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せっぺいさん  作者: こころ
第一章 ~想い人~
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想い人

(おっ、あそこにいるのはお福やの手伝いの娘じゃねぇか。

 そう言えば、歳がおハルと近ぇように見えてたが...)


(こう)やを飛び出し、干物くじら屋が視界に入ってきた頃、

京之介はくじら屋の隣に咲く桜の木の下で佇む一人の娘に気付いた。


(あの娘はなんて名だったか...

 ...俺には聞き覚えがねぇなぁ。

 むむむ...気になる...。

 っと、すぐそこだからちょっくら戻って、おサチに聞いてみるかっ)


くじら屋に到着する直前にお幸やへ急に戻ることにした京之介。

相変わらずの軽い身のこなしでまたあっという間に見えなくなってしまった。



その頃、お幸やのおサチは

鉄三郎とおハルが店に来たことを、京之介に言うか言うまいか思考を巡らせていた。


「だけど、鉄さんとおハル、二人で葛もちを食べに来てたことは

 京さんに言うのは止めとくかねぇ。

 いや、きちっと言ってあげた方がいいよねぇ...

 それにしてもあの二人...

 鉄さん、口のまわりをきな粉まみれにしてるもんだから、

 おハルがぬぐってあげてたし...

 二人共、顔を真っ赤にしてさ。

 まぁ、京さんのあの惚れようじゃ、

 言ったところでなぁんにも変わらないだろうけどねぇ。

 京さんのことだから、あの孫太郎のような見境無さにはならないのも救いだよ」


孫太郎とは、ここ江戸城下町の町人で、

一目惚れしたとかで江戸城内のお侍さんの娘を必要以上に付け回し、

先日危うく打ち首になりかけたが、町人に親しまれている岡っ引きの雅五郎が

話をつけてくれたらしく、今回の騒動は政五郎の顔に免じて許して貰った、

気性は激しいが、愛嬌のあるガタイの良い(やさ)男である。


これらは全て、おサチが思案している間、誰もいないと思って

つい口をついて出た言葉であったが、驚いたことに店の外では

くじら屋へ向かったはずの京之介が聞き耳を立てていた。


「鉄さんたぁ、どこの馬の骨だぁ!! 

 おハルと葛もちを食いに来たとは聞き捨てならねえ・・・

 おいっ、雅五郎はどこにいるっ!

 そのふてぇ野郎をふん縛って、俺の前につれて来いっ!! 

 市中引き回しの上、島流しにしてやらぁ!!」


「びっくりするじゃないかっ! まだいたのかい、京さん。

 岡っ引きの雅五郎さんまで巻き込んで騒ぐこたぁないじゃないか。

 まぁまぁ落ち着きなよ。聞き耳立てるんなら、最後まで聞くもんだよ。」


「す、すまねえ。あまりに突拍子もねえ話なもんだから、取り乱しちまったよ・・・

 で、その鉄ってぇ野郎は、どんな野郎なんだ?」


おサチの言葉に冷静さを取り戻した素直な京之介は聞いた。


「鉄さんってのは、気立ての良い、そこにきて十手術も使えるいい男だよ。

 鉄さん、一生懸命お店を手伝うおハルの姿に惚れこんでね、

 毎日のように通って、やっとこのお幸やの葛もちに誘ってきた。

 誰が見ても、ありゃぁ恋仲に見える。それがね・・・

 二人で向き合って赤い顔してたと思ったら、

 今度は、鉄さんが青い顔になってきてね。

 葛もちに何か悪いもんでも入れちまったのかって

 つい二人の間に割って入ったんだよ。

 そしたら、おハルは泣いて店から出て行っちまうし、

 残された鉄さんは相変わらず真っ青だし。」

 これじゃ、なぁんにも話なんて聞けないから、しばらく放っておいたよ。

 そしたら、鉄さん、ぼぞぼぞと話始めてね。

 蚊の鳴くような声だったから、全部は聞き取れなかったが、

 「心に留めたお方がいる」とおハルがはっきり鉄さんに言ったんだとさ。

 まったく、、、京さんも鉄さんもおハルも、忙しいったらありゃしない。

 しかし、こうなると、気になるねぇ・・・

 その、おハルの心に留めたお方ってのが」


「なるほど、そういう了見かい。

 落ち着いて考えてみりゃあ、

 何しろおハルは百人が百人振り返るほどの器量良しだから、

 そいつがおハルに惚れちまうのは仕方がねぇな。

 しかし、葛もち食べに行ったぁ、話は別だ。

 島流しは勘弁してやるが、しばらく牢屋敷で頭冷やしてもおうか」


「いやだよぉ、京さん。まだそんなこと言ってるんかい。

 葛もち、食べていきなよ。

 うちの葛もちを食べさえするば、あの二人に限らず誰でもほっこり笑顔になるよぉ。

 鉄さんは牢屋敷に入らなくても、もう充分だろ。

 京さんだって、あの鉄さん顔色見てたら

 どんなに気の毒だってことがわかっただろうに」


「けっ、鉄の野郎…。

それにしても、おハルの心に留めたお方、ってのが気になるなぁ。」


腕を組んだ京之介は首をかしげたまま、眉間にしわを寄せて、

町中の野郎たちの顔を次々思い浮かべた。


「そうだねぇ、おハルの心に留めた方ってのは、あたしにも全く察しがつかないよ。」


「おサチ、そいつが何者か、探りを入れちゃあ、くんねえかい? 

 安心しな。悪いようにはしねえからよ。

 おハルが惚れた果報者が、どんな男か興味あってな。

 俺に取っちゃ恋敵だが、敵を知らにゃあ、戦もできめぇ。

 なーに、どんなにおハルがそいつに想いを寄せていても、俺ぁ負けやしねえよ。

 おハルも俺の諦めの悪さには気付いてるだろ?

  いつかおハルを振り向かせてみせるさ。」


「京さん、またそんなこと言って。その台詞、そのままお返しするよ。

 さっきも言ったけど、わたしゃ余計なお節介はごめんさ。

 男なら、男らしく自分で落とし前つけてきなっ。

 そうだ、鉄さんに聞けばわかるんじゃないかい? 

 ただねぇ、、、

 あの様子じゃ、なぁんにも聞けないかもしれないけどね。」


「なるほど・・・俺は心の狭ぇ男だなぁ。

 おサチの言うとおり、鉄には何の罪もねぇ。ふん縛るのはお預けにするか。

 どうもおハルが絡むと頭に血が上っちまう。

 こんなんじゃあ、おハルにも飽きられちまうわな。

 おハルの想い人が誰でもかまわねぇ。

 俺の気持ちがどこに向いているか、が大切だもんな。

 おサチのおかげで目が覚めたぜ。早速、おハルに想いをぶつけてくらぁ!

  玉砕したって構わねえ。何度でもぶつかってやるさ!

 俺の晴れ舞台、しかと見届けておくんなせぇ!」


京之介はそう言い終わるや否や、

またまたお幸やを飛び出し、おハルの元へ向かった。

桜の木の下で佇んでいた娘の名のことなど、とうに忘れていたのだった。

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