足首
年の瀬、師走30日。
昨夜から降り続ける雪の粒が今朝は大きくなっていた。
煮売り屋「お福や」で奉公中のおユキは、
空から降り注ぐその雪を見上げ、店先でひとり想いにふけり呟いた。
「ついこの前、桜が咲いたと思ったら、もう冬...」
毎日奉公に追われ、季節の感覚を忘れていたのだろう。
高所から流れる落ちる滝のような怒濤の日々が、
いつの間にか春から冬に変わっていたのだ。
遠くに見えるあの桜の木に目をやる。
今は葉のない枝だが、その細い枝先にもどっさりと雪を積んでいた。
(あの桜の木の下でほっと一息してたっけな...
あれからもう一年...弱なんて... )
そんな想いを巡らしていたのはほんのわずかな時間だったはず。
しかし、ここ江戸で過ごしてきた日々は新鮮で温かく、
まだ年齢が13程度のおユキの小さな胸には、
溢れんばかりの感情が込み上げてくるのだった。
おユキはハッと空に向けていた視線を背後に向ける。
その視線の先には、責平がいた。
こんな時間に見かけるのは珍し過ぎる。
大粒な雪にすっかり見惚れていたおユキは
草履を引きずるように歩くあの責平の足音にさえ
全く気付かなかったのだ。
というより、地表に落ちたこの雪の敷物がその音を消し去っていたのかもしれない。
「せっ、あっ、平吉さん、どうしたのですか?
こんな朝早くに...」
おユキはどぎまぎと責平に尋ねた。
「えっ、あ、いや...雪がまだ降ってるから」
「雪、好きなのですか...?」
責平の意外な答えにおユキは驚く。
「あ、いや、その逆です」
「逆?
嫌い...なのに?」
責平から出た不思議な答えにおユキはつい噴き出してしまった。
そして言葉を続けた。
「平吉さん、
雪が嫌いなのにこんな朝早く長屋から出てくるなんておかしいっ」
「確かにそうなんですけど。
まだ降るのかと心配で。というか状況確認というか...。
実は昨夜、この雪で足を滑らしちゃって」
後ろを振り返り長屋の出入口の戸へ視線を送った責平の表情は
しかめっ面に変わっていた。
「その時、足首を捻ったようで、このざまなんですよ」
その表情のまま責平は、足元へ目を伏せた。
「えっ?!大丈夫ですか?!」
その話を聞いたおユキは即座に視線を責平の足元に向ける。
確かに責平の立ち姿がぎこちない。
体重を左足にのせ、身体を傾かせていることから、
捻ったのは右足首だろう。
「見せてください」
「あ、いや、大したことなっ...」
おユキは責平の言葉など聞きいれることなく、近づきしゃがみこむ。
草履は履いてるものの、所々雪の付いた彼の右足首を凝視した。
そして、何ともない左足首と見比べ言った。
「これ、結構痛いでしょう...
ちょっと来てもらえますか?冷やさないと」
「あ、いや、大丈夫っすよ。足袋履いてないから、もう冷えてるし」
「そういう問題ではありませんっ」
「えっ... はぃ...」
強い口調で言い放ったおユキ。
しかし今そんなことに気を留めている場合ではない彼女は、
足を引きずる責平と共にお福やの中へ消えていったのだった。




