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5月17日 不本意なMV

―うろな築港。



観光名所ともなっている浜辺とは異なり、どことなくうら淋しい人気のない場所だ。

遠くに灰色の工場もそびえ立ち、浜辺を光とするならばこちらは影。忘れ去られ、用事が無ければ近づきたくないような暗い雰囲気を漂わせていた。

不安をあおる様に波が打ち付け、どんよりとした灰色の空。規制されているとはいえ、工場の煙が黙々と昇り、全てが憂鬱な雰囲気を漂わせる。



しかし、そんな憂鬱さを吹き飛ばすような――攻撃的なエレキが響き渡った。

それに合わせるように、力強くステップを踏みこんでいく。手を右に伸ばし、大きくターン。風に足を奪われそうになるが、なんとか踏ん張る。残るは、最後のサビだけ。私は想いをこめなおすように息を吸い込み、マイクをギュッと握りしめた。



「アクセル全力で 踏み込まなくっちゃ!

一時停止は 見ない振り」



決して長いとはいえぬ髪が、風に舞いあがる。

塩風を運ぶ強風が、肌を強く打ちつけてくる。目が、刺されるように痛い。思わずつむりたくなる。それでも負けず、私はカメラを真っ直ぐ睨みつけた。あの先に、望むものがあると信じて―――



「貴方の想いを確かめるために 一秒でも早く会いに行こう!」



髪を振り乱し、力強く手を伸ばす。

私が会いたいのは、愛しい恋人ではない。日本一のアイドルになって、誰よりも輝く内気だった飯田夏音わたしだ。ロック調の衣装に身を包んだ私は、夢の向こうへ駆けるため、勢いよく踊り狂う。踊りながら、右手を懐に忍び込ませる。



「貴方に会いたい」



胸元から取り出したのは、闇の中でも一層際立つ拳銃。

黒光りする31口径は、真っ直ぐカメラの向こうの誰かに狙いを定める。左手に握りしめたマイクを口元の近くに運び、最後の言葉を放った。



「―――ハーウェイ飛ばして!!」



厚い雲を貫くように、歌声が響いていく。

私は、ゆっくりと冷たい引き金を引いた。曲が止まり、息の詰まるような瞬間の後――乾いた音が海を渡る。一発の銃声が響き渡り、吸い込まれるように消えていく。



港から音が消えた。



「はい、お疲れ様――!」



撮影監督が、ぱんぱんっと手を叩いた。

どっと、波のように疲れが押し寄せてくる。私は、へなへなとその場に座り込んでしまった。1日がかりで、ようやく終わったMV撮影。レコーディングも特典映像も全てとり終え、ひとまずひと段落――と、言いたいところだが――



「良かったぞ、飯田!!」

「どこが、良かったのよ!?」



へらへらっと締まりのない笑顔を浮かべる阿佐ヶ谷に、ありったけの怒りをぶつける。

撮影が終わってから、文句を言っても仕方ないかもしれない。それでも、言わずにはいられなかった。踊りつかれて悲鳴を上げる足に鞭を打ち立ち上がると、先程のモデル銃を阿佐ヶ谷に突き付けた。



「どういうことか、説明してもらおうじゃない。

これじゃあ、アイドルじゃなくて不良よ!」



低音と高音が交互に重なり合うエレキ。

ロック調の黒を基盤とした衣装。響く銃声。荒れ狂う風のせいで、乱れる髪。大型バイクで登場し、極めつけは低音ボイス。

誰がどう見ても、アイドルの歌ではない。あれでは、不良の歌だ。歌詞を書いた当時は意識していなかったが、こうなってしまうとは―――。



「まさかとは思うけど――『アクセル』はカップリングよね?『夏色サイダー』がメインだよね?」



王道的なアイドルの夏ソングで、MVも――屋内で撮影だったが、夏らしい爽やかな出来栄えだった。少なくとも、夏色サイダーの方が、絶対にアイドル風の曲だ。てっきり、夏色サイダーがメインになるとばかり思って練習を重ねてきた。だが、本命が屋内での撮影で、脇役の方が屋外の撮影という事はあるのだろうか。

一縷の望みに縋る気持ちで、銃を握りしめる。阿佐ヶ谷は、へらっと明るく笑い



「アクセルに決まっているだろ?

ソロになってしまったとはいえ、前身となるグループの名前でもあるしな」

「だからこそ、黒歴史としてカップリングにするべきでしょうが!!」



叫び声が、港を木霊する。

私のアイドル生命――なんだか終わりそうな気がする。

4月から、周りに支えられて、なんとか頑張ってやって来たけど――一瞬でも、このマネージャーに期待した私が馬鹿だった。蒼龍と義愛のおかげで、歌唱方法とメイクの方法も分かり、少しは可愛らしくなった。だけれども、歌とかダンスのコンクールに入賞できる見込みもない。このままだと、スポンサー契約も解除されてしまう。

いや、そのまま社会に火を灯すことが出来ず、フェードアウト―――



「いや、曲としても中々だったぞ?1980年代のアイドルみたいだ!」

「それって昭和ってことじゃない!?」

「いや、飯田の低音ボイスが曲全体の寂しさを引き立てている。いつも以上に、輝いているぞ」



自信満々に言い切る阿佐ヶ谷に、私は何も言えなくなってしまった。

確かに、私は可愛らしい高音を出すことが出来ない。だから、低音を活かした不良っぽい曲が歌いやすいことも事実だし、苦手ではない。でも――でも―――こんなの、私が夢見る輝くアイドルではない。

アイドルっていうのは、キラキラと輝く――そう、例えるなら、どんよりと蒸し暑い夏に与えられた冷え切った清涼飲料だ。青春というか、清純と言うか、眩しく輝いている存在なのだ。決して、うら淋しい不良ではない。



「ほら、そんなことで落ち込んでいるな。明日は、初ライブだぞ?」

「……分かってるよ」



でも、顔を上げることが出来なかった。

明日は、初ライブ――といっても、地元の商店街を借りてのライブで、極めて内輪なイベントだ。来てくれる人もほとんどいなくて、ほとんどが眼の端に移しただけで、通り過ぎて行ってしまうであろう商店街のライブ。立ち止まって見てくれる人なんて、滅多にいないだろう。やっぱり、ドーム公演とか武道館公演とか出来る方が稀なのだ。



「まっ、ライブ出来るだけいいのかな」



初めは、こんなものだろう。

むしろ、ステージが貰えただけでもありがたいのだ。感謝して、私は持ち歌を歌いきろう。精一杯、自分の全力を尽くして来てくださった方々に思いを届けよう。

どんな時でも、笑顔を絶やさない。それが、アイドル――というか、人前に立つ資格なのだと思うから――



「よしっ、帰ってダンスの練習しよう!」



俯いていた顔を持ち上げ、なんとか笑顔を浮かべる。

歌が昭和でも、不良っぽくても、私は精一杯の努力をするだけ。努力すれば、きっと誰かが視てくれていると思うから――





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