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せっぺいさん  作者: こころ
第四章 ~希望~
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「ここだぜっ、おハル」


おハルは、草むらの合間から目を見張った。

言葉にならない感情が胸を満たす。


(京さんが言ってた通り・・・)


今、おハルの目の前には川が流れている。

那珂ノ川だ。


(なんて綺麗な色なのだろう。

 なんて穏やかに流れているのだろう。

 なんて静かなのだろう。


 こんな場所を見つけた京さんって・・・)


おハルは目前の川と京之介の横顔を交互に見比べた。

そんな彼の表情には、照れるような自慢するような穏やかな笑みが漏れている。


その川は水面をキラキラと反射させ、

見るからに深さが増した深緑色の箇所も川底の石まで鮮明に見えるのだ。

穏やかな流れの長さは28間(約50m)くらいだろう。

そこの前後は白い水しぶきを上げた急な流れになっていた。

流れが速い箇所の岩場は小ぶりな石が狭い間隔で転がっている。

小ぶりと言っても、川面からしっかりと頭を出す大きさだ。

丁度おハルたちが立ち止まった目前は、

さすがの京之介でも動かすことの出来ぬ程の巨大な石がぽつりぽつりと転がっていた。

穏やかな流れがその巨石たちを這うように

次から次へとゆっくり消えていく。


「京さんと見れて良かった」


夢だった那珂ノ川に時間を忘れて見惚れていたおハルがやっと声を発す。


「本当に良かった・・・」


京之介はこのおハルの第二声を聞き取れただろうか。

それは川の流れ音に掻き消されてもおかしくない程の声音こえねだった。



三人の子供たちがふんどし姿で順番に深緑色の箇所に飛び込んでいる。

しばらく眺めていると、

一通り順番に飛び込み終えた子たちは、一際大きな石の上で相談を始めているようだった。

今度はどこに飛び込むか…というところだろう。

皆であちらこちらを指差し、首を振り、頷くを繰り返している。

一番先に飛び込むことになった子が大石の端でもじもじしていると

順番を待つふたりが後ろからどやどやけしかけていた。

そんな微笑ましい光景にもおハルの表情が緩む。

隣の京之介の穏やかな横顔に視線を移し、おハルは優しく微笑んだ。



「あっ、あの野郎っ!」


と、刹那、京之介が吠えた。


(えっ?)


京之介の大声に、おハルはハッと現実に戻った。

そして、その「あの野郎」とやらをきょろきょろと慌てて探す。

改めて那珂ノ川全体を見渡してみると、そこには川面に顔を近づけ、モリを衝く輩がふたりいるだけだ。

彼らの衝く場所は散り散りだから、連れ同士ではないのだろう。

そんな光景しか見えないおハルは眉をひそめ小首を傾げた。


「あの野郎め・・・

 うっ、うだよっ」


「ウ?」


おハルは口をタコのように尖らせ、更に眉間のシワを深くする。

京之介もタコのような口をして言うものだから、なんともピンとこなかったのだ。


「そぅ。鵜っ」


頭の中でウと鵜がやっと結びついたおハルは、今度は慌てて水面から視界を上げた。

那珂ノ川の美しいうねりにばかり目を取られていたおかげで、鵜がいたことなど気付きもしなかったのだ。

確かに鵜が水面からさほど離れぬ高さで飛んでいる。

もうその姿は小さくなっている。後ろ姿だ。

鵜と聞くと、鵜飼といるあの鵜しかおハルには思い浮かばない。


「あの野郎どもがここらの魚を全部食っちまうんだ」


京之介は本気で怒っている。


「鵜って、、、野生でもいるのですか?」


何も知らないおハルは京之介に聞いた。


「あぁ、たくさんいるよ。

 しかもあいつらの巣ときたら、人間様が見付けられないような所に造るんでよぉ。

 取っ捕まえることも追っ払うことも難しい」


京之介はまるでこの川の持ち主のようなことを言い出し、

さも憎らし目に鵜の消えて行った方角を鬼の形相で睨んでいるではないか。


「ぷっ」


おハルは思わず吹き出す。

そして隣の京之介を見た。彼のその目には彼の驚きが丸映りだ。


「な、なんでぃ?なんか言ったか、俺?」


何度も首を振るおハル。

笑いが止まらない。


京之介の目は驚きから摩訶まか不思議なものを見るような目になり、そのうち笑い出した。


「なんかおかしなこと、言ったかな。

 まぁいいか。おハルが笑ったからなっ。あははっ」


そんな京之介の優しさに触れ、

おハルは鼻の奥の方がツンとするのがわかった。

隣の京之介をちらりと見たまま、川面に視線をすぐ戻す。

今の川面は目に滲むものでぼやけて全く見えない。

それでもおハルはくすくすと笑い続けた。

この景色をこうして京之介と見れたことに、一緒に笑え合えたことに、

感謝の気持ちが止めどなく溢れていた。




この日、初めてふたり一緒に見た那珂ノ川は、雨の振る日だった。

振りも強さを増していた。

初夏と言っても、ふたりの息は白い。

一晩、旅籠屋はたごやに泊まり、丸二日かけてやって来た場所なのだ。

疲れもあり、すっと眠りについたおハルだったが、隣の京之介は一睡も出来なかった。

おとこには、いろいろあるのだ。

ふたりの足元は膝の辺りまで泥で汚れている。

歩き疲れもある。

でも今、笑い合っているふたりにはそんなことはどうでも良かった。

涙で見えなくなった視界で川面に笑みを向け続けるおハルは思い出す。



「綺麗な川があるんだよ!俺が見付けた秘境だぜ。


 でもよ・・・

 この前、久々に行ったらよ、結構人がいてよ・・・

 子供らも、男っ子だけどよ、泳ぎに来てるんだわ。

 けっ、俺しか知らない場所かと思ったら案外知られてたんだなっ」



京之介が得意げに話していたことを。



「はぃ、今日もこんな雨の日でも人、いましたね。

 でも、とっても綺麗なふたりだけの秘境です。

 京さんが見て話してくれた光景そのまま。

 雨は降っているけど、京さんが見たとても晴れた日の那珂ノ川の姿が私には見えました。

 今日はこんな天候なのに、私を連れてきてくれて、ありがとう・・・京さん」


おハルは心の中でそう言うと、隣にいる京之介にそっと近付き、

川面を見つめたままその左手をそっと握った。

ふいに手を繋がれた京之介は、照れ隠しのように慌てて言う。


「こんな感じだな、俺の川は。

 じゃけぇるかっ。くじや屋にな」


そんな京之介の態度と言葉におハルは嬉しそうにこくりと頷いた。

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