準備
「智恵ちゃん、いるかぁい?」
おフクは豆腐処「しもつけ屋」の開け放たれた裏戸からずけずけと奥へ足を進め、声をかけた。
「はぁい。どなたかえ?」
目を細めた智恵が奥から顔だけ出してこちらを伺う。
「おフクだよぉ。おはようさん。
ちょっとお願いがあって来たんだ。
朝の忙しい時間にごめんねぇ。
すぐ済ますからちょっといいかい?」
「あ、おフクちゃんかぁい。
ちょっと待ってておくれよ」
そう返事をした智恵は顔を引っ込めた。
奥からは彼女が仕込みの指示を出しているのだろう。
息子の剣心との会話が聞こえてきた。
「はぃはぃ、なんでっしゃろ?おフクちゃん」
「すぐ済ますからごめんねぇ。
お願いってのは、豆腐の屑を分けて欲しいんだよぉ。売り物にならないものや古くなって売り物にならないやつをさ」
「それは構わないさ。今持ってくかい?
集めるのに少しばかり時間貰うよぉ」
おフクのお願い事に即答する智恵。
「いやいや、朝の一番忙しい時間にはいいよぉ。落ち着いた頃、また来るからその時で充分さ」
「そんなゆっくりで大丈夫なんかえ?
うちはいつでも良いからさ。用意しとくねぇ」
おフクの言葉に答える智恵は不思議そうだった。
「夕刻前にまた来るから。
急なお願いなのに、ありがとねぇ」
そう言い残し、いそいそとおフクはしもつけ屋を後にした。
(智恵はいっつも自分ことより他人様なんだから。がんばり過ぎて身体を壊さないように視といてやらないとねぇ)
「ふふっ」
これで準備が出来たと一安心したおフク。
慌てふためくおユキと捻挫如きに怯える責平の顔を思い浮かべ、声に出し微笑むのだった。




