6月1日 初ライブと会談
スモークが立ち込める。
強烈な照明が、怪しくステージを――いや、ステージの中心に佇む飯田夏音を浮き出させていた。夏らしい爽やかな曲が、広場に木霊する。曲に合わせるように、会場が沸き立つ――ことは無かったけど、突き刺すような視線を感じた。心臓が高鳴る。鼓動が早打ちし、リズムが狂いそうになる。だけど――これは練習ではない。今の私は。ステージに立っているアイドルなのだ。曲に合わせて、ゆっくり顔を上げた。
「からり ビー玉が
蒼い光を 寂しそうに反射してる」
強烈なスポットライト。暑くて、眩しくて、何も見えない。
最初のターンで、緊張のあまり脚が縺れて転びそうになる。最悪の光景が、脳裏に浮かび上がってきた。失敗は、絶対に許されない。声は――声は、ちゃんと目の前のお客さんに届いているだろうか。笑顔を浮かべないといけないのに、表情が固まっている。笑顔、笑顔、どうにかして、笑顔を伝えないと――
「友達のはずなのに 思い出すたび
心のどこかが 掻きたてられる」
不安で一杯で、縮こまりそうになる。
それでも大きく手を伸ばし、動きを大きく見せる。
縮こまって視えていないだろうか。声は、しっかり届いているだろうか。可愛く――アイドルらしく、視えているだろうか?疑問ばかりが渦巻く中、ようやく、目が慣れて来てくれた。お客さんの顔が、1人1人くっきりと浮かび上がる。
決して数が多いわけではない。ざっと数えて、15人前後。そのうち、商店街の連携運営を執り行う高原さん以下商店街の人達が5,6人。他にも見知った顔がちらほら。実質、座って視てくれているのは――大荷物を担いだ休憩中の親子連れと、ゲームの通信交換している小学生くらいだった。こちらに手を振る笑顔を見て、ふっと表情が綻んだ。どことなく、緊張が良い意味で緩む。関係者でも構わない。それでも、ここに集まってくれた人は――飯田夏音を見てくれている。
「真っ青な空 眩しい君にー 弾け飛ぶ この気持ち 打ち明けてしまいたい!!」
全力で、気持ちを歌に乗せよう。
不安で一杯だけど、私は目の前の人たちに思いが伝わる様に。
いや、目の前の人達だけじゃない。きっと、このまま過ぎていく人にも届く何かがあると信じて。
「――とまぁ、こんな感じで、商店街初ライブは成功。ショッピングモールでのライブも成功しました」
私は、一気に言い放った。
本格的に活動を開始してから、早2週間。現状報告を兼ねて、私は忘路光世と2度目の打ち合わせに臨んでいた。私達しか客がいないので、まるで貸切のようだ。遠くで鍋を振るう音が、遠くに聞こえる。
「さらに、深夜アニメ『妖怪博覧会』のエンディングタイアップが決まりました!!」
どうだ!と言わんばかりに、証拠書類を広げた。
本来の予定では、アニメOPとタイアップになる予定だったのだが、それでもEDに起用してもらえたのだ。これは、新人にしては良い実績になるのではないだろうか。
――と、期待を込めて忘路を見つめたのだが――
「それで?」
忘路は特徴的な眼鏡をくいっとあげ、どことなく鼻につく様子で言い放つ。
予想外の反応に、思わずたじろきそうになった。だが、こんな所で負けていられない。
「それで、とは?」
「他に何か実績はありませんか?と聞いているのです」
忘路は、ジャスミンティーを優雅に口に含み、ため息をついた。
「商店街やショッピングモールは、あくまで地元。身内といっても過言ではありません。
それから、エンディング起用といっても、それはマネージャーさんの力量ですよね?」
「ぐっ」
痛いところを突かれた。
確かに、今回のエンディング起用も「かなり」阿佐ヶ谷がマネージャーとして食い下がった成果と聞いている。つまり、私自身は歌ってPV撮影した以外は何もしていない。
「収録された歌とダンス、PV映像を視聴させていただきました。確かに予想以上の出来ですが、一際抜き出るものがありませんね。これでは、売れませんよ?」
気にしていたことを、一刀両断する。
HPケージが視認できるのだとすれば、私のケージは既に赤く点滅している。後一撃、攻撃を受けたら瀕死状態になってしまいそうだ。だが――
「ま、まぁ、この番組で優勝をつかみ取りますから!!」
私には、まだ奥の手が残されていた。
机の上に、一枚の書類を勢いよく広げた。
