のものとなるであろう』
「刷り込んだぁ?」
『情報として存在するため発動するまで記憶にはならじ』
「むぅ、じゃあそれはいい。けど緊急時に動かせるなら、何でお前が操縦しない?」
虚空を睨み、言う。実際は異空間に本体がある竜王剣であるから虚空には何もないが、つい、そうしてしまった。
――正直、しゃべりにくいんだよな……相手の姿がみえねぇと。
『セブンソードの真の力、それは心を力に変える事。我は造られしモノ。故に力を引き出すことかなわず。並びに心がない故、合理的、高確率以外の選択が出来ず。実践において融通がきかじ』
このほとんど抑揚のない声を聞いた者は、おそらくそれを機械だと思うだろう。
だが、錬太は首を傾ける。
「心……か。でもな……」
『どうされた?』
「お前に心が無いとはどうにも思えねぇんだけどな」
ステンドグラスの明かりだけが照らす空間に笑い声が木霊する。
「あはははっ。まったくだらしないったらないね。四甲剣なんて言っても、もう二本になっちゃったよ。あははははっ」
『貴様……』
宙に浮かぶ黒雷を睨みつける四天。
その視線を受けても、黒雷は動じることなく口の端を吊り上げて笑みを浮かべていた。
「四天だっけ? 次は君がやられにいくのかい? 何なら俺が行ってもいいんだぜ?」
『甞めるな! 七星剣と言えどパイロットがいる。そいつを突き止めれば……』
「まぁ、がんばってよ。あはははっ」
『貴様に言われるまでもない!』
怒気をはらんだ言葉の残響を残し、四天の姿は掻き消えた。
朝。
練太は走っていた。全力で。
ショートカットのため、田んぼのあぜ道を全力疾走。田舎の小学生のポピュラーな近道術であった。
練太は高校生だが。
その高校生練太が走っているのにはわけがあった。
町に危機が迫っている――というわけではない。
遅刻しそうだったからだ。
それもハッピーマンデーを一週間間違えるという凡ミスでは済まされないようなミス。
彼が必死で走っていると――
どん! と、何かがぶつかった。
少女だった。
蒼い髪で、年のころは練太と同じくらいの少女。それも星色高校の制服を着ていた。
しかしながら、練太はこの少女を知らない。
この人口の少ない星色町では有り得ない事と言っていい。
もし有り得るとすれば――
「ごめんなさいっ!」
そう言って少女は走り去っていった。
「お、おい待てよ!」
伸ばした手が少女にかかる事はなく。
その手からは滴がぼたぼたと零れ落ちた。
「誰なんだ……あと何なんだよ……」
そう、練太は水の張られた田んぼに落ちていた。
いかな錬太とはいえ、田んぼに落ちるのは小学校低学年以来だ。
「あーあ……どうすっかな……」
着替えなければ学校にも行けない。
もちろん、学校には遅刻した。
練太が学校に着いたのはちょうど一時間目と二時間目の間の休み時間だった。
早速練太は朝ぶつかってきた謎の少女について友人と話そうとした――
が。
「ねー、どこから来たの?」
「どこに住んでるの?」
その謎の少女は、クラスメートたちに取り囲まれていた。
「……なるほど転校生ね……心当たりがないわけだ」
姿がほとんど見えないほど野次馬が密集している。
――つうかこの人数、他の学年からも来てるな……。
田舎町の星色町では娯楽が少ない。
白騎士だの剣の巨人だの言われるようになるまでは、本当に何もないと言っていいくらいの町だったのである。
そこに転校生なのだ。みんな飛びつくのも仕方ないと言える。
そもそも過疎化に悩む星色町の高校に転校生という事自体珍しいのだから。
各学年一クラスしかないような小さな高校なので、他の学年でも見に行っているのも納得できる。
――できるんだが……
「悪いけどどいてくれ」
「おい練太、がっつくなよ」
「そうじゃねぇよ。用があるんだよ」
人ごみをかき分け、少女の下へ進む。
「おい、あんた。朝はよくも……」
「ごめんなさいっ! 急いでて……」
即座に頭を下げる少女。
「てめぇ練太! 女の子になんてことさせるんだこのヤロウ!」
「ちょっと待……ぐっ」
練太は背後から同級生の柔道部員守山(通称ゴリ山)に首を絞められた。
