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6月20日 炎上

「は!? 集合時間は17時――!?」



阿佐ヶ谷は、声を荒げてしまった。

集合時間は、確かに18時と書いてある。それなのにもかかわらず、1時間も早まったとは何かの間違いだろう。嵌められたのだろうか、それとも全く別の理由だろうか?

抗議の声を上げかけたが、ごたごた言っても仕方ない。阿佐ヶ谷は、ちらりっと時計を見た。針は、ちょうど5時30分を指している。

集合時間には30分以上遅れてしまうが、まだ間に合う――かもしれない。



「分かりました、すぐに飯田と連絡を取ります」



連絡を切り、急いで飯田にかけた。

帰りのHRを早退し、その足でテレビ局に向かったはずだ。計算が正しければ、もうすでにテレビ局の近くにいてもおかしくないだろう。

1コール、2コール、3コール……コール音が続き、阿佐ヶ谷の苛立ちが頂点に達した頃、ようやく飯田夏音は電話に出た。



「もしもし?」

「飯田、今どこにいるんだ!?」

「どこって――テレビ局の近くだけど?ちょっと早く着きすぎたから、近くのデパートの展望室で――って、きゃっ!!」



小さな悲鳴と共に、受話器の向こうで聞こえる爆発音。

悲鳴と何かが燃える音、携帯電話が地面に落ち、逃げ惑うような音が耳に飛び込んで来た。

尋常ではない混乱が、電話越しに伝わってくる。



「お、おい!!何があった、飯田!?」



阿佐ヶ谷は、慌てて呼びかける。

しかし受話器の向こうの音は、既に切れてしまっていた。

無機質なツーツーという音が、虚しく響き渡る。阿佐ヶ谷は壁を思いっきり叩いた。

右拳が、じんわりと痛む。一方的に切られたとは思えない。飯田の身に、何かが起こったのだ。



「展望室で、一体――何があったんだ?」










































「はぁ――はぁ――ここまでくれば、安心、かな?」



壁に背を預け、荒い息を繰り返す。

突然、目の前で起こった爆発。吹き荒れる熱風と悲鳴の嵐から逃れるように、なんとか2つ下のフロアまで逃げ延びることが出来た。



「時間が余ってたから、ふらっと展望室まで来たのに――爆発事故に巻き込まれるなんて」



ため息交じりの独り言を吐く。

携帯電話は、落とした衝撃で画面がフリーズしてしまっている。電話番号なんて自宅の番号しか覚えていないし、今の御時世だと公衆電話を探すことの方が面倒だ。

さっさと、このデパートを抜け出してテレビ局へ急ごう。それが一番早くマネージャーと連絡を取ることのできる手段だ。

集合時間より早いけれども――まぁ、特に問題はないだろう。

私と同じように逃げてきた人混みの流れに身を投じるように、歩き始めたその時だ。



「……あれ?」



こそこそと動く小さな影が、視界の端に飛び込んで来た。

幼稚園児くらいの女の子が、瞳に涙をいっぱい溜めながら階段を登っていく。



そう――燃え盛る上の階へ――



「ちょ、ちょっと!!」



これは、どうしたらいいのだろう?

追いかけるべきか、追いかけないべきか。

辺りを見渡してみるけれども、救助隊らしき人はまだ到着している様子もない。

皆、自分のことに精一杯で女の子が階段を登って行ったということに気がついているのは――私だけだ。



我が身は大事。見てみぬふりをするか――それとも――



「あーもう!!待ちなさい!!」



進路を変更。

身体を180度回転させ、女の子の後を追った。

階段を登れば登る程、暑さと熱さで汗が額から流れ落ちる。

気のせいか、視界まで赤く染まり始めていた。子ども一人分開いた防火扉からは、炎が見え隠れしている。

階段で追いつければいいと思っていたけれども、早計だったらしい。



「どうする?」



これより上に続く道はない。

女の子の行先は、間違いなくこの扉の向こう側だ。

私は――どうする? 大事な歌番組を控えているのに、ある意味そこは一世一代の大勝負なのに、あの火の海に身を投じる必要がある? 見知らぬ女の子のために、そこまでする必要はあるのだろうか?



「――っ! 馬鹿、私の馬鹿!!ここまで来たんだから、やらないわけにはいかないでしょ!!」



ぱんぱんっと頬を叩く。

その通り、ここまで来たのだから逆に後戻りはできないのだ。

私は覚悟を決める。

防火扉を押し開け、展望室に一歩足を踏み入れる。途端に襲い掛かってくるのは、高熱の風。数分前と変わり果てた展望台のあちらこちらに炎が渦巻いている。

私は、熱風の轟音に負けずに、声を張り上げた。



「おーい!! 何処にいるの!!?」



返事はない。

私の声は、炎に飲みこまれていく。

轟、轟、という音のみが響き渡っていた。

軽く舌打ちをして、目を凝らしてみる。赤く変わり果てた展望室に、人の気配はしない。ここまで来て、見間違いだったのだろうか。そう、きっと見間違いだったのだ。早く引き返さないと、私の命が危ない。



