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せっぺいさん  作者: こころ
第二章 ~葛もち~
18/44

誓い

夕七ツ前(夕方4時頃)のお幸や。

葛もちなどの甘味を求める客ははけ、おサチは休憩を取りに奥座敷へ入った。

このまま店終いしてもいいよ、とも言い残す。

休憩後は明日への下準備が始まる。

暖簾も下ろされていることだから、客は入ってこないだろう。

そんなお幸やの入口を入って右奥の卓で、ふたりは向かい合う形で腰をかけていた。

京之介とおハルだ。

あれからおハルはくじら屋の旦那に相談をし、数日後には奉公がひと段落した時間に都合を付け、ふたりは約束を交わしたのだった。


夕刻時の穏やかな陽が程よく差し込んでいる。

二人の前には、お幸や自慢の葛もちがあった。

その上には金箔が揺れている。


(やり過ぎだぜ...おサチ)


京之介はその豪華な葛もちを前に苦笑いを浮かべる。

一方のおハルは、それには気を留めていないのか、

そこまで気が回らないのか顔を赤らめて俯いている。

相変わらずだ。

しかし、今日はいつもの赤らめ方ではないように見える。

すると、葛もちを見つめたまま軽くうなずいた刹那、

おハルはパッと顔を上げた。

京之介をまっすぐ見つめる。

京之介の目は初め苦笑いをしていたが、普段おハルを見る優しい眼差しへと変わる。

おハルも安心したのか、小さいがしっかりした声で語り始めた。



「京さん、いつもお店の手伝いに来てくれて、ありがとうございます。

 初めはそれが申し訳なくて、どうお断りしようか悩んでいました。

 でも、京さんと店開きの時間を過ごすうちに、

 私は毎朝のその時間が楽しみになっていました。

 私には兄が二人いて、私は生粋の末っ子あかんたれです。

 京さんの優しさに触れ、いつの間にか甘えていたのかもしれません。

 でも、そんな気持ちと同じくらい、いや、もっと大きいです。

 私は京さんの体を心配しています。

 朝の京さんとの時間は私にとって大切ですが、それ以上に京さんの体は大切です。

 ですから、どうか、京さんのお勤め前の手伝いは控えて頂けないでしょうか?

 私はのろまなので、店開きが遅れる日もあるかもしれません。

 でもその程度でくじら屋の旦那さまは私を叱ったりはしません。

 だから、安心して下さい。

 私はくじら屋で一人前の奉公人になりたいのです。

 そして京さんとは時々こうやって、お話が出来れば嬉しいと思っています。

 店先では、心にも体にもゆとりがとても持てませんから・・・」



おハルはここまで語ると、再び金箔の揺れる葛もちに目を落とした。

京之介はどんな顔をしているのだろう。

再び顔を上げて確かめることも出来ず、おハルは俯いたままだった。


金箔が揺れる葛もちを前に黙り込む京之介とおハル。

おハルの告白を神妙な顔で聞いていた京之介は、やがて笑顔を浮かべて言った。



「おハル、顔を上げてくれ。

 そんなに俯いてたんじゃ、葛もちが恥ずかしがって溶けちまう」


京之介に優しくそう言われ、おハルはようやく顔を上げた。

そして京之介とおハルの()が合った時、

京之介は意を決し、いつになく真剣な顔で語り始めた。



「正直に話してくれてありがとうな。

 そんなに俺の事を気に掛けてくれてるなんて、

 ちっとも気が付かなくてすまなんだなぁ。

 俺ぁ人一倍体は頑丈だし、

 朝一のくじら屋の手伝いなんてちっとも苦じゃねぇから、心配なんていらねぇさ。

 でもな、おハルの言いたいこともわかる。

 あまり俺がちょっかい出してたんじゃあ、

 いつまで立っても一人前の奉公人になれねぇもんな。

 おハルが想いを寄せる男がいるってのは、風の噂で聞き知ってらぁ。

 気にならねぇっちゃあ嘘になるが、そいつが誰でも構わねぇ。

 それも全部ひっくるめて、俺はおハルに惚れちまったんだ。

 もしな、そいつが俺じゃなくても、おハルの心の中に

 ちょっとでも隙間があるんなら、俺をそこに入れてくんねぇか?

 おハルが一人前の奉公人になりてぇ、って気持ちは尊重するよ。

 朝の手伝いも程々にする。

 おハルが嫌がるなら、酒も煙草も富くじもやめる。

 おハルが俺の事を、ほんのちょっとでも思ってくれりゃあ俺ぁ幸せだからよ。

 俺ぁ、これからずっとおハルのそばにいるって決めたからよ。

 少しで構わねぇから、俺のこと考えてくれよ。

 そりゃあ、おハルと一生添い遂げられりゃあ、それに越したたぁねえんだが・・・

 って、変なこと口走っちまった。

 すまねぇ...」


京之介はそう言うと、

優しくもあり真剣な眼差しで、じっとおハルのを見つめた。

油断すると吸い込まれそうになるおハルの瞳に、

京之介は改めて誓いを立てたのだった。

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