第二話「燃える公園」
巨大なステンドグラスから洩れる光に照らされながら、四甲剣、そして黒雷が話をしている。
「なるほどね……皇帝を殺った白騎士とやらはもういねぇわけか。道理で、七星六剣が空から来たわけだ」
チッ、と舌うちする爆龍。
「しかし、あの皇帝を倒したのが七星六剣ではないとは……」
銀河を支配する皇帝。それは辺境の地球でこそ知る者はいないとはいえ、宇宙を股に掛ける彼らにとって、その名を聞かぬはずもない。
そして、その実力もまた知っている。
にわかには信じがたい――志狼ですらそう呟いた。
「何者であろうと問題ない。今いないのならば何の障害にも成りえん」
幻山が眉ひとつ動かさず言う。
『で、どうするの? チームワークは期待できないから、行くなら一人のほうがやりやすいわよね』
四天がちらりと目線を爆龍に送る。
「フン、行けってか。上等だ」
爆龍とて、四天が情報収集のために自身を使おうとしている事くらいわかっている。
だが、その上でも自信が上回っていた。
「新参者にゃでかい顔させられねぇからな。四甲剣の力、見せつけてやる」
「せいぜい頑張ってね。オッサン」
そんな爆龍を見下ろし、ステンドグラスの前に浮かんでいるのは、黒雷だ。
「クソガキが! 焼き殺されてぇか!」
「できるならね。その程度の腕で」
「マジで殺すぞ!」
『うるさいわよ。さっさと行きなさい』
「あ、おい! まだ話は終わって……」
『はい、転送』
「ちょ……」
「雷が行方不明!?」
練太が大声をあげた。
「そうなのよ……いおんにもそれとなく聞いてみたんだけど来てないって……」
いおんと雷の母が言う。
「俺も朝会ったっきりで……」
「練ちゃんも知らないって事は……ほんとにどこにいるかわからないわよねぇ……。もう、警察に知らせるしかないわよね……」
年よりはるかに若く見られる事が自慢の彼女だが、今日はむしろ老け込んでいるようにすら見える。
「そんな……」
「いおんには教えないでね……あの子、絶対大騒ぎするから……」
「は、はい……」
戦闘に勝利し、浮かれ気味だった練太は衝撃でそんな気分は吹き飛んでしまった。
雷の母は警察署に行くと言って去って行った。
「おい……洒落になんねぇよ……まさか戦闘に巻き込まれて……?」
『無い。安心めされよ』
練太の頭の中に声が響く。
「安心めされよ……ってできるか! そんなの何でお前にわかるんだよ!」
『我、竜王剣の能力は竜王眼――即ち感知。敵の焦土攻撃においても、以後の戦闘にも巻き込まれたのは汝のみ』
「俺だけ……」
白騎士と暗黒騎士団の戦いがあったこの星色町では、みな危機管理に長けていた。
あちこちにシェルターが建造され、観光名所にすらなっている。
シェルターではなく木に登るという行動に出たのは練太だけであった。
「……じゃあ、その感知能力で雷の位置とか掴めないか?」
『可能なり。その者を脳裏に描き、我に伝え給え』
「お、おう。……こうか?」
練太は言われるがままに頭に雷の姿を思い描いた。
いつもからかってくる雷。その姿を、出来るだけ正確にイメージする。
『む……』
「どうした?」
『一切の反応なし』
「馬鹿な!」
『死体もなし。この周囲五〇キロ圏内には居ないなり』
「もっとよく調べろよ!」
『重力探査にも、空間振動による波動探査にかからじ。また星照探査にもかからじ。これから言える事は一つ。この町には居ないなり』
「そんな……」
練太にはさっぱり探査方法の意味はわからなかったが、その言葉に嘘はなさそうだった。
「あの騒ぎで電車もバスも動いてるわきゃねぇし……そもそもこの短時間で五〇キロ以上先に行けるのか?」
悩む錬太に、竜王剣が声をかける。
『可能性がひとつ有り』
「何だ!?」
『空間の湾曲残滓あり。敵にかどわかされた可能性否定できず』
「かどわか……? わかりやすく言え!」
聞きなれぬ単語に、眉根をひそめる。普段なら聞き流すような難解な語句が並ぶが、今度ばかりはそうはいかない。
『誘拐された可能性ありという事』
「お前放置してたのかよ!」
自分の頭に響く声に、怒りの声を上げる。傍から見ているものが居れば異様な光景だろうが、今の彼にはそんなことは関係なかった。
