告白
(今日という日は、朝は京之介がハルとのことを報告に来たり、
昼過ぎにはお福やのおユキが慌てて葛もち三人前を持ち帰るし、
なんだか慌ただしい一日だったねぇ)
おサチが独り言ちる。
そんな日の夕暮れ時、夕刻の客も落ち着いてきた頃合いのお幸やに
おハルが奉公終わりに珍しく息を切らせ、走り込んできた。
「おサチさん、おサチさん、聞いて下さいっ。
今朝・・・今朝も京さんが手伝いに来てくれて・・・
私、漬け樽を運ぼうとしたらやっぱり重くて・・・
そしたら京さんが・・・京さんが・・・」
おハルは想いを吐き出すようにそこまで言うと、膝を付いて深呼吸を繰返した。
おサチはおハルの背中をさすりながら、静かにおハルの続きの言葉を待つ。
「おサチさん、私またドジしちゃって・・・。
せっかく京さんが漬け樽運んでくれるといってくれたのに、私、
大丈夫ですって、一人で漬け樽を運ぼうとしたら、倒しそうになっちゃって・・・
なのに、もうダメだ!って観念したその時、京さんが樽と私を後ろから支えてくれて・・・
そしてそのまま、京さん、私をぎゅっとするもんだから、私動けなくて・・・。
いつもの京さんじゃなかったみたいで。
私、声も出ないくらい驚いちゃって、何も言えなくて、
そしたら京さん、黙って出て行ってしまいました。
京さん・・・やっぱり一人ではろくに仕事が出来ない私に
呆れて出て行ってしまったのでしょうか?
京さんに今、見捨てられたら私・・・とっても辛いです。
お手伝いに来て欲しいとかじゃなくて、京さんがそばにいてくれないと、私・・・」
そこまで一気に話したおハルは堰を切ったように、はらはらと泣き出す。
おサチはおハルの背中を優しくさすり続け、
ここはあたしが出る幕じゃないねぇ、あとは京さんに任せようかねぇ、
と思った時のことだった。
「ごめんよぉ、おサチ。邪魔するぜぇ」
何も知らない京之介は、酒の肴を物色しようと再びお幸やに顔を出したのだ。
「今日はいい魚が入ったって言ってたからなぁ。
いい具合に煮付けが出来上がってると思ってなぁ・・・お、おハル!?」
そこにはおサチの胸で泣くおハルの姿があった。
「いってぇどうしたんでぇ?
ま、まさか、鉄の野郎になにかされたんじゃ?!
あの野郎ぉ、生かしちゃおけねぇっ!」
そう言ってお幸やを出て行こうとするが、おサチの慌てた声がそれを遮った。
「ち、ちょっとお待ちよっ!違うんだよっ!」
「何が違うんでぃ。今朝はあんなに元気だったおハルが泣いてるなんざ、
それぐれえしか説明がつかめぇ。
それとも、何か?
まさか俺が抱きすくめちまった事で、おハルを傷つけちまったのか!?」
おハルの涙を見た京之介は、半狂乱になり、すっかり落ち着きをなくしてしまった。
「京さん、落ち着いておくれ。
京さんとおハルは、釦の掛け違いをしてるみたいだ。
明日朝、京さんがくじら屋に行けば、全て一件落着になると思ってたが、
丁度良かったよぉ」
おサチは京之介に一言断るとおハルに語りかけた。
「おハル、京さんにその気持ちをちゃんと伝えてごらん。
さぁ、泣くのはそれからさ」
おハルはこくりと頷くと、白兎のように真っ赤になった目を京之介に向け、
俯きがちに語り始めた。
「京さん、今朝黙って出て行ってしまったのは、
私のヘマに呆れてしまったからですか?
もう、私のそばにいるのがイヤになってしまいましたか?
わがままなことって分かっています。
でも今日、京さんに助けられて、ぎゅっとされて、初めて気付きました。
私は・・・私は京さんのそばにいたいです...」
おハルは伏し目をどうしても上げられず、怯えるように京之介の答えを待った。
「おハル、すまねぇな。余計な心配掛けちまって。
俺が今朝黙って店を出て行っちまったのは、成り行きとは言え、
自分勝手におハルを抱き締めちまった事に対する後ろめたさだったんだよ。
あん時ゃあ、頭が真っ白になっちまって、何も言ってやれずにすまねぇ。
天地神明に誓って、呆れたとか嫌になったなんてこたぁねえから、安心しなよ。
それなのに、そんなおハルの気持ちに気が付かねぇで
さっさと店を出て行っちまって、本当にすまなかった」
そう言うと、京之介は精一杯の笑顔を浮かべて、
おハルの体を引き寄せ、優しく抱き締めた。
「俺ぁよ、無粋で、気が利かなくて、面だって三人前だし、
おハルには釣り合わねぇ男かもしんねぇ。
でもな、おハルを想う気持ちは、誰にだって負けやしねぇ。
おハルの事が、この世界中の誰よりも一番好きなんだよ。
俺も、おハルとずっと一緒にいてぇ。
もう何があったって絶対には離さねぇからよ。
勝手に出て行ったりしねぇからよ。俺とずっと一緒にいてくれ」
そう言うと、京之介はおハルの細い体を強く抱き締めた。
「はい...京さん」
おハルは、暖かくて力強い京之介の胸の中でこくりと返事をした。
「京さんは...京之介さんは、私の心に留めたお方でした。
独り江戸へ来て、くじら屋で奉公を始めた日の朝、私は勝手が分からず、
心細くて心細くて仕事も全く手につきませんでした。
そんな時、偶然にも京さんがくじら屋の前を通りかかり、
見かねて手伝いをしてくれました。品々を黙って運んでくれて・・・。
そして何事も無かったかのように店から出て行ったんです。
きっと京さんはその事を覚えていないと思うけど、
私はその日から京さんを忘れられなくなりました。
寝癖を付けたその風貌も男前でどきりとしたのを覚えています。
それからは、話す機会はあまり無かったけど、
京さんはそのままの方で・・・いつも優しくしてくれた。
これからも、誰よりも、私にとって一番大切な方です。
ずっと京さんのそばにいさせて下さい。
そして、京さんが辛い時は私が支えます。
京さんは、いつでも私を支えっぱなしです。
だから、京さんが疲れないよう、私は出来る事を見つけて支えます。
もう、どこにも行かないで...
私は、京さんとずっと一緒にいたいの。大好きだから...」
おハルは京之介の広い胸にぴったり寄り添い、
江戸に来てずっと張り詰めていた糸を切ると、
京之介への想いを初めて伝えたのだった。




