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せっぺいさん  作者: こころ
序章
2/44

おユキ

「おユキー、

これ、平吉んところに持って行ってくれないかい?」


煮売り家「お福や」の女将、おフクが汗だくになりながら、おユキに盆を差し出す。

昼の繁盛時が去り、ホッと一息が付ける頃合いだった。

おユキは差し出された盆上を背伸びをして覗く。

今日は、甘辛く味付けした大豆の煮豆と魚のあら煮だ。

食欲をそそるその香りに誘われ、ついついおユキもそれらを凝視し唾を飲み込む。


「おユキの分もたんとあるから、そんな顔しないっ。

 嫁入り前の可愛い娘を預かってるんだ。

 私がろくなもん食べさせてないみたいじゃないかっ」


おフクがニッ笑った。


「ありがとうございます、おフクさん。

 冷めないうちに、届けてきますね!」


昨年からおフクの店で奉公中のおユキは、

盆を両手で持ち、未だに危なげな足取りでトコトコと隣の長屋に消えた。


「あの子は本当に、、、向いてないねぇ。商いには」


おフクはおユキの消えた先を見つめ、ぽつりと言う。

その顔には落胆や期待外れを通り越した、そっと見守る優しい眼差しがあった。




「平吉さ~ん、入りますよ~」


おユキは戸を軽く一度トンっと叩いた。

お盆を支えているため、両手はふさがっている。

一瞬だけ片手だけを盆から外し叩いたのだ。

さすがに足で蹴るなんて出来ない。

見られた時のおフクさんの顔が浮かぶと、背がゾクッとした。

建てつけの悪い長屋の戸。

改めてその戸をよく見てみると、隙間から中の様子が見えるのでは?と

初めてそんな考えが浮かんだ。

そしておユキは左目は閉じ、

クワッと開けた右目を戸の隙間に近づけ、なんの反応もない中を覗いた。


そこには、

こちらに背を向け、あぐらをかいて座る一人の男性の後ろ姿が見える。

平吉だ。

動かない背をやけに丸めているが、手先だけは動かしている様子。

何かに没頭している時のいつもの彼の姿だった。

おユキはこのまま呼びかけても無駄だと諦め

念の為、もう一度家の中に入る旨を宣言して戸をゆっくり開けた。


(ごめんなさい、おフクさんっ。これで最後ですからっ)


おユキは罪悪感と共に心の中で謝った。

戸の隙間につま先を入れ、そのまま横へ引いたのだ。


(私、お嫁にいけないかな...)


そんな乙女心も捨てきれず、

返事もせず戸も開けてくれずに、未だ微動だにしない背中を

おユキはほほを膨らませ睨む。

平吉は一向に気付いていない様子。


おユキにふっといたずら心が働いた。


(こうなったら、そっと近づいて驚かしてみようかしら)


おユキは彼の背後からそっと近づきワッ!としたい衝動に駆られたが、

驚く前の彼の顔を一度拝んでからにしようと、

気付かれない程度に彼の横に少しだけ回った。

そして、そこでおユキが見たものとは...


( ...?!

  

         平吉さん...)


おユキが見てハッとしたもの。

それは、平吉の整った横顔からでも見て取れる真剣な眼差しだった。


おユキは今までにない胸の鼓動を覚え、今度はその場から離れたい衝動にかられた。

本気で彼に気付かれることが怖くなり、

盆をそこのちゃぶ台に音も立てずに置き、

平吉の背中を見つめたままゆっくり後ずさる。

最後にトンッと戸を閉める音を立てた気がしたが、

その時、おユキの身体(からだ)は平吉の長家から外に出ていたので、

もうそんなことはどうでも良かった。


「なにこれ...」


おユキは衣の合わせの上から胸をぎゅっと押さえ、

平吉の住む長屋の戸の前でそうつぶやいたまま、

しばらくその場に立ち尽くしていたのであった。

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