そのまま意識を失い、保健室へ運ばれ、この日午前中に授業を受けることはなかった。
とりあえず、練太にわかったことは彼女は、四方山天音というらしい事だけ。
結局、練太は問い詰めるタイミングをなくしてしまっていた。
仕方なく授業を受けていたのだが――
四時間目、古典の授業の途中、突然地響きが起こった。
それも一度きりではない。大きな振動が連続して起こる。
生徒たちが窓の外を見ると、そこには西洋鎧のような鉄の巨人が何体も学校に迫って来る光景があった。
それからの展開は慣れたもので、教員や生徒たちは慌てる事もなく、学校地下のシェルターへと避難した。
襲撃が頻発する星色町は、公共事業が縮小されがちで甘い汁が吸えなくて困ってる知事とか議員なんかには格好の公的資金投入ポイントで、あちこちにシェルターが作られ、中にはさまざまな遊具などがあり、快適と評判だ。
自衛隊については未だ国会で喧々諤々の論争を続けており、白騎士がいなくなってしばらく経ったにも関わらず派遣のめどは立っていない。
経緯はどうあれ、町人の生命線はこのシェルターであると言っていい。
ちなみに甘い汁吸ってた人たちは、それらが明るみに出て、今裁判中。
一方、練太は一旦シェルターに避難し、点呼に応えた後、こっそり外に抜け出し、セブンソードを召喚していた。
だから知る由もなかった。
その後に天音が避難している生徒を確認して、誰が欠けているか調べていた事など……。
「何か弱そうじゃね?」
群がる鉄巨人を見て、練太が呟く。
それもそのはず、巨人とはいえ、身長はセブンソードや四剣聖メカの半分ほどしかない。
『左様。走査によれば能力も然程でもなし。しかし数多し。セブンソードは一体多数には本来向いていないなり。油断召されるな』
「前から思ってたけど、お前の口調変じゃねぇか? いまいち安定してないような……」
『この星を一〇〇公転周期ほど前に通りがかった際に記憶したため、現在の言語との擦り合わせがまだ処理途中なり』
「ってことはそのうち今風の喋り方になるってことか?」
『汝が望むならば』
「いいよ逆に面倒くさいから」
錬太は拒絶の意を込め、ひらひらと手を振る。
そこに竜王剣がいるわけではないが、自然とそうしてしまう。
どこかそれは、電話中におじぎをしてしまうのと似ていた。
『集中せよ。敵が来るなり』
「すぐ態度変えるよなお前」
言いつつも、構えをとる練太。
――なんだかんだで、コイツとも息が合ってきた気がするな。
「まぁいいや、行くぜ!」
鉄巨人の群れに飛び込む。巨人はその拳を向けてくるが……
「遅いっ!」
腰だめでクリスタルカリバーを突き出し、そのまま独楽のように真横に一回転。
まさに一瞬。
鉄巨人の群れは、あまさず両断され、崩れ落ちる。ちなみに、これらの鉄屑は、星色町の新たな財源となっているとか。
ともあれ、あっけない幕切れである。
「……なんかさ……」
練太がぽつりと呟いた。
「俺、強くなってない?」
『慢心は身を滅ぼすとぞ言いける。あくまで機体の性能差にすぎぬなり』
「お前、一〇〇年前じゃなくて一〇〇〇年以上前に来たんじゃねぇか?」
統剣軍のアジト。
ステンドグラスの輝きが、二つの影を照らす。
即ち、志狼と四天。
「……成る程。鉄練太か」
『フッ……竜王剣の妨害能力は映像にしか作用しない。ならばこの目で確かめればいいだけ』
胸を張る四天。
だが、志狼は一瞥すらしない。
「俺が行く」
『何だと! 私が手に入れた情報だぞ!』
四天が激怒して志狼に詰め寄る。当の志狼は涼しい顔だ。
「手柄を横取りするつもりはない。試すだけだ」
『試す……だと?』
「そうだ。俺が四剣聖に入った理由……忘れたか?」
志狼の顔には、どこか肉食の獣めいた笑みがあった。
鉄巨人群の襲撃の翌日。
練太は今日も今日とて走っていた。
また寝坊したのだ。今回は特に理由もなく。
またあぜ道を爆走していたのだが……
「……ん?」
普段はかかしくらいしかないあぜ道に、人影があった。
農作業中のおじいさんやおばあさんではない。
すらりとした長身の青年……練太はその青年に見覚えがあった。
