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天より高く  作者: キミト
第一章  日よ、昇れ
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第五話  騎士と魔獣

 会場の誰もが呆然とする。司会の男も、トランドも、エルフ達も例外なく。それも仕方が無いだろう。コオヤの言葉は、あまりに突拍子の無いものだったのだから。


「……それは、どういう意味だ?」


 いち早く立ち直ったトランドが問い掛ける。対するコオヤは相変わらずの不敵な笑みで、


「そのままだよ。そこのエルフ達を貰いに来たんだ、一人残らず、な」


 あっけらかんと、そう言い放った。


「えーと、それは、競売の結果に不満があるということですかな」


 司会の男が、困惑しながらも問う。


「まぁ、そうと言えばそう、かな」

「しかし、既に決まってしまったことですからなぁ」

「まあ待て、話を聞くと言った手前、一応考慮してみようじゃないか。おい貴様、提示する額によっては一人位は考えてやっても良いぞ」


 競売に関して噛み付いてきたのだから、まさかそれなりに金は用意しているのだろうと思っての問いかけにしかし、コオヤは軽く首を横に振る。


「いいや。金は全く持っちゃいないよ」

「何? まさか貴様、ただで譲れとでも言うつもりか」

「それこそまさか。言ったろう? 貰いに来た、って。つまりだ」


 コオヤの顔が歪む。そうして、


「力ずく、ってことさ」


 獰猛な笑みを浮かべて、宣戦布告した。


「貴様っ……!」

「警備兵!」


 途端呼びかけた司会の男に従い、兵士達が動き出す。慌てて後ろに下がるトランド達を横目に、迫り来る数十にも及ぶ武装した兵を前にして、しかしコオヤは揺るがない。


「この世界のルールがどうだとか、常識がどうだとか。我ながら、馬鹿なことを考えていたと思わないか?」


 ただ一人、近づいて来る兵士達の姿などまるで目に入っていないとばかりに、虚空に向かって自問する。

 隙だらけの彼を取り押さえようと、兵士の一人が後ろから襲い掛かる。伸ばされた手が、今まさに肩に触れんとして――


「うぶぁっ」


 奇声を上げて吹き飛んだ。コオヤが放った裏拳は、鉄製の鎧など紙くずのように砕き、容易く兵士を競売場の壁に叩きつける。

 異常な力。それを認識した瞬間、兵士達は本能的に悟った。取り押さえるなどと甘いことを言える相手ではない、と。

 すぐさま槍や剣を構え、彼を殺そうと動き出す。それでも尚、コオヤの余裕は崩れない。


「そんなもんに従わなきゃいけないのはよ。そいつが弱いからだ」

「うあああ!」


 半ば恐慌した叫びを上げ突撃してくる一人の兵士。その手の剣が振り下ろされ、しかしそれがコオヤに到達するよりも、彼の蹴りが胴へと突き刺さる方が速かった。

 痛みに気を失い、弾き飛ばされる。そんな仲間を尻目に、今度は五人の兵士達が連携をとって迫り来る。


「だったら。世界よりも強い奴ならば――俺ならば、関係ない」


 己を囲み、ほとんど同時に仕掛けられた彼等の攻撃を、しかし容易くコオヤは捌いて見せた。いや、捌いたというよりは単なる力ずくだ。

 正面から襲い掛かってきた二人を右拳二発で打ち飛ばし、そのまま振り返ると背後から来ていた相手を蹴り抜く。更に左右から同時に振るわれた剣を姿勢を低くして回避し、右の兵士にとび蹴り。その反動で今度は左へ跳ぶと、隙だらけの兵士の頭を掴み、地面へと叩き付ける。

 この間、僅か二秒。他の兵士達に反応も許さぬほどの圧倒的な速度である。


「さて、次は」


 と、余裕綽々で佇んでいると、頭に向かって槍が突き出されてきた。その刃を素手で軽く掴むと、そのまま持ち手の兵士ごと振り回し、迫っていた兵達をなぎ払う。

 巻き起こる暴風の小嵐。溜まらず気を失い吹き飛ばされる持ち手を無視し、槍を上空へと放り投げると、軽く跳び上がり落ちてくる槍を蹴り飛ばした。

 正確に石突を蹴り抜かれ、槍は一直線に彼へと向かっていた兵士の一団へと飛翔する。空気との摩擦でかすかに赤熱しながらも、一団の中央へと着弾した投槍はあまりの威力に衝撃と粉塵を巻き起こし、兵達を纏めてなぎ払う。


