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せっぺいさん  作者: こころ
第三章 ~ふたり~
35/44

後継

「何だいっ!平吉、ここにいたんかい」


てっきり長屋でうなっていると思っていた男が、開店前の店先の座敷で足を投げ出し

大の字で寝ていたのでおフクは驚いた。

その声には驚きと同時に、呆れたような笑いのような響きも混ざっている。


「あ…おフクさん…

お邪魔してます…」


さっきのおユキの行動に完全に脱力した責平せっぺいには

起き上がる気力すら残っていなかった。

それを見たおフクはよっぽどひどい症状と受け取ったらしい。


「そんな動けない程なんて思わなかったよぉ。

どれ、見せとくれ。」


おフクは責平の右足首のうえに乗せられた手拭いを外し、患部を覗いた。

そこは見るからに腫れてはいるものの、

目の前にいる男のぐったり加減には首を傾げたくなる。

当の本人はされるがままの姿勢だ。


(こりゃ、

剣ちゃんとこ、早速行ってみようかねぇ)


剣ちゃんとは、ここから辻ひとつ東へ行った角にある豆腐屋の旦那だ。

旦那と言っても歳はまだ15ばかりで、おユキより少しばかり年増なだけ。

名前が「剣心けんしん」というくせに、豆腐を切る刃物を扱う様子がいつも危なっかしい優男だ。それも仕方のないこと。

剣心の父親は突然の胸の痛みから数日後、今から約半年前の雨がしとしと降り続く季節に他界したのだった。倒れてから数日後というその事態に、病の原因すらわからず、手の施しようが無かったと聞いた。突然、店の後継ぎになってしまった放蕩息子にしては

この寒さの中、弱音も吐かず毎朝早くから痺れるような冷水に手を突っ込み

作業を続ける仕事振りにおフクが感嘆していたのも事実。

それには亡くなった豆腐屋の旦那の妻でもあり、女将さんでも母親でもある智恵ちいの支えもあったからだ。

本当は彼女が一番支えが必要なはず。

大黒柱という支えがなくなってしまった今、心の拠り所を探し苦しんでいるだろう。

やっとの思いで授かったその一人息子は散々甘やかしてきたが、

今はその子に亡き夫の姿を重ね合わせているのかもしれない。

人はいつか死ぬ。

その当たり前の現実が早いか遅いか、突然か否か。

自分に息子がいたらそれと同じ年嵩だと言ってもいいくらいの剣心と幼い頃に亡くした娘の姿をおフクが重ね合わせてしまうのも事実だった。


パチッ


「ギャッ!」


大の字で死んだように倒れていた責平せっぺいが蛙が潰れたような声を上げ飛び起きた。

おフクがその左脛を軽く叩いたのだ。

いや、結構な力でだったかもしれない。

いい音がした。


「何をそんなに怯えてるんだよぉ。

おとこならしれっとしな、しれっと」


パチッ


「ぅぐっ」


おフクは笑顔でもう一度同じ場所を叩き、すっかり理性を戻した責平は今度はぐっと抑えた悲鳴をあげる。

そのままおフクは暖簾をくぐり外へ出た。


「おユキ、ちょっと剣ちゃんとこ、行ってくるねぇ」


「はぃ、わかりました。

行ってらっしゃい」


箒を握る手を緩め、顔をあげ返事をしたおユキ。


(珍しいな、こんな時間に)


そして、小首を傾げつつおフクの後ろ姿を見送ったのだった。


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