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せっぺいさん  作者: こころ
第四章 ~希望~
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天地神明

「旦那ぁ!くじら屋の旦那よぉ!」


くじら屋の裏戸へ勢い良く飛び込んだ京之介は、辺りを良く見ないまま大声をあげた。

開け放たれた裏戸はガクッと情けなく外れている。


「うっせぇなぁ、そんなデッカい声出さなくたって聞こえてるよっ」


奥の座敷の上がりかまちにドカリと腰を下ろしたくじら屋の旦那は

いつものするめイカを七輪で炙っている。

おハルの言う通り、すっかり客も引き、まだ旦那も一服出来る頃合いなのだ。


「おっと、こんなすぐにいるなんて思わなんだっ」


京之介は声のする方から一歩飛び退いた。


「で、なんでぇ。そんな慌ててよぉ」


旦那は落ち着き払い、京之介には目もくれず、目の前のするめイカを丁寧に炙りながら言った。


はっと我に返った京之介は、だらしなくはだけた胸元を慌てて正し起立する。

そして、大層かしこまった声で話し始めた。


「くじら屋の旦那様、どうか俺とおハルに暇をくれてやってくれ・・・?ん?

 暇をください、か・・・?」


日々の暮らしの中で、かしこまって話すことなどまぁ無いに等しい京之介には

この場に相応しい言葉がぱっと出てこない。


「何をごちゃごちゃ言ってんでぇっ。

 おとこならはっきり言えっ、はっきり」


なんだか楽しそうだ。

と言うか、くじら屋の旦那はこの場の空気を完全に楽しんでいる。

するめイカに落とし続ける視線がなんとも和かなのだ。

そんな旦那の様子などに気が回るはずも無い京之介は、気を引き締め直し、胸に抱く想いをはっきり言い放った。


「おハルには三つの願いがあります。

 それを叶えるために、どうか俺たちに暇をください。

 よろしくお願いします!」


サッと頭を下げた京之介はそのままくじら屋の旦那の応えを待った。


しかし、なかなか応えがない。


(遅い・・・遅すぎる)


気の短い生粋の江戸っ子京之介はたまらず頭を上げた。


するとそこには

するめイカの脚を口の端から数本出し、くちゃくちゃと口を動かす旦那と、

その傍ににこにこ微笑むお内儀かみのお徳が正座していた。

ふたりの騒ぎを耳にし様子を見に奥から出て来たのだろう。

彼女も楽しそうだ。旦那も相変わらずニヤついている。


「まぁ、こっち来てこれ食いな、京。

 うちのするめイカは日本国一だからよ」


そう言うと、旦那は口の端からはみ出していたイカの立派な脚をぶちりと食い千切り京之介に差し出す。


(な、、、うゔぇっ)


ひるむ京之介をまた楽しそうに優しげな眼差しで見るくじら屋の旦那。

今度は口をつけていない炙りたてのするめイカ一杯を京之介に差し出した。


「冗談でぃ。こっちを食いな」


ちょうど小腹が空いていた京之介は、鼻で笑うくじら屋の旦那が差す出す炙りイカに

がぶりと喰いつくと、口一杯のところで食い千切りむしゃむしゃやり始める。

冗談抜きで旨いの一言。

この旦那の言う「日本国一」というのは、いやはや本当なのだろう。

それ程のするめイカなのだ。

そんなこんな、すっかりするめイカに夢中になっていた刹那言われたもんだから、

京之介はゴクリと音をたてて咀嚼中のイカを丸呑みしてしまった。



「大切にしておくんなまし」



するめイカ片手に仁王立ちの京之介の目前。

そこにはくじら屋の旦那とその妻、お徳が膝の前で手をハの字に置き深いお辞儀をする姿があった。

それを見た京之介の胸は途端に熱くなる。

彼らの気持ちが京之介に分からないはずがない。


「だ、旦那ぁ・・・

 お内儀かみさんまで・・・」


同時に熱くなった目頭から流れ出すものを急いで隠すように京之介はぴょこりと飛び退き

その場に手の平全体と額を擦り付けた。

深々とお辞儀をする京之介は柔らかな土の匂いを深く吸い込む。


大河原おおかわはら京之介、

 天地神明に誓って、おハルを大切にすると約束いたします」


暖かい静寂ので、七輪の上で跳ねたするめイカがぱちりと音を発てた。

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