「これで終わり、じゃあないか」


 ステージ傍に居た兵は既に全滅しているが、今度は競売場の各所の通路から、警備に就いていた残りの兵士達がぞろぞろとやって来ていた。その数、およそ五十。


「ま、結果は同じ……」


 刹那、軽く首を傾ける。衰えることのない余裕顔のほんの少し横を、一本の長剣が貫いていた。

 増援の兵士達ではない。単なる一般兵とは、速度も鋭さもまるで違う。研ぎ澄まされた一撃に、僅かばかり感心する。


「へぇ。中々やる奴もいるらしいな」


 視線の先には、全身を鎧で包んだ一人の兵士の姿があった。他の兵達と違い、白く輝くその鎧は、総じて洗練されたイメージを受ける。各部に付いた装飾からしても、明らかに雑兵の類ではなく、それこそ『騎士』とでも呼ぶのが適切であるように思えた。

 騎士は、攻撃が外れたと認識するやいなや素早く退き、体勢を整え構えなおす。鎧の間から見える双眸は、油断の一片もなく此方を睨みつけていた。


「ほら。かかって来な」


 軽く手を振って告げるコオヤに、騎士が勢いよく踏み込み迫る。挑発に乗った訳では無い。あくまでも己に課せられた役割、即ち敵対者の排除を成す為だ。

 繰り出される幾多の斬撃。全てが緻密で正確なもので、騎士の技量の高さが窺えた。しかしその全てを、コオヤは軽く身体を揺らすだけで避けてみせる。


「…………」


 騎士の剣が加速する。攻め立てる彼に対し、相も変わらず僅かに身体を揺らしながら、今度は後ろへのステップも混ぜ込むことで全てを回避してみせる。

 コオヤの顔に浮かぶのはまるで遊んでいる子供のような無邪気な表情。まだまだ余裕があることは一目瞭然だ。


「そらっ!」


 やがて避け続けることにも飽きて、見つけた隙にやおら蹴りを放つ。何とか防ぐことに成功した騎士だったが、衝撃までは消しきれず、宙を舞った。

 距離が空く。コオヤは楽しそうに、そして素早く体勢を立て直し着地した騎士はその双眸をより真剣に、より鋭くして。互いにじっと見つめ合い、火花を散らす。


「全力を出せよ」


 と。コオヤが僅かに真剣な顔になり、騎士へと投げかけた。


「あんた、まだ手を隠してるだろう? 分かるよ、それ位」

「…………」

「そしてあんたも分かってるはずだ。このままじゃあ、俺には手も足も出せず敗北する、って。だから、出せよ。下らん出し惜しみなんて無しで」


 ま、それでも勝つのは俺だがな。そう付け足して、肩を竦める。

 此方の挑発を受け、騎士は無言のまま腰の剣に手を掛けた。


(やっぱり、二刀流か。おかしいと思ったんだ、両腰に同じ長さの長剣をぶら下げてるからよ)


 鞘から新たに剣を解き放ち、手に持つ騎士を見て、自身の予想が当たっていたことを確信する。だがそんなコオヤの目の前で騎士は、


「は?」


 手に持つ二つの剣。その柄を、勢い良く打ち合わせた。

 意味が分からず首を傾げるその間に、騎士は更に両の剣を捻る。すると、柄の底が互いに組み合わさって、一つとなった。二本の剣が繋がり、一本となったその姿。それは、まさに――


「へぇ……! ダブル、いやツインブレードってやつか。いいね、ロマンがある。格好良いぜ、あんた!」


 両刃剣、と呼ばれるものであった。

 一つで二つの剣。そんなおよそ実用的とは思えない剣を構え、静かに己を見据える騎士へと、コオヤは実に楽しそうに手招きする。それは前の時のような挑発ではなく、純粋な期待。


