誘い
京之介が朝一のくじら屋での手伝いを終え、
上等の葛もちで京之介とおハルを取り持ってくれたおサチに礼を言う為
そのままお幸やへ駆け込んだ頃、
お福やではおユキが店開きの準備に精を出していた。
「平吉さ〜ん、入りますよ〜」
昨日、賄いを食べ終えた後に隣の長屋を覗くと、
案の定、横になって寝ている様子の平吉を確認した。
すっかり覗き魔になっているおユキであるが、平吉の長屋にほんわかと声をかける。
昨日は平吉のあの様子から結局、
昼寝から起きる頃合いの夕刻の繁盛時後に平吉分の賄い飯を長屋に届けた。
そして、翌日の今日の今、
朝の店周りの掃き掃除がてら、昨日の盆を下げに来たのだ。
「どうぞ」
中からは相変わらずの静かな声が返ってくる。
長屋の引き戸をゆっくり開け、そっと中の様子を伺う。
平吉と目が合ったおユキは控えめに声をかけた。
「盆、下げますね」
「いつもすみません、ありがとうございます」
相変わらず深々と頭を下げる平吉。
「今日の賄いは、またあとでお持ちしますね」
昨日すっかり心が吹っ切れたおユキは、にっこりと笑顔を向け挨拶をした。
そして、平吉に背を向けて歩き出そうとした時だった。
「おユキちゃんっ」
平吉がおユキを呼びとめる。
「あ、あの...
明日、お時間ありますか?」
(えっ? お時間って...
明日、私が時間あるかってこと...?
・・・?!
もしかして、何かのお誘い?)
「明日は・・・お時間あります。
奉公後はいつも、自由な時間をいただいてますから」
心中のざわめきを必死に隠し、平常心を装い答えるおユキ。
しかし、時間をかけて答えたつもりが、かえって変な日本語になってしまった。
しかも余計なことまでしゃべってしまっている。
しかし、何も気にする様子が微塵もない平吉。
ちゃんとおユキの言葉を聞いているのだろうか。
そんな彼はおユキの答えを聞いて続けた。
「そうですか...良かった。
じゃ、賄いは今日はいりませんので、明日よろしくお願いいたします」
おユキが長屋に入って来た時は胡坐をかいていた平吉だったが
今はというと、正座をし、額を畳につけ丁寧にお辞儀をしている。
それを見たおユキは、反射的に返事をしていた。
「はい、わかりました。明日ですね」
おユキは半分、平吉のペースに巻き込まれるような形で言葉を発し、
そのまま長屋を後にした。
そして、お福やへ戻る僅かな道中、ぴたりと足を止める。
(平吉さん、私に明日時間があるか聞いたのは、
賄い飯を届ける時間のことだったのかぁ...
なのに私ってば、何かの誘いかとてっきり...
しかも、行くならお幸やの葛もち食べがいいなっなんてまで想像しちゃって...
って、うち・・・
めっちゃ、恥ずかしい人やんっ!
あんなに堂々と答えてしもうたやん...
平吉さん、きっと、うちのこと、フシダラな女だと思ったよな...)
顔から火が吹き出そうになりつつ、あまりの自分のアホさに気を失いそうになる。
おユキは顔を両手で覆い、その場にうずくまった。
(どないしよ...
うち、もう...平吉さんと顔合わせられへん...
こんな娘、お嫁にも行かれへんわ...)
この世の終わりの如く、がっくりと肩を落とし、うずくまったままのおユキ。
頭まで抱え込む。
泣けば楽になるのだろうが、それがなかなか涙が出ない。
と言うより、泣けないほどの衝撃だったのだ。
一方、
長屋の外でそんなことが起きているとは全く知らない平吉はというと、、、
(飯、いつも助ります)
深々と下げていた頭をやっと上げ、いつもの胡坐に姿勢を戻し、
いつも賄いを運んできてくれるおユキにしみじみと感謝しているのだった。




