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せっぺいさん  作者: こころ
第二章 ~葛もち~
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秋の空

積み重なった想いをぶつけ合い、胸のつかえが嘘のように取れた京之介。

その晴れ渡る心を表すかのように、一夜明けた江戸の空は、雲一つない青空であった。

昨夜別れてからそれほど時も過ぎていないというのに、

一刻も早くおハルの笑顔を見たくなり、食うものも食わずにくじら屋に駆けつけると、

朝早くから精を出して働くおハルの姿が見えた。


「おはよう、おハル。今日はお天道様の機嫌がいいようだ。

 干物の出来も良くなりそうだなぁ。

 いつもよりたくさん仕込まなきゃなんねぇんだろ?

 旦那が仕入れから帰って来るまでの間、ちいとばかり手ぇ貸しに来たよ。

 今日くれぇいいだろう?

 そうそう、俺が手伝った事は旦那とおかみには内緒だぞ」


寝癖頭の京之介はそう言うと、

いたずらをした子供のような笑顔を浮かべて、一番傍にあった漬樽(つけだる)を抱えた。


「おはようございます、京さん。

 あっ、大丈夫ですか?!その樽、重いですよっ!」


今朝もおハルは、京之介のお勤め前の手伝いを心配した。

店一番の重さを持つ漬樽をひょいと持ち上げた京之介の背中を心配顔で見守る。


(・・・京さん、

 心に留めたお方と同じです。お優しくて、力持ち・・・)


おハルは心でそうつぶやき微笑むと、京之介の後をパタパタ付いて行ったのだった。



くじら屋での一仕事を終え、おサチに礼を言うために、

意気揚々とお幸やにやって来た京之介。

暖簾をくぐり、おサチの姿を見つけると、興奮気味に話し始めた。


「おサチ、昨日は上等の葛もち、ありがとうな。

 おかげでおハルとの話もうまくいったよ。

 何? 心に留めたお方の話かい?

 そいつは話してくんなかったが、そんなのはもうどうでも良くなっちまったよ。

 おハルは、一人前の奉公人になるまで、色恋沙汰はご法度だってはっきり言った。

 それまでは、余計な虫が付く心配もねぇし、あの真面目なおハルのこった、

 意中の相手から言い寄られても受け入れたりしねぇだろうからよ。

 俺も安心だ。鉄なんか眼中に無いぜ、ありゃあ。

 それでな、一人前になるまで、そばにいていいか、って聞いたら、

 いいって言ってくれたんだよ。もう俺ぁ天にも昇る気持ちさぁ。

 それと、一人前になったらもう一度告白するって約束もしたんだよ。

 それまで時間はたっぷりあるからよ。

 俺のことを好きになってくれてれば、万事うまくいくじゃねぇか!

 それを考えるだけで、俺ぁ何年、何十年だって頑張れるよ。

 話してよくわかったんだが、やっぱりおハルは、俺の理想通りの女だった。

 真っ直ぐで、頑張り屋で、ちょっと頑固な所もあるが、それもまたいい。

 もう俺ぁ、おハルの事しか考えられねぇよ。

 手拭いで口を拭いてくれたんだが、それが良い匂いでよぉ。

 俺ぁ、理性が吹っ飛んじまうかと思ったよ。

 今朝もくじら屋に行って、重そうな漬樽運んでやったんだが、

 いつもよりも笑顔が優しい気がしたなぁ。

 おハルもまんざらじゃなかったのかなぁ・・・

 心に留めた男ってのは、本当に俺のことだったりしてな。

 ・・・おっといけねぇ、調子に乗るとしっぺ返しを喰らっちまう。

 くわばら、くわばら」


「そうかい、そうかい。良かったじゃないか。

 葛もちに縁起のいい金箔を振って願掛けしといて良かった。

 心に留めたお方っての話は無かったんだね。

 まぁ、京さんがどうでも良くなったんなら、わたしももういいさ。

 でもねぇ、京さん。女心は秋の空って言うくらいだからさ、

 虫が騒げば、おハルの心もきっと騒ぐ。

 あの娘も年頃だろ?色恋事に振れない女子はいないよ。

 意中の相手から言い寄られたら、ころっといく時もあるさ。

 それでも京さんはそばにいて、それを受け入れられるのかい?