「来いよ。やろうぜ!」


 言葉に乗り、騎士は先程までよりも更に早く、コオヤへと踏み込んだ。空気が裂け、二人の距離が一気に詰まる。

 肉薄した騎士が、その手の両刃剣を袈裟懸けに振り下ろす。


「おっと……!」


 軽くかわすコオヤだが、騎士は素早く回転すると、反対側の刃を首目がけて振り回した。再びかわし、反撃。凶悪な拳打が騎士に迫る。だが騎士は今度は受けることなく、刃を使って受け流すと、返す刀で胴へと切りつけた。

 先程までとは違う、一進一退の攻防。幾多の刃が翻り、数多の拳や蹴りが空を穿つ。

 純粋な身体能力であれば、間違いなくコオヤに軍配があがるだろう。しかし騎士は、その卓越した技量で彼の攻撃を見事に捌き続けていた。


(たいしたもんだ)


 内心、感心する。これだけの技、単なる才能だけで身に着けられるものでもあるまい。間違いなく、血の滲むような鍛練を重ねてきたのだ。

 努力というものをほとんどしてこなかったコオヤには、それがとても眩しく映った。


(でも、ま)


 ――それでも、俺には敵わない。

 コオヤの動きが更に速く、強くなる。確かに自分には騎士のような優れた技量はない。しかしそれを補って、あまりある『力』がある。

 強大化していく力を、それでもぎりぎり捌いていた騎士だったが、遂に出来た僅かな隙を見逃すほどコオヤは甘くない。空いた胴に強烈な蹴りを叩き込む。


「――」


 声を上げることもなく吹き飛んだ騎士は、ステージ上を転がり激しい土煙を巻き上げた。


「これで終わり……ってことは流石にねぇ、か?」


 煙に隠れて騎士の姿は見えないが、彼ならばまだやれるだろう。そう判断し呟く。

 そのままじっと動くこともなく、土煙を見ていたコオヤだが、


「ん? 何――っ!」


 突如土煙を破り、飛来する影。咄嗟に身体を逸らし回避する。

 体のほんの数ミリ上を、回転して飛んで行く巨大な影の正体は――


「両刃剣……投げやがったのか、己の得物を」


 晴れた土煙の中から姿を現した騎士は、何も持ってはいなかった。間違いなく手放したのだ、己の唯一の武器を。


「正気かって、普通なら思うんだろうが……こういう場合は戻って来るって相場が決まってんのよな!」


 言葉と共に振り返れば、案の定空を飛ぶ両刃剣が大きく弧を描き戻って来るところであった。


「ちんけな奇襲だ。対処も実に簡単」


 こういう場合、考えられる対処法は大きく分けて三つ。一つ目は、飛来する剣を避けること。二つ目は、剣を弾き飛ばすこと。三つ目は、戻ってきた剣を掴み取ること。

 そしてコオヤが選んだ対処法は、


「戻ってくるよりも速く、手前をぶっ飛ばしゃあ御仕舞いだ!」


 爆発的な踏み込みで、騎士との距離を一瞬で詰める。言葉通り、剣よりも遥か高速で騎士の下へと到達すると、唯一の武器を手放し迎撃の手段を失った丸腰の獲物へと必倒の拳を繰り出して、


「……おいおい、まじか」


 驚愕した。


「二刀、どころか……四刀使いかよ!」


 騎士が、止めていた。必倒の拳を、その両手に持った二本の鞘で。

 交差された鞘を、騎士がなぎ払う。そうして拳を弾かれ、無防備になったコオヤの隙を騎士は見逃さない。

 両の手の鞘が鈍器となって、此方を襲った。その鋭さは、決して両刃剣を使っていた時にも劣らない。

 一刀、両刃剣、そして二刀。その全てを高い次元で使いこなす騎士の技量に、もはやコオヤは関心を通り越して尊敬すら抱いていた。


(血の滲むような努力をしたんだろう、って思ったが……ありゃ訂正だ。そんなもんじゃねぇ、身体の限界まで鍛練し、更にそこから動かない身体を気迫で動かして。そうして、物理的な限界を超えた努力を重ねて、ようやく到達出来るような――そんな領域だ)


