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せっぺいさん  作者: こころ
第三章 ~ふたり~
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香袋

おハルの告白を静かに聞いていた京之介。

まぶたの端には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「おハル、ありがとう。そんな昔から、俺の事を思ってくれてたなんてなぁ。

 生まれてこの方、こんなに嬉しかったこたぁねぇよ」


言葉を区切ると、鼻をズズッとすすり、京之介は

最近涙腺がゆるくていけねぇやっ、と言って笑った。


「おハルと初めて出逢った日の事、今でもよく覚えてらぁ。

 いつも通り、朝の散歩がてら街中を歩いていたら、

 くじら屋の前で途方にくれている娘がいるじゃねぇか。

 そういやぁ、風の噂で、くじら屋にえらい別嬪な奉公人が来たって聞いてたからよ、

 あれに違ぇねぇ、と得心したんだぁ。

 そんで一言声をかけて娘の顔を見た瞬間、

 あまりの()の綺麗さに、俺ぁ一目惚れしちまったんだ。

 それがおハル、おめぇのことだ。

 頭が真っ白になっちまって、そのあと何をしたかはっきり覚えていねぇが、

 いつもより張り切って、手伝いしたかもしんねぇなぁ」


京之介は昔を懐かしむ目をして言った。


「それからと言うもの、いつも心の中にはおハルが居てなぁ。

 くじら屋の前を通るたんびにおハルの事を探すようになって、

 少しずつ話が出来るようになって、おハルの事を少しずつ知っていったんだぁ。

 いつだったか、書物が好きだとか、からくりが好きだとか

 話をしてくれた時があってな、綺麗な顔してるくせに、

 妙な物に興味があるんだなぁって思ったが、俺ぁそういうところも

 嫌いじゃねぇしな、話が合うなぁって思ったんだ。

 おハルは何事に対しても真面目だし、真っ直ぐだし、何より裏表のねぇ性格に、

 俺ぁすっかり惚れ込んじまったんだよ」


そういうと京之介は、体をそっと離し、

おハルの潤んだ()をしっかりと見つめながら続ける。


「おハル、これから俺達ぁずっと一緒だ。

 俺ぁいつでもおめぇのそばにいるよ。

 だから安心して、干物屋の修行、頑張りな。

 俺が支えになってやるからよ。おハル、大好きだ」


そう言うと、京之介は再びおハルの体を強く抱き締めた。


「はぃ。

 京さんは、泣き顔より笑顔が似合います。

 私の()が綺麗なのは、京さんの顔をじっと見るためです。

 実は、京さんを見る時だけ、すっと澄むんですよ」


と、体をそっと離したままおハルは、

京之介の()を覗き込み、いたずらっぽく微笑んだ。


「京さん、覚えてくれてたのですね。嬉しい・・・。

 私のことなんて、なぁんにも覚えていないのかと思ってたから」


おハルも懐かしい目をする。


「京さんは、真っ直ぐで、正直で、時々理性が飛ぶけど、

 優しくて、力持ちで、私は大好きなんです。

 何度も言うけど、私はとろいから迷惑かける時もあると思うけど、

 これからも、どうぞ、よろしくお願いします」


今度は、真剣な眼差しでおハルは京之介を見つめた。


「それから、、、京さん、ありがとう。

 香袋、使ってくれてるんですね。京さんに抱きついていると香ります。

 お幸やで初めて二人きりで葛もちを食べた日、京さんの口を拭った後、

 京さんってば、けぇるぞ!ってさっさと出て行ってしまったから・・・。

 後を追ってなんとか渡せたけど、

 そんなの忘れていて、使ってくれないと思ってた。

 今までのお礼も、これから言うことも、きちんと伝えられないままでした。

 改めて伝えます。

 いつも、お手伝いありがとうございます。

 京さん、私のお手伝いは程々にするって約束をしました。

 ちゃんと守ってくださいね。

 こんなに干物屋に入りびたっては、衣に干物の匂いが付いてしまいます。

 お勤め先で、京さんが嫌がられないように、香袋を作りました。

 結構、大変だったんですよ。

 暇を見つけては、野や山に香草を探しにいきました。

 でも、それがとても楽しくて、京さんが喜んでくれる顔が見たい一心で作りました。

 香袋は、気に入ってくれましたか?

 もちろん、好きじゃなければ無理強いしませんから。

 なんなら、京さんが好きな花を集めて、別にまた作ります。

 遠慮せずに言ってくださいね」


そう言うと、おハルはわざと京之介にぎゅっとしがみ付き、

くんくん香りを嗅ぐマネをしたのだった。


「おハル・・・あの香袋には、そんな想いが詰まってたんだなぁ」


京之介は、その香袋をさっと取り出して、目の前に捧げて見せた。


「何の匂いだろうって思ってたが、あちこちから

 香草を見つけて入れてくれてたんだなぁ。

 これだけの種類を集めるのは大変だったろうに。ありがとうなぁ。

 俺ぁ無粋な人間だから、花の事なんてさっぱりさ。

 でも、こいつが良い匂いだってことはわかる。

 なにせ、おハルの想いが詰まってるからよう。

 それだけで俺に取っちゃあ、かけがえのない大切な宝物だぁ」


鼻の前で匂い袋を軽く振り、発せられる香を胸いっぱいに吸い込んだ

京之介は、続けて言った。


「でもな、おハル。香袋もいいが、俺ぁおハルの匂いも大好きだ。

 抱き締めた時に、香草の匂いに混じっておハルの匂いがしたんだよ。

 香袋の匂いとは違ったから、あれは間違いなくおハルの匂いだ。

 ほのかに甘くて、何とも言えない良い匂いでなぁ。

 ほら、この匂いだっ」


そう言うと京之介は、もう一度おハルを抱き締めて、くんくん匂いを嗅いだのだった。


「俺ぁ、おハルさえいれば、他に何にもいらねぇ。

 それだけで幸せだ。おハルがくれるものなら、なんでも嬉しいよ。

 欲を言えば、今度作ってくれる香袋には、

 何かおハルの匂いが付いた物を入れて欲しいなぁ。

 なぁーんてなっ。すまねぇ、調子に乗りすぎたっ。

 そうだ、おハルは何か欲しい物ねぇか?

 何でもいいからよ、欲しい物があったら、遠慮なく言うんだぞ」


京之介の顔は、お幸やにいる事も忘れたかのように、でれでれとにやけっぱなしだ。


「欲しいもの?・・・。今は、思い浮かばないけど、私は書物やからくりが好きだから、

 思いついたら京さんに言います。

 でも、今は、京さんがいれば、何にもいらない気持ちでいっぱいです。

 京さんのこと大好きだったから、こうやって抱きついてるのが夢みたいで・・・。

 京之介さん、ありがとう・・・」


おハルはでれでれ顔の京之介にに再びぎゅっと抱きつく。

そして、くんくんおハルの匂いを嗅ぐ京之介と、

くすぐったいですっ、やめてくださいっ、と言うおハルはじゃれ合っている。

京之介もおハルも、お幸やにいる事をすっかり忘れて

初めて、お互いの気持ちをしっかり確かめ合ったのだった。

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