第一章 ~貧乏姫の戦争~(12)
17
私は地面に横になった状態で、帝国の『炎将』とまで呼ばれた男の切り札と思われる、狂ったように燃え盛る魔法を単身で抑え込んだミナトを見ていた。
カミラの放った『業火』は、六ツ星の魔石と四ツ星の魔法カードを使い捨てにする事で、威力を飛躍的に跳ね上げ、その効果は間違いなく戦略級の魔法だったはずだ。
だが、それをほんの一ヵ月前まで、魔法カードの存在も知らなかった。それどころか、スライム一匹倒すのにも苦労していた少年が、無詠唱魔法を使い、かつ七重複合魔法何てものを即席で作って、しかも伝説の魔剣『火燕剣』を持った職業軍人を圧倒する?
こうして現実で見ていなければ、私でさえ何の冗談かと信じなかっただろう。
そもそも、無詠唱魔法は、魔法戦闘の奥義だ。
使い慣れたカードであれば、誰でもいちいちカード名を声に出さなくても発動できるようになるだろう。
しかし、そのためには最低でも一年は毎日そのカードを使うぐらいの習熟が必要だ。
もっとも、カード裏面に書かれている(らしい)、真言を全て理解できれば、全てのカードを無詠唱で使えるのだろうが。
しかも、あの複合魔法は、爺の奥義『神鎧』に酷似している。
爺は、あの魔法をもって単独での竜退治を成し遂げ、『神武』の二つ名を得たと聞いている。
七種の魔法を同日に発動すると、言葉で言えば簡単だが、それを現実にするためには気の遠くなるような努力と、飛びぬけた魔力操作の才能、そして膨大な魔力を要するはずだ。
現に、私が使った三重複合魔法でさえ、発動できる人間はほとんどいないだろう。
なにせ、三種類のカード全てに同量の魔力を流しながら、同じタイミングで発動させなければ失敗するのだ。
もしも、複合魔法を失敗しても、個別の魔法はそれぞれ機能するので全くの無駄にはならないが、複合魔法を使用するには、通常の二倍以上の魔力を消費するというデメリットがあるので、普通は失敗を恐れてあまり多様しない。
それを七枚同時に行おうとするのだ。
常人なら、もっと星数の高いカードを探すだろうし、それが常識だ。
だが、そんな事よりも、もっと理解し難い事象がある。
何故、彼の--ミナトの魔力は赤いのだ?
普通、魔力はみな輝くような黄金色をしている。
邪悪の化身と呼ばれ、忌み嫌われている魔族でさえ、金色の魔力を使う。
もちろん、私の魔法も黄金色だし、国中の誰の魔法を見ても黄金色に輝いている。
最近は、普段の訓練中に魔法を使わせる事もあったが、その時は黄金色の魔力を使っていたはずだ。
蜘蛛騒動の際も、黄金色だったはず……
いや、そう言えば、最後の女王巨人蜘蛛を捕まえる時は……
「ミナト様……っ!?」
声をかけようとした所で、思わず息を呑んだ。
気のせいだろうか。
私の声に気付き、顔を上げたミナトの両眼が、血に濡れたように赤く見えたからだ。
18
「うわあああ!?」
俺は、思わず絶叫してしまった。
だって……だって、目の前に全裸のキリアが立っていたのだ。
いや、正確に言えば俺の貸した丈の長い上着を着ていたので、全裸ではないのだが……
いろいろな白いものが見えている……!!!!
キリアって全体的には北欧系の顔立ちだなって思ってたけど、やっぱり白色人種なんだね!
絶世の美少女と書いて、キリアとルビを振っても、どこからも文句が出ないような美少女が半裸で立っている。
これで冷静になれる奴は、悟りを開いたブッダか仙人ぐらいだろう。
「前!前をちゃんと閉じろ!」
俺は必死に目線を逸らし、キリアにガードを固めるよう指示をだす。
さっきの激闘よりも必死に、全力で、全ての力をもって眼を逸らす。
「っ!?み、見ましたね!?」
「わざとじゃない!って言うか、キリアが気を付けろよ!」
「仕方がないじゃないですか!だって、ミナト様が……!」
「え?」
キリアが涙目で、俺を責めるような視線で見つめている。
ん?