 騎士に才能がないわけではない。だがそれでも、己には到底及ばない程度のものでしかないだろう。にもかかわらずこれ程までに戦える武芸者へと、コオヤは純粋な賞賛の籠もった……最高に楽しそうな笑みで、叫ぶ。


「最高だぜ、あんた!」


 背後より迫る両刃剣の脅威を認識し、しかしまだ避けない。ただ前方から来る騎士の連撃を弾き、逸らし、打ち合う。

 そうして遂に両刃剣がその身を切り裂く、まさに直前。コオヤは空高く跳んだ。獲物を捕らえることなく、剣は呆気なく空を切る。そして、それだけでは終わらない。


(このタイミングと体勢じゃ、もう剣を掴めないだろ? さあ、どうする)


 期待と共に、眼下を見やる。そこには当然、未だ地上に居る騎士と、その目前にまで迫った両刃剣の姿。鞘を両手に持った状態では剣を受け止めることは出来ないし、鞘を手放そうにも最早間に合うタイミングではない。

 このまま行けば己が放った刃で自身の身を切り裂かれることになる以上、避けるしかないが、そうなれば最大の武器を失うも同然だ。飛んで行った剣を拾いに行く時間など、流石に与えるつもりは無い。所詮それは騎士自身のミスなのだから。

 無論鞘による打撃も悪くはない。が、決定打としては弱い。一時しのぎだけならばまだしも、此方を打倒しようというのならば間違いなくあの剣は必須である。

 普通ならば詰みの状況で、しかしコオヤは思っていた。あの騎士ならば、俺の予想を覆してくれるのではないか、と。

 そして。その思いを、騎士は裏切らない。


「…………」


 眼前に迫る剣の軌道上に、騎士は己の手に持った鞘を据え置いた。飛来した刃が、鈍い音と共に中へと収まる。猛烈な勢いで飛翔し、回転する刃を鞘に捕らえるという、見事な絶技。


「まじかよ!」


 最早何度目かもわからぬ驚愕に、にやりと笑みを浮かべる。

 その間にも空中に居る標的へと顔を向けた騎士は、手に持った空の鞘を投げつけると、もう一方の鞘に納まった両刃剣を素早く引き抜く。


「おっと」


 拳で鞘を弾き、続けて放たれていた二本目の鞘をも軽く殴り飛ばす。体勢を乱した自身の眼前に、騎士が迫った。振り下ろされる両刃剣。


「はっ。まさか俺が、空中で身動き出来ないとでも思ってんのかよ!」


 それをコオヤは、空を翔けることで避けて見せた。彼にして見れば、空中を走る程度雑作も無い。

 しかしそれは騎士も同じ。宙を翔ける此方を追い、騎士もまた空を走る。そうして二人、再びぶつかりあった。


「ははははははははは!」

「…………」


 何度も何度も、纏う気配こそ正反対ではあったが、彼等は幾度となくぶつかりあう。そこいらの雑兵の入り込む余地など、あるわけがない。

 コオヤの拳が、足が、振るわれる度に騎士の鎧に傷が増える。砕かれてこそいなかったが、鎧を貫通した衝撃が、体にダメージを蓄積させていく。

 対してコオヤには傷一つない。此処にきて未だ、彼は唯一撃もかすらせてすらいないのである。それは、互角に戦っているように見えてその実、二人の間に確かな実力差があることを示していた。


「そこっお!」


 幾度目の激突か、気合と共に放たれた蹴りが、騎士を真芯で捉える。あまりの衝撃に騎士は地上へと一直線に落ちて行くと、ステージへと突き刺さり、再び大きな土煙を上げた。

 今度は、その中から影が飛び出てくることはない。受身を取ることも出来ず、地に叩きつけられた彼に、最早そんな余力など有りはしなかったのだ。


「どうやらもう限界みたい、だな」


 地に降り立ったコオヤが呟く。戦いの終わりを迎えたくないのか、その声には惜しむような響きが感じられた。だが同時に、決着をつけてこそ、という思いもまた彼の中には存在していて。だからこそ、確実に止めを刺す為足を進める。

