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幸師  作者: わたり
3/10

見慣れた光景

 塾での夏期講習を終え、家へと向かう帰り道。


 昼間、彼女に言われた言葉が頭から離れず、今日の勉強は散々だった。


 すっかりと陽は傾き、辺りは薄暗く街灯に明かりが(とも)り始めていた。

 左腕の時計に目をやると、針は十八時半を指していた。


 ……彼女に出会った場所で自然と足が止まる。


「僕の身体に変化が起こる?」

「至って健康ですけど」

 収まっていた、怒りとも困惑とも分からない感情が再び込み上げて来ていた。


「この先の神社で待ってる……か」

 そう呟いて通りの向こうへ視線をやる。


 街の中心部、いわゆる繁華街とは反対側。海の直ぐ側にある、大漁祈願祭などにも使われる古い神社。小さい頃によくかくれんぼなどして遊んでいたのは良い思い出だ。


「やば、晩飯に遅れる」

 ふと我に返り僕は思う。


(……結局また走るのか)




 僕の生まれ育った街K市は都心から車で二時間程。海沿いの片田舎という事もあり、夏のこの時期は海水浴目的の観光客や地元に帰省する人達で賑わう。その為昼夜関係なく海で花火やBBQ。騒音やゴミのポイ捨てなどが度々問題になっている。


 毎年八月最後の日曜日、浜辺では盛大な夏祭りが行われる。この日ばかりは酒に神輿に喧嘩にと、腕っぷしの強い浜っ子達が我先にとバカ騒ぎ。毎年見慣れたこの光景は、まさに夏の風物詩となっていた。

 僕も、いやこの街の人達皆、この一年に一度の夏祭りが大好きだった。


 ……今年もまた、この見慣れた光景を見れるはずだった。




 ーーーー


「ただいまー」

「おかえりーお兄ちゃん。遅かったね」

 玄関のドアを開けると満面の笑顔で妹(麻友)が迎えてくれた。


 麻友は生まれつき体が弱く、喘息(ぜんそく)持ちという事もあり家で過ごす事が多い。普段は母が仕事で留守の為、麻友の面倒は僕がみている。少し歳が離れているのもあり、僕にとっても麻友は可愛い妹だ。


「ん……ちょっとな。それより今日の晩飯何?」

「今日はカレーだよ」


「ソラ、帰って来たの?」

 キッチンから母が顔を覗かせる。


「あ、母さんただいま」


「とりあえず手を洗ってきなさい」

 晩御飯の支度をしながらいつもの様に母が言う。


 母(幸子)は父が亡くなるまでは専業主婦だったが、父が亡くなってからは午前中はクリーニング屋、午後からはスーパーのパートと、一日働き詰めだ。「これでも若い頃はモテたのよ」が口癖で、父とは大恋愛の末の結婚だったらしい。


 父(聡)は消防士という仕事柄、勤務時間も不規則、休日もバラバラ、おまけに急な呼び出し等もあってかあまり家に居たイメージが無い。普段からあまり口数が多かった方ではなく、どちらかと言えば厳しい人だった。父との思い出と言えば、小さい頃によく一緒にキャッチボールをしたくらいか。


 そんな父によく言われたのが「人のタメになる事をしなさい」だった。


 父が亡くなって三年、最近母の顔に(しわ)が増えてきたのは歳のせいだけじゃないと思う……。


「へーい」

 軽い返事をし、洗面所に向かった僕は蛇口を捻り石鹸で手を洗う。

(汗もかいたし顔も洗うか……)


 バシャバシャと、両手に溜めた水で勢いよく顔も洗った。


「ふーサッパリした」

 タオルで顔を拭きながら、おもむろに鏡をみたその時、僕は驚いておもわず声を上げた。


「うわっ!!」

 一瞬、鏡に写る左手が透けて見えたのだ。


「なんだ今のは?」

 慌てて視線を鏡から左手にやるが何ともない。もう一度鏡に左手を写してみるが、特に変わった所もない。


「疲れてんのかな?」

(昼間に変な事を言われたから幻覚でも見えたのか?)


 少し気にはなったものの、キッチンから漂うカレーの匂いに釣られて食卓へと急ぐ。



 テーブルに並べられた晩御飯を前に皆席につく。

「「いただきます」」

 手を合わせてそう言うとスプーンを手に取りカレーを食べ始めた。


「夏期講習どうだった?」

 ふいに母が僕に(たず)ねてきた。


「ん……ボチボチかな」

 曖昧な返事を返す僕に、真剣な表情で母が続ける。


「まだ二年生だと思って。この時期から頑張らないといい大学行けないわよ」


 ちょうどいい機会だと思った僕は、進学を止めて働こうかと思っている事を母に告げようとした。


「……母さん。その事なんだけど……」


 話しの空気がまだ分からない麻友が割って入る。


「お兄ちゃんご飯食べたら宿題見て~」

 麻友の笑顔を見た僕は、話しの腰を折られた感じがして母に言い出すタイミングを逃した。


「……オッケー。じゃあお風呂出てからな」


(子供は無邪気だな)

 そう思う僕の顔も自然と笑顔になっていた。


(後でもいいか……)



 夕食を終え一息ついた僕は、自分の部屋へ行き着替えを持って風呂場へと向かった。


「はあ~気持ちいい」

 湯船に浸かりながら天井を見上げ、ボーッとしていると彼女の顔が目に浮かぶ。


「それにしてもかわいかったな~」

「あんな感じじゃなかったら友達になりたかったのに。ツイてない」

 少しだけ邪な考えが頭をよぎった僕は、年頃の男としては至って普通である。


「うん。心も健康だな」

 そう自分にツッコミを入れながらブクブクと湯船に潜った。



 風呂から上がり、約束通り宿題を見た僕は妹と歯磨きを済ませる。


「お兄ちゃんおやすみなさい」

「麻友おやすみ。また明日な」



 自分の部屋に戻った僕は、仰向けにベッドに横になり、天井に張ってある大好きなサッカー選手のポスターに向かって左手をかざした。


(さっきのあれは何だったんだろう。一瞬透けてる様に見えたけど、ただの見間違えか?あんな事初めてだぞ)


 色々な考えが頭の中をグルグルと回る。もちろんいくら考えたところで答えが出るワケでもなく、最終的に僕が出した結論は「とりあえず寝る」だった。


「はあ~今日はスゲー疲れた……明日も早いしもう寝るか」

 ため息混じりに呟いた僕は、目を閉じるとドッと疲れが出たのを感じた。



 徐々に遠くなる意識の中で、外ではコオロギ達が自分の存在を主張するかの様に鳴いている。



 いつもは(うるさ)く聴こえるその鳴き声が、今日はやけに心地良い音色に思えた。






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