改めて周囲を見回せば……なんだこれ、どうなってるんだ?
俺の足元には、竜巻に呑まれた後に、牛の大群に踏まれればこうなるかなと思うぐらい、ぼろぼろにされた黒髪黒鎧の騎士。
畑や家に飛び火したのか、周辺が燃え続け、近辺の森の樹も何本も倒れている。
地面には大小いくつかのクレーターもあり、昔テレビで見た月の映像を思い出してしまった。
「ミナト!よくやった!さあ、今のうちにそいつから『火燕剣』を取り戻すのじゃ!」
あわあわと手を振る俺と、半裸で涙を浮かべている少女。
うん。事件の匂いしかしないな。
俺は余りにも慌てていたので、アヴェルの言葉に少し違和感を感じたが、碌に追及もせず聞き流した。
「悠長にそんな事してる場合か!」
「そんな事とはなんじゃ。魔剣じゃぞ!?」
「俺は、剣なんて使えないからいらないよ」
「いえ、それでも帝国側に持たせておいて碌な事になりません。回収しましょう」
アヴェルが、カミラの武器に異常に興奮している。
お子様だから「魔剣」と言う響きに憧れているのだろうか。
……ちょっと気持ちがわかるけど。
キリアも推奨しているし、もらっていくか。
『火燕剣』火属性 ★★★★★★
【神獣『火燕』の力を宿した剣。通常の数十倍、数百倍の魔力を消費する代わりに、ありとあらゆる火属性魔法の効果を消費した魔力以上に発揮する】
『火の壁』火属性 ★★
【可燃性の魔力を燃焼させ壁とする事ができる。ただし、生み出した火に、魔力は余り付与されていない】
……不謹慎かもしれないが、正直、この新しいカードを手に入れる瞬間がわくわくする。
やっていることは、半分追剥っぽいので、少し自己嫌悪に陥りそうになるが。
まあ、元々は向こうから大群を率いて攻めてきたのだ。 これぐらい盗っても罰は当たるまい。
ってか、『火燕剣』マジですごいな。
これほとんど反則だろ……。
「これ、どうやって使ってたんだ?」
女王巨人蜘蛛であるマリアと同じ六ツ星のカードで、かつ効果の副作用として数十倍から数百倍の魔力を消費すると書いてある。
ゲームか何かでこんなアイテムが出てきたら、開発元に苦情必須だ。
いくら弱い魔法でも、数十枚、数百枚同時に使うのは、さすがに……まあ、だからこそ、ほとんど使えなかったのだろうが。
実際、カミラが今回の戦争でこの効果を利用したのは、森を拓くのに一回、マリアを倒すために一回、俺とキリアそしてアヴェルを三人諸共倒そうとした時が一回の計三回だけだった。
そうやって考えれば、マリアは一体で、俺とキリアを守りながら魔法を耐えきったのだ。
やはり六ツ星級の魔物であると、再確認させられる。
「あ、後あいつもいたな」
さっき勝手に突っ込んで、あっさりとやられていった、銀髪の男の軽鎧も忘れずに剥いていく。
「これだけ見られれば、変態に見えるかもしれないな……」
『水』水属性 ★
【大気中の水分を集める】
『水の槍』水属性 ★★
【大気中の水分を集め槍とする。ただし、集めた水分にあまり魔力は付与されていない】
『水源感知』水属性 ★★★
【使用者に対し、周辺にある水分の場所を伝える】
おお、見事に水属性に集中している。
この『水』があれば、それだけでもう水に困ることは無くなると期待できる。
「これで、逐一トイレの水を汲みに行かなくて済むかもしれない……!」
いや、地味な話だが、色々と切実な問題があるのである。
体験したい方は、まだ日本の田舎には桶の水で流すタイプの雪隠があるので試して欲しい。
「『水』で水が出せるなら、『水源感知』っていらなくないか?」