 あぁ、わたしゃ意地悪だねぇ。ついつい、心配性でお世話好きの性が出ちまう。

 気にしないでおくれよ。

 それに、おハルが京さんにそばにいて欲しいってんなら、そばで守ってあげなよ。

 おハルはまだまだ世間知らずさ。

 だから京さんが、変な虫は片っ端から叩き潰しちまえばいい。

 その方が告白もしやすいだろう? 時には理性くらいふっ飛ばしちまいな。

 おハルは大丈夫さ。邪気が無い分、真っ直ぐ受け止めてくれるだろうよ。

 まあ、逃げ隠れするけどちゃんと出てくるから、安心しな。

 実はさ、おハルもここに寄ったんだよ。

 今朝の手伝いはくじら屋の旦那には内緒なんだって? 

 漬樽運ぶ京さんは男らしいだとか優しいだとか、目をきらきらさせて話してねぇ。

 あれで、心に留めたお方ってのが京さんじゃあなければ、罪深い()だねぇ」


「女心は秋の空ねぇ。

 世間ではそう言うがな、おハルに限ってはそんな事ぁねぇよ。

 あいつは一途だし、きっと心に留めた方ってのも俺に違ぇねえからな。

 虫が寄ってこようと、相手にしねぇだろうし、

 おサチの言う通り、片っ端から潰してやらぁ。

 そうそう、今朝も鉄の野郎がしょうこりもなく色目使いにきやがったからよ、

 俺が叩き出して、塩撒いてやったよ。

 でな、おサチ、聞いてくれ。

 今日も天気が良かったからよ、漬樽運んでやろうとしたら、

 おハルが自分で運ぶってきかねえからよ、ハラハラしながら見てたんだ。

 そしたら案の定、よろけて樽を倒しそうになっちまった。

 危ねぇ!ってんで俺が支えてやろうとしたら、

 思わずおハルを抱き抱える格好になっちまって・・・

 そのまま俺ぁ理性が飛んじまって、暫くおハルを抱き締めちまったよ。

 で、離れた時、おハルは顔真っ赤にしててなぁ。

 俺ぁ気まずくて、黙って出てきちまったんだよ。まずかったかなぁ...

 まぁ、おサチも大丈夫って言ってくれてたから、心配するこたぁねぇか。

 それにしても、おハルを抱き締めた時ってのは、なんとも言えねぇ心中だった。

 力を入れると折れそうな位細いのに、柔らかくてなぁ。

 それに、手拭いと同じ匂いがして、そりゃいい匂いだった。

 おっと、こんな事おサチに話しても仕方ねぇな。許してくれ。

 おハルがもし誰かにころっといっちまったらかぁ~

 考えたくもねぇが、おハルが幸せになるんだったら・・・ 

 いや、駄目だ、俺がずっとそばにいて、幸せにするんだからよ。

 そんな奴ぁ、追っ払ってやる!」


「京さん、随分おハルに肩入れしてるんじゃないかい?

 すっかり理性が飛んじまってるよ。わたしゃ、女だから言うけどさ、

 一途でも秋の空でも、どっちもあるのが女って気がするけどねぇ。

 え?わからないって?

 まぁ、男には一生わからないことよ。いい虫だっているだろうしさ。

 それにしても、鉄さんに塩まで撒くなんて、随分用心深いじゃないかい。

 そこまでしなくたって、わたしもおハルの意中のお方は、やっぱり京さんだと思うよ。

 それで、その京さんに抱き締められたんじゃぁ、

 おハルも今日は仕事どころじゃないだろうに。

 でも、おハルは顔を赤くしただけだったのかい? 奥へ引っ込まなかったんだね?

 へぇ、成長したもんだねぇ。あのおハルがねぇ。

 まぁ、京さんは、なぁんにも心配するこたぁないよ。

 わたしが言うんだから、本当さ。

 ただ、おハルがここに顔出すのがいつになることか心配だったけど、

 そんな様子なら案外、今日の奉公が終わったら、早速話しに来るかもしれないね。

 おサチさんっ、おサチさんっ、てさ。」


「なるほど、毎度おサチには励まされてばっかりで、すまねぇなぁ。

 俺にゃあ、女心なんて逆立ちしたってわかりゃしねぇし、

 ずいぶん強がりも言ってきたが、おハルはあの器量良しだ。

 俺なんかとても太刀打ちできねぇ色男がいつ現れて、

 おハルの気持ちをかっさらって行きゃあしねぇか、不安で仕方ねぇんだ。

 なに? ずいぶん弱気だって? そりゃまぁ、そいつが男心ってもんさ。

 まぁ、どんな野郎が近寄って来ようが、渡しゃあしねぇけどな。

 それに、おサチのお墨付きがもらえりゃあ、大船に乗った気持ちでいられらぁ。

 ありがとよ、おサチ。

 また明日から、精を出してくじら屋通いするさぁ!」


お礼に来たつもりが、また励まされてしまった京之介。

女にはかなわねぇ・・・つくづくそう思いながら、くじら屋を後にしたのだった。


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