『おそらく空間断裂は一瞬なり。感知できぬ速度で空間を割き、攫ったと考えられ……』
「もういい! 奴らの仕業ってんなら、奪い返してやるだけだ!」
練太は言った。
これまでの人生の、どんな時より強く。
それは突然だった。
いや、この町においてはもはや必然だった。
夕焼けに染まる星色町中央公園に火の剣王機オーヴァセルシスが現れたのである。
特に何をするわけでもなかったが、人々はシェルターに避難していく。
手馴れたもので、さしたる混乱もなくあっという間に避難は済んだ。若干名、外でネットに動画を生配信しようとして駐在さんにとっ捕まえられて行きはしたが、あくまで一部。
わずか、一〇分あまりの早業であった。
「それが狙いだったんケドな」
爆龍は笑いを含んだ呟きを洩らした。
オーヴァセルシスが手を天にかざす。
その手が炎へと変わる。
「半永続フレアよ奔れ!」
炎が空に向かい飛び散っていく。
それは正確にシェルターの出入り口、硬く閉じられたシャッターに向かって落ちていく。
命中。
しかしシャッターはびくともしない。
「まぁ、それも計算のうちだ」
炎は命中したまま、消えない。
形すら変えずに燃え続ける。
「さて、出てこねぇのか? 七星六剣。俺は統剣軍四甲剣――火の剣聖ニトロ・爆龍だ。……オイ、聞いてるのか?」
声を外部スピーカーにして町中に飛ばす。
「早く出てこねぇとこの炎がシェルター内の酸素を焼き尽くすぜ? この炎は特別でよ。通気口から入ってくる炎より遥かに大量の酸素を燃やす。まぁ、もって一〇分ってトコだな」
その言葉に合わせ、炎が猛る。
「あぁ、ちなみにこの炎は俺が消すか、俺を消すかしないと消えねぇぜ」
言って、けらけらと笑う。
「ふざけやがって……また返り討ちにしてやる!」
無論シェルターに入らなかった練太は中央公園に駆け出した。
草むらに隠れ、避難をやり過ごしていたせいで、服のあちこちに葉っぱがついており、走りに合わせてそれが舞い散った。
そして走りながら、意識を別次元で待機している七星六剣へとリンクさせる。
「七星合体!」
天を切り裂き六本の剣が練太を囲むように降り注ぐ。
閃光がほとばしり、巨大な剣士へと姿を変える。
「セブンソード!」
そのまま一足飛びで中央公園に飛び込む。
小さな砂場に見事着地。
「おう、うまいうまい」
爆龍が囃し立てる。
「雷はどこだ」
怒気をはらんだ声で練太が言う。
「雷? 誰だそりゃ?」
「しらばっくれるのか……なら力づくで聞くまでだっ!」
クリスタルセイバーを構え、走り出す。
「ハッハー! わかりやすくていいぜぇ! 意味はわかんねぇケドなっ!」
オーヴァセルシスも走り出す。
「来やがれ!」
『油断は禁物なり』
「昨日は一対四で……」
「燃え盛る炎刀! グレンバー!」
不定形の手刀がセブンソードに襲い掛かる。
「遅えっ!」
練太は火炎手刀をかいくぐり、間合いを詰めた。
「バーカ! わざとだよ!」
飛び込んだセブンソードの頭上にもう一方の火炎手刀が振り上げていた。
「くそっ!」
慌てて飛びのき、一瞬前まで頭があった空間を火炎が薙ぐ。
いかな仕組か、コクピットの錬太にまで焦げ付く匂いが届いてくる。
『おちつかれよ。相手の思う壺なり』
「うるせぇっ!」
竜王剣の助言に耳を貸さず、練太は突っ込む。
普段部活において、自然体という体に無駄な力を入れない姿勢を取るよう何度も注意されているにも関わらず、今は肩に力が入り過ぎていた。
そのため剣は大振りとなり、あっさりかわされてしまう。
「おいおい。これが伝説の剣かぁ? 剣士としちゃあ二流もいいところだぞ? つまんねぇ。もう終わらせるか……はぁ」
爆龍は心底つまらなそうにため息を吐いた。
それが火に油を注いだ。
「ふざけんなぁっ!!」
練太は激昂し、もはや剣道の構えなどではない。
ただ滅多やたらに剣を振り回すだけであった。
「うおおおおっ!!」
『止めよ!』
「無抗剣、ザ・リッパー」
炎の両腕が凝縮していき、赤いガラスのように透明度を持った剣となる。
「サヨナラ。ガラクタ」
その右手が振り下ろされる。
――遅い!