「お前は……!」
「ここは場所が悪い。場所を変えよう」
青年は名乗ることなく踵を返す。
「何を言って……」
「いいから来い」
錬太は仕方なくその青年の後をついていく。
やがて、小さな公園に辿り着いた。
「どういうつもりだ……キラー・志狼」
青年――四剣聖キラー・志狼を睨む練太。
本来学校に通っているはず時間帯……公園には他に誰も居ない。
一触即発の空気が立ち込める。
「別に……」
「白々しい……俺がセブンソードのパイロットだとわかったから現れたんだろう。さっさとザンバオリとやらを呼んだらどうだ!」
「早まるな」
志狼は呟き、棒のようなものを練太に投げてよこした。
「これは……竹刀?」
「そうだ……ここではそれを使って剣術の勝負をするのだろう?」
言って、志狼も竹刀を構える。
「いざ尋常に勝負……だったか?」
「……だから、どういうつもりなんだ」
「これが全てだ……来ないならこちらから行くぞ」
「なっ……!?」
練太が事態を飲み込めない内に、志狼の竹刀が練太の喉元に突きつけられていた。
その切っ先は、あと一ミリ踏み込んでいたら触れていた、それほどの正確さで寸止めされていた。
刀を鞘に納めるように、竹刀を戻すと、志狼は間合いを取った。
「……次は当てる」
「何だと……?」
「呆けている暇があるのか? 貴様は一度死んでいるのだぞ」
「……!」
練太も竹刀を構える。
「さぁ見せてみろ……貴様の力を」
「じゃあ見ろよっ!」
練太は一気に踏み込んだ。放ったのは得意の正面打ち――
しかし竹刀は空を切った。
「……粗い」
志狼は僅かに一歩踏み込むだけでかわしていた。
「……この程度か……?」
「この……っ!」
練太は振りかぶり――
再生映像であるかのように、再びその喉元に竹刀の切っ先が突きつけられた。
「なっ……」
「この間合いで大振りとは……愚か」
「……当てるんじゃなかったのかよ?」
「……そうだったな。当てる筈だったがあまりにも実力に差がありすぎて……その気も失せてしまった」
その言葉には落胆の色がはっきりと浮かんでいた。
「ふざけるな!」
「ふざけてなどいない。お前の年齢で剣の極みに辿り着いているなどとは思っていない。しかし七星剣が選んだのだ……何かあるのかと思っていたが……」
ちらりと練太を見……
「……全く期待はずれだ……」
心底つまらなそうに呟いた。
「勝手に仕掛けて来ておいて、何言ってやがる! もう一度だ! 今度は本気を出してやる!」
「……ほう?」
「うらぁっ!」
――あいつは動きが速い。だが、体当たりで動きを止めちまえば力勝負に持っていけるっ!
打突に体重を込め、腰からぶつかるイメージで志狼に向かう。
一方志狼は体を竹刀を正面に向け一歩踏み込み……
――もらったっ!
一歩。
そう、たったの一歩。
「……え?」
――なんで空が見えるんだ?
志狼は一歩踏み込んだだけ。
だが、それだけで勝負はついていた。
「……何が……」
大の字に倒れ伏し、痛みより先に驚愕から声が出る。
「足をかけただけだ」
こともなげに言う志狼。
「なっ! 卑怯だぞっ!」
「貴様には失望した。貴様如きに剣を使うのはもったいない……そう判断したまで」
「何だと……!」
怒りに震えながら体を起こす練太。
「自惚れるな。貴様が今まで勝てたのは七星剣の性能が全て」
「違うっ! お前こそ宇宙人の身体能力で勝ってるだけだろうが!」
「……見苦しい。俺の育った星はこの星より重力が低い。ここにいるだけでも億劫なくらいだ」
「なっ……」
練太は口を開いた。
しかし言葉が続かない。呆然と志狼を見ることくらいしかできない。
言われてみれば、志狼の体つきは女性モデルのように細く、筋肉がほとんどないことは明白であった。
「これ以上貴様に時間をかけるのも面倒だ……。次に会った時には殺す。死にたくなければ七星剣を渡すか……」
そこで一度言葉を切り、錬太を一瞥する。
「……いや言ったところで無駄か……」
そして、消えた。
後に残されたのは練太一人。
『練太……気にするな』
「……竜王剣」
練太は虚空を見つめ、
「……完敗だ」
ぽつりと呟いた。