「場所によっては、大気中にほとんど水分が無いこともありますから。水属性を得意とする者にとって、周辺に水が無い状態と言うのはそれだけで不利なものです」
「ふうん?」
「あの……それよりも、私、そろそろこの格好でいるのが、恥ずかしいのですが」
「あ、ああ!ごめ、ごめん!すぐに城に戻ろう!」
俺がのんびりと、カミラとハインツから奪ったカードを眺めていると、キリアが顔を真っ赤にして俺に申告してきた。
やっばい。
横に半裸の女の子を侍らせたまま、俺は何をやってるんだ。
俺たちは、森の中で様子を伺っていた狩人達を呼び戻し、この場を任せると、一目散に城を目指した。
18
「ミナトよ、今回は本当に助かった。礼を言わせてくれ」
キリアの父である国王陛下から頭を下げられてしまった。
「いえ!いえいえいえ!俺は本当に大した事をしていませんから!」
四十近い大人に本気で感謝されると、逆に慌ててしまうのは何故だろう。
俺が小心者だからだろうか。
俺達は、珍しく王座の間に居た。
王様は、相変わらずほぼ平民と変わらない服装だが、立派な玉座に座っていれば少しは……いや、やっぱり王様っぽくないな。
顔立ちのレベルだけは、ハリウッド俳優も裸足で逃げ出すナイスミドルだが、顔と反比例で発せられる威圧感が怖すぎる。
まさしく、キリアと親子であると感じさせられる。
あれからカミラとハインツ、そして百名弱の捕虜を得た事で、帝国軍は本格的に兵を引いたらしく、偵察に行った狩人の報告では、森よりも更に数日分も後退した場所に陣を敷き直したようだ。
よっぽど、聖樹の森がトラウマになったのだろう。
それとも、大将、副将の両方が捉えられた事で、指揮系統が混乱しそのまま引き返すかもしれない。
「だが、問題は全く解決していない」
「はい。今回は敵が降伏勧告をしてくれたおかげで、女王巨人蜘蛛で強襲し、個人戦闘に持ち込むことができましたが、軍隊として消耗戦に持ち込まれれば、我が国はまず勝てないでしょう」
実際問題として、聖祷の国は今までであれば、森に囲まれていても、自慢の麦、野菜は勿論、ブメの乳、肉、そして海も隣接しているので塩や魚も採れる自給率百パーセントの国なので籠城戦なんて余裕だったのだ。
だが、今その森にはカミラの魔法のせいで大きな穴が開いている。
魔物がいなくなったわけではないので、多少の損害は被るだろうが、カミラの部隊同様にどんどんと兵力を送り込む事ができるだろう。
「やはり、帝国軍が何故我が国を攻めてきたのか、その原因をはっきりさせなければ……この千年以上もの間、聖樹の国は他国との交戦記録がないのですぞ」
この国では珍しい、少し太めの大臣さんが、顔を青ざめさせたまま書類に目を落とし、声を震わせた。
カミラの軍勢は、この城の上からでもはっきりと見えただろう。
戦争経験の無いこの国の人たちからすれば、いくら普段魔物と戦い慣れていても、やはり異質で恐ろしいものがあっただろう。
彼の気持ちは、国民全体を代弁しているようなものだった。
「私が、原因を探りに帝国に忍び込みましょう」
だからだろう。
キリアは、屹然とした表情でそう宣言した。
「姫様が!?いけません!」
昨日、ようやっとベッドから起き上がられるようになった、テッサさんが口泡を飛ばしてキリアを止めようとする。
「爺。しかし、他に誰が行けると言うのです」
「姫様が行くぐらいなら、私が行きます!」
「爺がいなくなったら、誰が聖樹の国を守るのですか」
「で、では狩人達に……」
