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幸師  作者: わたり
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向日葵が咲く通り道

 瀬戸空(せとそら)。サッカー部所属の高校二年生。家族構成は母(幸子(さちこ))と今年十歳になる小学四年生の妹(麻友(まゆ))が一人。父((さとし))は三年前に交通事故で亡くなった。


 父が他界してからは、母が女手一つで僕達兄妹を育てている。


 毎日朝早くから夜遅くまで、パートの仕事をしながら家事もこなす。そんな母を見ていると、進学しなさいと言う母の言葉とは裏腹に、高校卒業後は就職して少しでも家計を助けたいという気持ちもある。


 取り立てて得意な事があるワケでもなく、勉強普通、運動神経普通、見た目もイケメンでもなくブサイクでもない……もちろん彼女は居ない。自分で言ってて悲しくなるくらい普通の高校生だ。あえて長所をあげるなら、消防士だった父親を見て育ったからか、困っている人が居たら放って置けない性格だろうか。




 夏休みも八月半ばに差し掛かったその日、僕はいつもの様にサッカー部の練習を終えて、塾の夏期講習に向かう為に、街へと続く通りを歩いていた。


「時間はまだ余裕あるか……あんまり早く着いても予習って柄じゃないしな」

「だいたい進学するかも分かんないのに、夏期講習なんて行く意味あるのかよ」

 母子家庭の家で塾に通っている。家計の負担の事を考えながら歩いていると、ふとそんな独り言を呟いていた。



 ーー小走りで足音が近付いて来る。気配に気が付いた僕は後ろを振り返った。


「やっと見付けた」


「あの……何か?」


「あ、突然すみません」

「はじめまして。私、小野寺真理っていいます」


「はあ……どうも」


「ちょっとお時間よろしいでしょうか」


「え?あ、はい……少しなら」

(こんなかわいい女の子がまさかの逆ナン?)

 意外な展開に僕はテンションが上がった。


「さっき、やっと見付けたって言ってましたよね。あれって……」

 僕は淡い期待を胸に彼女に話しかける。


「はい。その事で、どうしても貴方に伝えないといけない大事な話しがあるんです」

(ん、逆ナンじゃないのか?はは……そりゃそうか)


「はあ……何でしょう」

 少しガッカリした僕は、生返事を返す。


「……」

 今まで柔らかい笑顔を見せていた彼女の顔が急に真剣な表情へと変わる。


「あまり時間も無い様なので、簡潔に言います」


 僕は黙って頷いた。


「貴方はもうすぐこの世界から居なくなります。いや、正確には消える……無数の光の粒になり消滅します」



(………………はい~~!?)

 あまりにも突拍子もない彼女の発言に、僕は唖然となり数秒言葉を失った。


「…………」


「……」


「あの……自分宗教とかには興味がないのでこれで失礼します」

 咄嗟(とっさ)(ひね)り出した言葉だが、今思えば的を得ている。

(この人やばい絶対に何とか教の勧誘だよ。喜んで損した。早く立ち去ろう)


「それじゃ……」

 半ば強引に会話を切り上げ、その場を離れようと(きびす)を返す。


「ちょっと待って下さい」

 僕の左腕を彼女が掴む。


「すいません急いでますので」

 僕は彼女の手を振り払おうとした。


「本当に、ちょっとでいいので話を聞いて下さい」

 僕の腕を掴む彼女の手に力が入る。


「確かに見ず知らずの人にいきなりこんな事を言われても頭がオカシイ人。ぐらいにしか思えませんよね」

(自分でも分かってるじゃん)


「はは……」

 僕は苦笑いしながらもう一度彼女の方を見た。



 ……悲しげな顔をしていた。よく見ると瞳に涙も浮かべている様だ。

(何なんだこの人。言ってる事がメチャクチャだし自分でもそれを認めている。なのに何でこんなに悲しい顔をするんだ?)

 僕は軽いパニック状態になっていた。


「とにかく、これから塾があるのでこれで失礼します」

 僕は彼女の手を振りほどき、その場から逃げ出す様に塾へと足早に歩き出す。


「あの、一つだけ聞いて下さい」

 突然彼女が大きな声を出す。


「これから何日かの間に、貴方の身体にある変化が起こり始めます」

「もしその変化を見て、私の話を少しでも信じてもらえるなら、私はこの先の神社で今日と同じ時間に毎日居ます」

「ですから……遠慮しないで訪ねて来て下さい」

「その時にこの話しの続きをしましょう」


 徐々に遠ざかる僕にも、ハッキリと聴こえる大きさで彼女は喋っていた。


(もう勘弁してくれよ……)

 心の中で僕はそう返した。




 どれくらい歩いただろうか。ふと後ろを振り返ると、彼女の姿はもう見えなくなっていた。


 僕はさっきのやりとりを思い出しながらブツブツと独り言を言う。


「何なんだあの女?いきなり話しかけてきて、僕がこの世界から消える?」

「はは……妄想もあそこまで行くと痛いな」

「勧誘とかならもうちょっと上手くやれよ」

 軽いパニック状態から一転、今度は彼女の悪口を言い始めていた。



「やば、時間ギリギリだ」

「結局走んのかよ~」

 彼女に掴まれた左腕の時計に目をやり、僕は走り出す。



 塾へと向かう通りの道端に、背の高い向日葵(ひまわり)が太陽に向かって真っ直ぐに伸びている。



 頭の中は(ひど)くグチャグチャだった。





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