 歩く彼の頬を、そっと風が撫でた。風は競売場の中を駆け抜けると、土煙を吹き飛ばす。顕になる、膝を突く騎士の姿。


「楽しかったよ。けど……もう、終わりだ」


 騎士の眼前に立ち、拳を握り締める。動けない彼へと、決着を告げる一撃を穿とうと腕を振りかぶり――


「これで……「やれ! ネオルギス!」あ?」


 突然客席から響いた声に、動きを止めた。何かと思い顔を動かせば、トランドがやけに面白そうにむかつく笑みを浮かべているではないか。

 神経を逆なでする為にあるような顔に不快感を感じ、唇を歪めた瞬間。突如巨大な影が、競売場の壁を飛び越えステージに飛び込んで来ていた。


「何だ? ありゃ」


 一転、疑問顔になったコオヤの視線の先には、体長十五メートルは超えようかという巨体を持つ獣の姿があった。

 二足歩行するその獣は、長大な手足を持ち、多少は歪な人型にも見える。だが、闇夜に僅かに光る鉱石のような鈍い灰色の体表と、異常に肥大化した筋肉だらけの上半身。そして、百獣の王ですら叶わないほどに獰猛なその顔は、人類のわけもなく。

 まさに猛獣……いや、そんな表現ですら生ぬるい程に恐ろしい、一匹の凶獣がそこには存在していた。

 凶獣――ネオルギスは、低い唸り声と共に興奮した様子で目を血走らせている。狂気すら宿した双眸をコオヤ達へと向けると、勢い良く大木にも匹敵する大腕を振りかぶる。


「やる気か……っ!?」


 身構えるコオヤ。だが、振るわれたネオルギスの腕は彼ではなく――


「グラウウウウアアアアアア!」

「――!」


 その前に居た、白い騎士へと直撃した。あまりに予想外の不意打ちに、元よりまともに動くことも出来ない騎士は、何の抵抗も出来ずなぎ払いを受けてしまう。

 地を転がり、ステージの床を削り。壁に打ちつけられた騎士は、そのまま動かなくなってしまった。

 ――その一連の様子を、コオヤはただ呆然と見ていることしか出来なかった。


「ははははははははははは! 見たか、これぞ魔獣ネオルギスの力だ! これだけ強力な魔獣とあって、購入には随分と金が掛かったが……それも、こいつの力の前にははした金よ!」


 自慢げに語るトランド。だがその間にも、魔獣はコオヤのことなど無視し、好き勝手に暴れまわっている。駆けつけていた周囲の兵士達をなぎ倒す姿は、どう見てもまともではない。

 此処に来て、ようやく観客達もその脅威を認識した。悲鳴を上げ、我先にと競売上から逃げ出していく。

 だが。逃げる観客も、笑い声を上げ続けるトランドも無視して。コオヤはただ固まり、目を見開いて、動かない騎士を見続けていた。


「まともな知能もないせいで細かい指示が出せないのが難点だが……まあその程度、たいしたことでもない。『ステージ上の人間を全て殺せ』、程度の命令ならば問題なくこなせる。一撃で家屋をも粉砕するその巨腕と剛力に掛かれば、貴様とていちころよ!」

「しかしトランド様。兵士達まで巻き込まれて……」

「ふん、その程度が何だと言うのだ。不審者一人排除出来ぬ使えない兵隊など、必要あるまい。魔獣の餌にでもなるのがお似合いだ」


 響く高笑い。彼の余裕の原因は、この魔獣だったのだ。人知を超えたその力を前にしては、確かにいかなる者でも絶望するしかないだろう。


「やれ! 奴を殺せ、ネオルギス!」


 トランドの叫びに従うように、ネオルギスが一際大きな咆哮を上げる。そうして目の前の獲物――コオヤへと、目を向けた。

 しかしそれでも尚、コオヤはただ呆然と魔獣とは明後日の方向を見詰めるのみで、動こうとはしなかった。無防備な彼へと、ネオルギスがその拳を振り下ろし。

 衝撃が、競売場中に響き渡った――。

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