湿布
「・・・おはようございます!」
「あっ、剣さん。
おはようございます!
・・・どうしたんですか?こんな時間に」
責平も長屋に戻り、
すっかり朝の店開きの準備に戻っていたおユキは珍しい来店者に驚いた。
「お袋に言われたんで。これ持ってけって」
そう言うと、剣心はぎゅっと握りしめたひとつの袋をおユキの顔の前に突き出した。
突き出された袋を目の当たりにしたおユキは首を傾げる。
(・・・豆腐?)
いつもと違う形で届けられた豆腐の姿に、今度は眉間に皺を寄せた。
しかし、中身が豆腐とはわかったおユキはそれをそっと受け取り
いつも通り、多少ぎこちなくだが丁寧にお礼を言う。
「あ、ありがとうございます。
大切に使わせていただきます」
「では俺はこれで」
そう言い残しくるりと来た道へ向きを変えた剣心の動きは俊敏だった。
その後ろ姿を茫然と見送ってしまったおユキはハッとする。
(きっとおフクさんが頼んだ品だ。
変な時間に行ってたし、急ぎのものなんだろう)
今度はおユキがくるりと向きを変えた。
奥のおフクの元へ飛んで行ったのだ。
「おフクさーんっ!
これ、しもつけ屋の剣心さんが今届けてくれましたっ」
おユキが大切そうに両手で支え、差し出した袋を見たおフクは驚いたように声を上げる。
「おやまぁ、こんな早くに・・・
智恵ちゃんはホントせっかちなんだから。まったく」
そう言うおフクであったが、なんだか嬉しそうだ。
小首を傾げたおユキは、とうとう心に湧き出る疑問を抑えきれずに口にした。
「おフクさん、この豆腐、何に使うのですか?
剣心さんには悪いけど、こんな切れ切れな豆腐じゃ
味付けしてるうちに形がなくなってしまうと・・・」
どんな食べ物でも大切にするこの時代。
こんなことを言うのは気が引けたけど、聞かずにはいられない疑問にも
途中から気が引けたおユキの言葉が尻つぼみに消えていく。
「あぁ、その通りだよぉ。
これはお客様に出す為に使うんじゃないんだ。
これはおユキと平吉の為のものさ。ふふふっ」
おフクはなんとも嬉しそうに笑っている。
「私と、へ、平吉さんの為・・・ですか?」
何のことやら見当も付かないおユキは力の抜けた声で問うた。
「そう。
早速始めようか。こっちへおいで」
おユキのそんな様子は気にも留めず、声をかけたおフクはもう奥の台所へ歩を進めている。
おユキも急いでそれを追った。
朝一から変な時間に「しもつけ屋」へ向かったおフクを追うように長屋へ戻った責平。
彼が引きずっていた右足首を思い出しながら。
「さてさて。よっこらしょっと。
そう、これが湿布になるのさ」
おフクはそう言うと、台所の小さな丸椅子に大きなお尻をドカリと置いた。
「湿布?!豆腐でですか?
そんな・・・食べ物使ってまでは・・・」
と言うおユキではあったが、
もしその豆腐の湿布で責平の捻挫が良くなるのなら是非とも欲しいとも願っている。
そんなおユキの心中を知るおフクはさらりと答えた。
「あぁ、いいのいいの。
これは「しもつけ屋」も捨ててしまう部分だからねぇ。
気にするこたぁないよぉ。特別は特別だけどねぇ」
おフクはおユキに向けパチリと片目を瞑ってみせた。
「本当ですか?!
おフクさんっ、ありがとうございます!
私、がんばって作りますからっ!」
とたんにやる気を見せるおユキ。
その様子を微笑みながら見ていたおフクが続けた。
「そんな気張るこたぁないよぉ。
その豆腐とそこの粉を混ぜるだけさぁ」
「へぇ?」
何としてでも早く責平の右足首を良くしてあげたいおユキは
腕まくりをした格好で何とも間の抜けた声を出す。
「それとそれを混ぜるだけ。
さぁ、仕込み前にちゃっちゃっと終わすよぉ」
「は、はいっ!
これとこれを混ぜる・・・。この豆腐の水気は切りますよね」
おユキはぶつぶつ独り言を言いながら作業を始めた。
ざるにあけたその豆腐の水気を更に手慣れた様子でサッと数回切る。
そしてその塊を適度な器に滑らせた。
「で、と・・・この粉を入れて混ぜる・・・」
豆腐の塊に粉の塊を放り込むおユキ。
その早いが大雑把な手際にふふっとおフクは笑った。
おユキにはそんな声など聞こえるはずもなく、黙々と器の中身を練っている。
「そんなもんでいいよぉ。
そしたらね、おユキ、奥の座敷入って右に背の低い棚があるだろ?
その一番上の戸の中に薄手の手拭いが入ってるからねぇ、
それをそうだねぇ、二、三枚持ってきておくれ。
そこに入ってるのは全部ぼろぼろのやつだから、どれ持ってきてもいいからねぇ」
「はいっ!」
おユキは嬉しそうに飛んで行った。
戻るとすぐ、切れ切れになった手拭いを広げていく。
使い古した為かその手拭いたちは丁度良く薄手になっており、柔らかなガーゼのようだった。
しかも大きさも湿布には丁度良かった。
「その布にそれを塗ったら出来上がりさ」
「へぇ~」
(豆腐の湿布かぁ・・・
おフクさんって、すごいなぁ・・・こんな知恵まで知っているなんて)
おユキは心から感嘆しながらも手は止めなかった。
ここで奉公を初めて2年弱。2回目の春はもうすぐそこにいる。
すっかり商い屋の心得が身体に染みついたおユキは
あっと言う間に三枚の湿布をこしらえた。
「うんうん、塗る厚みも丁度いいよぉ。良く出来たねぇ」
おフクのそんな言葉に出来上がった今やっと心が和んだ。
責平の顔を思い出し、恥ずかしいような、くすぐったいような気持ちになる。
そして居ても経ってもいられなくなり叫ぶようにおフクに懇願した。
「私・・・
これを届けに責平さんとこに行ってきてもいいですか?
もちろんすぐ戻ってきますから!」
「あぁ、いいよぉ。
ただぁ・・・仕込みが遅れたらただじゃおかないからねぇ」
仕込みが多少遅れようとも何の問題もない含みを持たせた言い方をしたおフクだったが
真面目なおユキは真剣な眼差しを向け頷き、それら湿布を大事そうに抱え小走りに
戸口を出て行った。
「これで二人のこんがらがった糸はキレイにほどけるかねぇ」
この時のおフクの笑顔は我が子に向ける顔、そのものだった。