「そんなもの!」
クリスタルカリバーをかかげ、それを受け止める。
『罠なり! 離れよ!』
「はぁ!?」
竜王剣の警告。
「何言って……」
クリスタルカリバーの見えない刀身が煙を上げる。
燃やすなどという生易しいものではない。
これは触れたものを全て即座に焼き消す、防御不能の高熱凝縮体。
それが、クリスタルカリバーを浸食しているのだ。
そして――
「あ……?」
急に手元が軽くなった。
『クリスタルカリバー刀身の五割消失! 離れよ!』
「くっ!」
先程は無視した竜王剣の警告。さすがに今度は聞き、飛びのく。
しかし遅い。
肩の一部が切り落とされてしまった。
「……さっきより全然早えぇ!?」
『先刻はわざと受けさせていたなり』
「くそっ!」
錬太はコクピットの壁を思い切り叩いた。
『落ち着くべし!』
「知り合いさらわれて落ち着けるか!!」
『では汝のせいで町は滅ぶ』
「!?」
愕然とする錬太。
その時初めて、周囲に燃え盛る火が目に入った。
いや、正確に言うならば、見えてはいた。
だが、雷を奪われた怒りに意識を奪われ、見えていないも同じ有様だったのだ。
『波動探査によれば酸素残量はわずかなり』
「そんな……俺は……」
『悩む暇も悔やむ暇もなし。速やかに敵を排除せよ』
「!」
――目が覚めた気がした。
もはや時間は残り僅か。一振りに賭けるしかない。
勝利を確認している爆龍は油断している。
「……クリスタルカリバーはまた伸ばせるか?」
『伸長率は先ほど程ではないが、可能なり』
――集中しろ……。相手の動きをよく見るんだ……。
「くたばりなっ!」
オーヴァセルシスが高熱剣の腕を振り下ろす。
――来たっ!
セブンソードはバックステップでそれをかわす。
と、同時に――
「くらええっ!」
クリスタルカリバーを限界まで伸ばしながら、下から一気に振り上げる!
「しまっ……」
剣は真下からオーヴァセルシスを切り裂き、一刀の元に両断した。
「くそが……っ!」
爆龍は最後の力を振り絞り、分かたれた半身で斬撃を放った。
超高熱の一撃は腰のコクピットへ一直線に向かう。
「くっ……!?」
――よけられな……
練太が死を覚悟した瞬間、セブンソードから炎があがった。
剣は命中してはいない。
セブンソードの腰部と大腿部が自ら燃え上がったのだ。
いかな超高熱剣といえ同系統の炎には効果なく、それどころか形を失い、コクピットの球体に届かない。
「ば……ばか……な……がはっ……」
全ての力を使い果たした爆龍と、その機体が崩れ落ちた。
内在していた炎を制御できなくなり、爆龍もろともあっと言う間に炎へ包まれていく。
火の剣聖たる彼が、炎にまかれながら、末期に何を思ったか、それは誰も知らない。
はっきりしているのは、解き放たれ噴き上がった炎は、剣王機なる巨神すら、ものの数秒でスクラップへと変えてしまったことだけだ。
それは、どこから炎の龍が空へ帰っていくようにも見えた。
一方、セブンソードの炎は徐々に収まり、もとの形を取り戻していく。
「何だったんだ……これ……?」
『四番剣――太陽剣サンシャインカリバー。太陽の力を秘めた剣なり』
呆然とする練太に、竜王剣が言う。
「なんだよ……それ……。もっと早く言ってくれれば、楽に……」
『慢心した状態で教えれば、切り札を失っていたなり』
「……」
言う通りだったので、ぐぅの音も出ない。
シェルターを覆っていた炎も消滅していった。
炎と見まごう夕陽も陰り、夕闇に包まれていく。
まるで、何事もなかったかのように。
『そう落ち込む事はなし。人的被害はない故、結果としては上々なり』
「はいはい……そうですか……」
練太は思う所があったので、竜王剣の妙な慰めをまともに聞かず適当に流した。
――雷、お前今どこに……
「あっはっはっ!」
突如、笑い声が響いた。
練太が声のした方を向くと、オーヴァセルシスの残骸の上に人影があった。
顔の一部を覆う仮面やマントをつけて仰々しくしてはいるが、まだ子どもだった。
練太は、その背格好、仮面の隙間から除く顔の一部、そして何よりその声に聞き覚えがあった。
「ま、まさか……」
「俺は剣王・黒雷。統剣軍最強剣士のね。今日は単なる挨拶。それと、哀れなピエロの最期の見物に来ただけだけだから、そう硬くならなくていいよ」
言って、ケラケラ笑う。
「何を言ってるんだ……雷? オイ、ふざけるなよ……」
「はぁ? 雷? そんなヤツはもういないよ。あははははははっ! じゃあ、またね」
道化が観客を煽るように、ひらひらした手つきで嘲る少年。
「おい、待てよ……!」
「今日は挨拶だけって言ったでしょ? また今度相手してあげるからさぁ。じゃね。あははははははは……」
黒雷は笑い声だけを残し、消えた。
何事もなかったかのように。
「……どうしちまったんだよ……雷……」
練太はぽつりと呟く。
だが、無論、返事などなかった。