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せっぺいさん  作者: こころ
第二章 ~葛もち~
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暖簾

おユキが江戸へ来て初めて涙を流した日から数日が経った。

気持ちの切り替えをし、奉公に精を出すおユキ。

桶の水を柄杓ひしゃくで掬い、店先に丁寧に撒く。

朝の店開きの準備のひとつだ。

ここ数日の間、おフクの言葉を守り、

顔を一度も出さなかった平吉のおかげでもあるのかもしれない。

もし平吉が、間髪入れずにお福やへ顔を出すような

自分の欲だけの(おとこ)だったら、おユキはもっと苦しんでいただろう。


しかしそれは単に、平吉がおユキに無関心だからだろうか...

または、やはり気遣いだったのだろうか...

もしくは、おフクの言うことを守った、ただただ素直な青年なのだろうか...


わからない。


ただ、ひとつだけ言えることは、

おユキはそっとされたことで、いつもの自分を取り戻すことが出来たのだった。

そして、奉公の日々に戻って来た。


そんなある日の、おユキが水撒き最中の時のことだったのである。




「ちょっとそこの娘さん、

 ここら辺で爆発騒ぎはあったかい?」


頭から首にかけて、手拭いのような生地を被った一人のおっさん(?)が

突然、声を掛けてきたのだ。

初めて見る装いに一瞬驚いたおユキだったが、

まじまじと見てみると、なかなかの着こなしで素直に感動を覚える。

何より、その被り物が彼にとても似合っていた。

水撒きの最中だったこともあり、目線を下に向けていたおユキの目に

一番に入ってきたものとは、やけに真っ(さら)な彼の草履だった。


「爆発?!

 その騒ぎって、いつのことですか?」


突然の問いかけとほぼ使うことの無いその単語に驚くだけのおユキは

何のことやら全くわからない。


「最近のことに決まってるじゃないっ」


なんだかどこかで聞いた声と口調だ。

本能でおユキは瞬間身構える。

そして、きっぱりと答えた。


「いいえ、

 そんな騒ぎは無かったと思います」


あの日から丸一日半、おユキが奥の座敷に引きこもっていた間に

何かあったのだろうか?との思いもあったが、

そんな騒ぎが起きているのに気付かないことなんてないだろうとの確信もある。


「そっ、ならいいわっ」


その男(?)はプイッと体の向きを変えると、

何故か隣の長屋をギロリと睨んでから去って行った。


「変なの...

         あっ」


突然、疾風が吹く。

春はもう終わり、この初夏の陽気の時期には珍しい。

その風で、これから店頭を飾る暖簾(のれん)が倒れてしまう。

ほんの少しの間だけ...と店の建屋の壁に立てかけていたのだ。

おユキは急いで拾い上げ、それに付いた砂を丁寧に払い、慎重に戻した。

そして、目を細め空を見上げて思う。


(店内にまだ入れておけば良かったな...

 外はあと掃き掃除だ。さっ、残りの水撒きも。

 変な天気...

 風が強くなる前に終わらしてしまおう)


どれだけ集中して掃いていたのだろう。

店を背にしたまま掃き掃除をしていたおユキが店に戻ろうと入口の方へ振り向くと、

立てかけた暖簾のすぐそばで平吉が佇んでいたのだった。


(どうして...

あそこで何をしているのだろう...)


平吉の存在にそれまで全く気付いていなかったおユキは瞬時、

恥ずかしさから平吉と目を反らしたくなる。

しかし、そんな気持ちをぐっと堪え、奇跡的に笑顔であいさつをした。

平吉は普段と何も変わらない様子であいさつを返す。


「おはようございます」


ぎこちなさが全く見られない自然体の平吉。

自分とは正反対の彼の態度に、おユキはつい、まじまじと平吉の顔を覗きこむ。

何も言わず平吉は()だけで問いかけてきた。


(どうしたんですか?)


その純粋なといい、鈍感というのか何の気遣いもない平吉の態度に

おユキの肩からスッと力が抜ける。

にっこりと笑顔になったおユキも言葉にせず軽く首を振った。


(なんでもないです)


そのまま特に何を話すこともなく店先で交差する二人。

その時、また一陣の疾風が吹いた。

さっきのこともあり、おユキは咄嗟に暖簾に目をやり一歩踏み出す。

しかし、それはピクリともせず店先の壁に寄りかかっている。

その傍らには、寄り添うようにいる平吉。

ホッとしたおユキは、平吉に軽く会釈をするとそのまま店内に消えた。

今度は店内の目に付くところを全て、拭き掃除をするからだ。


平吉はと言うと、、、

外の掃除を終えたおユキが店内に消えたのを確認はしたが

しばらくそのままその場で佇んでいた。

そして、おユキが中の掃除を終え暖簾出しに来る足音を聞くと、

静かに隣の長屋へ消えたのだった。



一日の始まりだ。

おユキの朝の大切な仕事のひとつ。

お客様を一日の一番初めに歓迎する役目を持つ暖簾。

そんな暖簾を掛けに店先に出てきた時のこと。

また、疾風が通り過ぎた。

ゆっくり倒れていく暖簾を咄嗟に身体(からだ)で受け止めたおユキ。

そして、握り締めたその棒を見つめ、ハッとする。


(もしかして、平吉さん...

 私が掃除中、この暖簾が風で倒れないよう支えていてくれてたの...?)


そんなことある訳がない。


けど...


だけど...



(ひとこと、声、かけてくれればいいのに...)


何も考えてないような平吉の顔を思い浮かべ、おユキはくすりと笑う。

胸がトクンと鳴る久々の感覚に、とても温かくて穏やかな心持ちになった。

そして、まだ温もりの残る暖簾の棒の一部を両手でそっと握りしめた。

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