「彼らは森の魔物の間引きと言う任務があるではないですか。それに、言えば失礼ですが帝国に忍び込んで情報収集を行えるような技量がある者が思いつきません。みんな私よりも、数段腕が落ちるものばかりです」
「陛下!陛下からも何か言って下され!」
必死な様子で、テッサさんが王様に縋りついている。
こんなキャラではなく、もっと落ち着いた雰囲気の紳士だと思っていたが、キリアの事が可愛いのだろうか。
なりふり構わずキリアを引き留めようとする様子が、ちょっと面白かった。
「……いや、いいアイディアかもしれんな」
「陛下!?」
しかし、そんなテッサさんの願いはあっさりと砕かれた。
「帝国からの情報収集は必須だ。これは絶対条件だ。だが正直、うちの国の連中は、そういった事ができる奴がいない。もちろん、キリアだってそんな訓練はしたことはないが」
「ならば!」
「いいから聞け。だからこそ、いっそ確実に情報を拾って来れそうな基準を考えれば、純粋な腕っぷしぐらいだろう?それなら俺の娘が一番だし、何よりもキリアは暇だ」
「暇って……酷いですわ、お父様」
キリアがじと眼で父親を睨み付けた。
「事実だろうが。他の奴は、みんなそれぞれの仕事があるが、キリアには特段定まった仕事は与えていなかった。なら、ちょうどいいじゃないか」
「で、では誰か護衛の者を!」
「だーかーらー。それで人出を増やせば意味ないだろ?だから、ここは一つ、ミナトよ、頼まれちゃくれねえかな」
王様がにやりと笑って俺に目を向けてきた。
頼みって……この流れは勿論、キリアの護衛ということか?
「いや、俺よりもキリアの方が遥かに強いですけど」
そうなのだ。護衛と言うよりも、このままならむしろ俺が守られる立場になってしまう。
「いやいや、そう謙遜するなよ。ミナトは、女王巨人蜘蛛を単独召喚できるんだろ?なら十分さ、帝国軍に追われた時、ぽいっと蜘蛛を放ってくれればそれだけで奴ら大慌てよ。逃げる時間ぐらい十二分に稼げるだろうさ」
「あー……なるほど。それぐらいなら」
距離がある程度あけば、勝手に召喚が解除され俺の手元にマリアは戻ってくる仕組みらしい。
マリアなら帝国軍が相手でも、仔蜘蛛大量召喚作戦で、時間稼ぎができるだろう。
「勿論、護衛役はミナト様だけではありません。東部の、獣人達の集落に助けを求めたいと思います」
「ああ、狼人族の勇者ガロか。そうだな、帝国の話となれば彼らも無関心ではいられまい。きっと助けになってくれるはずだ」
獣人!?
アレか!?頭部が狼だったり、尻尾が生えてたりするのアレかな!?
すごい……正直魔法よりもわくわくする。
もしかして、この世界なら、妖精とかドワーフとかエルフもいるのだろうか。
「それに、帝国の中心にある帝都は人も物も情報も集まる量がハンパじゃない。きっとミナトが帰るための手掛かりも掴めるだろう……。悪いな。本当なら、巻き込んだ俺達が見つけなきゃいけないことなのに」
「いえ……わざとではないと理解していますから」
あっさりと頭を下げる王様に驚いた。
つくづく王様のイメージにそぐわない人だ。
「すまん。恩に着る。礼と言っちゃなんだが、当然軍事物資の一部を解放する。秘蔵の魔法カードも何枚かなら持って行っても構わない」
「本当ですか!?」
あー、正直それが一番嬉しい。
すっかりコレクター気質が身に着いたのか、他にどんなカードがあるか、実は楽しみにしていたのだ。
帝都にもきっと色々なカードがあるだろう。
すっかり慣れた聖樹の国を離れるのは、少し寂しい気がするが、帰る手段を見つけるためにはそろそろ腰を上げる時期だろう。
俺は期待に胸を膨らませ、会議が終わるのを待っていた。




