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6月19日 不穏な風

「ねぇ、アンタが飯田夏音?」



弁当箱の蓋を閉じた時、ふと声をかけられた。

目の前に立っていたのは、取り巻きを引き連れた女子生徒。またこの展開か、と内心ため息を吐いた。



「はい、そうですけど?」



アイドルの仮面は被り、アクセルの飯田夏音として対応する。

仕事と私事は違うという人はいるけれども、社会そとに出た以上は誰が見ているか分からない。こうして人の眼があるところでは、常にアイドルとしてふるまう様に心がけていた。もちろん、それが嫌がられない程度に、だけど。



「ふーん」



リーダー格らしき女子生徒は腰に手を当て、私の顔を一瞥する。

そして、勝ち誇ったような表情を浮かべると、鼻でふんっと笑った。



「何かご用ですか?」

「何もないわ、ありがとう」



くるりっと興味を無くした様に、私に背を向け去っていく。



「あんなのがアイドルなの?」

「そうですよ、戦国合戦に出てた。めっちゃ目立ってた子だよー」

「でも、ブスじゃん。あれでもアイドル出来るなら、アイドルなんて大したことないない」



そんな捨て台詞を残して。

悪いけれども、こちらとら彼女たちが遊びに割いてきた時間や勉強する時間を使って、全てをダンスや歌などのアイドルに必要技能の向上に打ち込んでいるのだ。そう一朝一夕で出来る技ではないのだけれども、それを言い返すこと自体が時間の無駄だろう。

鞄を肩にかけ、席を立った。



「あれ、夏音? 帰るの?」



教室を出ようとする私の背中に、声がかけられる。

先日の一件以来、友達になった千佳だった。料理部に所属した彼女から、「毒味」という名の差し入れを貰ったり、一緒に写真を撮ったり何やかんや仲良くやっている。……もっとも、最近は忙しいからあまり接点がないのだけど。



「うん、ちょっと明日予定があって、その練習があるから――」

「予定? 仕事の?」

「うーん……まぁ、そんなとこ、かな?」



あはは、と笑って誤魔化す。

アイドルとして有名になるのは嬉しいけれども、なんだか照れくさいというか、嫌味が鬱陶しいというか、なんというか……。


複雑な気持ちだ。正直、まだあまり他の人に仕事について話したくない。



「あー、だから阿佐ヶ谷がいないんだ。

それで、どんな仕事? テレビ?」

「うん……明日夜7時からの『フライ・フライ・フライデー』」



最後の所は、千佳にだけ聞こえるように声を潜めた。

『フライ・フライ・フライデー』といえば、生放送の歌番組だ。

阿佐ヶ谷曰く、先日のアイドル戦国合戦のプロデューサーの推薦により空いた枠に入れさせてもらうことが出来たらしい。その時の努力は認められなくても、きっと誰かが視てくれる――嘘みたいな言葉は本当に存在するのだと実感した瞬間だった。



「そうなんだ。じゃあ、明日も早退?」

「いや、明日は違うかな。

えっと――出演者の集合時間は『6時』だから」



昨日、阿佐ヶ谷が暑苦しい笑顔と共に渡してくれた書類を思い返す。

収録開始が7時で集合時間が6時となると、ほとんどリハーサルの時間が無いように思うけれど、きっとそういうものなのだろう。



「紗羽ちゃんが夏音のファンだから、ついでに応援するよ」

「いやいや、応援だなんて無理しないで――って、私は紗羽ちゃんの『ついで』なの!? 」



紗羽ちゃん、というのは千佳の妹だ。

本当に妹なのか、それとも義妹なのか、千佳の家庭事情は複雑で、私は詳しく知らない。

深く聞くつもりは無いので、あまり考えないようにしている。それに、家庭事情を詮索されるというのは気分が良くないものだ。



「はぁ……まぁいいっか。じゃ、そろそろ行くね」



千佳と別れて、帰路を急ぐ。

途中、金髪の少女とすれ違った。蒼い瞳を輝かせながら、ホームステイ先の男子生徒と楽しそうに話している。きっと、私が髪の毛を金色に染めて蒼いカラーコンタクトをしたところで、失笑レベルのコスプレに終わってしまう。

無意識のうちに、ぎゅっと拳を握りしめていた。



「……羨ましいな」



ぽつりと零れ落ちた呟きは、誰にも拾われない。

凡人がいくら努力しても、天性の素質さいのうには敵わないのだ。私は自分に出来る限りの努力を重ねて、その差を埋めようと努力することしか出来ない。



だからこそ――明日の歌番組も負けられない。

戦国合戦でつかんだ視聴者の心を、射止めるよう――120%で踊りきろう。

留学生の後姿から目を逸らし、私は昇降口へ歩みを進めるのだった。












































「……飯田夏音?」



東野瞳子は、履歴書を一瞥した。

癖毛のある茶髪をポニーテールで束ね、明るい笑みをこちらに向けている。

ただ、明らかに瞳子よりアイドルとして劣っている顔立ちだった。瞳子がアイドルとしての全てを詰め込んだ正統派の顔だとしたら、夏音の顔立ちはどこにでもいる――例えるなら、1番でも2番でもなく、クラスの可愛い子ランキングに5位に入ればいい方というレベルだ。



「こんな子が脅威になるんですかー?トーコは、信じられないんですけど」



ことり、と首を傾ける。

確かに、先日の『アイドル戦国合戦』では視聴者の目を奪われてしまった。だけれども、メディア露出は明らかに瞳子の方が上であり、レーベルの力も雲泥の差だ。脅威というなら、いまだにアイドル界に旋風を巻き起こし続けているアイドルグループの研究生の方がよっぽど脅威になるだろう。



「いや、これは潰すべきだ」



しかし、瞳子のマネージャーは首を横に振った。



「あの戦国合戦を受けて、『フライ・フライ・フライデー』の出演が決まったほどだ。しかも、お前が出演する回に。

……もうこれ以上、喰われるわけにはいかない。早急に手を打つべきだ」

「ふーん」



瞳子は興味なさ気に呟いた。

他のアイドルがどうなろうと関係ない。

脅威?そんなこと考えるまでもないではない。

全てのアイドルは、私の前に平伏す運命にあるのだ。

絶対的なアイドルは、自分一人で十分。だけれども、事務所の方針でグループとして活動しているだけ。自分はソロでもやっていけると信じている。



それだけの実力と積み重ねた努力が―――自分にあるから。



「でも、そう感じるなら、そうなんでしょうねー。

いいですよ、潰して」



瞳子は、夏音の履歴書を放り投げた。

はらり、と宙を舞った履歴書は音を立てずに書類の上に落下する。



《フライ・フライ・フライデー 6月20日

出演者集合時間 5時》



と記載された、本物の書類の上に。





とにあさんから、千佳ちゃんと紗羽ちゃん(話題のみ)を

シュウさんから綾瀬君とフランさんをお借りしました。

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