「――っ!」



風に舞いあがり、火の粉がこちらに飛び散ってきた。

腕で顔を覆い、一歩後ずさりした。これ以上は危険だ。見間違いだったことにして、さっさと逃げよう。そう思った矢先だった。



炎と炎の合間に、座り込んだまま動けない女の子を見たのは。

絶望と涙で縁取られた瞳を、まっすぐこちらに向けた女の子が、炎の影に見え隠れする。先程まで持っていなかったはずのハンカチを抱きしめ、ふるふると震えていた。

もしかしたら、あのハンカチを取りに戻ったのかもしれない。



「っ、私の馬鹿馬鹿!! なんでもっと早く逃げ出さないの!?」



ぽかぽかっと頭を叩く。

拳をギュッと握りしめ、腰を落とした。

ぐずぐずしていたら、助ける、助けないどころの話ではなくなってしまう。私は地面を思いっきり蹴ると、炎の海に飛び込んだ。

熱さと暑さが、身体を撫でる。じゅわりっと何かが焦げる音が耳につく。

それでも必死に手を伸ばして、可能な限り叫んだ。



「こっちに!!」



女の子も必死で手を伸ばす。

腰が抜けて、立てないのかもしれない。必死に背中を伸ばして、指を少しでも私に近づけようと伸ばしている。私も、炎を掻き分けるように女の子に近づいた。

息苦しさが、肺を圧迫する。こんなこと、している場合じゃない。私だって、逃げたい。早く、こんな辛い場所から逃げて、仕事に行きたい。

でも――



ここで逃げたら、絶対に後悔する。



120%のパフォーマンスをするためには、一片の悔いも残してはいけない。

私は女の子の手を握った。思いっきり引っ張ると、女の子もふらふらと立ち上がる。

ぼわっとスカートが焼ける音が聞こえた気がした。だけれども、そんなことを気にしている余裕はない。煙で霞む視界を、私は女の子の手を引いて必死で駆け抜けた。

ぐらりっと足を前に出すたびに、視界が揺れる。

額から、耐えることなく汗が流れ落ちていた。限界が近い――昨日だって、夜遅くまで練習を続けていたせいで、学校の授業で爆睡していたとはいえ、ほとんど疲れを回復していないのだ。



「君たち!大丈夫か――っ!!」



救助隊らしき人の影が、ちらりと見えた。

あぁ、私――助かったんだ。

そうわかった途端、安心したのか意識が遠のいていく。そっと誰かに支えられた気がした。



「おい、しっかりしろ――夏音!!」



見知った顔が、近くに視えた気がした。

炎を背景に、炎よりも暑苦しい顔が覗き込んでくる。



「気を失うな――お前は、ステージに立つんだろうが!?」



そう――私は、ここで倒れるわけにはいかない。

でも、倒れて眠ってしまいたい。もう、疲れたんだ。少しくらい、休ませて欲しい。

あの女の子も――救えたんだし――



「いいか、お前はヒーローじゃない!アイドルなんだぞ!?」



その声は、私の意識を貫いた。



「ヒーローは、人助けをして終了でいいかもしれない。

だがな、アイドルは、どんなに辛くても笑顔でステージに立ち続けるものだ!!それが出来ないお前は―――アイドル失格だ!!」

「しっかく……アイドル――失格?」



意識が覚醒する。

靄がかかっていた視界が、ハッキリ見えてきた。

目の前には、いつになく真剣な表情をした阿佐ヶ谷の顔があった。

いつの間にか、炎はどこにもない。熱くも無ければ暑くもない。

炎から遠ざかった別の階に、連れて来られていた。



「阿佐ヶ谷、どうしてここに?」

「テレビ局近くの展望室で、ガス爆発騒ぎが起きているのは、ここしかないからに決まっているだろ」



さも、当然のように言い放つ。

だからといって、炎の中まで躊躇うことなく入って行けるマネージャーは阿佐ヶ谷だけだよ。そんなことを口に出せるわけもなく、私は阿佐ヶ谷の手をどけた。

なんとか、自力で立つことができる。

これなら――踊れそうだ。



「今、何時――マネージャー?」

「6時30分だ。一応、先方に事情を話し遅れるという連絡はついている。ただな――もう少し早く、意識を覚ませ」

「悪かったわね、本当に」



自分の姿を見下ろしてみる。

お気に入りだった服は、酷い有様だった。

迷彩柄の上着は、背中の半分の長さまで焼けてしまっている。膝を隠すくらい長かったスカートもミニ丈になってしまっていて、唯一無事だったキャミソールも煤で黒くなってしまっていた。



「着替えている時間は、無さそうだ。そのまま撮ることを覚悟しておけ」

「……了解」



自業自得、だ。

私は、走り出した阿佐ヶ谷の背を追う。そんな時



「お姉ちゃん」



か細い声が聞こえてきた。

振り返ってみれば、母親に抱かれた女の子がこちらを見つめている。泣きじゃくったのだろうか、顔は真っ赤に染まっていた。



「ありがとう」

「……どういたしまして」



助かったんだ、良かった。

そんな気持ちを胸にしまいこみ、あとは振り返らないで走った。

私はアイドル飯田夏音。

何があっても諦めない。



放送事故すれすれな状況だけど、アイドルとして最後まで全力を尽くそう。















《フライ・フライ・フライデー 実況スレ》


132:名無しさん

おい、やばい格好のアイドルが出てる!


133:名無しさん

これ、私服?それとも衣装?


135:名無しさん

うわー過激――


136:名無しさん

見えそうだよなー……スカート…じゅるり


137:名無し

〉136 みえね―から安心しろよw

なんか、火事でガキ助けてから来たらしいぞ


138:名無し

〉137 まじかwww

ってか、こいつみたことねーけど?


139:名無し

名前ワカタ

飯田夏音。このあいだ、戦国合戦に出てたやつ


140:名無し

2位の子か――1位のトーコよりパワフルだなー


141:名無し

〉140 しかし、歌は下手


142:名無し

おい!!検索ランキング1位になってるぞ!?

→「リアル炎上アイドル」


143:名無し

〉www確かにリアル炎上アイドルだwww


144:名無し

すげ――www 本日のMVP





145:名無し

リアル炎上系アイドルの誕生だ!




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