氷
「おフクさーんっ!おフクさーんっ!」
責平を店内の座敷に座らせたおユキは
息つく暇もなく声を張り上げた。
同時に、奥で仕込みをしているおフクの元へ走る。
「おっと、ど、どうしたんだよぉ?」
前掛けで手を拭きながら台所から出ようとしたおフクは
飛び込んできたおユキとぶつかりそうになる。
「平吉さんが怪我をしましたっ。早く冷やさないとあれは長引きます!
氷...氷はありますか?!」
おユキの必死な眼差しに見つめられたおフクは少々たじろぐ。
しかし、彼女の突拍子のない願いに落ち着いて答え始めた。
「おユキ。
氷って言ったって、それはこれからの寒い時期に造るもんだよぉ。
氷職人が大きな穴を掘って、雪や雨を掃除しながら少しづつ溜めていって
人様が口に出来る大きな氷を造るだろう?
それが江戸に運ばれてくるにはまだ時期が早すぎるし、
そんな貴重なものを責平の怪我に使うなんて贅沢過ぎるよぉ。
そんなにひどい怪我なのかい?」
「あ、い、いえ...
すみません...私、そこまで考えていなくて...
足首を捻ったみたいなんです。捻った方が腫れています。
歩く時、結構辛いと思います...」
おユキは尻つぼみに小声でそう言うと、今にも泣きそうな顔を伏せてしまった。
「そぅだったんだねぇ...
あ、そうだっ!それなら、外の桶を見てごらんよぉ。
この寒さなら雪も手伝って、桶の中の水が凍っているんじゃないかねぇ。
それを使うといいよぉ」
「あっ、確かにっ!私、見てきますっ!」
そう言い残すと、
ぺコリとお辞儀をしたおユキはくるっと後ろの勝手口へ向きを変え、
あっという間に外へ走り出て行ってしまった。
その後ろ姿を見送ったおフクは、ふふっと微笑み独り言ちる。
「氷か...
あれを責平の足首に使おうなんて...おユキは。
よっぽど慌てたんだねぇ...ふふふっ。
じゃあ、あたしは...
ちょっとふたりの手伝いでもしてあげようかねぇ」
責平が店内の座敷で待っているとは知らないおフクは
またふふっと声を出し微笑み、あの必死なおユキと、
のん気に長屋でしかめっ面を続ける責平を思い描いていたのだった。