「6月8日日曜日 生放送『アイドル戦国合戦』への出演が決まりました!!」
『アイドル戦国合戦』。
数多のアイドルが凌ぎを削る現代日本において、重要視されるのは歌唱力・ダンス・トーク力を常に維持し続ける『体力』と『粘り強さ』だ――ということで、始まった生放送番組だ。
アイドル達が過激なアスレチックに挑戦して、磨きぬいた体力・粘り強さを発揮するという番組で、1年に1回しか放送されない。アイドルの普段はみれない一面が視られるとか、素顔が見えるとか、頑張っている姿を応援したくなるとかで、オタク以外の層からの人気も高く、安定した視聴率を誇るという。
「これで、優勝することが出来れば、知名度が一気に上がるはずです!!」
幸い、体力と粘り強さには自信がある。
粘り強さが無ければ、ここまで独学でアイドルを目指してこれなかった。真綿のような環境に包まれてきたアイドル達に負ける気はしない。出場アイドル一覧を見て見たが、ライバルになりそうな経歴の持ち主はいなかった。
ここで、一気に有名になる。――いや、アイドルとして、それはどうなのかと思うが、それでも有名になってしまえば、こちらのモノだ。とりあえず、名を売らないと―――
「アイドル戦国合戦ですか……」
忘路は、やれやれと首を振るう。
まるで、私を馬鹿にするような視線を向けてきた。どうやら、私が優勝できるとは思っていないらしい。
面倒くさそうに用紙に記載された『参加アイドル一覧表』を一瞥する。
「優勝できるわけないじゃないですか」
「どうして言い切れるんですか?」
「聞いていませんか?」
とんとん、と忘路は参加アイドル――「東野瞳子」の名前を軽く叩いた。
「優勝するのは、彼女ですから」
「っ、寝言は寝ている時に言ってください」
思わず吹き出しそうになる。
東野瞳子は、確かにアイドルとしての粘り強さがありそうだ。
だが、体力面があるように視えなかった。経歴もダンス教室に通学していた記録こそあれども、企業の重役の家庭で育ってきたような女の子だ。とてもではないが、あの『アイドル戦国合戦』が繰り出してくるアスレチックに敵うとは思えない。
最初の『揺れる橋』でドボンと落ちて、終了という光景が目の前に浮かぶようだ。
しかし――
「あれ、聞いていないのですか?
これ、優勝者は既に決まっている番組なんですよ?」
「えっ?」
ぽかん、と口を開けてしまう。
優勝者が既に決まっている、とはどういうことだろうか。
この――毎年楽しみにしていた番組は、実は「やらせ」だった、ということなのか?
信じられない事態を前に声も出ない。そんな私をよそに、忘路は言葉を続けた。
「優勝者以外は、ガチなんですよ。
ただ、優勝者となるアイドル―――今回は、アイドルグループ『フルーツ・キャッツ』のセンター、瞳子ですね――が挑戦する時は、アスレチックに仕掛けられた機能が動くんです。そのアイドルが楽に突破できるように、ね」
明らかになる衝撃の事実。
私は、どうしていいのか分からない。ただ、呆然と座っていることしか出来なかった。
だが、確かに――指摘されてみたら、納得してしまう。
大量のアイドルが脱落していくアスレチック。その中で、1人――失敗しそうになりながらも華麗に駆け抜けていく優勝者の姿は美しく輝いていた。そう、アイドルが無様に脱落すればするほど、楽々とこなす優勝者の姿が引き立つ。
つまり―――優勝者以外の―――私みたいな無名アイドルは―――
「貴女は捨て駒ですよ、飯田夏音さん」
残念なモノでも見るような視線を向けられた後、忘路は笑いながら席を立った。
忘路の嫌味な笑い声も、会計に応じるウェイトレスの声も、店長が皿を洗う音も、遠くなっていく。
絶対に優勝できない大会に出ても、何の意味もないではないか。
むしろ、それで優勝してしまったら―――私は確実に「干される」。
テレビの仕事が回ってこなくなってしまったら、それはかなり致命的だ。口コミで広まるなんて、そんな夢物語みたいに世の中は回らないのだ。
「なんで阿佐ヶ谷は―――教えてくれなかったんだろう」
どうしたらいいのか、分からない。
私は、ただ机を前に項垂れることしか出来なかった。
5月18日の回想シーンで、YLさんから高原さんをお借りしました。
6月1日の本編の方では、アッキさんから忘路さんをお借りしました。